第22話 妹、襲来

今日は土曜日。俺と風葉が出会った神無月は霜月へと変わった。

昨日来た風葉も一泊して、今日戻るつもりだ。

事前に家具などの大きさを測ってもらったので、それを踏まえてどこに何をおくかを考えていた。

そして今日、昼になり、昨日決めてなかった物の場所を全て決定し終えた。


勝幸「足りないのは……牛乳、卵、キャベツ、枝豆、鶏肉、ごまだれ、おろしにんにく…………あぁそうだ。風葉、昼飯何か買って来るけど」


冷蔵庫の中身を確認しながら、俺はソファに座っている風葉に聞いた。


風葉「冷食のラザニアがいいかな」

勝幸「了解。ちょっとしたら出掛けるからその間は家で待っててくれ」

風葉「うん、分かった」


キリもついたし、もう少しでスーパーに出掛けるつもりだ。今日は1日なので、1のつく日が安い近くのスーパーがお得なのだ。その為、1のつく日にはほぼ毎回そこへ通っている。

一人暮らしで自炊もするとなると、こうして生活費の支出を抑えたくなるのは仕方ない。この時には、金銭面でドントケアな理愛華が羨ましくなったりする。俺はそこそこの額を貯金に回しているため、倹約生活の日々なのだ。

という訳で、俺は今日買う必要のある物をリストアップしていた。


その時、ピンポーンというインターホンの音が耳に届いた。


勝幸「何だ……?」


俺はペンを置いて、エントランスを映す映像を見る。

1人の人影が見える。女性みたいだ。インターホンへ歩み寄っている間は、そのような認識だった。

それが誰だか、分かるまでは。


勝幸「は………………?」


何故だ、という疑問が浮かぶ。いつもは事前に連絡をしてから来る事が多いのに。しかも今日は風葉もいるのに。まぁ、こっちの事情など知った事はないだろうけど。

そう考えながら、俺は通話ボタンを押して、来客に画面越しの声を伝える。


勝幸「さ、紗夜子さよこ……⁉︎突然、俺に何の用だ……⁉︎」



≪≫


家に来たのは1人の少女。ラフな格好をして、頭頂部から所謂いわゆる"アホ毛"を大きく目立たせている。そして、目つきは俺とは違って力の抜けたような所謂"ジト目"をしている。


そんなアホ毛ジト目少女の名前は礎紗夜子いしずえさよこ

俺の妹だ。


紗夜子「勝幸の兄さん……説明して。母さんから、聞いたから………………」


紗夜子は俺の方に視線を向けると、キッと眉をしかめてきた。どうやら、俺が風葉と一緒に生活する事に対して良い感情は抱いてないみたいだ。


勝幸「聞いたなら良いだろ。ちゃんとした理由や経緯いきさつがあって、ちゃんとした手段でその決断に至ったんだから」

紗夜子「そうじゃない……理愛華さんは?本当はきっと反対したいと思ってるよ?」

勝幸「いや、全面協力だ。信じるって言ってくれたよ」

紗夜子「本当はそんな事ない‼︎勝幸の兄さんの勝手な行動に振り回されてるんだよ⁉︎」


こいつはかなり反対しているみたいだ。

主張している事から考えると、どうやら理愛華の事を思っての言葉なのだろう。こいつは何故か理愛華に懐いているから、きっと俺が理愛華を雑に扱っていると思って不満顔になっているのではないか。

俺は、どう対処したらいいんだろうか……


勝幸「ま、取り敢えず部屋に上がりなよ」


落ち着かせる為、部屋にうながす。ソファで携帯を見ていた風葉も、こっちの様子をじっと見ていた。


勝幸「風葉、俺の妹の紗夜子だ。お前と同い年なんだ」

風葉「へ、へぇー……そうなんだ…………」


流石に紗夜子の様子を察してか、反応に困ったような声色だった。

それもそうだ。今まで順調に進んでいた風葉との新生活への道に、突然1人の反対者が出て来たんだから。

さて、どうするか。

正直言って、理愛華が反対しているとは思えない。はっきりした根拠のない自信だけども、高校の頃から自分の希望ははっきりと述べる性格だった彼女が、ここで妥協するなんて考えられない。本当に反対するなら、もっと威勢の良い反対の言葉を俺に投げ掛けるはずだ。

既に俺がこう考えている時点で、俺は紗夜子との話が停滞を描くのは明らかだ。

そうなると………………俺は卑怯ひきょうな手に出るしかなかった。


勝幸「そう言えば、今から買い物に行くつもりだったんだよなぁ。ちょっとさ、2人で話しててよ」

風葉「えっ?」

紗夜子「ちょっと、勝幸の兄さん⁉︎」


買い物袋と財布と携帯をバッグに入れて、俺は靴を履く。そして、悪い、と一言だけ呟いて、俺は家を後にした。

こんな突然の状況下で、即座に対処するのは厳しい。少し考える時間が必要だった。


勝幸「とは言え、ずるいな…………俺」



≪≫


勝兄はどうやら逃げたみたいだ。

ウチは、勝兄の妹さんと2人きりで、ここの部屋にいる。


紗夜子「はぁ………………チッ」


少しの間続いていた沈黙ちんもくを、彼女の溜息と舌打ちが止めた。


風葉「えっ……」

紗夜子「あっ、ごめんね?癖が出ちゃって。別にアンタに対して怒ってる訳じゃないの」

風葉「……お兄さんに、怒ってるの?」


ウチの質問に対して、彼女はうつむく。

そして、ふと立ち上がると、冷蔵庫から飲み物を取り出して来た。迷いなく冷蔵庫を開ける様子からして、ここに何度も来ているのだろう。コップも持って来ながら、小さな声で彼女は呟く。


紗夜子「実はね……何に対して不満なのか、私でも分からないの……」


コップに飲み物を注ぐ。そして、それを覗き込むようにして、再び俯いた。

そんな様子を見て、ウチは問い掛ける。


風葉「もしかして、理愛華さんの事が心配だったり……」

紗夜子「まぁ、そんなとこかもしれない」


彼女はそう言うと、コップを持って口に注ぐ。一口で半分位の量が消えた。

そして、姿勢を崩して、話し始める。


紗夜子「妹がこんな事言うのもなんだけど、理愛華さんって、勝幸の兄さんが大好きなの。アンタの事を全く信用してない訳じゃないんだけど、もしもアンタと勝幸の兄さんとが、その…………そう言う関係に至ったら、って思ったら…………」

風葉「そう言う関係って?」

紗夜子「言わせないでよ…………その、一緒に住む事で……肉体関係を結んじゃったり……」

風葉「にっ……‼︎」

紗夜子「つまり、浮気したりする可能性もあるし、そうなったら……理愛華さん、救われないなって…………」


つまり、ウチと勝兄の間に略奪愛が生まれるかもしれないという心配を……

略奪愛…………ウチと勝兄の………………

いや、変な妄想はやめよう。確かに、その心配をするのも無理はない。

ウチとて勝兄と一緒に住む事で、勝兄と周りの人との関係を壊す元凶になってしまわないか、心配でもある。

でも、この人だってかなり心配をしている。それは、先程からの言葉から伝わっている。


風葉「理愛華さんが、大好きなんだね……」

紗夜子「まぁね。分かる?あの見た目だったり、オーラだったり…………服装とかは真似られても、あんなキラキラしてる人なんて中々真似出来ない。憧れに近い存在なの」

風葉「へぇ……」


飲み干したコップに彼女はもう一度中身を注いで、俯きながら話し続ける。


紗夜子「しかも金持ちだし、そんな素晴らしい人が勝幸の兄さんの彼女なんて、さ…………だから、誰にもその関係をおかして欲しくないの」


語調が強まり、その言葉が心からの想いだというのが伝わる。ウチも確かに、理愛姉は理想的な人だと思う。


風葉「ウチは大丈夫だと思うよ」


勝兄と理愛姉は相思相愛。はたから見ていてもそれは伝わる。きっとそこに、ウチも含めて誰かが割り込む隙はないだろう。

そもそも、勝兄はウチの事を理愛姉と同じ対象として見る事はないと思う。



風葉「ウチは……1妹みたいなものだから…………」



テーブルの向こうの視線が上がり、ウチと一瞬視線が合う。

それが逸らされると、彼女は立ち上がって伸びをした。そして、目線を落としてウチの方に向ける。


紗夜子「何となく……私も大丈夫だと思う」


そう言うと、別の部屋へと歩き出した。


風葉「どこに行くの?」

紗夜子「勝幸の兄さんの部屋」


ウチはその後ろについていき、勝兄の部屋に入った。何気にこれが初めてかもしれない。

水槽や飼育ケースには色々な種類の生き物が暮らしており、壁には写真やポスターが沢山貼られている。物が多いのに、あまり汚くはない。


紗夜子「一応勝幸の兄さんって、性欲が無い訳では無いと思うけど、みさおが固いからね」

風葉「そうなんだ」

紗夜子「オトナ向けの本とか、多分持ってないよ」

風葉「なっ…………‼︎」


サラッと凄い事を言った。

まぁ、年頃の女の子だったら、これが普通なのかもしれないけど……


風葉「さ、探したの……?」

紗夜子「え?まぁね。来た時はよくベッドの下とか本棚の陰とか探してるの。まぁベッドの下には積み漫画と、本棚の陰には落とした小銭とかしかないけどね」

風葉「へ、へぇ……」


少しだけ恐怖を感じた。

この人はもしかしたら、自覚無しに恐ろしい行動をする人かもしれない。


紗夜子「ま、それもあるけどね、やっぱり1番は…………」


そんなウチには気にも留めず、彼女は本棚の最下段をいじくる。そして、1つのアルバムを取り出し、それをウチの方へ持って来る。

結構写真が入っているのだろう。そこそこの厚さだ。


紗夜子「これなの」

風葉「これは……」


開くと、勝兄と理愛姉の写真が沢山あった。

2人だけのも、友達と写っているのも。真夏の時のも、真冬の時のも。

どれも嬉しそうな表情をしている。


紗夜子「2人の写真を、こうやって律儀りちぎにプリントして残しているの。ここまでしてるんだもの…………勝幸の兄さんも理愛華さんが大好きなんだと思う」

風葉「………………」

紗夜子「だから、勝幸の兄さんは大丈夫だと思う。後はアンタが勝幸の兄さんに変な感情を抱かなければ」

風葉「そ、そんな事はならないよ‼︎多分……」

紗夜子「そう……?そうならいいけど」


その後、2人でアルバムを見ていた。勝兄の幼い頃の話を聞いていると、本当の妹には何かかなわないな、って気がした。

今はまだ、勝兄と出会ってから大した期間も経っていない。だから、これから勝兄の事を色々知っていきたい。妹のような存在でいるには、もっと沢山の事を知っていく必要がある。そして、ウチの事ももっと知って欲しい。

そんな感情を抱いて、ウチはアルバムを閉じた。


もう一度、居間に戻って腰を下ろす。


紗夜子「まぁ……今はひとまず、認めるしかないかな」


そしてすぐに、彼女はそう言った。

ウチは思わず、えっ?と声が漏れる。その声に反応して、彼女は怪訝けげんそうな表情を向けてくる。


紗夜子「何よ……取り敢えずはここに住むのを認めるって言ってるの。私ももう少しアンタの事を知りたいしね」

風葉「そ、そっか……ありがとね……」

紗夜子「でも、完全にアンタを認めた訳じゃないから。絶対に勝幸の兄さんに手を出したらダメだからね」

風葉「そ、そんな事しないよ‼︎」




≪≫


勝幸「え、話が解決したのか⁉︎」

風葉「逃げてる間に認めてくれたよ」

紗夜子「勝幸の兄さん、どうせ私をどうしようかずっと考えてたんでしょ」

勝幸「うっ」

勝幸(まぁ……解決したなら良かった。俺が逃げたのは申し訳ないが……)


勝兄が帰って来た頃には、既に話の決着はついていた。

まだ警戒されているけど、妨げになり得る存在だった彼女が認めてくれたのは大きい。これでまた一歩、新生活へと近づいた気がする。

勿論ウチも、勝兄と理愛姉の関係を壊さないようにしていかないといけない。でも、少しはウチの相手もして欲しいという欲張りな願いも、頭の片隅にちらついていた。


勝幸「まぁかく、ありがとな、紗夜子」

紗夜子「勝幸の兄さん、この人の寝込みを襲ったらダメだよ」

風葉「ねっ………………‼︎」

勝幸「いやしねぇよ‼︎」


今回ここに来て、色々な人と顔を合わせた。

その人達と、上手な関係性を築いていく。それが、ウチと勝兄との生活を良くしていく為に必要な事だと感じたのだった。


紗夜子「それはそうとして、ハーゲンダッツ買って来てってメッセージ送ったよね?」

勝幸「いや無理に決まってんだろ」

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