第21話 彼を独占する権利は

理愛華「それで、私に何を……」


私は今、勝幸の親御さんと画面越しに話をしようとしている。

話があるようなので、1人だけで話す為にパソコンを借りて、彼の部屋に移動していた。


勝幸母『そのね……親としては勝幸の意志を尊重したいし、ああは言ったけど…………理愛華ちゃん自身はいいの?』

理愛華「私自身が……?」

勝幸母『そう。年下とは言え、女の子と勝幸が一つ屋根の下で過ごすのよ?本当は嫌だったりしないの?』


勝幸のお母さんは、少し申し訳なさそうにしている。この事には一切関わってないんだから、わざわざそんな表情にならなくてもいいのに。

確かに、嫌じゃないかと聞かれればその通りだ。勝幸は貞操観念がしっかりしているとは言え、年頃の女の子と住居を共にするのは、非常に心配ではある。

でも、今更私達が風葉を見捨ててしまえば、彼女は再び堕落した人生を送る事になる。


理愛華「確かに少し嫌ですけど、これで助かる人がいるんです。だったら、私は協力してあげたいと思ってます」


私は声に力を入れる。

この行動で風葉1人が助かるだけじゃない。彼女のお父さんは仕事に力を入れられるし、彼女のお母さんも喧嘩する事が多い風葉から離れる事が出来る。

それに、いざ会いたい時にはある程度簡単に会えるし、監護権は当事者間の合意だけで変更可能なので、元に戻す事も出来る。

風葉の家族が平和に過ごせるようにするには、きっとこの判断が最適だと思う。


理愛華「それに………………」


勝幸は私の彼氏。それは、出会って間もない少女に崩されるようなやわな関係性じゃない。

私は、画面の向こうにいる2人の目をしっかりと見る。



理愛華「勝幸を一番独占出来るのは、私ですから」



少し痛い言葉ではあるものの、それが私の想いだ。風葉がいくら一緒にいても、彼をより独り占めする権利は、きっと私の方にある。少なくとも、私はそう信じている。


こんな私は、独占欲が強いのかもしれない。


勝幸父『京持きょうじに似てるな……』

理愛華「父……ですか…………?」


勝幸のお父さんの口から突然、私の父の名が出た。

私と勝幸、お互いの父親は実は親密な関係にあり、お互いの事をよく知っていた。


勝幸父『うん。そうやって思い切った言葉を平然と言えるのは、父親譲りなのかもしれないな』


完全に平然だった訳ではないが、確かに私は、こんな言葉を躊躇ためらいもなく言ったりする。

父にも確かにそんな面があった。父を知る人物からそう言われたのだから、似ているというのはその通りなのかもしれない。


ふと、昔の事を思い出した。祖父が父に社長の座を譲る前だった気がする。

どうしてお父さんはそんなに大口を叩くの?と尋ねた事がある。

その時……


『それが、社長になる人間の矜持きょうじだから』


そう答えていたのが、しばらく記憶に残っていた。

私は、友人とは壁のない関係を築きたかったので、社長令嬢である事を主張しないようにしていた。

でも……きっと私は、社長一家の娘として、それ相当のプライドを心の片隅に持っている。そのプライドがアイデンティティーの一部として、社長令嬢・高槻理愛華をつくっている。そして、その内向的なアイデンティティーが言葉として形を持ったのだ。


理愛華「……私は、社長・高槻京持の娘ですから」


私はそう断言した。


勝幸父『……そうだね。そう言えるのなら大丈夫だ』

勝幸母『理愛華ちゃん、何かあったらいつでも相談してね?無理に溜め込まなくていいから』

理愛華「はい……勿論です………………‼︎」


間も無くして、別れの挨拶を交わし、接続が断たれる。

暗くなった画面に映る姿は、僅かに微笑んでいた。


私はパソコンを閉じて、4人の下へと戻った。

4人は彷徨うろついたり、しゃがんで何かの長さを測ったりしている。恐らく、風葉の家具を置く場所を決めているのだろう。

勝幸が気付いて、こっちを向く。


勝幸「お、何を話してたんだ?」

理愛華「…………ううん、特に大した事じゃないよ。勝幸の親御さん、やっぱり良い人だねってだけ」

勝幸「そ、そっか……尚更何を話してたのか気になるな………………」

理愛華「えへへ、教えな〜い」



≪≫


息子、そして理愛華ちゃんとの通話を終えて、今再び困惑している自分がいる。どうやら夫も同じようで、座ったまま黙り込んでいた。

わざわざビデオ通話で連絡を寄越よこして来たかと思えば、そこで勝幸は理解不能な事を告げた。

まさか、出会って間も無い年下の少女と一緒に住むなんて、考えられない。

確かにそこへ至った理由や経緯いきさつは複雑なものではあった。それに、一緒に住む為に必要な権利も手に入れて、法にのっとって行動しているようではあった。

それでも、こんな事は常識的に有り得ない話だ。普通ならこのような行動はしないし、風葉ちゃんの親から引き受けた権利だけでも無ければ、勝幸のやってる事は犯罪である。

けれども、合法的に、しかも人助けをしている。その事実を考えると、この行動が駄目だと言えるようなものではない。

だけど、こんな事をしていいのか。そんな疑問が頭を巡る。しては駄目なのかと言われても頷けないのに、何となく、これはいいのかと疑問に思ってしまう。

そう思ってしまうのは、自分が常識というおりの囚われ人になってしまっているからなのか。勝幸は人の道にも外れてないし、法を犯している訳でもない。なのに、常識外れなシチュエーションと行動が、本当に世間で認められるような、正しい関係へといざなう事が出来ているのだろうかと、疑ってしまっている。

こんな状況など、普通ではない。常識外れだ。

でも……だからこそ、『ステイ・フーリッシュ』である必要がある。

何となく納得がいかなくても、やっている事が誰かの為のものならば、母親として勝幸を応援してやるべきであって、しっかり考えているのならば、勝幸の意志を尊重してあげたい。


そうなると、その一方で理愛華ちゃんの立場が気になった。

彼女にとっては、自分の彼氏が他の女の子と一緒に過ごすのを認めている事になる。それでも、かなり寛容かんようだからか、それとも信用しているのかは分からないけど、助かる人がいるから協力したいと言って、彼女は勝幸を応援している。

でも、心のどこかでは複雑な気持ちで一杯だろう。現に、少し嫌だと前置きした上で、彼女は応援している訳であって。

それは、顔にも出ていた。あの時の理愛華ちゃんは、どこか寂しそうな目をしていた。視線が、目つきが、心情を物語っていた。

いつどこでも寂しさのない人など、殆どいない。だから、理愛華ちゃんには、勝幸と2人の時に思い切り甘えて、独占してあげて欲しい。きっと、勝幸もその方が嬉しいだろう。

それが許されるのが、彼女という存在なのだから。



そんな事を考えていると、ふと家の鍵が空く音がした。

足音が近づいて来て、やがてドアが開くと同時にその姿が見える。


勝幸母「あら、おかえり」

「うん。今日は部活が少し早く終わった」


荷物を置きに行って、暫くするとトイレの水を流す音がしてすぐに戻って来た。そして疲れた様子で椅子に座ると、机上きじょうのお菓子をつまみ始めた。

そんな様子を見ながら、何ともないように自分の口からあの衝撃を分け与える。


勝幸母「そう言えば…………勝幸がね、あなたと同い年の女の子と住む事になったってよ」

「…………は?」



※その後Tetrisをしていた勝幸達


勝幸「あっ、理愛華テメェ‼︎いつの間にか社畜トレイン覚えやがって‼︎」

理愛華「ふふっ、喋ってると負けるよ?」

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