第3話 家に連れて来た少女の名前

4階建ての小綺麗なマンション。そこの一室が我が家である。

俺は、公園のベンチにいた少女に肩を貸している。

体調がかんばしくない為、ふらつきながら歩くこの少女を支えること10分ちょっと。やっとの事で家に辿り着いた。

解錠して、すぐ近くにあるエレベーターのボタンを押す。

3階に住んでいる自分には、階段の上り下りなど苦痛ではない。寧ろエレベーターが1階にない限り、階段の方が早かったりする。

しかし、今は女の子とは言えど、人を1人支えて帰って来ている。エレベーターが1階にいない場合は階段を使う事が多い俺だが、今回は最上階にいたエレベーターが降りて来るのをを待った。


勝幸「ここが家だ」

少女「うん、ありがとう」


家を紹介して、ありがとうってのは何だか変な気がする。まぁ、俺が期待している返事などないのも事実だが。


少女を支えながら、俺は303号室の鍵を回してドアを開けた。

自分の匂いがする。帰って来たと感じさせる、自分の匂い。

人は、やはり自分の匂いが落ち着く生き物だったりする。

でも、こんな状況で落ち着いていられる訳がなかった。何せ、弱った女の子を休ませる為に、家に入れようとしているのだから。

何をすべきかをあれやこれやと考えていて、落ち着く事は中々に難しい。

でも、すぐにすべき事は何個か思い浮かぶ。


勝幸「食えそうな晩飯でも作るか」


ソファに少女を置くと、何かに押されるようにコテンと倒れた。ただ、先程よりは気分が楽そうに、柔和にゅうわな微笑みを見せている。

家に着いてから、この女の子はフードを外していた。

明るい所でよく見ると、何気に顔は可愛い。これで性格も良ければ、クラスの人気者にでもなれそうだ。そして、髪は後ろでゴムでまとめてあり、まぁまぁ長いのか、後ろで輪っかを作ってコンパクトに纏められていた。

しかし、その中で気になるのは、やつれ気味の目つき。体調の悪さとは別に、何か原因がある気がする。落ち着いたら、聞いてみよう。

そんなところを見ながら、俺は急いで手を洗い、軽く食べられそうな物を作る為の材料を探した。

うどんがある。うどんなら消化しやすいと思うし、自分自身、弱ってる時にうどんをよく食べてた。

手際良く具を用意し、こないだ使い切ってなかった麺を1袋だけ突っ込んで煮込む。

その間に、俺は1つだけ遠回しな質問をした。


勝幸「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな」


考えてみれば、この少女と出会ってから、展開が急過ぎて、お互いに相手の名前をまだ知らないのだ。

最低限、身体が快方に向かうまでは保護すると思うし、聞いておくべきだ。

ふと、ソファからゆっくりと身体が起き上がり、少女はこっちを見た。

そして、落ち着いた声で名前を言う。



少女「…………中津川風葉なかつがわかざは



中津川風葉。それが彼女の名前らしい。

かざは、と言う名前の響きが個人的には何だか好きだ。

どう書くのだろうか。取り敢えず、俺は紙とボールペンを用意して、ソファの近くの机に差し出す。


勝幸「えっと………書いて貰ってもいいか?」

風葉「うん」


まだ元気なさげに身体を動かし、彼女はペンを握る。

サラサラ、っと5つの漢字が書かれる。

小さ過ぎず、丸っこくなく、学生の女の子にありがちな筆跡だった。


勝幸「川に風に葉か。自然たっぷりだな」

風葉「そんな方向の感想は初めてかも」

勝幸「だろうな。あ、俺も名前書かないとね」


そう言って、俺もペンを握る。

俺はそこそこのクセ字で、右払いが無駄に大きい。

礎勝幸という字においては3つ、4つ前後しかない筈だが、それでも特徴を含んだ字体で、名前を風葉に教えた。


勝幸「これで、いしずえかつゆきと読むんだ」

風葉「かつゆきか……ねぇ、ウチは何て呼んだらいいかな?」


二人称か…………

俺の場合、礎、勝幸、いしずー、の3パターンが殆どだ。でも、この子の場合は……


勝幸「……俺20歳だけど、お前は?」

風葉「えっと……16、かな」

勝幸「やはり年下か……」


この時点で、その3つは却下。

同級生の友人の呼称と同じにしたら、何だか違和感がある。

だからって、これがいいってのは無い。


勝幸「好きな呼び方でいいよ」

風葉「う〜ん………………じゃあ、いっしー」

勝幸「学校のクラスメートかよ」

風葉「なら、カッチー」

勝幸「変わらない‼︎」

風葉「飼い主」

勝幸「ペットか!!!!!!」


ダメだ、ツッコミたくなる。

とは言え、年下からの呼称ってのは考えるのが難しい。

先輩、って呼ばれるのはおかしい。礎さん、勝幸さん、ってのも他人行儀過ぎる。

他人行儀じゃダメなのか、って言われればそんな事は全く無いが、風葉については何も知らない。夜の公園のベンチに、1人でいた理由も。だから、いつまでの付き合いになるかは分からない。

もしも保護者がいるのなら、彼女の体力が回復したら、その人のもとへ行かせるつもりだ。しかし、それでも今後も俺を頼ってやって来るかもしれない。

虐待とかだと怖いな。児相が取り合ってくれないで……っていう事件もあるし。

そんな事を考えると、他人ではいられないのが、自分だった。

そうとなると………………


風葉「年下だから…………じゃあ、兄さん」


余ったのはやはりそれ位か。

ただ、『兄さん』というワードは、4歳年下────丁度この少女と同じ年齢────の妹が使っている。

でも、俺は何となく兄扱いされるのが好きだった。そういう趣味とかではなく、少し優越感を持てるのがいいのだと思う。

取り敢えず、中間を取ろう。


勝幸「分かった……でも、呼称が妹と似ているから、少し変えよう」

風葉「あれ、半分冗談交じりだったのに」


何とも言えない顔で、目線を送られている。

俺、やっぱりそういう趣味なのか……?


まぁいいや、と呟きながら、風葉は考えている。

俺はもう、自分が持ってるかもしれない性癖について追求したくないから、金輪際こんりんざいどう呼ばれても構わない。

十数秒の時を刻んで、彼女は口を開いた。


風葉「勝兄かつにい……なんてどうかな」

勝幸「よしそれで決まりだ」


突然の決定に、風葉は困惑した笑みを浮かべている。

それにしても、勝兄か……意外といい響きじゃないか‼︎

気に入ったから、今度からこれで呼んで貰おう。


あれ……



………………やはり俺は、ヘンテコな性癖を隠し持ってたのだろうか…………

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