第19話 始動
森を通る土の道の上を、ガタゴトと馬車が進む。
視界に入る木々も、夏の日差しを浴びた植物の匂いも、ルヴィにとっては馴染み深い故郷のものだ。
ルヴィ一行は帝都からの旅路をほぼ消化し、村のすぐ手前まで来ていた。
「こんなに奥まで来るとはなあ。辺境も辺境だぜ。はっはっは!」
「こらアンタ! 失礼なこと言うんじゃないよ!」
遠慮のないカルヴィンの物言いをフィリダが窘めた。ルヴィは笑う。
「気にしなくてもいいさ。辺境なのは事実だ」
「ほら見ろフィリダ! 俺らの村長は懐が広いぞ。ああ村長。別に辺境なのが悪いとは思ってねえからな。人がごちゃごちゃいるよりは、俺はこっちの方が好みだ」
カルヴィンは木漏れ日に気持ち良さそうに目を細める。
確かにカルヴィンは帝都の街並みの中にいるよりも、自然の中にいた方が似合っている。
本人もそう思っていたからこそ、村への移住に手を挙げたのだろう。
「帝都に比べれば、自然の豊かさと静かさくらいしか誇るものがないからな。それが気に入ってくれるなら言うことはないさ」
「おう。もう気に入ってきたぜ。上手く使ってくれよ、村長!」
豪快に笑うカルヴィンは頼もしい。
「この人は馬鹿だけど体だけは頑丈だから。遠慮せず働かせてやっていいよ、ルヴィ。ああ、もちろんわたしもね。力仕事なら任せな」
「ああ、よろしくフィリダ」
「お二人とも頼もしいですね。――あっ、村が見えましたよ!」
御者台に座るエミリーが前方を指差す。そこには確かに久しぶりの故郷があった。
帰ってきた。そう素直に思えることの幸福に、ルヴィは自然と笑みを浮かべた。
村の中まで入ると、留守を任せていた4人が出迎えてくれた。ロイとハウエルは畑仕事を中断して来たようだ。
「エミリーさん、おかえりなさいっす!」
駆け寄ってきたアニスがエミリーに抱き着いた。
「はい。ただいまアニスちゃん」
嬉しそうに笑い合う2人。ルヴィは微笑ましい光景から視線を離してロイを見る。
「ただいま、みんな。ロイ、何か問題は起こっているか?」
「緊急の問題はなにも。報告ならいくか。まあ、後でも間に合うぜ」
「そうか。それなら良い。不在の間、助かった。――それで、この2人が新しい移住者だ」
ルヴィはカルヴィンとフィリダを手で示す。
「カルヴィンだ! 力仕事なら任せろ! よろしくな!」
「わたしはこの男の妻でフィリダって言うんだ。これからよろしくね」
力強く笑う2人に、4人はそれぞれの反応を見せる。
「ロイだ。畑を担当してる。耕す土地はまだまだあるからな。手伝ってくれるなら助かるぜ」
「私はハウエル。最近はロイの手伝いと、時折魔物用に魔術の罠を仕掛けるのが仕事だ。よろしく頼む」
「シエラと申します。家事全般を担当させていただいております。カルヴィンさん、フィリダさん、よろしくお願いいたします」
「アニスっす! シエラさんの手伝いをしてるっす! お二人ともよろしくっす!」
「おう! よろしく頼むぜ!」
「可愛い子ばかりだね。これはわたしも張り切らないといけないね」
村の中に賑やかな笑い声が響く。暑い夏の日、村人は8人に増えた。
夕方にはカルヴィンとフィリダの歓迎会が開催された。
並ぶ手の込んだ料理は、帝都で購入した食材と調理器具を使い、シエラが腕を振るったものだ。
村の現状を踏まえれば十分過ぎるほどに豪華な食事だった。
「はっはっは! どれも美味えな! 帝都の店にも負けてねえぜ!」
「本当に美味しいねえ。シエラちゃん、いい腕してるよ。わたしにも教えて欲しいくらいだね」
「どうもありがとうございます」
「昔からシエラは料理上手だからな。シエラ、今日も美味いぞ」
「はいっ。ロイ…………さん」
シエラが嬉しそうに笑いながら固まるという器用な真似を見せた。
「師匠ー! そっちはアタシが作った料理っすよ!」
「ふむ……中々美味い。腕を上げたなアニス」
「へへへー」
隣同士に座るハウエルとアニスはいつものように仲が良い。
カルヴィンとフィリダの2人だけしか増えていないのに、賑やかさは以前から倍になったようだとルヴィは感じた。
「ルヴィさん、嬉しそうですね」
エミリーがルヴィの顔を覗き込んでくる。微笑ましいものを見るような表情だ。
「……そう見えるか?」
「はい。さっきからずっと嬉しそうに口元が緩んでいましたよ。気付いていませんでしたか?」
「ああ……」
言われてみれば、確かめるまでもなくルヴィは笑っていた。明るく楽しげに笑う仲間たちに、つい見入っていたようだ。
「……こんなに早く人が集まってくるとは思っていなかったからな。やっぱり嬉しいよ」
「ふふふ、私もです」
本来であれば先行するのはルヴィとエミリーの2人だけ。その後はカルヴィンとフィリダの冒険者2人を追加。
そうして無理のできる要員だけで最低限の環境を整える予定だったのだ。
今のように村に賑やかさが戻るのは、まだまだ先になるはずだった。
「そろそろ縁の精霊に、真面目に感謝の祈りを捧げる必要がありそうだ」
「収穫祭のときに一緒にお祈りさせてもらいましょうか」
「それもいいな。地の精霊、水の精霊、新緑の精霊に加えて縁の精霊にも祈るか」
秋に行う、恵みをもたらす精霊への祈り。今年の感謝と翌年の祈願を籠めた祭りだ。
新しい仲間に引き合わせてくれた縁の精霊へと感謝を捧げることに何ら問題はない。
「となると、新しい祭具も作らないといけないな……」
地の精霊、水の精霊、新緑の精霊の形代となる祭具は既にある。どれも村で採取した材料に、対応する精霊を示す精霊語を刻んだものだ。
縁の精霊を表す文字はどうだったか、とルヴィは頭を捻った。が、思い出す前にロイが酒を片手にやってきた。
「おいおい、ルヴィ村長。種も蒔く前に収穫祭の考え事かよ。ちょっとばかり早いぜ?」
からかうように笑いながら、ロイがルヴィの隣に腰を下ろす。
「確かにそうだな。ロイ。帝都と途中の村で種をいくつか手に入れて来たが、畑は間に合いそうか?」
「ま、何とかなるだろ。野菜の分の畑はハウエルに耕してもらった」
「うむ。頑張って広げたぞ」
横からハウエルが会話に入ってくる。アニスが作った汁物を持つ手は、ここ数ヶ月ですっかり豆だらけになっている。
「ありがとう、ハウエル。良くやってくれた。おかげで食い物に困る心配が減る」
「む、いや、私も村の一員だからな。これくらい当然だ」
「師匠、照れてるっすね~」
「……そんなことはない」
師弟がじゃれ合う。ハウエルは顔を隠すように汁物を啜った。
「ははっ、ハウエルは見た目より力があるからな。かなり役に立ってくれたぜ」
「……ロイ、さんも、麦の畑で奮闘されていました」
思わず、という調子でシエラが口を出した。
ロイが一瞬、困ったような嬉しいような顔になる。
「おう。まあな」
「ロイ。麦の畑は使えそうか? できれば秋には種を蒔けるといいんだが」
「種蒔きはできると思うが、その前に収穫する必要があるな」
「収穫?」
ルヴィは聞き返した。村の再建を始めたのは今年からのため、去年は麦を植えていない。麦畑に収穫するものなどないはずだ。
あるとすれば、野生化した麦くらいのもの――
「――まさか?」
「おう。想像通り。そのまさかだぜ。野生化した麦の周りからひたっすら雑草を抜いて、なんとか見えるようにはした。ほとんど自然のまま育ってたから実の大きさは悪いが、まあ、収穫はできそうだ。2年くらいじゃ変な交配も進んでないみたいだぜ。良かったな」
それは、かつて村で育てていた麦をそのまま引き継げるということだ。
ほとんどの伝統が絶えてしまったこの村にも、残るものがあった。
「そうか……ありがとうロイ。お前がいてくれて助かった」
ロイがニヤリと笑う。
「どういたしまして、だ。村長。だがその言葉は男より女に贈った方がいいぜ」
咄嗟に相手が思い浮かび、ルヴィは微苦笑した。
「……考えておく」
「なんだ村長! まだ手も出してないのか――ごほおっ!?」
無遠慮な言葉を吐こうとしたカルヴィンが吹き飛んで行った。
先ほどまでカルヴィンがいた位置には拳を振り抜いた姿勢のフィリダがいる。
「まったくアンタには気遣いってもんがない。――ああ、気にせず続けとくれ」
注目を集めたフィリダが何でもないように手を振る。
各人が顔を見合わせた。そうしている間にカルヴィンが何事もなく帰って来て、ルヴィはおかしくて笑ってしまった。
「話を戻そうか。ロイ。麦の収穫はいつ頃できそうだ?」
「もういつでもって感じだな。村長たちが帰ってなかったら、明日にでも刈り取るつもりだったぜ」
「そうか……それなら予定通り明日収穫しよう。カルヴィン、フィリダ。さっそくだが働いてくれ」
「おう! 任せな!」
「もちろんだよ」
力強く頷くカルヴィンとフィリダ。ルヴィは周囲に座る全員の顔を見渡した。
「みんな、明日からよろしく頼む」
思い思いの声が、動き始めた村の中に響いた。
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