第20話 試行錯誤

 麦の刈り取りに乾燥、夏植えの野菜の種蒔き、カルヴィンとフィリダ用の小屋の建設、薬の材料の採取と処理、その他色々……目の回るような忙しさの中で、あっという間に夏は過ぎていった。


 充実した日々を思い返す暇もなく、ルヴィは小屋の外に立て掛けた手作りの暦表を睨みつけ、これからの予定を整理している。

 村は秋が始まる匂いに満ちていた。


「麦の種蒔きはこの日に……収穫祭の準備はもう始めないと不味いか……? ああ、そういえばこの日辺りでゼツのおっちゃんが来るか。それまでに売る素材の準備を……」


 独り言を呟きながら予定を木製の暦表に刻んでいく。元は狩人として無言でいることも多かったルヴィだが、村長としての仕事を始めてからはすっかり独り言が多くなった。

 毎日毎日やらなければならないことが多すぎて、口に出さないと整理できないのだ。


 それでいて、初めて行うものはどれだけ考えても予定通りに行かないことが多い。

 失敗し、原因を考え、知恵を出し合って直す部分を決める。その繰り返しだ。


 予定を立てるときには余裕を持たせることが大切だと言うことを、最近ルヴィは身に染みて理解した。


 理解してもなお、上手く行かないことの方が多いのが悩みだ。


「村長に色々と聞いておけば良かったな……」


 最近口癖になりつつある言葉だ。亡くなった前村長と会話することはできない。

 それでも後悔が口癖になるほどに、引き継がれていないことが多すぎた。


 小さく溜息を吐いたとき、ルヴィは背後からの気配を捉えた。

 振り向けば、近づいてきているのはロイだ。


「おーい、村長。ちょっといいか?」


「ああ、どうした?」


 厄介な問題でないことを祈りながら聞き返す。


「村の税について、ちょっと認識を合わせようぜ」


 予想外の方角の相談だった。


「税、か? まだここは正式には村とは認められていないから、払うのはまだ先のはずだ」


 領主の記録上、ルヴィの村は廃村の状態のままだ。再建に手を付けてはいるが、村としての体裁は整っておらず、領主から何か通告があったこともない。

 税を納めてはいないが、同時に領民としての恩恵もないのが今の村の現状だ。


「おう、そこまでは同じ認識だな。で、村と認められるのがどこから・・・・なのかは分かるか?」


「……同じ村に住む者が20人を数えたら、のはずだ」


 20人。現在は8人なのでまだまだ遠いように思える。


「20人、ね。ちなみに、それを聞いたのはいつだ?」


 いつ……いつ? ロイの質問にルヴィは記憶を掘り返す。新しく詰め込んだ知識が多すぎて、思い出すのに少し苦労した。


「昔……先々代の村長に聞いたのと、……あとは今年の春に、ここから一番近い村でも同じように聞いた」


「うーん、そうか……」


 ロイが悩むように唸る。不穏すぎてルヴィは頭が痛くなってきた。


「……なにか不味そうなことでもあるのか?」


 答えを聞きたくはなかったが質問する。村長というのは面倒な立場だとつくづく思った。


「あー、たぶん大丈夫だとは思うんだけどな。……村を認定する場合の基準ってのは、その地の領主が決めるんだよ。で、ここらの領主って皇帝が新しくなってから変わっただろ?」


「ああ、変わったな」


 以前があまりにも酷かったために、皇帝に指名された者が就いたとルヴィも聞いている。


「おう。それで、村人が20人ってのは前の領主が決めた基準のはずだ。一番近い村で聞いたのも、そこの村が出来たときの話だろ?」


「……そうだな」


 ルヴィが自ら聞いた話だ。村と認定されるにはどうすれば良いのかと。

 答えは、「この村を作るときに20人と言われた」だった。


「……ロイ。8人でも村に認定されることがあると思うか?」


「さすがにないとは思う。……ただし、畑の広さで村の認定を行う領地があるって話を聞いたことがあるんだよな」


 難しい顔で後ろ髪を搔きながらロイが言う。


「畑の広さ……」


「ああ。領主が変わったことで、そっちに基準が変わった可能性もなくはない。実際どうなのかは確認しないと分からねえけど」


「……もし畑の広さに基準が変わっていたとして、今の広さで村の基準に引っ掛かると思うか?」


「ない、とは言えねえな。カルヴィンとフィリダが来てから少し張り切り過ぎた。畑の広さだけなら村人20人分くらいはあると思うぜ」


 ルヴィは村の畑がある方向に視線を向ける。


 カルヴィンとフィリダ、銀級冒険者の働きは凄まじいものだった。底なしの体力で畑を耕していたのはルヴィも見て知っている。


 加えて、カルヴィンが連れてきた赤いトサカの鳥も役に立っていた。思ったより頭が良いようで、カルヴィンが「雑草と虫だけ食え」と教えればその通りに動くのだ。


 カルヴィンには魔物を調教する才能があったのかもしれない。おかげで雑草の除去と虫を取る手間がかなり減っている。


 ……だが、それが今更になって危ういことかもしれないとは。


 ルヴィは胸の内だけで深く溜息を吐いた。


「ロイ。仮に畑の大きさで村と認定されたらどうなる?」


「来年から税を払う必要が出る。たぶん税の額は畑の広さで決まるはずだ。……前は麦で払ってたんだろ?」


「ああ」


 特産物も金もない村だ。周りの村と同じように、税は麦で支払っていた。


「それを聞いてたからな。さっき麦をどれくらい育てるかを計算してたときに、ふと考えついちまった」


 ロイは苦い顔をしている。麦を育てるところから、税としてどれくらい払うかまで計算したようだ。

 その際に村の基準まで思考が及んだと。


 ルヴィは静かに深呼吸をした。


「……まずはロイ、ありがとう。もし村の認定基準が変わっていたら、何の準備もできずに税を払う必要になるところだった。……そして、まずは領主へ確認しなければならない、か」


「ああ。村長が領主の町に出向いて、直接役人にでも聞くのが一番手っ取り早いけどよ……今の忙しさじゃ無理だろ?」


 ルヴィは先程まで見ていた暦表へ視線を戻す。秋の収穫が終わるまでは手が空くことはない。

 ギリギリの人数で村を回しているのだ。誰かを代理で出すことも厳しかった。


「無理、だな……」


「だよな。仕方ねえ。行商人に金を払って代わりに聞いて来てもらおうぜ。確か、行商の経路には領主の町もあったはずだ」


「そうだな……少し時間はかかるが頼むか……」


 ルヴィは何度目かも分からない溜息を吐く。


 村の認定は最も重要な部分で、それを確認するのはルヴィの役割だった。それなのに、過去から基準が変わっているなどという考えすら浮かばなかったのだ。


「ありがとう、ロイ。他にも気になったことがあればいつでも言ってくれ」


「おう。無理はすんなよ村長。上にいる奴の役割は、進む先を示して人を上手く使うことだぜ。全てを分かろうなんてのは、人には無理なもんだ」


「ああ、分かっている……胸に刻んでおくよ」


 自分が一人では何も成せないことを、ルヴィはとうの昔に思い知っている。

 ただそのことを、最近の忙しさで忘れていたのかもしれなかった。


 ロイは去り際に、いつものようにニヤリと笑った。


「疲れてるなら、少しエミリーにでも相談してみろよ。じゃあな」


 言い残してロイは畑へと戻って行く。


「相談か……」


 ルヴィは空を見上げて首筋を解し、再びこれからの予定を考える作業へと戻った。




 夜。ルヴィは小屋の中でエミリーと話をした。

 売るための薬草を藁で縛りながら、ゆっくりと語り合う。使っている藁は夏に刈り取った麦のものだ。


「村の予定は、村のみんなで決めることにしたらどうでしょうか」


「……それだと、みんなの仕事の時間が減らないか?」


 今のままでも全員忙しい。エミリーだって売るための素材の処理を監督する立場だ。

 余計な仕事を増やしては、他のやるべきことが滞るのではないかと、ルヴィは不安を口に出す。


「う~ん、今のままでもルヴィさんが予定を立てて他の人に知らせる、という動きがあるので、時間的にはあまり変わらないような気がします。ひとまず明日から試してみませんか? 夕食の後ならみんな少し余裕はあると思いますよ」


「そうか……そうだな」


 ルヴィは頷いた。


 村の誰も正解を知らないために、色々なことを試すと決めていた。だが、一度やり方を決めてからは見直すこともしていなかった。


 より良くなる可能性があるなら試すべきだ。どうせ駄目でも今と変わらないのだから。


「ありがとう、エミリー。明日の朝食のときにでも相談してみる」


 行動を決めたルヴィを見て、エミリーは優しく笑った。その表情が、ふと翳る。


「でも、最近ルヴィさんは忙し過ぎる気がします。ちゃんと眠れていますか?」


 エミリーがルヴィの顔を覗き込む。心配そうな表情に、ルヴィは嘘を吐かなかった。


「……少し眠るのが遅いかもな。最近は寝る前に考え事をすることが多い」


「そうですか……」


 エミリーが眉を下げ、それなら何かを決めたように頷いた。気合の入った表情だ。


 そのまま、膝を折って座る自分の脚をぽふりと叩く。


「ど、どうぞ。ルヴィさん。女性の膝を枕にすると、良く眠れるらしいですよっ」


 膝枕、というものらしい。


「そうカルヴィンさんから聞きました!」


「原因はあいつか……」


 ルヴィの脳裏に豪快に笑うカルヴィンが浮かぶ。明日会ったら……どうするべきか。


「さあ、どうぞ!」


「あ、ああ」


 良く分からない勢いのエミリーに押され、ルヴィは体を横たえる。エミリーの柔らかい脚が後頭部に当たった。

 下から見上げるエミリーの顔は何だか新鮮だった。


「あ、あの、この状態で顔を見られるのは恥ずかしいです」


「ああ……悪い」


 ルヴィは体の向きを変えた。狭い小屋の中が視界に広がる。

 肌越しにエミリーの体の音が伝わってきた。


 しばらくお互いに無言になった。顔も見えないので会話がし難い。


 静かな小屋の中。エミリーの生きる音を聞いていると、ルヴィは眠気を覚え始めた。目蓋が重い。

 

 ゆっくりと、目が閉じる。


 沈む意識の中で、微かにエミリーの声が聞こえた気がした。


「……おやすみなさい、ルヴィさん」

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