第18話 復路

 帝都で必要な行動を全て終え、村への出発当日。

 荷物で満杯になった馬車に乗って、ルヴィとエミリーは帝都の壁の外で移住希望者の2人を待っていた。


 季節は夏。帝都周辺に広がる農場は、どこも鮮やかな緑に茂っている。目の良いルヴィには豊かに実った野菜と、収穫を始める農家が見えていた。


「ロイとハウエルに任せた畑はどうなっただろうな」


「ほとんど自然に還っていたので大変だと思いますけど……順調に進んでいるといいですね」


「せめてある程度耕してくれていれば、夏植えの野菜が間に合うと思うんだがな……」


「そうですね……食べ物が自給できないと、ゼツさんや近くの村から買わないといけないので、お金が厳しくなっちゃいます」


 馬車の荷台に載せられた大量の穀物や保存の効く野菜類を見て、エミリーは困ったように笑った。


 ルヴィたちの村は現在、食料をほとんど自給できていない。ルヴィが狩る魔物や森で採取できる山菜はあるが、ウォルファーに売る素材の採取を考えれば、そちらばかりに集中することはできなかった。


 少しでも早く農業を再開しなければ村の資産を増やすこともできない。現状では村の復興どころか、新しく家を建てるのもまだまだ先だ。


「帰ったらカルヴィンとフィリダにも協力してもらって、麦の種を蒔く準備も進めないといけないな」


「ルヴィさんの村は元々秋蒔きだったんですよね」


「ああ、昔からそうだった。残念ながら詳しい理由は知らないんだが……まあ、無理に変えない方がいいだろうな」


 ルヴィは狩人だったので村の農業の慣習については詳しくない。そして村の生き残りが現在ルヴィしかいないため、過去の記憶を知る術もなかった。

 元は識字率も低い村のこと、村の歴史に関する書物なども残っておらず、ルヴィたちは手探りで進めていく他ない状態だ。


「調べることも、試さなきゃいけないこともいっぱいですね」


「そうだな。一歩ずつ進めて行くしかないだろう――と、来たみたいだ」


 ルヴィの目が帝都の壁を通り抜けて現れた背の高い2人組を捉える。


 大量の荷物を背負ったカルヴィンとフィリダだ。ルヴィの視線に気づいたカルヴィンが大きく手を振ってくる。


「おーい! 早いなあ2人とも!」


「おはよう。ルヴィにエミリー。もしかして待たせたかい?」


「いや、別に待ってはない。少し早起きしただけだ。おはよう2人とも」


「おはようございます!」


 挨拶を終え、ルヴィは改めてカルヴィンとフィリダの様子を見る。


 2人とも体の各部を覆う鎧を身に付け、背中には体のシルエットからはみ出すほどの荷物を背負っている。荷物の隙間からは武器の柄らしきものが突き出ていた。


「カルヴィン、フィリダ。荷物は馬車に載せたらどうだ?」


「はははっ、気にしなくていいぜ。馬より俺らの方が頑丈だからよ」


 カルヴィンは馬車を牽く2頭の馬に近付き、体格に見合った大きな掌で首筋を撫でる。


 撫でられた2頭は気持ち良さそうにブルルッ、と鳴いた。


 2人は本気で荷物を背負ったまま走るつもりのようだ。近場の依頼ならともかく、ルヴィの村は帝都からかなり距離がある。

 呆れた体力だ、とルヴィは内心で笑った。同時に頼もしいとも思う。さすがは銀級の冒険者だ。


「荷物を運ぶのに飽きたら言ってくれ。荷台の場所は空けておく」


「おうよ」


「ありがとうルヴィ。たぶん心配はいらないだろうけどね」


 笑うカルヴィンとフィリダ。それからエミリーの顔を見渡し、ルヴィは代表として音頭を取った。


「それじゃあ出発だ。――俺たちの村へ」





 村への旅路は順調に進んだ。


 元々は戦えるのがルヴィ一人でも問題なかった道だ。銀級冒険者が2人いる状況では戦力は過剰と言っても良い。


 たまに顔を出す魔物も鎧袖一触。一行は速度を落とすことなく目的地を目指す。


 途中、村への道程が半分を切ったところで、カルヴィンが「ちょっくら行ってくる」と付近の森へと入って行った。


 夕食用の獲物でも獲りに行ったのだろう、とルヴィは思っていたが、帰って来たカルヴィンは生きた魔物を担いでいた。


 赤いトサカを持つ鳥の魔物だ。それを2羽。

 魔物はカルヴィンの両脇に抱えられて大人しくしている。


「カルヴィン、こっちで捌くつもりか……?」


 ルヴィは聞いた。いつもであればカルヴィンは狩ったその場で血抜きを行い、軽く解体までして帰って来る。

 道の近くで血の匂いをさせると魔物が寄ってくるため、他の通行人の安全に配慮しての行動だ。


 森の中で解体まで行うと肉食の魔物に囲まれる危険があるが、腕に自信のあるカルヴィンは気にする様子はなかった。


 それが今日に限っては獲物を生きて持って帰るとは、いったいどうしたのかとルヴィは疑問に思う。


 ルヴィの問いに対し、カルヴィンはニカリと笑った。


「おお、村長。コイツら村で飼ったらどうかと思ってな。適当に草とか虫とか食わせておけば卵産んでくれるぜ。昔行った村ではコイツの卵をよく食ってた」


「……そうか。卵か」


 ルヴィは昔の記憶を思い出す。もう何年も前、変り者の友人から卵が欲しいと言われたことがあった。

 そのときは結局、手頃な鳥を見つけられずに蛇の卵を渡したのだ。


「いちおう雄と雌の番を連れて来たが、どうする村長? 飼わねえなら今日の晩飯用に捌いちまうが」


 言葉が分かった訳ではないだろうが、2羽の鳥がビクリと震えた。カルヴィンの食欲を感じ取ったのかもしれない。


 それでも暴れ出す様子は見られなかったが。


「……やけに大人しいが、何かしたのか?」


「ちょっと遊んだら騒がなくなったぜ。俺ぁ昔から魔物と仲良くなるのは得意なんだ」


 得意げな表情のカルヴィンに、相方のフィリダが呆れ顔で突っ込みを入れる。


「あんたは無自覚で威圧してるんだよ。仲良くなってるんじゃなくて、魔物が力関係を理解しただけさ」


 ルヴィもフィリダの意見が正しいだろうな、と思った。カルヴィンが捕らえている鳥たちは、「もうどうにでもしてくれ」と、完全に抵抗を諦めているようにしか見えない。


 ただ、どんな理由であっても、大人しい魔物というのは家畜として魅力的だった。


「……飼うか。もし上手くいかなくても今と変わらないだけだ。やれることがあるなら試してみよう。エミリー、何か意見はあるか?」


「いいえ。ルヴィさんの考えでいいと思いますよ」


「それじゃあ決まりだな。餌は色々と試してみよう。幸いなことに村の周囲に植物は豊富だ。虫もこれから畑にいくらでも湧いてくる」


 植物が豊富というよりは、むしろそれしかないと言うべきか。同じく虫もどこにでもいる。


「よーし、そんならコイツらの世話は俺がやるぜ。もちろん他の仕事もやるけどな!」


「助かるカルヴィン。頼んだ」


「おう! おーし、お前ら! 美味い卵を産めよ!」


 笑顔のカルヴィンに鳥の魔物は『コー』、と小さく鳴いて応えた。


「卵が手に入るようになると、お料理の幅が広がりますね! 何に使いましょうか?」


「卵料理ねえ。わたしはそのままただ茹でたのも好きだよ。簡単で塩だけでも美味いし、日持ちもするからね」


「ゆで卵ですか。いいですね。私は溶いてスープに入れるのが好きです。ふわふわしてて美味しいんですよ」


「へえ、美味しそうだねえ」


「俺はあれだ。さっき言った村で、なんか混ぜて焼いたヤツが美味かった記憶がある。……おい、フィリダ。あれの名前って何だった?」


「あれ、だけで分かるかい」


「お前も食ったろうが。ちょっと思い出せって」


 首を捻って考え始めた夫婦の気兼ねない様子に、エミリーは目を細めて微笑む。


「ルヴィさんは、卵料理で好きなものってありますか?」


「そうだな……昔一緒に住んだ恩人に作ってもらったことがあるんだが、オムレツって料理が好きだった」


「おむれつ、ですか?」


「ああ、そういう名前だったはずだ。溶いた卵を柔らかく焼いて、炒めた具材を包む料理だったんだが……そういえば他で見たことがないな」


 エミリーは頬に手を当てて考え込んでいる。


「う~ん、私は聞いたことがありませんね。卵に具材を混ぜて一緒に蒸す料理なら知っていますけど……。違いますもんね。帰ったらシエラさん聞いてみましょう。とってもお料理が得意なので、たぶん知っていますよ」


「そうだな。知らなくてもシエラなら簡単に作ってくれそうだ」


 そう言って過去の味覚を思い浮かべてから、ルヴィは小さく笑った。


「まあ、何にしても、まずは無事に育てるところからだ。まだ卵の一つも産んでないからな」


「ええと、確かにそうですね……ちょっと早く話題にし過ぎたかもしれません。……卵料理が楽しみだったので」


 エミリーが照れたように笑う。


「いや、それでいいさ。楽しみがあった方が頑張りやすい」


 ルヴィはエミリーに笑ってみせる。


 きっと、進む先に困難は多い。

 それでも近くで笑ってくれる者がいれば、少しずつでも前に進める力になるはずだ。

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