第17話 買い物

 ウォルファーとの商談を終えた翌日、ルヴィはエミリーと共に市場へ買い出しに出掛けた。


 これからは行商人のゼツが村に必要な物を運んでくれるが、ゼツにも他に回るべき地域があり、ルヴィの村まで来るのはまだ先のことになる。

 それまでの間、村に必要な物を買い込まなければならないのだ。


 もっとも食料関係はゼツの伝手で比較的安く買えることになったので、2人はそれ以外の品を求めて市場を回っている。


 今は金物を扱う露店で、並べられた複数の鍋を見比べている最中だ。


「ルヴィさん、こっちのお鍋なんかいいんじゃないですか?」


「ちょっと小さくないか? カルヴィンとフィリダはけっこう食うと思うから、それだと足りないと思うぞ」


「む、確かに。お二人とも体が大きいですもんね」


 相談しながら2人で、並んだ鍋を確かめていく。


 新しく引っ越してくるカルヴィンとフィリダの2人を入れても、村の人口はわずか8人しかいない。

 そのために食事は一緒に作ってしまった方が効率的だ。


 だが、8人分、元冒険者の2人を多めに考えて10人分の料理を作れる鍋となると、かなり大きな物を探す必要がある。

 毎日使う調理器具なので良い物を選びたいが、金属製の物は総じて高い。品質にこだわり過ぎると予算から足が出そうだった。


 なんとか決めた金額内で収めるために、2人はじっくりと慎重に鍋を吟味する。

 そして全ての商品を2周したところで、ようやく購入する鍋を決めた。


「やっぱりこれか」


「そうですね」


 選んだ鍋は小さな子供なら隠れられそうな大きさだ。歪みのない丈夫そうなフォルム。手入れに気を付ければ長く使い続けられそうだった。


 他に手頃な大きさの平鍋も買うことを決め、ルヴィは店主の老婆に目を向ける。気難しさが皺に現れているような外見だ。

 露店に並ぶ商品は交渉によって値引きしてもらえることがあるが、交渉の余地はあるだろうか。


 ルヴィが考えたところで、隣に並ぶエミリーが気合を入れたように声を上げた。


「ルヴィさん、私が行ってきます!」


 気合十分と言った様子のエミリーを見る。迷うことはなかった。


「頼んだ。安く買えると嬉しい」


「はい!」


 ルヴィは共用の財布を持って店主の下へ進むエミリーを見送った。


 2人が出会ってから金の管理はエミリーの役割だ。一介の狩人だったルヴィよりも、エミリーの方が金銭感覚はしっかりしている。

 エミリーが値引きに成功しないならルヴィにも無理だ。


 相方に値引き交渉を任せ、ルヴィは一歩引いた位置から周囲の様子を観察することにした。


 ガヤガヤと騒がしく混じり合った音の中から、役立ちそうな会話を聞き分ける。通行人が話す新皇帝への称賛、役人に関する愚痴。隣の露店の店主が話す商品の金額。路地裏から聞こえる怪しげな取引の声。


 ルヴィの村は辺境にあり、さらに復興の途中だ。そのために外部の情報が全くと言っていいほど入ってこない。

 国の中心である帝都で集められる情報は、どれも貴重なものだった。


 ルヴィの故郷が国から見れば吹けば飛ぶような村の一つでしかない以上、最低でも国内の情勢は知っておきたい。


 意識を広く、視野を広げて情報を集めながら、エミリーの交渉にも耳を傾ける。


「もう一声。――でどうでしょう」


「これより下げるのは無理だね。見なよ。こんないい品を安く売ったらこっちが干上がっちまうさ」


「では、こっちの手鍋も買うので――にしてくれませんか」


「ふん、それなら合わせて――だね」


「……分かりました。あとすみません、裁縫用の針は扱っていますか?」


「あるよ。こっちだね」


「それじゃあ、これと、これ。ください。いくらになりますか?」


「いいよ。分かった。良い鍋買ってくれたんだ。針くらいオマケにつけてあげるよ。仕方ないね」


「ありがとうございます! お代はこれで」


「あいよ――毎度あり」


 エミリーが交渉を終えたことを確認して、ルヴィは意識を切り替えて歩き出す。さすがに荷物を運ぶのはルヴィの役割だ。


 近づいてくるルヴィを見て、店主の老婆はからかうようにニヤリと笑った。


「若い夫婦にしては随分と大きな鍋を買うんだねえ。これからたくさん子供でもこさえるのかい?」


 ひ、ひゃひゃ、と皺を曲げて笑う老婆に、エミリーが「いや、そんな……」と顔を赤くして両手を振った。

 ルヴィは苦笑を浮かべながら、鍋の持ち手に紐を通して背負う。


「子供じゃなくて、村の仲間と一緒に食う用の鍋だよ」


 エミリーが手を振る速さが目に見えて落ちた。それでも顔の赤さは消えていない。


 老婆は2人の反応を楽しむように目を細め、「また来なよ」と2人を見送った。

 なんとなく気まずい雰囲気になりながら、ルヴィとエミリーは店を離れる。


「あー、エミリー」


「ひゃいっ」


 びくり、とエミリーの肩が跳ねる。ルヴィは平静を装いながら前方を指差した。


「次は古着を見に行くか」


「そ、そうですね。服とか布とか、みんなの分も買わないとです」


 帝都の人並みに流されないように、2人は距離を縮めながら次の店へと歩いた。



 無造作に積まれた古着の中から比較的状態の良い物を2人で選んでいく。服というのは高価な物で、新品はそう買えるものではない。

 新しい服というのは職人がその人に合わせて作る特注品であり、ルヴィとエミリーには金銭的な余裕も、完成を待つ時間もなかった。


「う~ん、アニスちゃんはこれから大きくなると思うので、少し余裕を持った服も買わないといけませんよね」


「畑をやってるロイの服もだいぶ擦り切れてたはずだ。……少し無理をしても、なるべく多く買っていった方がいいな」


「そうですね……ゼツさんに頼むよりも、今ここでまとめ買いした方が安いです」


 ゼツに頼めば古着も運んでくれるだろうが、輸送の手間の分だけ金額は高くなる。買えるなら、帝都にいる今の内に買ってしまうのが一番安い。


「とりあえず安く売っている服を多めに買って、村で修繕しながら着ていくしかないか。シエラは裁縫が得意だったよな?」


「はい。針仕事は好きだと言ってました。布があれば簡単な服なら作れるそうです」


「それなら布も多めに買っていくか」


 商品をぐるりと見渡して、ルヴィは見かけた毛皮の帽子を見て思う。

 それと、村に帰って狩りをしたら毛皮で何か作ってもらおう。昔はなめした皮をほとんど売ってしまっていたが、村で利用できるなら使ってもいい。


 帽子から目を戻すと、ルヴィの隣ではエミリーがやる気を目に浮かべながら袖を捲っていた。


「なるべくまとめて買いましょう。値引きしてもらえます」


 心強いエミリーに「そうだな」と返し、ルヴィは再び古着を手に取った。


 2人は手分けをして古着を探し終え、エミリーが店主と値段を交渉し始める。

 かなりの量を購入することになったので、若い男店主も快く割引してくれそうだった。


 エミリーの交渉の様子を見守っている最中、ルヴィはふと店の片隅に置かれた装飾品に目を止めた。

 店には新品に近いような古着も売っていたので、そちらの高価な服に合わせるものだろう。


 輝く貝殻の釦。磨かれた黒い石が付いた飾り紐。――それから、何かの甲羅を加工したらしい鮮やかな青の髪飾り。


 なんとなく、エミリーの柔らかな緑の髪に似合いそうな髪飾りだと思った。


「ルヴィさん? 会計終わりましたよ?」


「ん、ああ――」


 不思議そうに見上げてくるエミリーから紐で頑丈に縛られた古着の塊を受け取り、先程買った鍋の中へと放り込む。


 それから、古着が売れて明るい顔の店主へと目を向けた。


「すまないが、この髪飾りはいくらだ?」


「ああ~と、それなら、たくさん買ってくれたから値引きして――」


「いや、値引きはいいんだ」


 言葉を遮られた店主は一瞬固まり、それからルヴィとエミリーを見比べて「ああ、なるほど……」と呟いて金額を口にした。


 ルヴィは即決で代金を渡した。

 金銭的に余裕がある訳ではないが、それでも狩った魔物の魔核を売った分など、ルヴィが自由に使える金は多少ある。


「ええと、ルヴィさん……?」


「少し動かないでくれ」


 エミリーの髪に手を差し込み、購入したばかりの髪飾りを留めた。鮮やかな青がよく映える。


「うん。よく似合ってる」


「あ、あ……あの、ありがとう、ございます……」


 エミリーは顔を赤らめて俯いた。恥ずかしそうにちらちらと視線を上げようとする――ところで横から無粋な声がかかった。


「あー、人の店の前でいちゃいちゃしないでくんない?」


 古着屋の店主が不機嫌そうな顔でカウンターに頬杖をついている。どうやら独り身らしい。


「悪いな」


 笑って謝り、ルヴィはエミリーの手を取って歩き出す。


 離れていく2人を、古着屋の店主はぞんざいに「毎度ありー」と見送った。


 古着屋を離れ、2人は会話もなく、次の行き先も決めずに露店が並ぶ中を歩く。途中でエミリーが「あのっ」と声を上げた。


「あの、ルヴィさん、ありがとうございます。嬉しいです」


 まだ赤い顔のまま、エミリーは微笑んだ。


「でも、もし値切っても、私の嬉しさは変わりませんよ?」


 隠すことでもないので、ルヴィは売った魔石の金額をエミリーに伝えている。だから、エミリーはルヴィの所持金がどれくらいあるか知っているのだ。

 髪飾りの値段が、かなり財布に痛いのも知られている。


 ルヴィは自由な方の手でポリポリと頭を掻いた。


「まあ、ただの男の見栄だ。たまには甲斐性も見せないとな」


「ふふ、どちらにしても嬉しいです。大切にしますね」


「……ああ、そうしてくれると嬉しいよ」


 次の店に付くまで、2人は繋いだ手を離すことなく歩いた。

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