狩人ルヴィの故郷復興記

第10話 秘密

　変わった２人組みだ。そう思いながら、ルヴィはハウエルとアニスを連れて森の中を進む。

　どう見ても素人なのに森の中に滞在していると言う２人を、村まで連れていくためだ。近場で死なれても困る。

「あ～と、ルヴィ殿。本当に村に滞在しても良いので？」

「ああ。さっきも言ったが、復興途中の村だ。場所は空いてる。代わりに住む場所は小屋くらいしかないけどな。野宿よりマシだろう？」

「それはまあ、確かに……」

　ルヴィは背負った大蛇が木の枝に引っ掛からないように、上手く道を選んで木々の間を通り抜ける。

「この蛇くらいにでかい魔物はそう多くはないけどな。それでも森には人を襲う魔物が出る。戦う力がないなら、森の中で過ごそうなんて考えない方が身のためだ」

「ええ……身に染みました……」

　どんよりと落ち込むハウエルに、やはり悪人の気配はしないなと、ルヴィは内心で首を傾げる。

　罪を犯して逃げてきた訳ではなく、死にそうな程の仕事から逃げて来たと本人は言っていたが、それも本当なのかもしれない。

　となれば、ハウエルは言葉を濁していたが、役人の類だろうか。

「あの、ルヴィさん。この蛇には目潰しの魔術が効かなかったんすよ。普通の魔物なら、ちゃんと逃げきれたはずっす」

「アニス……」

　ハウエルの弟子だと言うアニスが、師匠をフォローするように声を上げた。

　ルヴィの見る限り、２人の師弟関係は良さそうだ。アニスからも負の気配はしない。２人揃って善人だろう。

　むしろ、そうでなければルヴィも村へ連れて行こうなどとは思わない。

「……蛇は雲の厚い夜中でも獲物の位置が分かるからな。鼻がいいのか、それ以外で感じる方法があるのかは俺も知らないが、目潰しが効かないこともあり得るだろうさ」

「そうなんすか……。目があるのに、なんだか納得できない話っすね……」

　不満そうにアニスは唇を尖らせる。

「うむ……不思議な生態だな……。ところでルヴィ殿。その蛇はもしかして食べるのだろうか。先ほど毒矢で倒したと聞いたが……」

　ハウエルは不安そうな顔だ。矢に塗られた毒を食らい、苦痛にのたうち回る大蛇をハウエルは目にしている。毒に侵された蛇を食べて、人が無事で済むとは思えない。

　だがハウエルの疑問に対して、ルヴィの反応は軽い笑みだった。

「それなら気にしなくていい。使った毒は熱を通せば消える種類だ。ちゃんと焼けば食える」

「な、なるほど……」

「すごいっすね……」

　本職の狩人の言葉に、知識も経験も薄い２人は引き攣った顔で頷くのみだ。食うか食われるか、という言葉が２人の脳裏に浮かんだ。

「それにしても、２人には悪いがこれだけの獲物が手に入って助かった。しばらく村を離れるつもりだったからな。村に残る仲間の分の肉を獲る必要があったんだ」

「どこかへ遠出するのですか？」

「この辺で採れた薬の材料なんかを売りに、帝都まで行ってくる予定だ。その足で昔馴染みの行商人に声をかけて、あとは移住希望者と一緒に帰ってくる」

「なるほど……帝都まで……」

「帝都までっすかあ……」

　目的地が帝都と聞いて微妙な反応をする２人に、ルヴィは前を向いたまま疑問を投げる。

「帝都がどうかしたか？」

「いえ、なんでも」

「なんでもないっす！」

「そうか」

　明らかに嘘だと分かったが、ルヴィは追求しないことにした。自身も裏の組織に関わったことのある身だ。犯罪者でないならば気にしない。

　ただ、ロイとシエラの２人組みといい、訳ありの人間が集まるものだと思った。

「……まあ、村が賑やかになるならいいか」

　呟いて、ルヴィは後ろを歩く２人へと振り返る。

「村まではもうすぐだ。頑張って歩けよ」

「ええ」

「了解っす」

　再び前を向いたルヴィの目には、木々の間から村へと続く道が見えていた。

　ルヴィが村の入り口まで来ると、気が付いたエミリーがパタパタと走り寄って来た。

「ルヴィさん、おかえりなさい！　すごい大物ですね！」

　ルヴィが半ば体に巻き付けるように背負う大蛇を見て、エミリーは嬉しそうに笑う。

　狩人のルヴィと一緒に過ごしているせいか、蛇程度では驚かなくなっているようだ。

「ただいま。運良く見つけたんだ。これでロイとシエラに肉も残しておける。あとエミリー、お客さんだ。こっちは運が悪かった方だな」

「お客さん？」

　首を傾げたエミリーだが、ルヴィが蛇の巨体ごと体の向きを変えたことで２人に気付き、驚きに目を見開いた。

「わっ！　気が付きませんでした。ええと、こんにちは。ようこそおいで下さいました――って擦り傷だらけじゃないですか！　早く手当をしないと！」

　森の中を全力疾走したハウエルと担がれたアニスは、２人とも木の枝や藪に引っ掛かって傷だらけだ。

「この蛇に食われかけているところを助けたんだ。塗り薬は俺が持ってるから、エミリーはお湯を沸かしてくれ」

「分かりました！」

　パタパタと足音を立て、エミリーは急ぎ足で来た道を戻って行った。

　ルヴィ達も後に続く。

「さて、ここから見える真ん中の小屋が、今はこの村の中心だ。エミリー……ああ、今の娘がエミリーだ。互いに名乗る暇もなかったな。まあ後回しだ。エミリーがお湯を沸かしてくれるから、それで傷を清潔にして、それから手当だな」

　気軽に話すルヴィに、ハウエルは恐縮するように頭を下げる。

「ありがとうございます。蛇から助けてもらった件も含めて、このお礼は必ずいたします」

「ありがとうございます！　この恩は返すっす！」

　２人の改まった様子に、ルヴィは困ったように笑う。

「別にそんなに気にしなくてもいいさ。辺境の村の暮らしはそう楽じゃないからな。助けて助けられてが日常だ。お礼と言うなら、しばらくこの村の復興に協力してくれると助かる」

　ルヴィの言葉に、ハウエルとアニスは顔を見合わせる。答えは同じだった。

「もちろん。協力させていただきます」

「頑張るっす！」

「そうか。なら改めて、村長見習いのルヴィだ。よろしくな。ああ、一緒に働くんだから楽な話し方をしてくれよ。どうせ礼儀に厳しいような場所じゃない」

「む…………分かった。ハウエルだ。よろしく頼む」

「アタシは勉強中の身なのでこのままっす！　アニスっす！　よろしく村長！」

　ハウエルとアニスの様子に、ルヴィは満足そうに頷いた。

　ルヴィが２人を連れて小屋の前まで来ると、ロイとシエラが近寄って来た。

「エミリーが怪我人って慌ててたが、傷が深くはないみたいだな。なによりだ」

　ハウエルとアニスの様子を見たロイが、ニコリと人懐っこい笑みを浮かべる。

「俺はロイだ。こっちはシエラ。よろしくな、お二人さん」

「シエラです。よろしくお願いいたします」

　ハウエルはロイの顔を見て、アニスはシエラの完璧な礼を見て、それぞれ固まった。

「あ、ああ……ハウエルだ。しばらくお世話になる……よろしく頼む」

「ほわあ……あっ、アニスっす。どうぞよろしくっす！」

　不審な挙動をする２人に顔色一つ変えず、ロイはルヴィに視線を向ける。

「これから手当だろ？　その蛇はこっちで処理しとくぜ」

「ああ頼んだ。肉は洞窟の食料庫に入れておいてくれ」

「あいよー。――っとお。またな二人さん」

　ロイはシエラと協力して大蛇を抱え、村の端へと歩いて行った。

「さて、それじゃあ小屋の中に入ってくれ。手当てを始める――ハウエル？　どうかしたのか？」

　ルヴィが振り返ると、ハウエルは非常に困惑した顔をしていた。ルヴィに声をかけられて、ハッとしたように反応する。

「い、いや……なんでもない。よろしく頼む」

「ならいいが……」

　不審に思いつつも、ルヴィは２人を小屋へと案内する。

　小屋の中では、エミリーがお湯と布を準備しているところだった。

「あ、ルヴィさん。お湯が沸くのはもう少しかかります。綺麗な布は用意しておきました」

「助かる。それなら今のうちに――」

　ルヴィはハウエルとアニスの恰好を見る。顔や手も擦り傷だらけだが、服もかなり汚れている。

「２人の着替えも用意するか。ハウエルの分は俺が貸すとして。エミリー、アニスに服を貸してやってくれ」

「はいっ、外に干した服が乾いている頃なので、すぐに持って来ます！」

「それなら俺も行く。２人とも、適当に座って待っててくれ」

　ルヴィとエミリーは２人揃って小屋を出て行った。

　残されたハウエルとアニスは、汚れた体で座るのも気が引けて立ったままだ。

　小屋の中が静かになったところで、ハウエルが小さく声を出した。

「なあアニス。あのロイと名乗った青年を、私は城で見たような気がするのだが……」

「お城でさっきの人をっすか？　元庭師とか？　さっき見たら膝のところに土がついてたっすよ。畑仕事っすかね」

　ハウエルは目を閉じて記憶を掘り起こす。

「いや……そうではない。さっきの青年は、『影の皇子』と呼ばれた方に似ているのだ」

「……なんすかそれ？」

「前皇帝陛下の隠し子……と言っても公然の秘密だったが……聞くところによるとメイドに産ませた子らしい。帝位の継承権は与えられていなかったが、幼い頃は他の兄弟より優秀だったと聞いている」

「おおう……なんかお城特有のドロドロした話が出て来たっすね……。アタシああいうの苦手っす……。貴族の女の人とか、すごい笑顔なのに目が笑ってないっすよね……ちょー怖いっす」

「うむ……実は私も得意ではない」

　欲望渦巻く城での出来事を思い出し、２人は揃って溜息を吐いた。

「でも、さすがに人違いじゃないっすかね。“影の”が付いても、皇子様は皇子様じゃないっすか、こんな場所にいるはずないっすよ。師匠が皇子様に会ったのはいつの話っすか？」

「……お姿を拝見したのは数年前に一度だけだ。むう……確かに、この村にいらっしゃるはずもないか……」

「ただの見間違いっすよ。きっと」

　人違いという結論が出たところで、ルヴィとエミリーが小屋に戻って来た。ハウエルとアニスは大人しく手当てを受けることにする。

「……なあシエラ。さっきのハウエルって奴。なんか見覚えがあるんだが」

　解体のために蛇を木に吊るしながら、ロイが小さく呟いた。

「はい。先ほどのハウエル様は、対貴族特別捜査室の一員、ハウエル・ホロワイト様で間違いありません」

「あ～……バートレストの部下か。なるほどな。道理で……いや、だとしても何でここにいるんだ？　俺の追手にしては不自然だろ」

　対貴族特別捜査室の目的は、不当に民を虐げる貴族を罰し、帝国の国力を上げることにある。

　自ら影響力を捨てたロイを追うような理由はない。

「バートレストがそんな指示を出すこともないはずだ……あいつは仕事の鬼だからな。意味のないことはしない。となると……？　いや、さっぱりだな。あいつがここにいて得をするような人間がいない。シエラ。ハウエルの情報はあるか？」

　大蛇の皮へと器用にナイフを入れながら、シエラは自分が持つ知識を主に伝える。

「はい。ハウエル様は封印五家の一つ、ホロワイト家の次男となります。当主は長男が継ぐ予定ですが、光の魔術の腕では当代一と言われております。また、封印術の担い手をして選出されています」

「封印術の光の担い手か？　なんでそんな奴が捜査室にいるんだ？」

「風景の転写術、およびその術を使用しての書類の複製術が使用できる人材であるため、バートレスト様が半ば無理やりに引き入れたそうです」

「ああ、なるほど……。逃げ足だけは早い貴族も多いからな。その対策か。確かに、転写の術式は改ざんができない。現場に連れていけば十分な証拠を確保可能だ。いい手だな」

　蛇の内臓を捨てるための穴を掘りながら、ロイは感心したように頷いた。

「はい。捜査室としても、とても使い勝手の良い人物だったようです。ですがそのせいか、最近は激務に対する愚痴が増えていたと聞いています」

「……となると体調でも崩して休暇中か？　それにしては元気だったが……まあ、これ以上の詳しい話は直接聞いてみるか。あとシエラ。隣にいたアニスって娘は何者だ？」

「アニス様は平民ですが、珍しい光の適性をお持ちの方です。表向きはハウエル様の弟子となっておりますが……実態は夫人候補と言っても良いでしょう」

「ああ、光の適性を持つ血を絶やさないためのか。どこもやることは変わんねえなあ……」

　魔術の適性と魔力量は、基本的に親から受け継がれる。優秀な血を取り入れていくことで、貴族は強大な力を手にしているのだ。

　ロイはそれを悪だとは言わない。だが、ロイが産まれたのは、決められた結婚に嫌気がさした皇帝が戯れでメイドに手を出したせいだ。

　母子ともに散々苦労してきたことを想えば、そのやり口に苦々しい気分にもなる。

「……まあ、あの２人は仲良さそうだったから、普通に上手く行くのかもしれねえな」

　短く息を吐き、ロイは気持ちを切り替える。

「ひとまずは分かった。詳しいことはそれとなく聞くとして、後は俺の正体を誤魔化すだけだな。さっきの顔だと、俺に見覚えがあっても確信はなさそうだ。なんとかなるだろ。シエラもちゃんとやれよ？　俺のことは？」

　ピタリと、蛇の腹部を裂いていたシエラのナイフが止まる。

「ロ、ロイ…………………………………………さま」

　最後の言葉はボソリと呟かれた。

「いや、そこまで行ったらもう心の中で付け足せばいいだろ」

「精進いたします……」

　変なところで不器用なシエラに笑いながら、ロイは村の中心にある小屋へと目を向けた。

「ま、とりあえずは賑やかになりそうだ」