第11話 商品の準備
強い日差しが降り注ぐある日の午後。ルヴィ達は小屋が作る日陰の中で作業をしていた。
帝都へと売りに行く品々の整理や梱包だ。
丸太に座ったアニスが、ザルに盛られた虫の死骸を見て顔を引き攣らせる。
「こんな気持ちの悪い虫が高値で売れるなんて、世の中分からないっすね~」
「うむ……不思議なものだ。それにしても、こうも多いと鳥肌が立つな……」
ハウエルも苦しそうに眉間に皺を寄せる。ハウエルとアニスが担当しているのは乾燥させた薬草の箱詰めだ。
2人とも、虫の山からは少し距離を取っている。
その様子をロイが笑った。
「薬の材料になるって言っても、この虫を使うのを想像したら飲みたくねえよな」
「そうっすよね! 飲むときに虫の顔が浮かんじゃうっす!」
「私もちょっと飲みたくないです……」
エミリーも控え目に笑いながら同意した。
薬の材料となる虫は3種類だ。光沢のある硬い甲殻を持つ巨大な”岩殻虫”に、群れで大きな羽音を発して身を守る”大鐘虫”、それから毒の鱗粉を持つ”爛毒蛾”。
どれも気持ちのいい見た目はしていない。
虫が苦手な都会出身者と女性陣に、1人で虫の担当をしているルヴィは小さく首を捻る。
「慣れている俺には良く分からない感覚だな」
日常的に森に入り、さらに食べ物が足りなかった時期には虫も口にしていたルヴィにとっては、山盛りの虫もただの素材だ。
「さすが本物の狩人は違うっすねー。う~ん。アタシも、これがお金に変わると思えばなんとか……いや、やっぱり無理っす」
目を細めて虫の山に注目したアニスは、結局諦めて視線を逸らした。
「ははっ。森ん中だけあって、ここらの虫はデカいからな。アニスも俺らと一緒に土弄りでもするか? 嫌でも慣れるぞ。シエラだって最初は悲鳴を上げてたもんだ」
「あれは……不覚でした。忘れてください……」
村に来た当初のことを思い出し、シエラは顔を赤らめた。
ロイとシエラは雑草に埋もれた畑の再生作業を行っている。最近はようやく一部を畑として利用できるようになったが、初めの頃は雑草と虫達の楽園のような状態だった。
引き抜いた雑草に掌サイズの毛虫がついていたときは、さすがのシエラも悲鳴を上げてしまったものだ。
ロイの護衛兼専属メイドとして悪意や敵意には耐性があるシエラだが、直接的すぎる気持ち悪さにはどうしようもない。城の中では巨大な虫などほとんど見ないのだ。
「畑っすかあ……」
アニスは虫の山を見る。気持ち悪い。しかし、
「も、も、もちろん。人手がひ、必要ならいつでも手伝うっすよ……!」
ルヴィに命を救ってもらった恩を返すためならば、苦手だとは言っていられなかった。
隣に座るハウエルも頷く。
「うむ。私も手伝おう。いつでも言ってくれ」
「そりゃあ助かる。まだまだ使えるように出来てない畑は多いからな」
ハウエルとアニスは普段、光の魔術を使用してルヴィの罠作りを手伝っているが、ルヴィが帝都へ素材を売りに行く間はそれもなくなる。
人手があるうちに畑を広げた方がいいだろう、とはルヴィとロイで話していたことだ。
「畑は任せた。ぜひ頑張ってくれ。ああ。そうだロイ、買って来て欲しい野菜の種なんかはあるか?」
「ん? ああ、いくつかあるな。後で書いて渡すぜ」
「分かった。他のみんなも、何か欲しいものがあれば出発までに言ってくれ。行商人が村に来るのも、きっとまだまだ先だ」
「欲しいものっすかあ。そういえば、ルヴィ村長は帝都で何を買って来る予定なんすか?」
ルヴィは虫を小分けに詰めながら、購入予定の品々をそらんじる。
「買う予定なのは……まずは塩だな。食い物は最悪狩りでなんとかなるが、人は塩なしじゃ生きられない。この近くじゃ岩塩も採れないしな」
「へえ~、この近くには岩塩ってないんすか~」
アニスはくるりと視線を隣に向ける。
弟子の視線を受けたハウエルは、誤魔化すように笑って顎を掻いた。
「あとは主食用に挽いた麦と芋、それから畑に撒く種も買って……食い物はこんな感じか。もし野菜が足りなくなったら、一番近くの村で少し譲ってもらうつもりだ」
肉に関してはルヴィの狩りで賄える。あとは魚も獲れば十分だろう。
「食い物以外だと、大きなのは金物だな。包丁や鍋を買いたい。特に鍋だな。全員分の食事を一度に作るなら、もっと大きな鍋が欲しいところだ」
「お鍋は私からの要望ですね」
エミリーが控え目に笑って手を挙げた。
現在村にあるのは、各々が旅用に使っていた小型の鍋だけだ。元々村にあった鍋は錆びて使い物にならなくなっているので、人数が増えることを考慮して大型の鍋を買う必要がある。
「残りの買い物は、ここにある素材がどれくらいの金額で売れるかによるな。高く買い取ってもらえれば、酒や甘味も買って来ようかとは思うが……それも結果次第と言ったところか」
大工を呼ぶための貯蓄ができるくらいの値段で売れて欲しいが、とルヴィは付け足した。
「知り合いの行商人を通して売るつもりなんだよな? やり手なのか?」
「あ~……ゼツのおっさんはこの村まで行商に来てくれるくらいに良い人だったが……むしろ、そのせいで儲けはあまり出ていなかったらしい。とりあえず、顔が広くて誠実な商売をしてくれる人なのは確かだ」
「ふうん。それならまあ、悪いようにはなんねえか」
「たぶんな」
ルヴィも数年間会っていないので、今の様子は手紙でしか知らない。
「どの道、こんな辺鄙な村まで来てくれるのは駆け出しの商人か、それともお人好しの商人かのどっちかだ。経験のある行商人が助けてくれるなら、素直に頼らせてもらおうと思う」
何の実績もない復興途中の村には、来てくれる行商人がいるだけありがたいものだ。
「なんか色々大変なんすねえ……。あれ? そういえばその行商人のゼツさん? って人とは帝都で会えるんすか? 行商人って色んな場所を回ってるっすよね」
「ああ、それなら大丈夫だ。帝都にいたときに手紙のやり取りはしていたからな。そのときに再会する日付も決めてある。数日以内に出発すれば、余裕を持って間に合う予定だ」
エミリーが頷く。
「ゼツさんに会って商会と顔を繋いで、それからお買い物をして、最後に移住希望者の方を連れて帰って来る予定ですよ」
『移住希望者』の言葉を聞いて、ハウエルは手を止めてルヴィを見た。
「そういえば、新しい住人となる者の話は聞いたことがなかったな。ルヴィ殿、どのくらいの人数がやって来るのだ?」
「いっぱい来るっすか?」
ハウエルとアニスの様子に、ルヴィは少し苦みの混じった笑みを浮かべる。
「期待しているところ悪いが、今回来るのは2人だけだ。ある程度環境が整ったら移住してもいいって人は、それなりにいたんだけどな」
「まあ、そこは仕方ねえだろ。村の再建から関わりたいって物好きはそんなにいねえよ」
物好きのうちの1人であるロイが笑いながら言った。
「来るのは2人っすかあ。どんな人なんすか?」
「2人と言うか一組なんだが、冒険者の夫婦だ。30半ばを超えて、稼ぐだけ稼いだから引退を考えているらしい。どっちも明るい人だったな。村の復興に関わるのも楽しそうだと2人で笑っていた」
「おお~。なんか強そうな感じっすねえ」
「実際2人とも銀級の冒険者だからな。かなり強いぞ」
冒険者の最上位は金級だが、ここまで来ると化け物のような強さになる。銀級でも十分にベテランだ。
「銀級の冒険者とは頼もしいもんだ。力仕事が得意そうなのもありがたい」
「そうだな。色々と頼らせてもらうつもりだ」
冒険者なら力仕事にも期待できる。それに何より、ルヴィとしては年齢から来る経験にも頼らせてもらいたかった。現在村にいる面々は若いし、ルヴィ本人も未熟だと言う自覚がある。
帝都の冒険者は人数が多い関係で、他の冒険者と関わることが多い。ベテラン冒険者である2人から学べることも多いはずだ。
「ふふ。頼らせていただくお礼に、せめて食事くらいはちゃんと作らないといけませんね」
難しい顔をしたルヴィに、エミリーは微笑みながら言う。
その笑顔に、ルヴィは肩の力を抜いた。
「そうだな。そのためにも大型の鍋を買わなきゃならないし……しっかり金を稼ぐ必要もある」
ルヴィはその場の全員の顔を見渡す。
「俺も交渉は頑張ってくるが、みんなも素材が少しでも高く売れるよう、丁寧に作業を行ってくれ」
「はは、おうよ」
「心得ております」
「うむ。気を付けよう」
「頑張るっす!」
最後に、ルヴィとエミリーが視線を合わせた。
「頑張りましょうね、ルヴィさん」
「そうだな。まだまだ始まったばっかりだ」
村の復興のために、6人は丁寧に作業を進めていった。
そして2日後の朝。ルヴィとエミリーの2人は、商品となる素材を馬車に積み込んで村を出発した。
目的地は帝都。天気は暑いくらいの快晴だ。
御者台の上で、つばの広い帽子をかぶったエミリーがルヴィを見上げる。
「そういえば、ルヴィさんと2人きりなのは久しぶりですね」
「確かにそうだな。最近はなんだか賑やかだった」
「ふふっ。予定とは違いましたけど、他のみなさんと一緒なのも楽しかったです」
太陽の下で、エミリーは明るく笑う。年上で知識が豊富なシエラに学ぶのも楽しかったし、年下のアニスにあれこれと世話を焼くのも新鮮だった。
「ああ、賑やかなのは良いことだ……」
ルヴィも笑う。失われたかつての賑わいは戻ってこなくとも、村に響く笑い声は、ルヴィに前へ進んでいることを知らせてくれる。
それは何よりも嬉しいことだった。
昔の村の風景を思い出しながら、ルヴィは隣で微笑むエミリーを見る。村の復興に、最初に手を貸してくれた存在だ。
「――まあでも、たまには2人だけなのも良いよな」
「っ……!? はいっ!」
驚いたように目を見開いてから、エミリーは満面の笑みで大きく頷いた。
陽気の中を、2人が乗った馬車はゆっくりと進んで行く。
不安の多い村の復興だが、それでもルヴィは、この先にある未来が楽しみだった。
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