23.別行動、残る言葉
私たちの乗る車は五葉塾の出入り口から出たわけでなくて、町の方のトンネルからだった。師匠によって出入り口がいじられていたのだと思う。五葉塾の周辺は先輩と逃げ込んだ時のようにダンプカーが突っ込んできていただろうし、私たちへ攻撃出来ないにしてもあの辺りは人通りが多すぎる。
ドッペルゲンガーが町中の人に取って代わっているのならそれは自殺行為だと思った。
ただ、車に乗りながら遠くへうっすらと見える新王タワー、そこへいくのもまた同じようなことかもしれない。
車の中は出発した時とは全く逆でとても静かだった。周囲への警戒をしているのもあるし、もうこうなった以上あれこれ言うのは建設的でないと私も思ったからだった。
人気のない場所で出たのが幸いして、まだ襲撃はない。
「ねえ、久遠」
「なんですか」
「あんたはこの世界が何で出来ていると思う?」
「……」
「言葉、あんたはそう言っていたわね」
私は『瞳』で世界が視える。言葉で構成された世界が。
だから私はそう信じている。でも、本当にそうなんだろうか?
ドッペルゲンガー、『瞳』を介しても視えない存在。世界の成り立ち。自分自身の無力さ。
私が何をしても、きっと世界は動かないという感覚。
どうしてそんな私が、世界が言葉で出来ているなんて言い切れるのだろう?
「私はね、久遠とは違うものを信じているわ」
こんな状況だというのに周りはとても静かだ。
「でも、私のその信じているものも何度も揺らいでいるし、何回もそれに見切りをつけようと思ったことがある。何だったら、その信じていることを捨てたいって思ったこともある。そういうの、イメージ出来る?」
「出来る、と思います」
世界は変わらない。いつか、いつか、と思いながらも絶対的な現実が私の《信仰》を簡単に押し流していく。それはある意味で、私を蝕んでいるのかもしれなかった。
「そう」
先輩が私の方を向く。その目は私よりもずっと力強い。
「それでもね、やっぱり私は諦められないし、捨てられないの。何度も《信じている》ということを諦めても、それによって世界が成り立っていないと突きつけられていても、もしかしたらとんでもない見当違いを自分がしているのかもしれないと思っても。結局その自分の信じていることを拾ってしまう。うんざりするくらい同じことを繰り返して、もうやってられないと思っても、まだそれに期待してしまう」
「……」
「もしも私が《信じていること》がなかったらもっと人生良かったんじゃないかとか、余計な苦しみを抱えているんじゃないかとか、そんなことばかり考える」
「わかる気がします」
「あなたに榎音未さんを助けることだけ考えなさいって言ったわよね」
「はい」
「自信はある?」
「自信?」
「それだけを考え続けるって自信」
私はすぐに答えられない。絞り出すように、話す。
「……正直、不安しかないですよ。どうしてこんな事態になっているのかも考えが追いついてないですし、榎音未さんがなんでそんな大きなことに関わっているのかもわからないし、榎音未さんが今どういう状況で、何を考えているかもわからない。もしかしたら、私は全部思い違えでもしていたのかもしれないし、師匠の推測がもし全部正しかったら」
この事態も、榎音未さんの望みなのかもしれない。
「そうね。助けるって言っても、本当に助けが必要なのかもわからないわね」
切り捨てるように、でも、手放さないように先輩が言う。
「でもね、そうだとしてもそれだけを考えなさい」
先輩が私の手を握る。私の手が感じる揺れが車の振動ではなくて、先輩の震えだと気づくのに時間はかからなかった。
「もしも全部が間違いかもしれないと思っても、信じるのが全て嫌になったとしても、目の前の現実が全てを否定してきても、結果が出るまではそれだけを考えるの。それがどれだけ苦しくて、難しくて、投げ出しても、何度でも考えて、信じるの。それがハリボテのような気持ちでも、答えが出るまでは。私も少なくとも久遠と同じくらい嫌になりながらそれについて考えてあげるわ。信じるものは違うかもしれないけど、同じものについて考えることだけは約束してあげる。そしてそれだけは、信じて良い」
少しの間、私が何かを言おうとした時に先輩が車の前方を見る。
町の中央部へ差し掛かった時だった。
「来た」
ドコッ! っと何かが落下する音が車の天井に響き、その音について思考する前に答えがフロントガラスへ現れる。
それは人だった。
屋上から人間が車を破壊するための物体として落下してきていた。ドッペルゲンガー、その強襲。
「私が車の上にいく。久遠、あんたは横から車にぶつかられないようにしなさい」
先輩が数枚の《言符》を取り出して窓から放つ。それらは一時的に形成された足場となる。
「いい、久遠。あんたはさっきの言葉、忘れるんじゃないわよ」
「先輩!」
先輩がひらり、と外へと飛び出していく。私の言葉を待たずに車の上へと飛び乗っていく。
少しして、先輩が放ったであろう銃声が響き出す。
「《干渉》《障壁》《障壁》《加速》《加速》《実行》!」
私の《言葉》によってBMWへ障壁を貼りながら、加速させる。
「めちゃくちゃだ!」
そう東光院さんが叫びながらハンドルを切っていく。決して一直線ではない道をギリギリの速度で曲がり、進んでいく。
やがて大通りへと出る。周囲から迫るドッペルゲンガーたちは不思議とそこにはいない。
ただ、前方に一人の男が立っているのがわかる。
箱使いだ。
「どうやら私の役割はここのようでしてね。通すのは二人までです」
その言葉と共に男を爆炎が包む。
先輩が放ったロケット弾だった。
「東光院さん、先にいって!」
そう先輩が叫んで車から飛び降りる音がする。
時間は待ってくれない。私が何かを考え終わる前に全てが進んでいってしまう。
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