22.再始動

 五葉塾には表向きには存在しないはずの地下駐車場が存在している。五葉塾のビルには地下からの車用の出入り口は存在していない。表玄関と裏口、人が出入りするための扉だけがあることになっている。

 ただ、それはあくまで表向きの話だ。塾としての体裁のための扉でしかない。


 地下には別の空間が重ねられていて、そこには無数の道具が収容されている。

 東光院さんが私を送迎してくれる車や先輩の所持する銃器、概念刀などは五葉塾の地下に『通常の空間』と重ね合わせるような形で師匠によって設定された空間内に管理されている。

 師匠、東光院さん、私がその重ね合わせられた空間内に作られた駐車場にいる。先輩は別室で準備をしている。


「さて、そんなわけで東光院君にはこれから新王タワーまで突っ走っていただきます」


 師匠が鼻歌交じりに言う。地下駐車場に停まっているBMW X7の目の前で東光院さんがスーツ姿のまま座り込んで不機嫌そうな顔だ。「転職、転職しようかな。タクシー運転手とか……」とぼやいている。


 なんでも私たちがドッペルゲンガーたちから逃げて五葉塾に突っ込んだ時に塾内で事務処理をしていたものだから師匠に「ついでに」通常の空間から隔離。私たちが話をしている間この地下駐車場でずっと放置されていたらしい。


「塾長代理、これ俺の仕事なんですか」

「ええ、任務の送迎ですよ」

「聞いていると町中から襲撃を受けながら新王タワーへ車で突っ込むって話に聞こえるんですが」

「いえいえ! 違いますよ。あくまで任務は逆辻さんと久遠さんが榎音未さんを取り戻すこと。そしてその場所は新王タワー。東光院君にはそこへの送迎をやってくださいって話ですよ?」

「いや、その間にドッペルゲンガーとやらが襲ってくるんですよね? めちゃくちゃ危険ですよね?」

「いやいや! あくまで送迎ですよ、送迎……ただ、ちょっと攻撃受けるかもしれないだけで」

「やっぱ絶対危険だろ!」


 先輩が黒塗りのボストンバックを持ってきて別室から戻ってくる。


「すみません、東光院さん。急な話で……」

「いや、逆辻が謝る話ではなく……塾長代理が無茶言っているだけでやらなきゃいけないのはわかっているんだが……」


 そう東光院さんが言おうとしている間にそのボストンバックをBMWの後部座席へ置き、そのまま乗り込み、座る。


「ありがとうございます。じゃあ早くいきましょう。すぐいきましょう。ほら、早く! 言質は取った!」

「久遠、お前の姉弟子なんとかしてくれない?」

「私も聞いてました。東光院さんが運転してくれるって聞きました。私、嘘つかない」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった……」


 そうは言いながらも東光院さんもしっかり運転席に座る。なんやかんやで付き合いが良いのだ。


「仕事、間違えたかもなぁ」とぼやく声が聞こえる。


 そういえば、どうして東光院さんはこの仕事をしているのだろうとその言葉を聞いてふと思う。

 私や先輩とは違う《異能》を持たず、《怪異》も視えるわけではない。私たちはありがたいけれど、東光院さんがわざわざこの仕事をしている理由を聞いたことがなかった。


「東光院さんってどうしてこの仕事についたんですか?」


 思わず言葉がこぼれる。ぼやいていた東光院さんが一瞬キョトンとしたような顔になる。


「んー、それはまぁ、色々だよ色々。いいからお前も車乗れ」


 流されたと感じる。そのまま追求しようかと思うけど、師匠がそんな私の気分に関係なく話を始める。仕方がないので私は助手席に乗り込む。


「はい、準備万端ですね。これからやることはシンプルです。カーナビを見てください」


「新王タワーが目的地に設定されてますね」と東光院さん。

 画面を見ると五葉塾から新王タワーまでの道のりが示されている。地図上だと大通りに出た後はほとんど一本道だ。でも、不思議なことにやけに効率の悪い道のりが提示されている。大通りに出た後に脇道にわざわざ入り、その後また大通りに戻り、更にその後に脇道に入っていくようなルートが設定されている。


「はい、そこに向かってください。以上」

「雑すぎませんか……道なら俺も知ってますけど。このルート、変じゃないですか?」

「いいえ。その道以外ないんですよ」

「ない?」

「この町はもう書き換えが始まっています。地図上であれば存在しているように見える道でも、もう通れませんよ」


 信じることによって世界が構成されている。そしてそれが揺らいでいる。


「今のところまだ道が残っているところをそれに表示させてあります。ただその道を信じて進んでください」


 それよりも、と師匠が続ける。


「今は町中が敵です。必ず妨害が来るはずです。ここから出たら全ての油断を捨てて集中してください。それと久遠さん、一つだけ」

「なんですか?」

「ドッペルゲンガーは《視え》ます。久遠さんの『瞳』なら、必ず。久遠さんがそれを信じるのなら絶対に」

「え、それはどういう」


 師匠の言葉を聞こうとした時に地下駐車場にノイズが走る。師匠の重ね合わせた空間に終わりが近づいていた。


「桐野は桐野でやることをやります。巻き込んでしまって申し訳ないですが、今あなたたちにとって大切なことをやってください。それでは!」


 私の質問が届く前に視界が開く。車のエンジンの音が鳴り響き、強烈な加速がかかる。


「なんだぁ!?」


 東光院さんがハンドル握りながら動揺の声を上げる。

 バシバシバシっ!と視界が切り替わっていく。私たちを乗せた車の加速が増して坂道を駆け上がっていく。


「これ、カタパルトみたいに吹っ飛ばすつもりじゃないだろうな……」


 東光院さんの呟きが爆音の中に聞こえてきて、きっとその想像は正しい。この急加速は師匠によるものだ。


「限度ってもんがあるだろ!」


 そんな叫び声と共に車から空が見える。私たちは地下から射出されるように道路へと飛び出していく。

 戦場と化した町の中へと。

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