21.整理と解決の糸口について
「だいぶ話がズレてしまいましたが、この状況の整理と解決を考えていきましょうか」
師匠が私たちに視線を戻して話しだす。
「結論から言うと、逆辻さんと久遠さんを襲撃したのはドッペルゲンガーと呼ばれる《怪異》でしょうね。《怪異たち》と言うべきかもしれませんが」
「でも、町中ですよ? そんな規模の《怪異》今まで……」
「きっと拡張されたのでしょうね。さっき久遠さんの目の前に出てきたように」
「拡張……」
そうだ。《異能》は拡張できる。先輩が未来視をネットミームと関連づけて範囲を広げたように、《信じること》は何かに依託することでその範囲を拡大することが出来る。《異能》が出来るのであれば、《怪異》にも理論上、出来るはずだ。
「榎音未さんについての仮説については置いておきましょう。ただ、確かなのはこれまでよりも《怪異》や《異能》の発生が容易な状況になっているということです。その上で、です。このリストについて桐野も別方向から調べて見ました。まぁ東光院さんが一晩でやってくれたってやつですよ」
「過労死しますよそのうち。東光院さん」
「五葉塾はアットホームですからね。ここにいれば常にいるのと実質同じ。在宅勤務を超えた勤務、いついかなる時もプライベートと言っても過言ではありません」
「過言ですよ」
東光院さんの労働に心配を覚えつつ、師匠の話に戻る。師匠は行方不明者リストを読み上げる。
「まず行方不明者について時系列順で見ていきます。最初の行方不明者と想定されるのは派遣労働の女性だったそうです。年齢は30代後半。交友関係はなし。家族もなし。職場でも派遣先ということで特に人間関係もない。行方不明になったのが最初に発覚したのは派遣先に出勤をしていないということ。行方不明が事件になってもそれについて反応する関係性は存在しなかった。
続いて二人目。無職の男性。年齢は四十代前半。交友関係、家族はなし。家賃の滞納しており、催促に訪問した大家をきっかけに発覚。やはり行方不明に反応する関係性はなし」
師匠が東光院さんが調べた情報を読み上げていく。十人ほど読み上げて共通する点は人間関係の希薄さだった。
「桐野はこのリストの行方不明者の顔を全員分覚えています。ここからがちょっと厄介なポイントなのですが、逆辻さんと久遠さん、この人たちの顔を見たことありますか?」
「え、いや。会ったことはないと……」
師匠が机に並べた写真を見て言葉が詰まる。
私は行方不明者の誰とも会ったことがない。先輩もそうだろう。誰の名前も知らないし、どんな人だかも知らなかった。
そうであるのに、その写真の一つ一つに強烈な既視感が存在した。
まるで、さっき会ったばかりのような違和感。
「桐野はね、さっき久遠さんの目の前に現れたドッペルゲンガーを見たことがありました。この写真の人々の全ての顔が同時に想起されたんですよ。重なり合うように」
透明な存在、何処にもいない者。故に何者でもあり、何処にでもいる者。ドッペルゲンガー。
「行方不明者は限りなくこの世界で不可視、透明になっていた人たちと推測されます。仮にいなくなってもすぐに代わりが用意されて世界の動きに影響がない、そんな人々。そんな人々がまずドッペルゲンガーへと乗り替わられていった。
ドッペルゲンガーが拡張される際に紐づけられたのはね《透明な人》という概念ですよ。
何処にでもいて、代わりが存在する、そんな人が狙われた。そうして、社会的に不安定で透明だったこの人々がまずは取って代わられた。でもね、ここからが問題なんですよ」
師匠が溜息をつく。
「自分の代わりが存在しない。そう心の底から思える人が一体どれだけいるんでしょうね」
世界は回っていく。それは不完全でありながら完成したシステムのようで、何かが欠けても必ずそれは補填される。五葉塾であってもそうだ。任務で誰かが死んでも、誰かがいなくなっても、その世界は壊れない。
だから、誰にでも代替品は存在する。
「今、この新王町の地場のようなものはガタガタです。曖昧な《透明な人》なんて定義でドッペルゲンガーなんて《怪異》が拡張されたら」
パラパラパラパラ、と師匠がリストをめくっていく。何人もの行方不明者の写真が見える。
それは誰も会ったことがないはずなのに、全員見たことが会った気がした。
「全員、取って代わられる」先輩が張り詰めた声で言う。
「ええ、そうですよ。逆辻さん。我々が取って代わられる前でセーフだったのか、それとも手遅れなのか、それはわかりません。でも言えることは」
師匠が私を見つめて言う。
「この町の全ての住民がもうドッペルゲンガーなのでしょうね。我々に敵意を持った、何処にでもいて、何処にもいない。《透明な誰か》。だから、これから我々を襲ってくるのはこの町全て、でしょうね」
私が生きている世界、全てが随分と遠くなってしまったような気がした。
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