15.邂逅、あるいは再会と状況確認をすること
そこはとても静かだった。榎音未唯愛が意識を取り戻した時に、自分のちょっとした動作にすら煩さを感じてしまうような静寂だった。
彼女はその静けさに少しの驚きを感じた後、自分が攫われたということを認識する。
意識の途切れ方はあまりにも自然だった。暴力等の強制力を感じることはなかった。
ただファーストフード店にいた時からぷつり、と意識が途切れ、その直後にいたのはこの場所だった。
「……」
少しの間。
ただ呼吸をするだけで彼女は自分の騒音を自覚した。
ただ、同時に彼女はその状況に心地よさを感じていた。
調和された絶対的な静けさを切り裂く自分の存在。何かその状況に感じるところがあった。
その自分の心地よさに少しの違和感もある。動揺もある。
ただ、その時間に不思議な安心感があった。まるで、そこに収まることが自然で、当然の成り行きであったように。
「榎音未唯愛」
声があった。確かな音量を伴った声であるはずなのに、その声は榎音未唯愛のものと違って空間にあったある種の調和を崩さないものだった。キーに沿ったコード、スケールがあるように、その声は静寂に存在することが自然だった。
彼女の目の前に、一人の少女がいた。
そして、その姿には見覚えがあった。
「塾長」
彼女の目の前にいたのは、現在彼女が所属する五葉塾の長の姿だった。
再び、少しの間。その少女の空気は普段彼女が接する言動とは違っていた。普段はもっと、あれこれと物を言い、ふざけた言葉を放っていた。
だが、榎音未唯愛にとってその目の前の存在は不思議と違和感を与えなかった。
まるで、そうであることが目の前の少女の本来の姿であるように。
「まずは」少女の姿をした誰かが口を開く。
「この世界について話をしよう」
※※※
「一体、何がどうなっているんですかねぇ……なぜよりによって塾長室へ……」
呑気に午後のお茶とお菓子タイムだったのだろうか。師匠が湯呑みをもってガラスと粉塵まみれになったみたらし団子の前でへたりこんでいる。
私たちは急加速、そして急ブレーキの衝撃を少しでも逃そうと地面を蹴って跳躍。地面から斜めに五葉塾の塾長室の窓ガラスへ衝突、そしてそのまま天井に叩きつけられるも、何とか体のあちこちが痛いぐらいで済んで地面へ落下。私と先輩が「いたた……」とか言って尻餅をついたところには師匠が下敷きになっていましたとさ。
「ちょっとあり得なくないですか!?桐野の今日のおやつ、めっちゃ楽しみにしてたやつだったんですけど!?桐野のおやつタイムは神聖なものだったんですけど!?」
今日はお団子気分だったのか和テイストのメイド服のようなものにお団子ヘアーになっている師匠が叫ぶ。優雅に過ごしていそうなその余裕がムカつく!
「いやそれどころじゃないんですって!」
「もう信じられませんね。久遠さんだけならやりかねないけど照子さんまで一体全体どうしちゃったんですか。桐野のね!お団子はですね!この!お団子は!予約して十年は食べられないという伝説のお団子!それが!今日!ようやく手に入ったというのに」
何歳だよ本当、と言いたくなるけどそれどころではない。私も先輩もさっきとんでもない数の襲撃から逃げてきたところなのだ、一刻も早く五葉塾ごと結界で隠すなり守るなりしてもらわないと困る。
と、思った時にはさっきまで昼間だったはずなのに光が差し込まない部屋になっている。
「どうせ何か飛んでもないものに追われてここに逃げ込んだ、みたいな話でしょうね。わかってますよそんなの。空間くらい切り取りますって。できますよ。はいはいできますよ。塾長代理ですからね桐野は。この建物一帯ぐらい視ないでもどういう状態か把握していますよ。ああそれでも、そんなことよりお団子ですよ。ああどうして、どうして。ああ、どうして桐野のお団子が……」
そんなことをブツブツ言いながらも完全に外界と五葉塾は接続が断たれているようで、窓の外を見ても真っ暗闇が広がっている。
「流石……」
「本当、塾長代理に全部やらせたほうがいいんじゃないかしら……」
結界を貼るのも容易ではない。先輩は事前に準備した《言符》を利用してワンフロア程度の小規模な何かしらの目的に特化した結界を貼るし、私の《言葉》もガラスぐらいの強度の障壁を貼る程度だ。
でも、師匠が片手間で作った結界は格が違う。明確に空間ごと切り取られるように五葉塾の建物全体を多い隠している。先輩の作った人払いのための結界とは全く違う、物理的なものだ。
「そんなこと言いましても。桐野、ここからそう簡単に出る気ないので。はぁー、それにしてもお団子、はぁー」
まだブツブツとお団子について文句を言いながら不貞腐れた様子の師匠。何故なのかはわからないけど、師匠がこの五葉塾から出ることは滅多にない。稀に数日間不在の日があって、その時になぜ出かけたのかを知る人は誰もいない。ただ、何事もなかったかのように塾長室に戻ってきていていつもの様にだる絡みを私たちにするのだ。
「でもまぁ、アレですね、《箱使い》とは七面倒臭い存在に目をつけられましたね貴方たち」
師匠が言った言葉に私と先輩は動揺する。まだ何も事情を話していないし、何より私たちがその存在について見当もつかなかったあの男について知っているかのような口ぶりを師匠がしたからだ。
「知っているんですか?」
「まぁ、色々あるんですよ。あの手の連中の気配ってのは人づてでもベットリくっ付いてて嫌でも気がついてしまいますからね」
師匠が自分の椅子に座り直し、私たちの方へ向く。それと同時に、先ほどまでガラスや塵が散乱していたはずの塾長室が何事もなかったかのように修復されていることに気づく。
師匠の体格には不釣り合いなほど広く、しっかりとした作りの机の上にはアンティーク調の黒電話だけが置かれている。
「さて。この状況、相当に厄介です」
そして師匠が手を組んで言う。
「まずは状況確認からやっていきましょうかね」
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