14.仕切り直し、そして脅威へと変わる街

「ご挨拶、と言ったはずなんですがねえ」


 空中で弾丸は静止している。男と《ドッペルゲンガー》を囲むように半透明の《箱》があるようだった。


「そっちの都合をこっちが気にする必要ある?いきなり仕掛けてきたのはそっちだけど」

「私たちには私たちの目的がありましてね。まぁ今日はこの辺で失礼します。目的も達成できましたしね。ドッペルゲンガーもお見せできましたし、十分です」


 姿が消えていく。《ドッペルゲンガー》と呼ばれた《怪異》は地面に這いつくばり、梅きながら私を見つめる。その目は、助けを求めるように見えた。

 私が何かを言う前に目の前からその存在は消える。後にはしっちゃかめっちゃかになったマクドナルドの店内だけがある。


「はぁー、なんだかとんでもない目にあったわね」


 先輩が疲れた声を出して地面に座り込む。

 私も一気に気が抜ける。座り込むと隣であぐらをかいている先輩が目に止まる。


「先輩その座り方、スカートの中見えますよ」

「見ないでよ」

「いや私が見るんじゃなくて。人来るかも知れないんで」


 そんなやりとりをしているといくらか気が紛れる……と思った時だった。


「あれ……?」


 私は気づく。さっきまで共にいた榎音未さんがそこにいないことに。


「榎音未さんがいない」

「……やられた」


 先輩が口惜しそうに呟く。男は目的と言っていた。そしてそれが達成出来たと。


「私たちに仕掛けてきたのは鼻っからおまけだったわけね」


 でも私たちは榎音未さんを背後にして、向かい合うように戦っていたのだ。そして、背後を取られたことは一度もなかった。


「まぁ初手の時点でやられていたんでしょうね。結界を貼られた時点で気づくべきだった。音を消したのは久遠の言葉を防ぐだけじゃない。榎音未さんを攫うのに気づかれないためだった。そしてそれからの戦闘は榎音未さんの気配がないことに悟られるのを引き伸ばすためのデコイ。ごめんなさい。私の失態だわ。断片的に戦闘が起こる未来は見えていたのにね」


 先輩がそう呟く。いや、それは違う。先輩の未来視がそんな都合の良いものでないことを、私は知っている。

 照子先輩に未来視は、万能ではない。むしろ、誰よりも制約の多い《異能》だ。

 先輩の未来視は無自覚に《視て》しまった時点で、その状況は変えられない。例え警告しても、そこから逃げようとしても、必ずその光景に辿り着く。

 例えば、私が交通事故に遭う未来が視えたとする。そうすると、それはもう回避できない。私にそれを伝えて、私がその事故現場へ行くことをどれだけ避けようとしても、それは必ず起きる。先輩は、それを嫌というほど知っている。昔、先輩はそうして人に警告を与えて、回避をずっと望みつづけていたから。それは、一度も回避出来なかったから。


 先輩に出来るのは見えてしまった光景から最善に導く準備をすることだけだ。事故に遭うことは避けられなくても、その事故が起きた後すぐに救護をしたり、事前にクッションとなるような環境を準備しておくことは出来る。

 先輩が未来を視えてしまっても人に言わないのもそれが理由だ。言った結果、返って助けられない可能性が増えることもある。事故に遭うと言われた人がパニックになった結果、助けられるものも助けられなくなる可能性もある。多くの人にとって、未来を宣告されることは冷静さよりも混乱を招くことの方が多いものだったから。

 だから、先輩は未来を視ても言わない。ただ、先輩は粛々と準備をする。


「先輩は《言符》も銃も概念刀も用意してたじゃないですか。私たちが上回られただけです。それより、どうすれば榎音未さんを取り戻せるか知恵を貸してください」


 力を込めて言う。先輩のせいではないし、先輩の責任と言われるような状況じゃない。ただ、過去の経験が先輩に負い目を作っているのだ。「未来が視えたのなら助けられたはずなのに」と責められたたくさんの過去。だから反射的に罪悪感を持ってしまう。

 先輩はいつもそうだ。偉ぶろうとして、全部自分で出来るような顔を作って、それで出来ない自分を誰より嫌悪している。

 でも、だからこそ私はそれは問題なんかではないと、言葉でも態度でも示していかなくてはいけないのだ。あと、ダメ押しで言っておこう。


「あと、先輩。私先輩のこと好きですよ」


 コップに残っていた飲み物を口に含んでいた先輩がブフハァと吹き出す。


「何急に言ってんの!? ば、馬鹿なんじゃないの!?」

「落ち込んでそうだったんで元気づけようと……」

「こ、後輩がそういう気遣いするもんじゃないの!あー、調子狂うわね」


 そう言いながらも、先輩の表情に活力が戻る。


「とにかく、一回状況確認の情報が必要だわ。一旦、五葉塾へ行きましょう」


 先輩が言う。真っ当な誘拐(誘拐に真っ当もなにもないが)であるのならば、即座に追いかけて足取りを掴むことも可能かもしれないが、箱男を名乗る《異能者》とドッペルゲンガーと称された《怪異》がセットであるのならば望み薄だろう。もう既に簡単に追いつけないとこまで逃げているか、何かしらの対策がされている。下手に闇雲に追って罠にかかる方が取り返しがつかない。


「師匠に助けを求めますか」

「そうね」


 考えなくてはいけないことは山積みだ。箱使い、ドッペルゲンガー、榎音未さんを攫った理由とは何か。

 そんなことに考えを巡らせ始めていると女性の店員がフロアへ入ってくる。手にはモップを持っているところを見るに、ドタバタした音で掃除に来たのかも知れない。

 状況はそれどころではないので、五葉塾に連絡して後始末を……と思っていた時だった。

 反射的に私と先輩が即座にその場から回避行動に移る。

 先程まで私と先輩が座っていた場所にモップが叩きつけられる。あまりの勢いにモップの柄が折れて、破片が飛び散る。

 店員が振り下ろした、モップによる一撃だった。

 私と先輩がその場を荒らしたことに怒っているとかそういうものからの行動ではなかった。もっと無機質で、自動的な攻撃だった。

 感情の見受けられない、操り人形のような挙動で店員が折れたモップを変わらず振り回す。瞳に光はない。操られているかのようだった。


「何なのよ。自我を持ってなさそうな動きね。あいつらの仕業かしら。

「多分。私たちが榎音未さんの足取りを追おうとするのを妨害したいんですかね」


 攻撃は大したことではない。単純な攻撃の軌道は交わすにも受け止めるにもやりやすい。ただ、気になるのはこうも先手を打ってくる奴らの妨害がこの程度で済むかどうか、という一点。

 ここで時間をかけていたら更なる一手が繰り出されるかもしれない。


「久遠、飛び降りるわよ」


 先輩が地面に転がっていた椅子を持ち、窓に叩きつける。

 やかましい音と共にガラスが割れる。先輩が飛び降りて、アイコンタクトで私も動き出し私もそれに続く。

 そこで視界に入ってくるのはまたしても、想像し難い光景だった。

 人、人、人。

 まるで何かの祭りが始まったかのような勢いで大量の人が窓から飛び降りた私たちへと走ってくる。皆、手に何かしらの凶器を持って。


「なになになになに!? どうなってるの久遠!?」

「私だってわからないですよ!」


 軽いパニック。対処出来るかどうか、である前に目の前の現実に理解が追いつかない。

 迫ってくる人々は全員目に光がない。全員正気とは思えない状態だった。

 こんな大人数と戦っていたらジリ貧だ。とにかく逃げないことには始まらない。私も先輩も《言葉》を用いての身体強化を施して、街中を駆けて逃げていく。街中がまるで私たちを狙っているような状態だ。通行人の一人一人が私たちに明確な殺意をともなった攻撃を仕掛けてくる。

 老婆が二階建ての家から植木鉢を投げてきた。

 街の中華料理屋の主人がいきなり包丁で切り掛かってきた。

 私と先輩は時には回避し、時にはカウンターで反撃を行いつつ逃げていく。状況は掴めないがとにかくあり得ないことが起きているのだけはわかる。

 五葉塾に行かないといけない。状況の整理、そして何よりこの状況からの避難のために。

 そう思って五葉塾近くの大通りの交差点にやってきた時だった。


「嘘でしょ」


 先輩がそう呟いた視線の先には何もない。


「やばいやばいやばいやばい。久遠、全力で加速して五葉塾に突っ込んで。もうドアぶち破る勢いで衝突していいから。衝撃吸収は私がなんとかするから。さあいこう、早くいこう、早く!!!!」


 そう言いながら私の腰に先輩がガッシリ抱きついてくる。


「え、一体どういう」

「いいから! 今、数秒先の変えられる未来を視た! それ以上説明してる暇がないの!」


 その指示に反射的に私は《言葉》を始動させる。


「《干渉》《加速》《加速》《加速》《加速》《実行》!」


 全身に潰れてしまうぐらいのGがかかって私と先輩はその場からロケットみたいに五葉塾へ向けて突っ込んでいく。ああ、このままぶつかったら死ぬ、と思った時に爆発音が私たちの背後から聞こえてくる。ちらり、と見えた光景に「ああ、先輩はこれを予知したのか」と気づく。

 さっきまで私たちのいた場所には複数台のダンプカーが突っ込み爆発、炎上していた。

 先輩が余った《言符》を使用して急なブレーキがかかる。それでもガラスくらいは平気で突き破るような速度で私と先輩は五葉塾へと突っ込んでいった。

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