12.概念刀を担うこと

 あっという間だった。概念刀を抜いた瞬間、先輩の貼っていた結界は霧散し、更にその外側に張り巡らされていた箱使いの結界も消える。


「この世の《怪異》にも《異能》にも強度ってものがある。結界ってのはハマれば強いかもしれないけど、その場で構築されたもの。上書きの存在。概念そのものを切断することの出来る概念刀とは相性最悪よね。案の定、切る前に消滅しちゃったじゃない」

「はぁ。これ私ってより概念刀が凄い……」

「おバカ!」


 ピシッと先輩が言う。


「自分で何ができるか、とか図々しいのよ。まずは何の力を借りてもハッタリでもやってみるのよ。それを言うなら私だって《言符》なかったら詰んでたわよ。アレだって私が作ってるわけじゃないんだから」

「まぁそうですけど……」

「概念刀は私じゃ抜けない。アンタは抜ける、それだけでまずは役に立ってるとでも思っておきなさい。だから困るのよね。一人で任務できたからって後輩は所詮後輩なのよね本当」


 とブツブツ言いながら先輩はあれこれ言ってくる。照子先輩はこういうところが優しいなと思う。


「先輩」

「なによ」

「好きですよそういうところ」


 先輩がみるみる顔を赤くする。


「ななななな、アンタそういう恥ずかしいこというの、ほ、本当に馬鹿なんじゃないの!?馬鹿!馬鹿!しょうもな後輩!」

「はいはい。しょうもな後輩ですよ」


 こういうところがなければ本当カッコいい先輩なんだけど、そこが愛嬌だ。

 そう思って私は気を持ち直す。いいかげんうじうじしている場合じゃない。迂闊なことで先手を取られたけど、まずはこの状況を切り抜けることだけを考えなくてはいけない。自分の未熟さに悩むのはその後だ。


「今度は結界にはやられませんよ」


 刀を構えたまま、向かい側の男を睨む。

 今度は《瞳》も確かに駆動している。例えそうでなくても心を奪われないだけの平静さが確かに存在する。

 ここで終わりではないはずだ。

 男の表情からは余裕が消えていない。むしろこちらの行動に素直に関心したかのような様子すら浮かんでいる。まだきっと、何かある。

 パチパチパチパチ、と拍手を男がする。


「いやあ素晴らしい。いえ、その力量がということだけではないですよ。そこの先輩の言葉は実に良い。私も見習わなくてはいけない。なかなか私には下の者がいないのでね、これから勉強しないと、と思っていたんですよ」

「私たちは貴方とおしゃべりする気はないんですが」


 先輩が未だ底知れない男の言葉を切り捨てるように言う。男の様子は変わらない。こちらから切り掛かるべきか、迂闊な踏み込みは状況を悪くするだけという予感を持ちながらも眼前の男に時間を与えること自体、よくない予感がしていた。


「なあに、私もこれだけで終わるとは思っていなかったんですよ。今日はちょっと顔見せとご紹介にきただけなのでね」


 男の背後が揺れる。何も存在していなかったはずの空間に、何かがいる。


「長年、下がいなかった私にも下の存在ができた者でね。こっちが本命ですよ。さ、どうぞ姿を見せなさない」


 そう男が背後の影に言う。

 ゆらり、と影が揺れて前へと踏み出してくる。


「さぁ、《ドッペルゲンガー》貴方が奪うべき敵ですよ」


 相対する存在、《ドッペルゲンガー》と呼ばれた者の顔が見える。

 その存在は、顔がなかった。

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