11.予測

 叩きつけられるように眼前の蟲が地面に落下する。

 視界の端で見たことのある符が舞う。

 知っている。先輩の《言符》だ。その軌跡は音のない世界でも、私に「こういう音がするのだろう」という安心感を与える。

 ピタピタピタッ! っという音がするかのような勢いで眼前の《蟲》に張り付いていく。そして、地面に吸叩きつけられるかのように落下する《蟲》たち。

 書き換えられた部屋の床ですら砕け散る。重量であれば赤子でも持つことの出来るはずの《言符》で、眼前の危機は身動きすら取ることが出来ない。


 あんた、バッカじゃないの!? とでも言いたげな表情で私の前に出た先輩が一瞬私に振り向いて口パクをする。


 ごめんなさい。

 自分の未熟さを痛感する。これだから肝心なところで先輩には頭が上がらない。

 先輩を中心に《言符》が舞う。一つ一つには違った言葉が書かれている。

 発火、水没、亀裂、圧縮、爆発――全てが先輩が準備した武器だ。

 ピッと、先輩が空中に浮かぶ《言符》を指差す。

「ほう」と伊達男が言ったような口の動きをする。

 刹那――空間が弾け飛ぶ。蟲がかき消え、周囲が先程までのマクドナルドの光景へと変わる。


「流石に上書きまでは出来ないか」


 先輩が少し息を切らしながらそう呟く。


「御明察。少しは経験のおありのようだ」

「あいにく私は先輩なんでね。後輩よりも人生経験は積んでるわ」


 先輩がピッと指をいくつかの方向へ指差す。その指し示された方向の壁へと《言符》が張り付く。


「結界を破ったんじゃなくて、私の結界ごと包むようにアンタの結界でこの場所は包まれていた。アンタが私たちに話しかけた時点で既に私たちは術中にハマっていたってわけね」

「ええ、簡易結界程度ならいくらでも外から干渉できますよ。慣れているのでね。この内側に貴方が新たに貼った結界も、せいぜい時間稼ぎにしかならないでしょう」

「お生憎様。結界についてはアンタにアドバンテージがあるかもしれないけど、こっちもこれで全部を解決しようとなんてしていない。久遠、ちょっとボーッとしないの!」 


 先輩の言葉で私は集中を取り戻す。傍観者になってしまっていた。


「すいません、少し意識飛んでました」

「久遠はちょっと変なところで真面目すぎ。どうせ言葉に飲まれてたんでしょ? こんな口先だけのつまんないやつの。変なところで自己肯定感低すぎるのよね。少しはその分私に謙虚になるとかそういうところその自己肯定感の低さは使いなさいよ。こんな奴に真面目に向き合うから勝手に疲れるの」

「いや、はい。ほんとう、はい」


 ぐうの音も出ない。私は変なところで諦めが良すぎる。わかってはいる、わかってはいるんだけどなぁ。


「どうせ対応策が自分で思いつかない。《瞳》も言葉も使えなくって即諦めって感じでしょ。力ってのはね、依存するんじゃなくて、使いこなすものだし、人間ってのはねたった一つのもので成立するものでもないの。自分が無力だって少しでも思うならアンタは最善を尽くすためにプランBどころかプランZぐらいまで考えておきなさい。こういう風に」


 そう言って先輩が《言符》に指を刺す。『収納』と書かれた《言符》が弾ける。そして、見慣れたもの――概念刀――が現れる。


「おや、それは気軽に持ち歩いて良いものではないのでは?」


 伊達男が意外そうな顔をする。

 概念刀には承認が必要となっている。単純に銃刀法に引っ掛かると言うのもあるけど、師匠曰く、概念刀は『特別』なんだそうだ。そしてどうやら伊達男もまたそれを知っていて私たちを狙っていたらしい。


「そうね。確かに特に任務でもない時に普通なら使用許可なんて降りないわね。もっとも、こうなるアテがあったなら別だけど」


 先輩の瞳が紅く光る。彼女もまた、《異能》を持つ存在。


「この光景は私は既に視ていた」


 未来視――先輩の持つ他にはない《異能》


「まったく、黙っているのも疲れるのよね。こういうの」


 未来という性質上、先輩が視てしまった未来で直接その場にいることがわかっている人には言えないという制約が先輩の《異能》には存在する。なぜ、とか、どうして、は関係ない。先輩自身が『そうである』と信じているルールである以上、それは絶対的なもので、だからこそ私にはこの状況を伝えていなかった。


「さっさと抜きなさいよね。結界維持するもの楽じゃないんだから」


 刀を受け取る。全くもって情けない。

 ただ、私にも役割がある。先輩には先輩にしか出来ないことをただ全力でやっている。

 ならば、私もそれをやらなくてはいけない。


「解きます」


 私は受け取った概念刀を鞘から抜く。

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