9.不信、あるいは同質化願望について
言葉が途切れる。
先輩も言葉を発しない。なんと言葉を続けたらいいか逡巡しているようだった。
私もどのようにその話を受け止めたらいいのだろう。榎音未さんの《異能》についての手がかりとして受け取るべきか、榎音未さんの過去として受け止めるべきか。そもそもどのように受け止めたらいいのだろう。両親の記憶がない私には失った気持ちをトレース出来ない。ただ、あったはずのものが失われたことは《悲しいこと》《気の毒なこと》《不幸なこと》に分類される事柄だとは知っている。
でも、それまで聞いていた話、父を亡くした子の話。それが私にそんな分類を躊躇させる。
「ごめんなさい。この話の流れだと聞いていて反応に困りますよね。私にとっては悲しい出来事ですがもう遠い過去です。今は事実として聞いていただければ、それでいいです」
「いえ、むしろ気を遣わせてしまってすみません。続きを、聞いても?」
「構いません。それからの話ですね」
そう言って榎音未さんは言葉を続ける。
「不可解なことですが、私にはもう真相はわかりません。限りなくあり得ない出来事ですが、それぞれ死因は明確でした。生きていれば、出会いそうな死因ばかりです。それぞれを聞いただけなら、ありそうだなと思ってしまうような死因ばかり。事故であったり、病気であったり、一つ一つの説明は簡単についてしまう」
「でも、それがあまりにも続いた」
「はい。皆、怯えていました。誰も心当たりがなかったから。でも、私は」
「心当たりがあった」
「はい。私はあの時のクラスメイトたちが話をしていた時に感じた強い気配を覚えていました。でもその時の学校では一連の不可解な不幸を味わった一人としてその子もいました」
「榎音未さんは、その人に不信を持っていた」
「そうですね。その時から感覚的に、恐怖に近い感情を持っていました。だから、父が死んだ時に止められなかったという気持ちと、ああやっぱり、という気持ちの両方がありました。あれだけの強い念を向けられたのだから何も起きないわけがない。そう思っていたんだと思います」
ふと、榎音未さんがテーブルの上のカップに目を向ける。
「いや、ごめんなさい。本音を言っていません。私は、それ以外のことも思っていました」
「……それは?」
カップに注がれていたコーヒーの黒を見つめながら、言葉を選んでいる様子だった。
「もっと言うと、私は父が死んだというのに驚いていませんでした。私が、強い気配を浴びた時、私は少しだけその感覚を理解してしまったから。”私の父”が死んだのに、”私”が不在で周りに扱いを決められる感じ、憐れまれる感覚。そんな周囲の人の哀れみについての違和感、憤り、やるせなさ、それに私が同調してしまった。だから、きっとそういう流れになるのは当然だと何処かで私は思っていたんです。
つまり、全員が同じ状況になってしまえばいい、という気持ち」
自分が特異な状況なら、他の人も同じになってしまえばいい。自分にとっての普通が、他の人の普通にしてしまえばいい。
だから、皆の父親が死ねばいい。
そんな、発想。
榎音未さんは、その感情に同調していた。
「ごめんなさい。ここまで話しておいてなんですけど、結局のところこれが私の異能と関係があるのかわかりません。でも、そういうことがありました」
確かに、このケースだけならなんとでも言えるかもしれない。ただ、たまたまそういう不幸があった、とすることも出来るかもしれない。
「ただ、私はそんなことが繰り返し起きました。父が死に、それから母が死に、私は一人になって、最終的に久遠さんと出会ったあの村に行って、事件が起きた」
榎音未さんの過去はそれだけで済ませていいのかわからないほどに、積み上がっている。
「全て私の思い違いかもしれない。でも、こんなことが思い違いで起きるんですかね。そして、これが私の異能が関わっていることなのかもしれない」
榎音未さんの視線がさらに下に向いていく。
「だから、私はどこかで自分に異能があると信じたくないのかもしれません。自分の罪が見えてしまうから。自分が何かを壊してきたことが確定してしまうから。本当のことは、時に人を傷つけることを知っているから。最初の時、教室でクラスメイトが話していたことをあの子が聞かなければ何も思わなかったはずだから。それを知らなければ、何もなかったのかもしれない」
そこで榎音未さんの言葉は終わる。
「わかった」
そして先輩が、そう呟いた。
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