7.人払い

 そんなやりとりもほどほどにして準備を始めることにする。放課後時だというのにマックは空いていてあまり人もいない。


「まぁちょっと人が入りにくい空気を作ったからね」


 そう言って先輩がスカートのポケットからお札のようなもの――《言符》をちらつかせる。先輩からすればちょっとした結界はちょちょいのちょい、といったところらしい。


「え、照子あかね先輩、壁でも作ったんですか」

「バカねそんなことするわけないでしょ。ちょっとこっち側に来る気がしない程度の空気を作っただけ。よっぽどマックを食べたいとかだったら意味ないけどね。まぁこのぐらいの人払いで十分でしょ」


 私と先輩が同じ《言葉師》であったとしてもその表出は少し異なる。

 私は《瞳》を介すことで世界を構成する《言葉》そのものを捉え、いわば世界の内側から働きかける。

 先輩は《言符》を用いて《言葉》によって外側からこの世界に干渉する。


 私は未だに見習いなものだから先輩みたいなことは出来ない。ちょっとした人ばらいも全力を尽くさないと上手く出来ない。その点先輩は簡単にそれが出来る。

 先輩がしているのはちょっとした人への心理への働きかけだ。

 人が何気なくこの店内に入った時に席を選ぶ理由はなんだろうか? もちろん人によっては習慣で「いつもの席」を決めている人もいるだろう。だけど、大抵はなんとなく決めているはずだ。たまたま周囲の席が空いていて開放感があるだとか、もしくは隅の方の壁ぎわの席だと両サイドに人が座ってこなくて落ち着くだとか。


 そんな人それぞれの曖昧な気分で決まっていることがほとんどだ。


 でも、「そこの席、さっきお客さんが嘔吐しちゃって。まぁ拭いたんで気にしないでください!」みたいなことを言われたとして、座りたいと思うだろうか? 知らなければ座っていた席でも「なんか嫌だ」という風に思うんじゃないだろうか?

 先輩の言った「ちょっとこっち側に来る気がしない程度の空気」というのはそういうものだ。無理に来ようと思えば来ることもできるけど、明確な意思があるわけでもなければ他の席を選ぶという塩梅。


 それをこのフロア全体で行なっている。明確な意志を持った存在でなければ入らない、そんな場所にここはなっている。


「まぁ、そんな話もこのぐらいにして本筋に戻りましょうか」


 先輩がそう言って物思いから戻る。

 確かに、今回は榎音未さんの《異能》についてのヒントが欲しいんだった。


「しっかし、マックの女子高生って話もなんとも存在しない存在の話よね」

「そんなもんですか」

「そんなもんよ。ふとした時に確信を突いたことを話す、なんて実際どんな人間でも良いわけじゃない。それこそマックで英会話講習やってる講師とかさ、仕事の合間に相談している会社員同士とかさ、その時たまたまマックに訪れた学者とか、そういうことって現実では起こるわよね?ありえないと思われるけど、たまたま用事があって立ち寄ったこの駅でこのマックしか席が空いてなかった時、なんて現実でいくらでも起こる。

 でも、この手の話ってまだ物を知らない幼児とかそういうのに真理を言い当てさせるのが好きでしょうがないって感じ。意外性が求められている。

 イメージばかり先行してる。《女子高生》とか《マック》とか《子供》とかね。そういうことを言うわけがない、って思う存在に代弁させるのがたまらなく楽しいのよ。

 まぁ私もある程度はそういうのに乗っかってるし、ある程度はそういうのは受け入れてるし。《先輩》とか《後輩》とかね」

「え、奢ってくれるんですか!?」

「誰がそんな話したのよ!……いや、奢らなくも、ないけど……《先輩》だし……」


 私は少しだけ先輩の言っていることはわかっているし、実感もしている。

 本当のところ、先輩は《逆辻照子》で、私は《久遠》で、《先輩》《後輩》という存在に規定仕切れることではない。きっとこの世界には個別の名前が、言葉が存在していて何かにまとめることなんて出来はしない。


 だから、《マックの女子高生》は私たちじゃない。私たちが《女子高生》というくくりで、《マック》という場にいても、私たちは《久遠》と《逆辻照子》であるはずだ。


 個人というのは一時的な状態であったり、場所によって揺らぐようなものではないはずなのだ。


「まぁ、話を戻すと怪異だけじゃなくて、この世界に自体そうやって規定出来ない物事について『こうであれ』という願いを込めて見ているっていうね。ま、それを利用して未来を垣間見ようって言う私も大概だけどね」

「まぁ私、女子高生楽しいですけどね。いや概念刀を制服で持ち歩くの結構気分いいんですよね。非日常感? みたいのがあるっていうか」

「アンタは本当お気楽で羨ましいわ」


 どうなのだろうか。今私が義眼を外して《瞳》を駆動させたとしたら先輩や榎音未さんは私にはどう《視える》のだろう。

 先輩、友人、異能者、女性、エトセトラエトセトラ。さまざまな言葉が私の頭の中に浮かび上がるけど、それはどれも真実であるようで、どれか一つが絶対の真実でないような気がする。


 私は《怪異》に相対した時、師匠との訓練の時にしか《瞳》を使わない。


 それは必要でないから。

 でも、本当にそれだけなのか。ただ、自分が見たくないものにそうして蓋をしているだけなのかもしれない。世界を見ないままでいれるその時間が心地よいから。ただ、そうしていたいから。


「久遠、ちょっと久遠ってば」


 先輩からそう声をかけられて我に帰る。つい思考が飛んでしまっていた。


「それじゃあ始めましょうか。榎音未さん、私の向かい側に座ってください」


 そうして榎音未さんが先輩と向かい合う形で座る。

 私は横の席で二人の会話を聞き届ける第三者として座る。

 そうして《拡張異能》の時間が始まる。

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