6.《マックの女子高生》

 水を一口飲む。知っていることとはいえ、人にこうして講釈みたいなことをするのは案外緊張する。


「この世界には《怪異》があり《異能》があり、それらは《信じること》によって成立しています。そうでしたね?」

「はい。人々の信仰や強い想いによって生まれるものですね」

「そうです。ですが、実際のところ信じる/信じないの二択で世界がまわっているわけじゃありません。この世界にはもう少しグラデーションがあります。こうだったらいいな、ああだったらいいな、もしこうだったら面白いかもな、つまらないかもな。そんな様々な考えや感情が世界には渦巻いています。そして同様に、物語も」


 都市伝説などはとても強い《信じること》だ。歴史もあって、規模も大きい。それ故に概念として確立している。何かのきっかけで簡単に形になるかもしれない。

 でも、この世界にはそれだけが信じられていることではない。

 私たちが信じること、人々から信じられること、それの重なる地点は無数にある。


「榎音未さん、《マックの女子高生》って知ってます?」

「え、逆辻さんと久遠さんのことですか。め、目の前にいますね!」

「うーん、それではあるんですけど……」


 妙に一生懸命言い出す榎音未さんに少し笑ってしまいそうになるけど、何とか襟を正す。元々笑い話みたいなことなのだ。少しはシリアスに話さなければ。


「ネットミームって奴ですよ。SNSとかだけで認知されている、ちょっとした大喜利のお題だったりテンプレートだったり、って感じですかね」


 私が気を取り直して説明しようとしたところで照子先輩がストローをコップに刺しながら平然と解説を始めてしまう。それ私が言おうと思っていたのに。


「マックでたまたま女子高生二人の会話を聞いてしまう。それが妙に真理を突いていたり、中々ない視点だったりする。そんな小話がSNSでやたら報告されたんですよ。一時期ね」

「はぁ……」

「榎音未さん、あんまりSNSとかやってなかった感じですか?」

「あまり私……人付き合いを避けていたので。色々呼び寄せてしまっていたので……」

「あ、そ、そんなことないですよ! SNSとかいいことばっかりでもないですし!」


 余計なことを言ってしまった。そんなことを考えているうちに照子先輩がどんどん話す。私みたいにいちいち反応して説明を止めてしまうことをしないあたり最初から照子先輩に任せておけばよかったかもしれない。


「続けます。まぁ最初は実話だと思っている人の方が多かったんだと思うんですよね。一見すると、随分ウィットに富んだ会話であるけど無いということも言い切れない、みたいな。ただあまりにもその報告形式というか、《マックでたまたま聞いた会話》がありとあらゆることについて言及し出しちゃったんですよね。人間関係だとか、受験についてだとか、ユーモアを含んだ会話だとか」

「そ、そんなことがあったんですね……凄い人たちがいたもので……」


 榎音未さんが自分だけが知らなかった常識を教えられたような表情をしている。照子先輩はまさか榎音未さんが間に受けているとは想定していないだろうから私が補足する。


「榎音未さん。それ嘘なんですよ……いや、厳密には嘘とも言い切れないんですけど」

「え、それってどういう」

「いつの間にか、ちょっとした大喜利のフォーマットになってしまったんですよ。もしかしたら最初は本当だったのかもしれない。それとも最初から嘘だったのかもしれない。ただ、それでも形式は残った。何か自分が思い付いたウィットに富んだ会話だとか、知見だとかを人々に効率的に届けるための形式として人気になったんです、《マックの女子高生》は。

 まぁこれがネットミームってやつですね」


 インターネットを介して人から人へと伝聞される形式や概念。それはあっという間に真偽が疑われて真実味はいつの間にか消えてしまう。


「もう、《マックの女子高生》について語られても創作物という前提で受け入れられるようになっています。あまりにも形式として使用されてしまったものだから、皆が冗談としてしかもう認識されていないんです。都市伝説のような、人のもしも、という恐怖であったり好奇心による信じる余地もほとんどないわけです」


 照子先輩がいつの間にか会話の主導権を握ってしまっているので、私は何とか会話を自分の手元に戻そうとする。


「ですけどね、榎音未さん。それでも確立された概念なわけです。《マックの女子生》というネットミームは」


 だからこそ、そこに余地が生まれる。それが真実なのか、虚構なのか、そんなことを問題にせずに。


「それ単体ではどうにもならないけれど、この世にあるそんな限りなく虚に近い概念も、既に概念として確立している以上、揺らぎがあるんです」


 この世界は曖昧で、常に揺らいでいる。


「そこに拡張される余地がある。照子先輩みたいな人の《異能》は特に」


 《拡張異能》、この世界にあるそれだけでは確立しえない《信じること》を別の何かと結びつけて実現させること。


「照子先輩の《未来視》は照子先輩個人の《信じること》ですが、そこに集団の概念を結びつけることで出来ることを広げるんですよ。照子先輩個人が集団に足りない信仰を補って、そこからのイマジネーションを集団の概念が補う」


 だからこそ、その精度をあげる必要がある。照子先輩がフィーチャーフォンにストラップをつけて、制服を着崩して、限りなくネットミームに自らを一体化させていく。

 外から見た時に「まるで《マックの女子高生》みたいだな」と思わせるくらいに。それが世界の揺らぎを拡張する。


「先輩の未来を視る力と、物事の確信を付いた言葉を話す存在を結びつけることで、未来においては明らかであろう榎音未さんの《異能》の確信を知ろうってわけです」

「まぁ、アンタが《瞳》を使いこなせれば私がこんなことしないでもいいはずなんだけどねぇ」


 と先輩が言う。うっさい。


「大体わかりました。逆辻さんの《未来視》の性質と、その《マックの女子高生》の性質を合わせて私のことを占うんですね」

「そうです。師匠がこの話したとき、久遠は全く理解出来ていなくて3回は聞き直したので理解が早くて助かりますね」

「先輩は2回聞き返してましたけどね」

「うっさい」


 逆辻先輩が顔をムスッとさせてそう返す。私も言われっぱなしではないのだ。

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