5.待ち合わせ

 そうして電車を降りて、私たちは待ち合わせ場所へ向かう。


「あの、ここでその逆辻さんがお待ちなんですか?」

「はい、そうなりますね」


 秋口の空気が少し冷たく感じる夕暮れ時。私は榎音未さんと繁華街にあるファーストフード店、マクドナルドの目の前にいる。


「別に外に出るのは構わないんですが、どうしてこんなところに逆辻さんは指定を?」


 五葉塾の人間であるというのに外に呼び出されることに少し榎音未さんが不思議そうだ。

 それはそうだ。五葉塾のこと、《異能》のこと、《怪異》のこと、それらは本来どれも外で話すよりも内で話した方が良いことなのだから。

 誰も信じないようなことであっても、わざわざ外で話す必要なんてない――もっともそれが照子先輩以外の人であったならの話だが。


「まぁそれが必要な人なんですよ。ちょっといじっぱりだけど悪い人ではないんで大丈夫ですよ」


 そう言って榎音未さんの手を引いてマクドナルドに入店する。レジ脇の階段を登って三階へ。奥の方の席でつまらなそうな顔してコーラを飲みながら携帯電話をいじっている女子高生がそこにいる。

 スマートフォンを誰も彼も持っている時代にフィーチャーフォンで尋常ではない数のストラップがジャラジャラと付いている。身につけている制服のスカートは異様に短く、朝のキチッとした制服姿とは対照的だなぁと毎回のことながら感心してしまう。

 私たちの目の前にいるのは仕事として制服に身を包んだ逆辻先輩だ。


「遅い、久遠。アンタどんだけ待たせんのよ!」

「いや~お待たせでした」

「この格好寒いんだから早くしてよね……今時ガラケー弄ってんのも楽じゃないわ……というかメール見なさいよ!あんた通知切ってるでしょ!」

「あ、見てなかった……いやごめんなさい。業者とかの迷惑メールが多くて」

「今日私がガラケーなのアンタ知ってるでしょうが……」

「久しぶりでつい」

「はぁ……まぁいいわ」


 そう言って、照子先輩は席を立って榎音未さんに手を差し出す。


「初めまして榎音未唯愛さん。久遠から聞いているかもしれないけど、五葉塾の《言葉師》の逆辻照子です。よろしくお願いしますね」

 二人の身長差は結構あって、照子先輩が頭一個半ぐらい小さいので見上げる形だけど私と話す時よりもずっと落ち着いていて外見に見合わない大人びた調子だ。


「あ、はい。初めまして。榎音未です」

「すみませんね、こういう格好で。でも必要だったもので」

「必要……?」


 そう言う榎音未さんの表情に動揺が滲む。落ち着いた先輩の様子は様子で面白いが、それ以上に面白いのは先輩の今の格好で落ち着いた所作を見せられるところだろう。

 異様に短くしたスカートにピンク色のカーディガン、時代遅れのストラップをジャラジャラとつけたフィーチャーフォン。マクドナルドへの呼び出し。榎音未さんからしたら落ち着いた対応をされると返って違和感を覚える状況だな、と思う。


「照子先輩の《拡張異能》の条件なんですよ」

「あぁ……アンタ説明してなかったのね」

「そりゃ五葉塾、日常的には《拡張異能》使う人も使う場面もありませんし……」

「私が急に初対面の人をファーストフードに呼び出して遊び呆けているみたいじゃないの」

「みたい、というかマックでガラケーカチカチいじって人呼び出してるのはまさにそのものですよ。ばっちり」

「い、いや。そういう話じゃなくて……いいや。久遠、説明して」


 この世界の《異能》には条件を満たすことで拡張されるものがある。


「わかりました。榎音未さん。この照子……もとい、まず逆辻先輩はお察しでしょうが《異能者》です」

「はい、それは何となく。感じてもいましたから」


 そう榎音未さんが応える。


「へえ、会っただけで《異能》について感じ取れるんですね。中々面白いですね」


 照子先輩が榎音未さんの発言に反応する。榎音未さんの感覚は《口裂け女》の一件からどうやら強まっているみたいだ。出会った人が《異能》を持つかどうか、そんな一見してはわからないことがわかるようになっている。

 信じることが異能を形作っている。その信じること、というのは外から雰囲気でわかるほどに何か色や匂いのあるものなんだろうか?

 何か、曖昧だった榎音未さん自身の異能に方向性が生まれているということなのかもしれない。


「ああ、ごめんなさい榎音未さん。話の腰折っちゃって。久遠、続けて」

「先輩が妙に丁寧に他の人と話しているの見るの、なんかゾワゾワしますね」

「うっさいわ」


 私は話を続ける。


「本来であれば異能について人に話すものでもないんですが、五葉塾に入る人は逆辻先輩とこうして会ってもらうことにここ数年はなっているので例外です。榎音未さん。まず逆辻先輩は《未来視》の《異能者》です」


 照子先輩は私のような《瞳》を持っているわけじゃない。ただ、自分の《異能》と師匠から教えられた技術で自らを《言葉師》たらしめている。

 私とは違う、私には出来ないこと。

 未来視――曖昧で、掴み取れなくて、理解のできぬものを視るということ。


「《未来視》って、予知ってことですか?」

「そうですね。概ねそう思っていただいて構いません。私は未来を視ることができます。視るって言っても私の場合、脳裏に浮かぶイメージみたいなものをそう指してるだけです。もっとも、大抵は急に私が意識していない時に視えてしまうだけで、自覚的には数秒から十数秒って範囲の未来を、ってだけですが」


 少しだけ先輩が自嘲するように鼻で笑う。私はその仕草をあまり好きではないけど、今は流す。


「そんなことばかり出来るんですね……《異能》というものは……」


 それぞれの人の《信じること》が《異能》を作る。それはその人の世界の捉え方そのもので、他の人々の持つ理屈ではない。

 何だって起こる。何だって出来る。

 その人が、そうであると《信じる》限り。


「榎音未さん。ここまでが前提です。先輩にここにいてもらって、榎音未さんを連れてきたのは何もこんな人目のある場所でわざわざ話すためではありません」

「そうなのよねぇ。私もこういう格好、好きでしてるわけじゃないし」

「榎音未さん。師匠の代わりに今日は私が説明しますね」

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