4.束の間の休息


「と、いうわけで榎音未えねみさん。ちょっと私と出かけてください。師匠にはもう許可もらっているので」


 そう榎音未さんに言って、五葉塾で事務処理をしていた榎音未さんを連れて出かけていく。

 待ち合わせ場所は学校の帰り道とは全く違う場所で、五葉塾を通過して向かうようになっている。

 先輩の待ち合わせ場所は色々と制約があるのはわかるけど、ほぼ徹夜明けには中々しんどい。


 電車に乗って榎音未さんと座席に座る。

 通勤ラッシュ前とはいえ、昼間だというのに電車には私たち以外誰も乗車していなかった。

 少しだけ、不思議だった。この時間帯なら満員電車とはなっていなくても、座席が埋まっていて二人並んで座れなくてもおかしくなかった。

 まぁ、こうして並んで座れたのはラッキーだったけど。榎音未さんとおしゃべりもできるし、と考えて榎音未さんへ話しかける。


「榎音未さん、すみませんね急に」

「いえ、私はそこまで急ぎの仕事もありませんでしたから」

「それはよかったです」


 私はホッとするし、榎音未さんと出かけられることに少し心がウキウキしている。口裂け女との一件以来、榎音未さんとだいぶ距離が近づいた気がする。

 鮫神の時の成り行きだけでなくて、ちょっとした会話だったり、一緒にいる時の居心地の良さ、特に言葉を交わさなくても安心するみたいな感覚が出来ている。


「それよりも久遠さん、大丈夫ですか?」


 そう言われて私は少し不安になる。

 大丈夫? 何がだろうか? 身だしなみとかか?と眠気のある頭で考え始める。

 徹夜明けで通学したものだから、変な匂いとかしていて隣に座った時に榎音未さんに嫌な思いをさせていたりとかするんじゃないかとか考えてしまう。

 いや、してないよな? 学校でシャワー勝手に借りて終日ほとんど机で寝ていたけど、昨日の夜もお風呂入ってから任務行ったし? 大丈夫だよね?


「え、あ、お風呂は入ってますよ?」

「そうではなくて……最近、任務すごく多くないですか? ここにきて短いですけど、久遠さん、最近かなりオーバーワークですよね」

「ああ、そういう話ですか」


 今年は怪異の出現がだいぶ多い。遠出をするために夜中から出かけることもあって、だいぶ休みも不定期になっていた。まぁ、そこに託けて学校をサボりまくっていた私もいるんだけど。


「いや、まぁ仕方ないですよ。そういうのが《言葉師》ですし」

「……」


 沈黙。東光院さんとのやりとりでもあったけど、何とも私以上に周りの人たちがシリアスに受け止めている気がする。


「ほら! 繁忙期ってやつですよ。もうちょっとしたら落ち着くでしょうし」

「そうですか……」

「まぁ、《瞳》があるからこその宿命、みたいなもんですよ。そういう仕事ですし、この《瞳》あっての私みたいなところありますし?」


 そう言うと榎音未さんが少し困ったような顔をする。どうして榎音未さんがそんな顔をするのか、私にはよくわからない。


「久遠さん」

「は、はい」


 少し緊張。こういうやりとり、慣れていないのです。

 でもその後の言葉は私にとってありがたいものだった。


「繁忙期なら無理しないで、なるべく健康に過ごしてくださいね。この間はああは言いましたけど、勉強なら私が教えますから。とにかく体を壊さないようにしてください。

 それで、任務が落ち着いたら色々しましょう。勉強会をしましょう。勉強して、その分遊びましょう。久遠さんの好きな映画を見る会でもいいですよ」

「えっ! 本当ですか! 嬉しいな〜楽しみにしますよ。約束ですよ?」

「はい、約束しましょう。私はもたくさん付き合えるようにいろいろ仕事を片付けておくので」


 その言葉で私は全身に力がみなぎる感じがする。楽しいことが先にあると人生なんでもやっていける気がするものだな、と私は思う。


 それにしても、眠い……という感覚が急に押し寄せてくる。

 半端に学校で眠ったのもあって、余計に眠気を感じるようになっていて、榎音未さんと話していて気分がリラックスして気が緩んだからか目を閉じればすぐ眠りに落ちそうだった。


 そんな私の様子を見て榎音未さんが微笑む。


「久遠さん、寄りかかってもいいですよ。疲れているでしょうし」

「ああ……すみません」


 そうして私は榎音未さんに寄りかかる。暖かくて、少しいい匂いがした。


「結構この街も面白い場所あるんですよ榎音未さん。いろいろ落ち着いたら遊びに行きましょうね……」

「ええ、そうしましょう」


 私は自分でももう何を言っているのかちゃんと認識していない。でも、そんな会話が心地よかった。

 ずっと、こうして過ごしていたいくらいの、穏やかな時間だった。


 あっという間に眠気がやってきて、私は夢の中に落ちていく。それはとても心地よい眠りへの落ち方で、ここ最近、そんな入眠は中々なかったな、と思い出す。


「本当は、そんな風に背負わせるべきなんかじゃないんです」


 そんな声が遠いところからした気がするけど、意識は保たれない。


 ブラックアウト。私は眠りに落ちる。

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