3.もう一人の《言葉師》
車を降り、車でその場を後にする東光院さんを見送って学校へ向かう。
時間は8時半で、ギリギリ学校は開いているかもしれないけれど通学路にはほとんど人はいない。
「あ、そういえば今日」
と東光院さんが車の窓から言うけど任務の話だと面倒なので「あい、お疲れ様でした。送ってくれてありがとうござっした!」と聞こえないふりをしてタタタっと走る。眠そうにふらふらと体を揺らしていたものだから東光院さんも追撃してこない。
私の通う学校は新王町にある私立の高校で、比較的自由な校風で私服で良いという校則ではあるけれど制服があるので面倒でそればかり私は着ている。任務の時にも面倒で着ていってしまうので定期的にクリーニングしたり、スペアを買っておいたりと色々面倒だけど。
通学路はなだらかな傾斜になっていて、徐々に坂道の様相を帯びていく。学校はちょっと小高い坂の上にあって少し遠くから見ると生徒たちが坂を登っていくところが見える。
私は坂の麓で車を降りたので徹夜明けだというのに何とか坂を登らなくてはいけない。
えっちらおっちら登っていって最後のあたりはだいぶ斜面が厳しい。それでも登りながら視界が下に向いていると私の視界に誰かの両足が映る。
仁王立ちをしているかのような足。視界を上にずらすと腕を組んで待ちくたびれたかのようなつまらなそうな表情をした少女が目の前にいる。
「アンタ、随分遅い登校じゃない」
金色の髪をツインテールにした私と同じ黒を基調としたセーラー服に身を包んだ少女が言う。
私はその少女に当然のように見覚えがある。
「あら、てる子ちゃんじゃないですか。お久しぶりです」
そう私が言った途端、目の前の少女、
「てる子じゃないって言ってるでしょうが!私は
あ! か! ね!
大体逆辻先輩って呼びなさいって何回も言ってるじゃない! これでもアンタの一歳上だって言っているでしょうが!
せ! ん! ぱ! い!」
キィー!と怒り出す先輩は坂の上の方にいるアドバンテージで私と目線が合っているけれど、横に並ぶと私よりも一回りとちょっと背が小さい。昔からどうにも私につっかかってきて「先輩と言え!」とムキになってくるので私は面白くなってついつい「照子ちゃん」とからかってしまう。
遠出の任務でも一人でこなすベテランの《異能者》であり、同時に――五葉塾で数少ない《
「というか帰ってきたんですね」
「流すんじゃないわよ!」
照子先輩は結構忙しく私とは違った《異能》持ちなものだから特殊な任務の需要もあったりする。
「はぁ、まぁいいわ。そうね。忙しかったのよ、私。なぜなら優秀だから。あんたみたいな未熟な《言葉師》と違って優秀だから!」
「あー、はい」
姉弟子に当たる、ということもあって妙にこういう自慢げな様子に師匠の影がチラつくなぁ、と考えながら聞き流す。「いやぁ~大変だったのよ。スカイフィッシュをね、捕まえろって。スカイフィッシュって知ってる? 久遠は知らないかしらね~私は知っていたけれど。早くて捉えるのも大変なのよスカイフィッシュ。それを研究のために捕まえろってね。本当迷惑よねぇ~」
ひょっとして私も将来的に師匠みたいなイキりをし出すんだろうか? 本当に? いや、それはかなり嫌だな……そんなことを私は黙々と考え出してしまう。マジ? 師匠みたいなイキってる感じになるの? 将来的に五葉塾のデスクとかでふんぞり返って後輩に「いやぁ〜〜〜〜〜久遠はですねぇ! ププー! 後輩さんはこんなこともわからないんですねぇ!」とか言い出すわけ? い、嫌だ! と私は頭の中で叫ぶ。
そう眠気でモヤがかかった頭で考えていると、チラホラと視界に先輩が映る。
「ちょっとぉ! 聞きなさいよ! 聞きなさいよぉぉぉぉ! 私は朝6時からここで待っていたんですけどぉ! 少しは話! 聞きなさいよぉ!」
私が考え事をしていたせいで既に先輩が涙を潤ませながら抗議してくる。師匠譲りというか、こういう時に反応がないのが一番効くのが先輩だ。
「あ、ごめんなさい。眠くて、そしてつい考え事に気がとられて」
「考え事って、それ眠いの関係ないじゃない!」
もうだいぶ照子先輩とは付き合いが長いものだからこんなやりとりがお決まりになってしまっている。実際優秀な先輩ではあるのだけど、あまりにも隙があるものだからついつい揶揄ってしまうし、それに乗ってきてくれるので私もつい楽しんでしまう。
申し訳ないな、という気持ちも尊敬の気持ちもあるのだけど。
「うう、信じられないわ……目上の人への尊敬の念ってものを塾長代理もちょっとは教えた方がいいんないかしら……」
「いや、師匠は無理でしょう……」
私は思わず真剣なトーンで返してしまう。師匠に、そういう概念は絶対無理だ。
「そうね……」
「でしょう……」
「師匠だものね……」
「師匠ですから……」
私と照子先輩を繋ぐもの。《言葉師》であるということ、師匠は本当に面倒臭いということ。
「はぁ……せっかく久々の再会だってのに決まらないわね……」
「まぁ照子先輩、ここぞっていう時以外は全然決められないですからね。ここぞっていう時はばっちり決めるのに」
「それ、褒められているのか貶されているのかわからないわね」
「両方です」
「あんた……」
呆れたような何かをツッコミたいような味のある表情になるけど、ため息をついて流される。どうやらこのやりとりもこの辺りみたいだ。
「それで。新人が来たらしいじゃない」
「ああ、榎音未さんですね」
「放課後、連れてきなさい――私が《視る》ことにするから」
「ああ、わかりました」
先輩がここに来た理由にようやく察しがつく。というよりも、五葉塾で照子先輩にしかできないこと。海外に行っていた照子先輩が呼び戻された、という状況を考えれば自ずとわかることだった。
私とは異なる《異能》により、私とはまた違うものを《視る》ことのできる人。
言葉師――逆辻照子。彼女が視るもの。それは、未来。
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