2.何処にも行けない
「もう、帰らせてあげてほしいんです」
現場で聞き込みをする中で、初めてその少年に気づいたクラスメイトの子がそう言った。
私は《瞳》で視る。少年の姿をした怪異の本質を。
そこに残り、存在するのは少年ではなかった。彼を大切に思っていた友人の想いだった。彼を忘れないでいようという気持ちが、《信じること》となって彼の姿を取って学校に顕現していた。
私は人払いをして、概念刀を抜く。
「ごめんなさい」
何度やっても慣れないな、と私は思う。こうやって、どうしようもないことを、無に戻す作業。この世界が受け入れられない《信じること》を剪定する行いは。
目の前の少年は、既に人の姿を保っていなくて、でも僅かに残った人の顔の部分で私を見て、微笑んだ。
ありがとう。
そう聞こえた気がして、私は概念刀でその《怪異》を処理した。
せめて返り血ぐらいあれば、私の気分も違ったのに、と思う。何も残らないから、私はその自分の酷さを少しすれば忘れてしまいそうで、それに救われている自分と、そんな自分に嫌になる気持ちが混ざり合う。
任務を行なった教室を出て、彼の友人が待つ教室へ行き、私は声をかける。
「彼はもう、帰りましたよ」
「ありがとうございます。助かりました」
そう言った彼のクラスメイトには私の任務に協力してくれていた切実な印象は消えていた。私がその子の《想い》も少年の《怪異》と共に概念刀で切ってしまったからだ。
彼のことを情報として覚えていても、その想いは私が切る前とは全く異なっていて、異なってしまったこともその子はわからない。
何処にもいけない。帰れてなんて、いない。
どんな《怪異》にも、強弱がある。それは戦闘力のような指標でなくて、存在を保てるかどうか、という《信仰》の強弱だ。
今回の少年は、起点は友人の想いだったけど、存在を保つために無数の想いの集合体になっていた。
私には、それを《瞳》で解きほぐす力がなかった。
全ての《怪異》を《口裂け女》の時のように視ることが出来るわけでなかった。視ようとしても、視えなくて、ただ刀を振り下ろす。
そんな任務の方は、多かった。そして、最近はそんな任務が際限なく増えていた。
「すまないな」
座った私を見て東光院さんが急にそんなことを言う。そんな疲れた顔をしていたか!? と動揺する。
「いや!東光院さんのせいじゃないでしょ!というか任務ですし!?仕方なくないですか?」
「……」
返事がないまま車が発進する。少し、空気が重い。私の表情、自分が思う以上に暗かったんだろうか? こういうどうしようもない任務も別に初めてじゃない。《言葉師》を初めて私だって結構経つのだ。救えることもあれば、救えないこともある。そういうものだって私も理解している。
今となってはもう慣れた……でも、そんな風に慣れて良いことだったんだろうか?
「このまま帰ってもいいんだぞ。疲れてるだろ」
東光院さんがそう言い出す。思わずそれに乗りたくなるけどそうもいかない。
「いやいや、学校の勉強もしないとでしょ」
というか皆でそういう風に私を説得したんでしょうが! と思うけど東光院さんは妙にシリアスな顔をしている。
東光院さんはたまにそういう私にうまく掴めない表情をすることがある。私がハードな任務をこなした時とかそういうのが顕著だけど、最近の任務の増加に伴ってそういうリアクションをすることが増えた……気がする。なんか疲れているんだろうか?
五葉塾での任務、《言葉師》あっての私、みたいなところもあるんだしそういうことをあんまり気にしないでいいんじゃないかなって私は思うんだけど、それを伝えるのは難しい。
「俺もお前みたく《怪異》が視れたらよかったんだがな」
急に変なことを言い出したぞ。
「いやいや、適材適所ですよ。第一、東光院さんが事務処理とか送迎とかやってくれなかったら回らないですって」
「俺の代わりなんていくらでもいるさ。適当に給料出せばいくらでも来る、そういうもんだ」
どうしてそんなことを言うのだろう。絶対に違うと思うのに、東光院さんの言葉には有無を言わせない力があって、私は少したじろいでしまう。
そうして、沈黙。
車内に少し重い空気があって、私は任務の後味の悪さもあってしんどい気持ちになる。
「すまん、ちょっと俺も徹夜明けで疲れているみたいだ」
少し間があって、東光院さんがくしゃりと笑みを浮かべて私にそう言う。それと同時に車内の空気の重苦しさが消える。
「本当、東光院さんも働きすぎですって、自分が休んだ方がいいんじゃないですか?」
「そうかもしれないなー」
そういう感じになって私と東光院さんはワイワイ話す。二人して寝不足だからナチュラルハイの深夜テンションで明け方の太陽を見てもゲラゲラ笑う。
「まぁ、何処かに行きたくなったら言えよ。車ぐらいなら出してやるから」
そう東光院さんが言って、私は車を降りる。
半分眠りに落ちかけていた頭の中に、東光院さんのその言葉が妙に残って、響いていた。
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