弐 口裂け女。あるいは言葉師という仕事。

0.プロローグ






 ————私の願いは、貴方を守りたいだけ。









『新王町通り魔殺人事件 概要』


・新王町通り魔殺人事件

 新王町しんおうちょう通り魔殺人事件(しんおうちょうとおりまさつじんじけん)とは1990年代の夏に10代の少女が殺害された通り魔事件。後述の事情により「口裂け女殺人事件」と呼称される場合もある。


・事件の概要

 都市伝説を模した事件の要素から、噂の流布に伴う集団心理の過激化の果ての事件ではないか、という見解もあり、センセーショナルな見出しで報道を行うマスメディアの手法への批判も相次いだ。

 被害者女性の小峰琴音こみねことねは新王大学経済学部に通う大学二年生。

 ゼミへの出席態度や成績も熱心な大学生だったが後の捜査で学校外にて新王町付近の繁華街での風俗店に勤務していることが発覚、マスメディアに取り上げられ話題になる。

 昼と夜の別の側面を持つという点が過激な見出しで取り上げられ、プライバシーなどの観点から被害者の尊厳をめぐり議論が沸き起こった。

 また事件当日、被害者が美容整形を行うことを理由にクリニックへ通う様子が目撃されており、被害者の容姿が優れているにも関わらず整形を志した理由の追求など議論は多岐に渡った。


 8月19日、13時過ぎに新王町三丁目の路地で口を裂かれた女性の死体が発見された。衣服は乱れていたが性行為の痕跡などはなく、犯人からの逃走と揉み合った結果と思われる。

 直接の死因は口を裂かれたことではなく、その過程で舌もまとめて裂かれたことによる失血及び血液が器官に吸い込まれ凝固したことによる窒息死。

 死体にはマスクが付けられており、都市伝説である『口裂け女』を連想させることから愉快犯の可能性が考えられる。

 白昼堂々の事件であり、雲一つない日に起こった路上での殺人事件であっため早々に犯人が見つかると予想されていたが、マスメディアのセンセーショナルな報道による野次馬の押し寄せ、独自調査による情報の錯綜、警察の捜査の妨害などが多発。当初の予測は外れ、現在に至るまで犯人は見つかっていない。


▲▲▲


「ねえねえ、口裂け女の話知ってる?」

「え〜古くない?お母さんとかが話してる話題でしょ、それ」

「いやいやいやいや、画像とかめっちゃあがってるよ。動画でもあるし!」

「はぁ〜今更〜?」

「ほら、見てってこれ!これ!」

「……マジじゃん」

「ね?マジだよマジ!」

「ええ、これってどういうことなの?」

「新王町の未解決事件知ってる?」

「なにそれ」

「口を裂かれて死んじゃった女の人の話」

「口裂け女ってこと?」

「うん。その人の呪いなんじゃないかって……」

「きゃー!」

「きゃー!」


 五葉塾ごようじゅくの表向きの業務(むしろ本業?)である学習塾業、夏期講習を終えて帰っていく中学生たちがそんな話題を話している。


『新王町連続口裂け女通り魔殺人事件 概要』


 新王町しんおうちょう連続口裂け女通り魔殺人事件(しんおうちょうれんぞくくちさけおんなとおりまさつじんじけん)2019年7月1日から約1週間の周期で女性が口を裂かれて死亡しているという連続殺人事件。

 事件発生時には長身のマスクをつけた女の目撃情報が多数発生。現代に蘇った口裂け女による事件ではというゴシップが続出している。

 過去に発生した未解決事件、『新王町通り魔殺人事件』との関連が推測されるが詳細は依然不明。


・事件の概要

 2019年7月1日18時20分ごろ、新王町の住宅街で成人女性の遺体が見つかった。女性の名前は田中千恵美(24)。

 上半身を刃物のようなもので複数回刺された傷があり、警察は事件に巻き込まれたとみて捜査を始めた。顔が特に入念に刺し傷があり、死亡後に刃物で口を裂いたような痕跡があり過去に起きた『新王町通り魔殺人事件』の模倣犯ではないかと推測されるようになる。

 2019年7月8日18時40分ごろ、同住宅外で再び成人女性の遺体が見つかる。女性の名前は桜井金江(26)。

 手口としては同様であり、前述の事件と同一犯ではないかと推測され報道が加熱する。

 2019年7月15日17時45分ごろ、事件発覚。佐藤綾香(22)

 以下、1週間周期で事件発生。

 立川まひろ(21)、富山桜(27)、金城真麻(31)、成瀬絢音(28)、全て同様の手段で死亡。



 移動中、私はスマートフォンで事件の概要をチェックしながら憂鬱になる。

「はぁ。どうしてこういうことが話題になるんですかねぇ」

「知らん、俺が聞きたい」

 東光院さんがうんざりした調子で答える。師匠からの急な指示で資料のピックアップと作成をしたり私と榎音未さんを運送したりでてんてこまいらしい。

 車内だというのに突き刺すような日差しで参ってしまう。

 尋常じゃなく暑い夏、常識的じゃない暑さの夏、常夏。私はこんな時期にマスクの女を探さなくちゃいけないらしい。

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