第5章 理念の灯火

第37話 赦し




 僕は魔王城の階段の一番下で、異界へと通じる大きな魔術式を描いていた。大きなものだと形をとるのが難しい。

 結局ガーネットに「お前のせいだ」と言われたことについてきちんとした謝罪はさせてもらえなかった。

 僕が謝ろうとするとガーネットは「早く魔術式をかけ」と言い、話をしてくれない。

 それ以上その件に関しては話すつもりがないのだろう。


 ――僕のせいなのは解ってるんだけど……


 そうはっきりと言われると、へこむ。


 ――助けた事、感謝しているって言ってたのに、なんで「お前のせいだ」なんて言うの……


 チラリとガーネットを横目で見ると、別にいつも通りのように見える。別段怒っているようには見えない。

 いつも怒っているように見えるという意味で、いつも通りと言っている訳ではない。


 ――後できちんと話をしないと……


 術式を地面に描いているとき、僕の長い髪が前に垂れてくる。

 僕の赤い髪はご主人様に拾われたときから切っていない為、随分伸びた。戦いになる前に切ろうかと僕は考える。


 ――未練がましいよね。いつまでもご主人様が触ってくれた髪を伸ばしているのは……


 僕は魔法陣を描く手を止めて、自分の髪を触る。


「どうした?」


 僕の手が止まったのを見て、ガーネットは話しかけてくる。

 あまりの自然な会話の始まりに、先ほどまでモヤモヤしていた自分の気持ちと混同し、少しばかり混乱する。


「髪の毛……切ろうかなと思って」

「……魔女の女王との戦いでは短い方が戦いやすいのではないか?」


 ガーネットにそう言われて少しの間考えたが、僕はどうしても切ろうという決心はできなかった。

 思い出と一緒に切り捨てることはできない。


「…………やっぱり切らない」

「何故だ?」


 この戦いで、ゲルダと相打ちになったりして死ぬかもしれない。

 だったら僕は、彼の好んだこの姿のまま死にたい。

 死ぬのではなくて、生きる方向で考えていなければならないのだが、楽観的にはなれない。

 ゲルダは強い。自分の力量が解る分、自分の力と同等の力というものの恐ろしさは身に染みて解っているつもりだ。

 幼い頃より、ずっと危険分子として監視され、拘束され、虐げられてきたからこそ、どれほどの恐ろしさなのか解る。


「ガーネットこそ、その伸びた髪切らないの? 目にかかって邪魔なんじゃない?」

「以前はお前と同じくらい長かった。これは短いくらいだ」


 長髪のガーネットの姿を想像すると、どこかリゾンと重なるように感じた。


「吸血鬼族って……みんな髪の毛伸ばしてるの?」

「我々にとっては長い髪は高潔な者の証だからな」


 リゾンも物凄く髪が長かったし、エルベラも、ヴェルナンドもそうだ。

 言われてみたら確かにそうだと納得する。


「まぁ、縛れば問題ないでしょう」


 僕は髪の毛を乱雑に括り、続けて魔法陣を描き始めた。書いている最中に色々な想いが倒錯する。

 解決しなければならないことはまだたくさんある。

 ご主人様のことがいつになっても、いつも頭によぎる。何かするたび、ほんの些細な時間がある度によぎる。

 何をしているだろうか。大丈夫だろうか。レインと上手くやれているだろうか。

 自分のこれからのことも考える。ガーネットとこれから上手くやって行けるのだろうか。しかし、なるようにしかならない。

 僕は最後の線を書き終え、立ち上がった。


「行くか……」


 そう言った直後、リゾンに出発前に返事をもらうと言っていたことを思い出した。


 ――嫌なこと過ぎて忘れてた……


 リゾンに会いたくない。

 顔も見たくないし、彼が恐ろしい。

 魔女と同じだ。ゲルダを見る時と同じような緊張感がある。ゲルダを見ると吐き気や嫌悪感が込み上げてくる。

 同時に、自分を失う程の憤りが身体の内側からドロドロと出てくるような気がする。

 僕を一個人ではなく、物として扱う者たちに対してのやるせなさを抑えられない。


「…………僕はリゾンに返事を聞いてくる」

「あの性根の腐った変態が協力すると思っているのか?」


 ガーネットのその言いぐさを聞いていて、どこでそんな悪口を覚えてきたのかと僕は苦笑いをした。


「一応、発つ前に確認する約束だったから」

「私も行こう。また襲われでもしたら大変だからな」


 僕は再び階段を登り始めようと見つめた。脚で登るにはかなりの労力が必要そうだ。

 追われていたときはガーネットに抱えられていたからなんとも思わなかったが、攻め入る輩がいるとしたらこの階段を登らねばならない。魔族は人間や魔女よりも体力があるだろうから、そんなに苦でもないのだろうか。

 そんなことを考えながら僕は階段に脚をかける。


「やめておけ、数十分はかかるぞ」


 僕の身体を軽々と持ち上げると、ガーネットは階段を駆け上がった。

 軽やかに跳ぶ彼にとって、階段なんてまるで何の弊害もないかのようにあっという間に頂上につく。数秒の出来事だった。

 頂上で僕を降ろすと、何事もなかったかのようにガーネットは城の中へ入って行った。

 先を進むガーネットの背中を僕は追いかける。

 城の中に入り、小鬼にリゾンの場所を聞くとどうやら部屋にいるようだった。

 リゾンの部屋の前に来ると、やはり嫌な感じがする。


「おい、リゾン。返事を聞きに来た」


 ノックもせずにバタンと開けると、リゾンはベッドに座っていた。何か台のようなものに腕を乗せている恰好をしているのが見える。


「な……なに……して……」


 ガーネットの背中で見えなかったが、彼の動揺の言葉に嫌な予感がして、僕もリゾンの方へと視線をやった。


 ――え……?


 そこには自分の腕にいくつもの短剣を刺しているリゾンの姿があった。


 口で短剣を咥え、腕に突き刺している最中だ。

 彼の白く細い腕から短剣を伝って血が滴り、床に落ちている。

 その腕はピクリとも動かず、リゾン本人は特に表情の変化もない。


「無粋な輩どもだな……入るときくらい合図しろ」

「な……なにをしているの?」


 こちらの存在を無視して腕に何本も刺さっている短剣を口で咥え、腕を裂くように引く。鋭く白い牙ががっちりと短剣を捕えているのが見える。

 痛々しいその姿に僕は眉をひそめずにはいられなかった。


「やめろ!」


 ガーネットがリゾンの口から短剣を取りあげた。

 近くでリゾンを見ると肉が裂け、骨がむき出しになり、何本も何本もの切り傷が腕にできているのが見える。

 あまりのむごさにガーネットも眉をしかめた。


「なんだ? 不躾に入ってきたと思ったら……」

「何をしている!? 正気を失ったか!?」

「腕が全く動かないからな……痛覚もまったくないということを確かめていたのだ。お前たちのおかげでこのざまだ」


 リゾンは刺すように冷たい目で僕を見た。怒っているわけではない様子だったが、やけにその言葉に心苦しさを感じざるを得ない。


「リゾン……返事を聞きに来た」

「協力がどうのこうのと言っていたことか? そんなもの願い下げだ」

「……腕、もう動かなくてもいいの?」

「施しを受けるつもりはない!」


 語気を強めるリゾンの表情は悔しさがにじんでいる。先ほどまでの冷静な装いは、必死に抑えていただけのようだ。

 今にも僕の首元を噛み切らんと牙を向いている。しかし、飛びかかってくる様子はない。


「……施しじゃない。僕は……あなたのこと、正直苦手だし、今は嫌いだけど……腕の件は悪いと思ってるよ」

「とんだ偽善者だ……虫唾が走る!」


 会話の途中ながら、したたり落ちている血の量を見るとそのおびただしい量に気を取られ、まともに会話ができるような状態ではなかった。

 それは僕も、リゾンもそうだろう。


「リゾン、協力しないということは理解したけど、ただ……その腕は治させてほしい」

「…………この腕が治ったら、貴様に凌辱の限りを尽くしてくれる……それでも私の腕を治すというのか!?」


 強がりを言う彼は、僕の目にはあまりにも哀れに見えた。

 その憐憫れんびんまとう目でリゾンを見つめると、癇に障ったのか更に彼は表情を険しくした。


「そんなこと、あなたはしないよ」

「必ずそうするさ……まずはお前の両腕と両足を切り落とし、翼を一枚一枚丁寧に引きちぎり、お前が泣いて私に詫びを入れるまでお前の皮を剥がしながら、お前が私の子を孕んでも、何度でも何度でも繰り返してやる……お前が壊れるまでな!」

「…………応急処置をするから、一緒にいこう」

「ふざけるな! 私に触るな!!」


 彼の言っていることを、実際に彼はそうするだろう。しかし、このまま見殺しにしていい理由にはならない。

 ガーネットがリゾンの身体を押さえ付け、僕は自分の鞄に入っていた応急処置の為の包帯を取り出す。


「貴様っ……!!」

「暴れないで」


 強い口調で言っても、リゾンは尚も暴れるのをやめない。

 僕は彼の腕の短剣が動かないように固定していく。引き抜いたら余計に出血してしまうからだ。


「意地を張るのはやめて。かなり出血してる……もう意識も朦朧もうろうとしてるはずだよ」

「魔族はこの程度では死なない!」

「それは嘘。吸血鬼族は他の種族よりも血が必要な筈だよ」


 現に、暴れてはいるもののガーネットによってしっかりと押さえられている。

 僕はできるだけ手際よく包帯を巻いていった。リゾンの腕はだらりと落ち、冷たい。そもそも身体が血がたりなくなって冷たくなってしまっているのだろう。

 リゾンは初めの方は暴れていたが、僕が手際よく処置をするのを見て暴れるのを徐々にやめた。


「このままだと危ない。急ごう、ガーネット」

「本当に連れて行くのか?」

「私は行くなどと言っていない!!」

「連れて行く。ガーネット、担いでいてくれるかな」

「ふん……鬱陶しい……」


 ガーネットは文句を言いながらも、リゾンを肩に担ぐように抱える。リゾンは初めは抵抗していたが、やがてやけに大人しくなった。

 僕が彼を確認すると気絶してしまっていた。血液の量が相当減っているようだ。


 ――このままでは危ない……


「急ごう」

「手のかかるやつだ……」


 文句をいいながらもしっかりと彼を担いでくれている。素直ではないところや、物の言い方は2人ともそっくりだ。


 ――なんだか、兄弟みたいだな……


 長い階段を降りるときは一段一段降りている場合でもなく、リゾンと一緒に僕を抱え上げ、僕の作った氷の道を木の板に乗って一気に滑り降りた。

 一番下に着き、異界の門を開く術式に自分の血を垂らす。

 リゾンをちらっと見ると、かなり疲弊している様だった。空間移動の負荷に耐えられるだろうかと考えたが、魔王の子息はそう軟弱ではないだろう。

 信じるしかない。

 これ以上放っておいてリゾンが自分の身体に負荷をかけたら、それこそ空間移動の負荷に耐えられなくなってしまう。


「リゾン、持ちこたえてよね」

「ふん、コイツなら大丈夫だ」


 そのガーネットの言葉は彼への信頼と僕は受け取り、微笑む。

 大きな門が開き、僕らはその中へ飛び込んだ。




 ◆◆◆




 空間を抜けると夕闇に世界が包まれていた。

 そしてそこはシャーロットが待っている場所だ。空間移動の負荷を僕自身も感じ、疲弊したが、事は緊急を要するため休んでいる暇などなかった。


「ノエル! 無事でなによりです!」


 僕がガーネットと共に魔術式から出て彼女を見ると、酷くくたびれているようだった。恐らく食事もろくにしていないのだろう。

 彼女の後ろに、幼い子供がしがみついているのが見える。僕はすぐにアビゲイルが起きたのだと解った。


 ――良かった。目が覚めたのか……


「なんとか……死ぬかと思ったけど、帰れたよ」

「信じていました」


 僕の滅茶苦茶な作戦を信じてくれていたのかと思うと、苦笑いが漏れる。


「シャーロット、疲れているところ悪い。この吸血鬼の怪我を治してほしい。腕の神経が断裂して麻痺してる」

「その銀色の髪の方は……?」

「魔王の子息なんだけど……事情は治療中に話す」

「解りました」


 シャーロットはアビゲイルの頭を撫でてから離れ、短剣が幾重にも刺さっているリゾンの治療を何も言わずに始めた。

 シャーロットに必死にしがみついて不安そうにしていたアビゲイルに僕は話しかける。


「アビゲイルだね。目が覚めたんだ。僕はノエル……言わなくても魔女なら全員知ってるかな……」

「赤い髪と瞳の魔女……ノエル、知ってます。助けてくれて……その……ありがとうございます。おかげで助かりました……」


 自信なさそうに小声で言うアビゲイルは普通の少女のようだった。

 シャーロットと同じ白い髪に、大きな瞳が印象的だ。可愛らしい顔をしているが、髪の毛が伸び放題になっていて目が隠れてしまっている。


「よく頑張ったね」


 僕がそう言うと、アビゲイルはぐずぐずと泣き始めてしまう。

 僕は慌てて、鞄から異界でもらった甘いお菓子をアビゲイルに差し出した。

 妖精族が作る花の蜜を凝固させた飴だ。中に美しい花がそのまま咲いている。


「こ、これあげるから、泣かないで」


 僕がそれを差し出すと、アビゲイルはその飴を受け取ってから大声で泣き始めてしまった。

 泣き止ませようとしたのに更に泣かせてしまった僕は物凄く焦ってしまい、更に異界で持たされたお菓子を取り出す。

 砂糖菓子に、饅頭、焼き菓子、あらゆるお菓子をアビゲイルに渡そうとする。わんわんと大声で泣いているアビゲイルは泣きながらそのお菓子を口に運ぶ。

 一口食べて一先ず泣き終えたかと僕は安堵するが、飲み込んだ後に再びアビゲイルは泣き始めてしまう。


「えっ……えっと……ごめん、まずかった……?」

「ううん……えぐっ……うっ……美味しい……っ」

「そ……そっか……」


 アビゲイルが何で泣いているか僕は焦ってばかりで解らなかったが、アビゲイルは安堵し、嬉しくて泣いていたのだ。

 ずっと実験続きで苦しい想いをしていたアビゲイルは、自分の身体が元通りに戻り、そして大好きな姉と逃げ延びられたこと、そして「頑張ったね」と、辛いことが終わったと思わせる僕の言葉にアビゲイルは緊張の糸が途切れたらしい。


 慌てている僕が次々と甘いお菓子を渡してくるのを、アビゲイルは泣きながら次々と食べ、やがて泣き止み、疲れ切ったように焚き木の炎の近くで眠ってしまった。

 その場所は柔らかい草が敷き詰められている。

 やっと泣き止んでくれたことに僕はホッとしてシャーロットの元へ行くと、ガーネットは僕を可笑しそうに見る。


「随分、子守りは得意なようだな」


 からかうように僕に彼はそう言う。


「お前がうろたえている様子は見ものだったぞ」

「…………面白がらないでよ」

「ノエル、アビゲイルの相手をしてくれてありがとうございます」


 僕がリゾンを見ると、短剣が抜かれていて傷口がほぼ塞がっていた。短剣を僕は鞄の中にしまう。

 こんなもの投げられたら危険だ。アビゲイルやシャーロットもいるのに……。


「神経を繋ぐのは少し時間がかかります」

「ごめん、無理させて」

「いいえ、異界でご無理をされてきたのでしょう。このくらいお安い御用です」


 リゾンの腕の傷は塞がり、ゆっくりと内部の神経が繋がって行った。


 ――これで……リゾンが僕に対して凌辱の限りを尽くすことができるようになったわけだ…………


 本当にそうされたらどうしようと不安がよぎるが、そんなことは考えても仕方がない。


「魔王様から手に入れたよ。世界を作る魔術式」

「ご無事に帰ってこられたところを見て、成し遂げられたのだと解りました」

「大変だったけどね……この魔王様の子息ともめて……やむを得ず腕を切り落とさないとならなくて……この有り様だよ」


 そう僕が言うと、シャーロットは不安げな顔をする。やむを得ず腕を切り落とさないとならない状況というのは、穏便ではない。


「……扱いは大変そうですが……綺麗な方ですね」

「中身はちょっと……性的倒錯をしていて加虐的な傾向が強いけど……」

「大丈夫なんですか……?」

「更に性格の歪んだクロエみたいな感じだけど……大丈夫。暴れ出したら僕が抑えるから……」


 本当にそんなことできるのだろうかと僕は考え込んでしまう。

 そういえばクロエの姿が見えない。辺りを見渡すと、クロエはいない様だった。


「クロエは?」

「ずっとここにいるのは飽きたようです。昨日から見ませんね……」

「シャーロットから離れるなんて……なんてやつだ」


 シャーロットを守ってくれるように頼んだのに。本当に軽薄なやつだ。


「ガーネット、リゾンは大丈夫そう?」

「あぁ。獣の血でも飲ませておけばいいだろう」

「食事の準備をするがてら、捕ってきてくれないかな?」

「あぁ」


 ガーネットは森の中の闇に消えていった。それを確認してから僕はシャーロットに話しかける。


「シャーロット、頼んでおいたものはできた?」

「いえ……まだです。あと数日あればなんとか」

「そう……。それはそうとして、こっちの解読を付き合ってくれないかな」


 僕が鞄に入れていた洋紙をシャーロットに見せると、驚いたようにその魔術式を見ていた。大きく、そして複雑な魔術式を真剣に目で追う。


「これが魔王様がくれた、世界を作る魔術式。途中まで解読したんだけど、シャーロットにも協力してもらいたい」

「これは……かなり大変そうですね……」

「クロエは魔術式解るかな?」

「いえ……あまり得意ではないようです」

「そうか……高位の魔女でもやっぱり向き不向きがあるんだ」

「彼はどちらかというと、頭で覚えるというよりは身体で覚える方というか……」


 確かに、身体を電気に変換する魔術は術式がどうとかより、身体で覚えたものだと思う。

 術式になぞって魔術を使うのではなく、身体に合わせて魔術式が展開する方だ。

 僕もどちらかと言えばそうだ。


「これは明日からにしよう。随分疲れたでしょう」

「大丈夫ですよ。私はまだやれます」

「シャーロット、頑張りすぎると疲れちゃうからさ。僕も疲れたし、少しくらいゆっくりしても大丈夫だよ。あっちでの話とか聞いてよ」


 そう言うと、シャーロットは納得したようだった。

 僕はちらりとシャーロットに頼んでおいた術式の一部を見た。複雑な魔術式が地面に精密に書かれているのを確認する。

 あと数日で完成するのであれば、問題ないだろうと僕は考えた。そうこうと考えている内に、リゾンの腕の治療は終わったようだ。

 気絶したままで助かったと僕は考える。

 拘束魔術をリゾンにかけ、魔術を使えないようにした上で彼を木の陰に横たえた。


「ガーネット、随分雰囲気が行く前と違いますね」

「そうだね、向こうで色々あったからさ」

「ゆっくり聞かせてください」

「その前にお風呂にでも入ったら?」

「でも……この辺りは家屋もないですし……」


 魔術で土を掘り、岩を適当に並べ変えて敷き詰め、浴場を準備した後に水を生成する過程で熱を加えてお湯にし、その浴場に入れて即興の風呂を作った。

 周りに土の壁を隔て、周りから見えないようにした。


「これでどう?」

「流石です! これで久しぶりにお風呂に入れます」


 シャーロットは喜んでいる様だった。よく見ると髪の毛はボサボサになっていて、法衣も土で汚れている。

 なりふり構わず僕の頼みを聞いてくれていたのだろう。


 ――そう頑張られると……尚更頼みづらいんだけどな……


「食事の用意もしておくから、ゆっくり入ってきて」

「はい。ありがとうございます」


 シャーロットは風呂に向かっていった。

 暖かくパチパチと音を立てている焚き木と、眠っているアビゲイルを僕は見つめた。まだ子供なのに、随分酷い目に遭ったようだ。

 その痛々しさは、まるで自分を見ている様で胸がズキリと痛む。


「獲ってきたぞ」


 声のする方向を見ると、ガーネットが兎を持って立っていた。


「ありがとう。早いね」


 ガーネットは自分で獲った兎の血で食事を済ませていた。

 僕はそのことに気づくこともなく、捌いた兎の肉を木の棒に刺して炎の周りに置いて焼き始める。

 横たえているリゾンの口に、兎の動脈を切断して出血した血液を与えていた。


「クロエはどこに行ったんだろう……」

「あんな男のことが気になるのか?」

「クロエに言われてたこと……真剣に考えたから。その返事をしないと」

「………………」

「ガーネットもお風呂入ったら? 今シャーロットが入ってるからその後で」

「私は別にいい」


 僕が肉を焼いている内に、シャーロットが話しかけてきた。


「ノエルも入りませんか?」

「え、あぁ……僕は1人で入るからいいよ」

「気持ちいいですよ……って、え……キャァアアアアアアッ!」


 話し声から叫び声に変わったのが聞こえた。

 持っていた肉をその辺に放り出し、僕は風呂場の方へと走った。


「シャーロット!!」


 僕とガーネットは慌てて風呂の方へと飛び込む。


 ――魔女の襲撃か……!?


 僕らが風呂場に入ると、シャーロットが身体を隠すようにお湯に身体を沈め、豊満な胸を必死に腕で隠している姿が見えた。

 何から隠しているのか、僕の視線の中にいたものの正体を見て瞬時に理解した。

 視線の先に目つきの悪い半裸の男が立っていた。

 その男というのはクロエだ。


「あ……ノエル……」


 間抜けな声をあげてクロエは僕の名を呼んだ。

 その瞬間に彼への怒りが僕の口から飛び出す。

 裸で恥ずかしがっているシャーロットのことなど、憤慨している僕の目からは消えていた。


「クロエ! どこに行ってたんだ! そもそも風呂を覗くなんて! 何を考えているんだ!?」

「おいおい、よせよ。俺はお前が帰ってきていると思って――――」

「早く出て行け!」


 クロエに水弾をあびせようとすると、彼はすぐに避けるように浴場から出て行った。


「……大丈夫?」

「はい……すみません、大声を出してしまって」

「一々大声を出すな。紛らわしい」


 ガーネットは吐き捨てるように言ってその場から早々に出て行った。裸のシャーロットに気を使ったのだろう。

 僕もガーネットと共に風呂場から出て、気まずそうにしているクロエと対峙した。目をキョロキョロとせわしなく動かし、僕の方を見ようとしない。


「そんな怒るなよ。間違えて入っちまったんだって」

「そんなことを怒っているんじゃない。シャーロットから離れて何してた? 他の魔女が来たらどうするつもりだったんだ!」


 厳しい口調でクロエを責めると、尚更クロエは気まずそうに頭をガリガリと掻きながら視線を逸らす。


「悪かったって……俺だって無意味にふらついてたわけじゃねぇ。周りの偵察してたんだよ。それなら文句はねぇだろ?」

「軽薄に嘘をつくな」

「嘘じゃねぇって。収穫があったんだぜ? 聞きたいだろ?」


 ニヤニヤしながら僕の身体に触れようとするが、僕はリゾンにされたことを思い出してそれを思い切り振り払う。

 その様子にクロエは何かを感じたようだった。


「…………お前、異界で何かあったのか?」


 鋭い指摘に、僕は少しばかり動揺した。


「色々あった。気が立ってる」

「……なら、俺が今夜慰めてやるよ」


 相変わらずの軽薄さだった。全く凝りていないようだ。その態度に僕は呆れる他の選択はなかった。

 それでも無理やりにやり込めようという悪意をクロエからは感じない。


「…………クロエは軽薄だけど、無理やりにはしないよね」

「あぁ? …………まぁな。無理やりされてたのは俺の方だしな」


 笑うのをやめてクロエは僕から離れた。

 リゾンと違うその様子に僕は安堵した。腕や脚を切り落としてまで自分の欲求を果たそうとする性的倒錯者でなくて少しだけ安堵する。


「そう……行く前に言っていたことの返事、今聞きたい?」

「あ……あぁ、随分急だな……そうだな、今言ってくれ」


 クロエの苦しみも、悲しみも、求める気持ちも、純粋な好意、全て僕は受け止めよう。

 ずっとそう決めていた。

 僕は色々なことからずっと逃げてきたが、相手に向き合うということをしないとならない。向き合うことで傷つけ合うことになっても、話し合えば解ることもある。

 神妙な顔をしているクロエの目は、僕をしっかりと捉えていた。僕もクロエをしっかりと見つめる。


「僕は、クロエの申し出を受け入れられない」

「…………そうか」


 クロエは特に食い下がってくるでもなく、両手を頭の後ろで組んだ。それ以上は言ってこない。


「……随分、あっさり引き下がるんだね」

「あぁ? 別に引き下がったわけじゃねぇよ。今は何言ったって気持ちは変わんねぇだろ? 俺はお前とこうして普通に話せんのが嬉しいんだ。嫌われたくねぇしな。俺たちの寿命は人間よりも長いし、関係が続けばお前の気もその内変わるだろ?」


 相も変わらず軽薄に笑うクロエに、僕は毒気を抜かれた。

 歳も僕らは大して変わらないのに、僕の方がクロエに子ども扱いされたように感じる。


「まぁ、お前のことだからそう言うと思ったぜ。しばらく俺は純愛ってやつをやってみるってわけよ」

「…………クロエにそんなことできるの?」

「ばーか。俺はもう理性の欠片もねぇガキじゃねぇんだよ」


 そんなことを言って本当にクロエにできるのか疑わしく思ったが、僕に嫌われたくないというのは本当のようだ。

 しかし、その言葉を聞いて後ろめたい気持ちになる。


 ――クロエには……魔女のを隔離することは言ってないんだよね……


 魔女はこの世界にいてはならない。

 だから人間と魔女を全て別の世界に分断する。例外を設ける余地はあっても、人間が魔女を迫害するか、魔女が人間を迫害するかのどちらかにしかならない。

 だからクロエにそう言われて、僕は胸が痛んだ。

 この話はシャーロットとガーネットにしかしていない。

 シャーロットはこの話をしたときに物凄く難しい顔をした。シャーロットはこの世界から去りたくないようだった。それはそうだろう。僕だって嫌だ。


 ――嫌とか、嫌じゃないとか……そういう感情で成り立つ話じゃないんだけどね……


 その昔、人間は独裁者というものを許容し、崇拝し、別の“人種”というものを大量殺戮をしたという。

 僕には解らない。

 助け合って、協力して、譲り合って、思い合って、そうやって反映したのが人間じゃないのか。

 魔女と人間は、互いに助け合っていた時期もあったのに。

 赤い果実を僕にくれたガネルさん、僕を雇ってくれたカルロス医師、僕を拾って世話をしてくれたご主人様。


 ――力の差なんて大して存在しないはずなのに……どうして同じ人間を崇拝したり貶めたりするんだろう……


 魔女ほど、力の差で身分が決まる種族はいない。

 でも、そんな状況を変えたい。力があるものは弱い者へ力を貸し、力の弱い者も強い者も助け合っていけるような……それがどんなにキレイゴトなのか、僕には解る。

 強い者が略奪するのは当然の世の中だ。

 でも、ご主人様が安全に、幸せに暮らせる世界にしたい。


「そう。期待してるよ」

「私の目の届く範囲でノエルにおかしなことをしたら、殺すからな」

「んだよクソ魔族。魔女なんか嫌いなんだろ?」

「あぁ、貴様のような魔女は特に大嫌いだ。よく覚えておけ」

「俺もお前みたいなクソ魔族は大嫌いだ」


 睨み合いが続く中、クロエが収穫があったと言っていたことが気になり、喧嘩している2人の間に入った。


「クロエ、収穫があったって言ってたけど、何?」

「あ? あぁ……見覚えのある魔女が倒れてたぜ? ここから数キロ北東の方角だ」

「何っ……!?」


 魔女が倒れていたと聞いて、僕は身体が強張った。


 ――見覚えのある魔女って……誰だ……? クロエの反応からして……ゲルダではないようだが……


「見覚えのある魔女……?」

「あぁ、くたばりかけてたし、そのままにしておいた」

「……もったいつけないで誰なのか教えてよ」

「悪いが、俺はお前以外の魔女に興味がないもんでな。名前は知らない」

「…………見に行く。クロエ、案内して」


 僕はその辺に放り出した焼いた兎の肉を洗い、食べながら、リゾンの方を見た。置いていくわけにもいかない。シャーロットやアビゲイルと一緒に置いていくのは危険すぎる。


「ガーネット、リゾンを担いでほしい」

「連れて行くつもりか?」

「置いていけないからね」


 僕が頼んだ通り、ガーネットはリゾンを担いだ。

 運びにくそうだったので、僕は自分の髪を結んでいる紐をほどき、リゾンの髪を括った。

 綺麗な銀色の髪はご主人様の髪の色と同じだ。その髪に触れると、僕は余計なことを考えてしまう。


「シャーロット、倒れている魔女がいたらしい。一緒に行こう」


 風呂に入ってるシャーロットに話しかけると、間もなくして壁の隙から法衣を纏っているシャーロットが出てくる。

 法衣は魔術で洗濯して乾かしたのか、綺麗になっていた。


「アビゲイルも連れて行きます」

「解った」


 シャーロットが眠っているアビゲイルを抱き上げると、アビゲイルは一瞬目を覚ましたようだったが、すぐにシャーロットの背中で再び眠りに落ちたようだ。


「行くよ」

「あぁ」




 ◆◆◆




 クロエの案内通りに進むと、人影が見えた。

 砂の海に確かに魔女らしき者たちが倒れている。それも1人じゃない。

 2人だ。


「クロエ……2人とは聞いてない」

「俺は『見覚えのある魔女が倒れてた』と言っただけだぜ?」


 ニヤリと笑うクロエに苛立ちを覚えるが、僕は前方のその影に意識を集中した。

 煩雑に切られている髪の毛に、だらしなく着ているボロボロの法衣の魔女。もうひとつは長い黒い髪が顔にかかっていて、誰なのかは解らない。

 法衣からして罪名持ちの魔女ではなさそうだ。


「僕が確認するから、皆下がってて」


 僕は近づこうか考えたが、迂闊に近づくのはやめて周りの砂を動かし、うつ伏せに倒れている2人を仰向けにした。その顔を見て僕は驚く。

 2人とも確かに見覚えがあった。


「アナベルとキャンゼル……」

「キャンゼル……ロゼッタに殺されたはずでは……アナベルも確かにノエルに首だけにされてリサに食べられて……」


 僕はキャンゼルのことをすっかり忘れていたが、ロゼッタに殺されていたのかと憐れみを感じる。


「お前が魔女の女王と戦ったのちに健忘があっただろう。あのときにこのアホは顔に爛れのある魔女に首を落とされ、殺されたのだ」


 ガーネットは僕に解るように説明してくれた。でも、なら余計におかしい。首はちゃんと繋がっているし、息もある。


 ――再現魔術……? ロゼッタに殺された方は偽者だったのか……でも、アナベルは確かにリサに食べられて……


 考え事をしていると、シャーロットは虫の息の2人の容態を確認する。


「2人ともまだ息はあるようですが、かなり危険な状態です……」


 助けるか、見殺しにするか、あるいは僕の手で殺すか。その三択だ。

 こちらは僕を半殺しにしようとするリゾンもいるし、子供のアビゲイルもいる。ここで問題児の2人を抱え込むのは大変だ。寝首を掻かれかねない。

 キャンゼルは阿呆で無害に見えて、僕を二度も裏切った。アナベルに至ってはガーネットの弟を操って襲ってきた敵だ。

 殺されかけたことを忘れたわけじゃない。


「ノエル、こんなやつら始末してしまえ」

「……それも視野には入ってる」


 僕が長考していると、キャンゼルが意識を取り戻したようで、僕の方を見た。


「ノーラ……」

「……生きてたのか」

「なんとか……ね」


 シャーロットは僕の判断を待っている。

 ガーネットは当然見殺しにするか殺すものだと思っているようだ。クロエは特に気にする様子もなくあくびをしている。


「シャーロット、お願いできる?」

「はい」


 シャーロットから眠っているアビゲイルを預けられた。僕がその身体を抱きかかえると、アビゲイルは違和感を感じたのか目を覚ました。


「ノエル……どうしたの?」

「あぁ……起こしちゃったね。ごめん」


 アビゲイルは横たわっているアナベルを見たら、目を見開いて僕の身体に精一杯抱き着いてくる。

 その小さな手は震えていた。

 アビゲイルはアナベルに実験に使われていたのだから彼女が恐ろしいと思って当然だ。


「……アナベルも頼むよ」

「おい、こんな魔女助けるのか!?」


 ガーネットは当然不満なようだった。シャーロットもアビゲイルも流石に顔をしかめる。

 僕も、彼女たちを信じられるわけもない。


「世界を創るには魔女の力が必要なの。魔族は魔女ほど上手くは魔力を使えない」


 世界を作るには、許し、受け入れるほかない。

 あの世界を作る魔術式は緻密な制御をしなければできないだろう。それほどの圧倒的に困難を極める魔術式だ。


「弟さんに酷いことをしたことを怒るのは当然だよ。僕も死者を弄んだことは許せることじゃないし、ゲルダの一派には吐き気がするほどの怒りがある。でも……大局を見失わないでほしい。一時の辛抱だよ」


 そう、彼に言い聞かせるようでいて、自分にも言い聞かせた。


「……ちっ……ことが済んだらまた八つ裂きにしてやる……!」


 ガーネットが本当に賢い魔族で良かったと僕は改めて思う。

 クロエは「なんだ、殺さないのか」と面白くなさそうにしていた。そんなクロエに何を言うでもなくアナベルをよく見ると、前に見た時よりも体つきが全く違うことに気づく。

 以前は豊満な胸を誇張するように見せつけていたが、明らかに胸が小さくなっているし、血色の悪い肌だったはずだがかなり血色がいい。

 というよりも、首から下、上半身は血まみれだ。血が乾いてパリパリと皮膚から剥がれている。


「お姉ちゃん……怖いよ……」

「大丈夫。アナベルになにもさせないから……」


 シャーロットはアナベルに恨みがあるのに、文句ひとつ言わずに治療をしてくれた。

 魔術縛りをアナベルに施し、少し無理やり水を飲ませる。

 するとぐったりはしているようだが、アナベルは目を覚ました。


「……ノエル……!!」

「起きたか……リサの腹の中はどうだった?」


 僕が嫌味を言うと、アナベルは容赦なく僕に向かって魔術を発動させようとした。


「この……! ……? 魔術が使えない……!?」

「魔術は拘束させてもらったよ」


 アナベルは僕だけに気を取られていたが、僕だけじゃなく、ガーネットやクロエの姿を見てアナベルは諦めたようだった。


「クロエ……ゲルダ様を裏切ったの!?」

「あぁん? あんなババアにいつまでも従ってるわけねぇだろ。思い出させんなよ気持ちわりぃな」


 バチバチッとクロエの身体から電気がほとばしる。その光が眩く、目に一瞬その輝きが暗闇の中焼き付く。

 それを見て味方はいないとアナベルは諦めたようだった。

 しかしその顔は絶望に歪むのではなく、笑っていた。


「あたしをどうするつもり? 性奴隷にでもするつもり?」

「……発想が最低だな。女の死体に興奮する性癖は持ち合わせてないよ」

「死体じゃないわ。腐ってないでしょう? 逃げる為に新しい身体を手に入れたの。ちょっと色気が足りないけどね……」


 首から下が前と違うのはそのせいかと思うと、どこまでも吐き気を催すような魔女だと僕は感じた。必然的に僕の顔は険しいものになる。


「そんなことはどうでもいい。お前は僕に協力するしか生き延びる道はない」

「協力? 何をいっているの。あたしをリサに食べさせた穢れた血に協力すると思うの?」

「協力しないなら、用事はない。土の中に埋めて、虫にでもゆっくり食べてもらうことにするよ」


 怯えているシャーロットとアビゲイルには聞かせたくない言葉だったが、アナベルを怯えさせるにはその言葉は十分だった。


「…………あんたはあたしを何かに食べさせて性的に興奮する性癖なのかしら?」


 それでも茶化すアナベルに対し、毅然とした態度で臨むと彼女はたじろいでいた。

 ガーネットに関しては今にも殺さんとするほど殺気を放っている。


「協力って……あたしはゲルダ様とは戦いたくないわ……あんたでも勝てない……勝算がないもの」

「僕の翼の間借りをしているだけの相手に、僕が負けるわけがない」


 つい、そう口走ってしまう。

 本当は実力で言えば五部程度。アナベルを前に臆した言葉を発するわけにはいかない。


「頼むことは戦うことじゃない」

「なら……なによ」

「世界を創ること」

「……世界を造る? あははははは! ばっかじゃないの? イヴリーンと同じことをするつもりなの?」

「まぁ、そんなとこ」


 笑っているアナベルは心底可笑しいようだった。ガーネットがその笑い声に相当に苛立ったのか、バキバキと指の骨が鳴っていた。

 僕が飛びかからないように牽制しなければ、アナベルは再び身体をなくして首だけになっていただろう。


「……本気で言ってるわけ? 簡単に言うけど、あたしたちだけじゃ到底無理よ。もっと膨大な魔力がいるのよ? そんな無謀なこと――――」

「魔族にも協力してもらう」

「は……? 魔族……? なに言っちゃってるわけ……? あたしたちが散々玩具にした魔族が魔女の混血のあんたに協力するわけないでしょ?」

「発想が最低なだけはあるな。想像力がない。僕は既に異界で魔王と話してきた。魔族は僕に全面的に協力してくれるそうだ」

「は……はったりよ! そんなの、言葉も通じないのに……――」


 途中まで言いかけたアナベルは僕の隣にいるガーネットを見て、納得したようだった。

 眼光だけで相手を殺せるほどの殺意を放つガーネットを、苦笑いでアナベルは見る。


「契約してる吸血鬼ね? へぇ……? あんた、計算してその吸血鬼と契約したの……だとしたら大したもんだわ……」

「それは違う」

「じゃあなんで契約なんて馬鹿馬鹿しいことしたのよ。ワケわかんない。契約なんかしてんのは死に損ないの――――」

「おい」


 バチバチバチッ!!


 途中で割って入ったのはつまらなそうにして黙っていたクロエだった。先ほどまでの発光量とは比較にならない程の閃光が辺り一帯を眩く照らした。

 光量もさることながら、その雷の爆音は耳をつんざき、耳を傷めるほどのものだ。思わず僕を含めて他の者も耳を押さえて爆音を緩衝しようとする。


「それ以上言ったら俺がてめぇを殺す」


 ――怒っている……?


 いつも軽薄で興味もなさそうなクロエが怒っているのは初めて見た。シャーロットに内緒で教えてもらったことを思い出す。

 クロエにとって余程重要な問題らしい。


「……まぁいいわ。ふだが揃ってるならあたしはあんたについてあげる。ゲルダ様はもうしね」


 ――……何? なんて言った……今……


 楽観的に『バケモノになった』と言ったアナベルを、全員が返す言葉もなく見つめていた。




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