第21話【第四章】

【第四章】


 翌日。


「あっ、おはようございます、鬼原警部補」

「うっす、小林さん」


 起立して、ピシッと敬礼を決めるバディに、俺はくいっと頭を下げた。ここは、特殊事案対策本部の大会議室だ。いつものように、半円を描く段々畑みたいに席が並んでいる。


「今日の議題って何すか?」

「私も聞かされていません。何も明かされていないんです。奇妙なことですがね」

「ふーん」


 俺も席に着き、大きく伸びをする。と同時に欠伸が出てしまった。昨日の疲れが残っているらしい。

 今日も平日なので学校に行かなければならないのだが、俺の遅刻はちゃんと通達されているはずだ。


 欠伸でくしゃくしゃになった顔を掌で叩き、気合いを入れていると、ちょうど司令官が登壇するところだった。皆が一斉に立ち上がり、敬礼する。そして、司令官の返礼を見て着席。


《早朝から集まってもらってすまない、諸君。我々が魔女狩り部隊と揶揄されて久しいが、ようやくその任務達成のための切り札が手に入る運びとなった》


 任務達成の、切り札? 微かに室内がざわめく。


《これを拡大表示してくれたまえ》

《はッ》


 司令官が、側近に何かを手渡す。すると、司令官の背後のスクリーンに、金色に輝く円錐状の物体が表示された。同じものが三つ。ただし大きさが違う。

 一つは、拳銃の弾頭にも付けられそうなサイズ。反対側にあるものは、狩猟時代の槍の先端に装着できるほどのサイズ。中央にあるものは、まさにその中間くらいのサイズだ。


 その画像に見入る俺たちに向かい、司令官は言った。


《我々が魔女を相手に苦戦を強いられているのは、彼女らが障壁を使いこなしているが故のこと。その障壁を破壊するために開発されたのが、この円錐状の特殊兵器、Anti-Barrier-Cone、通称ABC兵器だ。『障壁破り』と言ってもよかろう》


 すると、今度こそ室内は大きくざわついた。


「本当に障壁なんて破れるのか?」

「自動小銃のフルオートでも破れなかったのに……」

「でもこれが本当なら、俺たちも任務を達成できる!」


 そんな中、一人の刑事が挙手をした。


「司令官、質問をよろしいでしょうか」

《許可する》


 静まり返る室内。

 挙手をした刑事の声が、席に付属したマイクを通して部屋中に響き渡る。


《この兵器は、どこで開発されたものなのでしょうか》


 一瞬、司令官の側近が狼狽える気配を見せた。だが、司令官は落ち着き払った態度を崩さず、こう答えた。


《防衛省技術研究本部だ》


 おおっ、というどよめきが走る。俺自身、驚いた。まさか防衛省までもが本腰を入れて技術提供をしてくるとは。

 いやしかし、夕子の言葉を思い返してみれば、それほど驚愕すべき事柄ではないのかもしれない。


《だがここに、一つ問題がある》


どよめきは沈静化し、皆が身を乗り出して司令官に見入った。


《残念ながら、数がない。また、これは飽くまで障壁を破壊するためのもので、一般の物体や人体に対する破壊効果は期待できない。そしてこれが一番の問題だが――》


 司令官は眼鏡の位置を直し、こう言った。


《この障壁破りを搭載した防護車が研究本部を出た後、開発セクションのある階層が破壊された。今から三十分ほど前のことだ。死傷者は多数、残された研究資料も僅かだ》


 俺は奇声を上げそうになり、慌てて口に手を遣った。研究本部の一角を吹っ飛ばし、なおかつ死傷者が出ることを厭わない犯行。間違いなく、冬美によるものだ。

 雨宮冬美。何としてでも、彼女を止めなければ。


「小林さん、後を頼みます」

「え? あ、ちょっ、鬼原警部補?」


 俺は急いで会議室を抜け出した。そして、改めて支給された自転車に跨り、小雨のぱらつく公道を猛スピードで駆け抜けた。目的地は学校、夕子の情報管理室だ。


         ※


「で、今度は妹の方を探しているんだね? 全く、階級上仕方がないとはいえ、君に付き合わされるボクの身にもなってみたまえ」

「悪いな、夕子。でも、襲われたのは防衛省技術研究本部なんだ。あれだけ厳重な施設に乗り込んだんだから、絶対監視カメラに冬美の姿が映ってる」

「そうは言ってもねえ」


 猛烈な勢いでキーボードを叩きながら、夕子は異議を唱える。


「映像から彼女の大まかな移動方向が分かったとして、そこから彼女を追いかけるには無理があるんじゃないかね? 拠点もどこも掴めてはいないんだろう?」

「そ、それはそうだけどよ……」


 俺はタオルを畳んでから、後頭部をガシガシと掻いた。


「よし、監視カメラの映像を繋いでみた。何か発見があるかもしれない。見てみたまえ」

「わりぃな」


 ディスプレイの前を空かした夕子に頷き、俺は映像に見入った。


「時に、涼真くん」

「あん?」

「どうして君は、そこまで雨宮姉妹に執着するんだね?」

「しゅ、執着って……。捜査の一環だろ?」

「そうかい?」


 夕子は部屋の隅から問いを投げてくる。

 確かに、夏奈に関しては、自分が特別な感情を抱いているという自覚がないわけじゃないが。

 だったら、妹の冬美にも幸せでいてもらいたい。たとえ犯罪者として扱われようと、きちんと法の下で罰せられるべきだ。突然射殺されていいわけがない。


「相手は犯罪者だよ、涼真くん? 肩入れするのはどうかと思うがね、ボクは」

「かといって、裁判もなく殺されて構わねえって話でもねえだろう」

「そうか……。君のそばにいられるのはボクの方だと思うんだけどな」


 その言葉に、俺は思わず息が止まった。『そばにいられる』って……。


「それ、どういう意味だ?」

「いや、独り言だ。忘れてくれたまえ」


 暗がりで立ち尽くす夕子の表情を窺うことはできなかった。


 監視カメラの映像で冬美の姿を追い始めてから、二分ほど経った頃だった。


「ッ! 冬美が撃たれた!」


 確かに冬美は、障壁を展開していた。しかしそれが破砕されたのだ。その瞬間を、俺ははっきりと見届けた。続く銃弾を躱しきれず、冬美は足に一発喰らった模様である。


 くるくると切り替わる映像の中で、冬美は何とか地面に降り立ち、変身した。いつか岬で見たように、真っ白い光に包まれる。

 次にその場に現れたのは、大学生風の長髪の女性だった。薄手のパーカーにデニムパンツを着用している。しかし、負傷までは隠せないのか、片足を引きずっていた。


「サンキュ、夕子!」

「あっ、涼真くん!」


 俺は夕子の部屋を出ながら、警視庁に連絡を取った。


「こちら鬼原涼真・警部補相当官、至急車をうちの高校前に回してください! そう、魔女の足取りが掴めそうなんです!」


 結局、自転車はまた置き去りにされることになった。


         ※


 俺は技術研究本部の前で、覆面パトカーを降りた。この時点で、冬美がこの施設を急襲してから一時間近くが経っている。さて、冬美をどうやって探すか。

 はっきり言って、見当がついているわけではなかった。分かっているのは、女子大生風の服装と、片足を引きずっていること、それに、この霧雨の中で傘を持っていないということだ。

 変身といっても、自身の身体と、それに直接付随する服しか変えられないらしい。だからあの映像の中で、冬美は傘を持っていなかったし、鞄やポーチなども持っていなかった。


 これだけの情報で、どうやって冬美を探すのか? 俺は自分の猪突猛進ぶりに呆れそうになった。

 しかしそれでも、このタイミングで冬美を捕捉しなければ。逮捕するのではなく、自首を促すために。


 その時、俺のポケットでスマホが鳴った。相手は、番号を登録したばかりの彼女だった。


「夏奈、どうした?」

《ごめんなさい、涼真。私、またあの子を止められなかった……》

「泣き言はいい! 用件は何だ? いやそれよりも、俺は冬美に話がある。あいつのセーフハウスの場所を教えて――」


 と言いかけて、俺は自分の愚直さを呪った。

 そんなもの、夏奈が知るはずがないだろう。そのためのセーフハウスなのだから。

 待てよ? こいつらは姉妹だ。ということは、似たような場所をセーフハウスに使う可能性が高いのではないか?


《涼真? ねえ、涼真?》

「悪い、後でかけ直す」


 そう言って通話を切った俺は、スマホで近所の地下駐車場の場所を検索した。この近辺でのヒット数は、かなりの数に上る。


「くそっ!」


 俺は地団駄を踏んだ。こうなったら、身近なところから一ヶ所ずつあたっていくしかない。

 俺がやけっぱちで足を踏み出そうとした、その時だった。


(次の角を左に曲がれば……)

「ん?」


 何だ? この脳内に響く声は? そう言えば、夏奈を撃つ直前に得た感覚に似ている。だが、


(次は右に……)


 この声は、俺のものではない。まさか、冬美の心の声なのか? その『残留思念』とでも呼ぶべきものを、俺は捉えているのか?

 まさか、意識を乗っ取られた後遺症が、こうも上手く作用するとは。


 俺はその冬美の声に従って、相変わらず曇天下の市街地を駆け抜けた。

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