六章 「変化の兆し」

 寝坊した。

 何年振りだろうか。当たり前にできていたことが、ふとしたことで崩れることはある。

 君から朝にメールが来なかったのだ。

 小さなことかもしれないが、僕には何かが起きた気がした。

 とりあえず、学校に行くことにした。ただ忘れただけかもしれない。学校に行けば、たまたま君を見かけるかもしれないし、今日は水曜日だからきっと一緒に講義を受けられる。

 楽観的なタイプではないから、こう自分を納得させたという方が正しい。

 大学に着いて春翔と一緒に講義を受けたが、どうも頭に入って来ない。

 教室の中は暖房が効いていて、眠気を誘う。 現実逃避したように寝てしまいたいとも思う。

 春翔には朝会っていきなり「どうした、元気ないな?」と言われた。

 こういう感情を冷静に読み取れるのがすごいと思う。

 そろそろ話をしなきゃ無駄に心配をかけると思い、僕は昼休みに話すことにした。

 他の人が聞けば、無駄ではないかもしれない。でも僕のために誰かの時間を奪うのはしたくなかった。誰に対しても心配はできればかけたくない。

 講義中先生の声がやけに小さく聞こえてきた。

 感覚もどこかおかしくなってきてるのかもしれない。

 いや、いらない情報は脳が振り分けて処分していってるだけだろうか。

 だったら、僕にとっている情報とはなんだろうか。

 それは君という存在なのかもしれない。

 そう思って急に顔が熱くなってきた。

 会えなくなってからどれだけ僕の中で君が大事なのか自分でわかったからだ。


「さくらさんって人と最近親しくしてるんだ」


 昼休み食堂で僕は春翔に話しはじめた。

 食堂では、人がたくさんいてごちゃごちゃしている。ちょうどお昼時だからだろう。


「その人は、僕が小さい頃からずっと同じ学校で、今もこの大学にいる。僕はその人のことが好きなんだ」


 初めて自分の気持ちを言葉に出した。思ったよりずっと落ち着いている気がした。

 他にも今までの経緯を話した。春翔は相槌を打ちながら聞いてくれている。少し間を置いたりした時もあったからきっと頭の中で整理しているのだろう。

 本来なら楽しく話せる話なのに、こんなことになって申し訳なくなる。


「そのさくらさんと今日は連絡が取れないんだ。すごく心配で、どうしたらいい?」


「学校に来ているかどうか探すより、連絡してみたらいいよ。それでも返事がなかったら直接さくらさんの家にいくこと」


 てきぱきと物事を客観視して今すべきことを教えてくれた。

 春翔の言葉のおかげで、冷静にならなきゃと思えた。


「わかった、今からメールと電話してみる」


 あと黙っててごめんと言った。春翔はそんなこと気にするなよと言ってくれた。心が少し軽くなった。

 君は電話には出なかった。

 それから今日一日連絡が来なかった。

 僕は、家に行くことを決めた。

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