なつめとみはる

 みはるに手を引かれて歩く。


 みはるはここら辺の地理に疎いはずなのに、足取りは迷いがない。


 足元に私の涙が落ちる。あと幾つ落とせば泣き止むことができるのだろう。


 みはるがふと足を止めて、振り返る。真剣な表情で私をみつめて。もう少しです、とだけ口にして、また歩き出した。


 足は疲れてきた。ただ、さっきまでぐるぐると頭の中を回っていた言葉はいつの間にか止まっていた。


 ほどなくして、そこに辿り着いた。


 そこは丘の上の公園だった。今は夜だから私たち以外誰もいない。


 丘の向こうから街の明かりが見えて、高台にあるから少し風があった。


 「一回、私が外に出たときがありましたよね?あの時、街を探検してそれで見つけたんです。いいとこだなあって、なつめさんと来たいなって」


 ああ、あの時、私が泣いてしまった時か。・・・あの時もそうだった、みはるがどこかに行ってしまったから私は泣いてしまったのだ。まるで、親を見失った子どもみたいに。


 「なつめさん、涙止まりました?」


 ぎゅっとみはるが手を握って振り返った。


 自分の眼を指でなぞると、少し滲んではいたけれどもうその後が出てくることはなかった。不思議と気持ちもちょっと落ち着いていた。


 「うん」


 そう答えると、みはるは微笑んだ。


 「それで・・・えーと、どうしましょう?」


 眼を泳がせて、ちょっと困ってる。さっきまであんなに自信満々だったのに。その様子がなんだかおかしくてくすっと来る。


 「助けてくれるんでしょ?」


 「う・・・、そうなんですけど。そうぱっと妙案は思い浮かんでこないと言いますか。なつめさんほど的確に人を助けられないと言いますか」


 そう言った後に、みはるはうーんと唸って、そうえいばとちょこんと首を傾げた。


 「ところで、なつめさんはどうしたいんですか?」


 「どう・・・したい?」


 「はい。シンプルに、これからどうしたいですか?」


 「どうしたい、かなあ・・・。どう、できるんだろう」


 風がびゅうと私の背中を押した。それがどことなく気持ちよかった。


 「・・・」


 「嫌いな自分じゃなくなれたらいいかなあ」


 「嫌いな自分ですか?」


 「うん、誰かを嫌いになったり、自分を嫌になったりしなくて済むようになりたいなあ。そうすれば・・・」


 「そうすれば?」


 「・・・・・」


 「え?そこで止まっちゃうんですか?!自分に正直になりましょう!」


 「・・・あのさあ、みはる」


 「はい、なんでしょう?」


 「私ね、多分、みはるが思ってるよりずっとわがままだよ?きっと無茶苦茶言うよ?」


 「はい、どんと来てください。私もたっぷりわがまま言いましたから。それに、きっと本当はみんなわがままで、それでいいんですよ」


 「それでいいの?わがままでいいの?」


 「はい、だって自分のしたいことがあるんでしょう?そんなのあたりまえじゃないですか。だからわがままだからって自分を嫌いにならなくていいんです!」


 頬が緩んだ。みはるには敵わない。


 「私、みはるの隣にいたいなあ」


 「はい、私もです」


 「いいの?せっかく新しいこと色々できるようになったのに」


 「はい!いいんです!私も、私だってなつめさんの隣にいたいんです。そのために頑張ってるんです」


 「邪魔しちゃうかもよ?」


 「なつめさんが思うほど邪魔じゃないです!何より、なつめさんがいないほうが困っちゃいますよ」


 ああ、どうしてそんなに。


 「どうしてそんなに想ってくれるの?」


 「え・・・と、それは」


 さっきまで流暢だったみはるが言い淀んだ。ほんのり顔が赤くなる。


 「ごめん、聞いといてなんだけれど。多分、わかっちゃってる」


 「え」


 「気づかないようにしてたんだ。私は私が嫌いだから、そんな私を好きな人がいることを受け入れらないから」


 「なつめさん」


 「ねえ、みはる」


 「はい」


 「好きだよ」


 みはるの顔がなんとも言えない表情になる、笑っているのか、泣きそうになってるのかな。


 私は私が嫌いだった、わがままなくせにわがままじゃないふりをしている私が嫌いだった。だからそんな私を好きになる人なんているとは思えなかった。もしそんな人いても、私はきっと疑ってばかりいてしまう。


 でも、みはるは正直でいいと言ってくれた。多分、こんなに正直になれたのはみはるが初めてだった。


 はじまりはただのきまぐれだった。


 誰かを助ける体で自分を助けたかった、ただそれだけだった。


 そのあと、小さく、幸せな時間を過ごした。


 ただ、幸せが崩れるのが怖かった。


 みはるがいなくなったときに耐えられなくて、心がこぼれていた。正直な私がこぼれてしまっていた。


 そして、みはるのことを知った、正直なみはるの心も知った。


 こんな自分でも正直になれることを知った。前を向けることを知った。


 それから、みはるを送り出した。私も、自分の道を歩き始めた。


 でも、みはるの歩く道にもう自分がいないのかもしれない、必要ないのかもしれないと思うと怖かった。


 怖かったから嘘をついた。距離を置こうとした。


 でも、そんなのできなかった。だって本当はそんなことしたくなかった。


 そんな嘘を見抜かれて、情けないわがままをそのまま話してしまった。


 助けて、なんて前の私なら絶対出てこなかったなあ。


 「みはるは?」


 「はい、好きです。私も大好きです」


 小さな手を取ってそのままぎゅっと抱きしめた。何があっても離さないように。

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