なつめとみはる 本質
家に戻るとみはるはさっそくソファに飛び込んで、ごろごろし始めた。
「ぬわー!久しぶりのなつめさんちー!」
元気そうでなによりだ。軽く、くすっと笑って、荷物を置いた。置いているときにみはるのカバンから茶色の封筒がちらっと見えた。
ちゃんといつか大事な時に恩返しができるように。
みはるのお父さんはそういって、封筒をみはるに渡した。私が受け取るのを断ったがゆえに。
別に、受け取ってしまってもよかったのだと思う。現実的に、食費や交通費その他、もろもろのお金はかかっているのだし。
でも、そうすることを私は拒んだ。これを受け取ることに納得ができなかった。
だって、やっぱりこの一件は私にとって、どこまでいっても独善でわがままなのだ。あくまで私の都合によってなされたことなのだ。感謝されるような
「なつめさん、なに難しい顔してるんですか?」
顔を上げると、いつの間にか近寄っていたみはるが私の顔をのぞき込んでいた。5cmくらいの距離感で。・・・この子は段々と距離感が近くなっている気がする。
「なんでもないよ」
私はそう誤魔化した。
「ダウト!」
犯人を指さす探偵のようにみはるの指が私にのびる。
え、と間の抜けた音が口からこぼれる。
「本当になんでもない時のなつめさんはそんな顔をしません」
「みはる・・・?」
「ダメですよ嘘ついちゃ」
「私に嘘つくのはいいです、でも自分に嘘ついちゃだめです」
「あ・・・・」
言葉が止まった。みはるはいつになく真剣な表情で私を見据えている。そう、結局、私は自分自身を助けたいって気持ちを誤魔化し続けながら、みはると一緒に過ごしていたんだった。それを最後に気付かされて、お互い、正直に話すことでようやく私はみはるをちゃんと一人のみはるとしてみることができたのに。
癖で誤魔化しちゃうのはよくないなあ。正直にならなきゃ。
「・・・・そだね」
「はい、なつめさんのためになりませんので」
「ごめんね、みはる」
「わかればいいのです」
近くにいたみはるの髪を撫でてあげると、ちょっとくすぐったそうにしている。少し茶色がかった柔らかい髪だ。
「でもなつめさん、私がわかるのはここまでで、なつめさんが実際、なにに悩んでいるのかはわからないです」
「うん、私がちゃんと口に出さないとわかんないよね」
「はい・・・・。あの、本当に言いたくなかったら言わなくてもいいですよ?」
首を横に振った。今の気持ちはむしろ「聞いていて欲しいかな」「はい」
「私さ・・・自信がないんだよね」
「自信、ですか?」
「うん、私なんかでいいのかなって。昔からそうで、なんでかはわかんないけど。みはるのことにしてもさ、やっぱり私以外の人が助けたほうが良かったんじゃないかって思うんだ」「それは・・・・!」「うん、わかってる。だから最後まで聞いて?」
みはるの唇に手をあてて静かにさせると、みはるの顔が少し赤くなって面白かった。
「だってね、私ってほんとはわがままなんだ。頭の中は自分のことばっかりで、大概のことは自分が満足できるためにやってる。そんな自分なんてダメだって思ってたから、やっぱり私が人のためにやることって、他の人が、ちゃんとその人のことを想える人がやった方がいいよねって思っちゃうんだ」
「たぶんね、いろんな人にわがままはダメだよって言われてきたからだと思う。そう言われてきた人をたくさん見てきたから、ああ、そうなんだって。わがままはダメなんだって。わがままな私が何かしようとすると、気持ち悪くなっちゃって。だからそういう気持ちは誤魔化してきたんだ」
「でもね、そんなことしていると、うまく人と関われないの。だって、人間って大概わがままなんだもん。誰もかれもが自分の都合ばっかりで、わがままなこと言ってて、そんな人たちを見てると気持ち悪くなっちゃって。そんな私もわがままなことに変わりはないって自覚するのも痛かったし」
「だからね、私は自分が嫌いだったの。他人が嫌いだったの」
心が少し寒くなった。あれ?
「自分が嫌いだと、自分を信じられないの。誰かを嫌いだと、誰かを信じられないの」
涙が頬を伝う。あれ、私ってこんなに涙もろかったっけ?そもそもなんで泣いているんだろう。正直に、言葉を紡いでいるはずなのに。
「自分が嫌いだから、自信がないから。みはるに恩返しされる自分がいまいち、想像できないんだよね」
「つまづいてたみはるが歩けるようようになったのは、とってもいいことだよ。でも、そこに私が一緒に歩いたりする意味があるのかわからない。みはるの足を止めてまで私に恩返しなんてする価値があるのかなあ、ってそんなこと考えたらお礼も受け取れなくてさ、そもそもずっと救われてたのは私なのに」
前向きな言葉、明るい言葉、正直に、正直に?
「・・・・・・あれ、こんなはずじゃなかったのになあ」
どうしてうまくできないかなあ。
「もっとね、みはるにおめでとうっていうはずだったんだよ。親御さんたちと仲良くなって、お姉さんも調子よくなって、友達出来て、いじめられなくなったんでしょ?それをほとんど自分の力でやってのけたんだよね。すごいよ、みはるはすごいんだよ。きっと、これからもっとすごいことができるようになるよ。みはるのことをみんながきっと好きになるよ。みはるは自分で歩いていける」
声が震える。涙のせいだ。
「だから、私がいなくてももう大丈夫だねって・・・・・、そう言おうとしたんだけれど」
前向きに言葉を紡ごうとした。だって、みはるの未来はこれから明るいのだ、そこに贈る言葉は明るいものであるべきだ。私のことなんて心配せずに、自分の道を歩いていけるようになるべきだ。正直な私の口からはきっとそんな言葉が出てくれる。
第一、私だって最近、調子いいのだ。ちょっとずつ仕事場でなじめるようなってきたし。笑顔の数だってきっと増えてる。だから大丈夫なはずなのだ。
でも口にすればするほど、言葉は後ろ向きになっていく。どうしてなのだろう、こうあるべきではないのに。わがままな私はみはるの足を引っ張ってはいけない。
止まり木は、飛び立つ鳥の邪魔をしてはいけないのだ。
鳥は木のことなど振り返らず、飛び立っていかなきゃいけないのだ。
「言えないの。言葉が出てこないの。頑張ってね、すごいねって、私のことなんて気にしないでねって言えないの」
「----このままだと私、みはるの邪魔になっちゃうよ」
涙がこぼれる、止まらない。どうしてだろう、どうしてなんだろう。私、みはるが大事じゃないのかな?いや、そんなことない。だれより幸せになって欲しい、そう思える。
だから、だからこそ、私が関わっていいのかがわからない。
「ねえ、みはる・・・」
「なつめさん・・・」
正直に、正直に。言葉が。
「------助けて」
「----わかりました」
みはるが私の手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます