第7章 流れ星

 「君、大丈夫?」ドンッと鈍器で殴られたようだ。僕はすぐに現実世界に、病院のソファに戻された。振り返ると、看護師が僕を心配そうに見ている。確か春田さんだっけ。彼女と目が合う。

「あ、はい。ごめんなさい。大丈夫です」僕は慌てて背筋をピンと伸ばした。

「そんなに慌てなくても。起きているならよかったわ。集中しているところ邪魔しちゃってごめんなさい」

「本に集中してました……」その言葉を聞いて春田さんが横から身体を伸ばし、本を覗く。

「その本、とても素敵よね。あまり手に取る人はいないのだけど私は好きよ」

彼女は一瞬驚いたような表情を見せた気がした。しかしすぐに表情が和らいだ。

「僕も好きです。思わず引き込まれてしまいました」

「私のおすすめはね」

僕の横に来て、身体を折る。机から本を取り、パラパラとめくる。後ろから二枚目のページを広げて見せた。たくさんの流れ星が僕の視界を支配する。

「この写真が一番好きなんだ」

他の写真は何文もの文字が連なるのに、この写真には圧倒的に文字が少なかった。たった一文だけしかない。

「とても素敵な写真ですね」春田さんは嬉しそうにこちらを見た。

「もしあれだったら部屋に持っていっても大丈夫よ」本を指しながら言う。

「じゃあお借りしますね」

この空をもっと見ていたいと純粋に思った。春田さんの方を向くと、もう表情は最初の時のように冷たく、元に戻っていた。一度頷くと彼女はすっと背を伸ばす。そしてそのまま暗闇に消えていった。

 僕はまた写真に目を向ける。流れ星のように斜めに描かれた文字。

『きらきら星協奏曲』どくん。心臓が跳ねる。


 「雫くん見つかったかい?」梨奈さんの声が後ろから聞こえる。振り返ると梨奈さんが僕の斜め後ろに立っていた。腕を身体の後ろで組みながら、上半身を前に倒す。ソファに座る僕と目線を合わせるように。

「梨奈さん。仕事はいいんですか?」

「私をなんだと思っているの。しっかり終わらせました」べーっと舌を出しながら悪戯げに笑う。

「別に馬鹿にしているわけじゃないですよ」慌てて顔の前で手を振る。

「ならいいけど。その手じゃ不便かなと思って手伝いに来てあげたのに……」まるで子供のように口を尖らせて言う。

「ありがとうございます。ここの本って部屋に持っていっても大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。何なら運ぶの手伝うわ」

「それは申し訳ないですよ」

「いいのいいの」机の上にある写真集に手を伸ばしながら笑う。

「こんな本ウチにあったかしら」ペラペラとページをめくる。

「まあ、いいわ。他に何かいるかしら」

写真集を持ちながら本棚に近づく。それに合わせて僕も立ち上がった。

「梨奈さんがおすすめしてくれた漫画を読もうかと」

「お、読んでくれるのね」

満面の笑みを見せて本棚に向かう。僕がさっきまで見ていた漫画に手を伸ばし

「とりあえずここまで読んでみて」と自信ありげに、五冊ほど漫画を持ってきた。

「はい、ありがとうございます」

梨奈さんの前に行き、お礼を言った。写真集の上に漫画を重ねる。

「感想聞かせてね」微笑んで歩き出す梨奈さんに続いて歩いた。

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