第6章 銀世界

  この日僕は初めて病室を出ようと決めた。面会時間も夕食も終わり、やることが無くなってしまった。看護師達も入れ替わったのか、ひと段落した病院。建物内は急に静まりかえる。

 布団をはいで、ベッドから足を下ろす。履くものが無くて周りを探す。よく見るとベッドの下にベージュ色のスリッパがあった。それを引っ張り出して足に履き、立ち上がる。久しぶりに地に足を着いた気がする。すぐには力が入らず身体がよろけた。ベッドの横にある木の棚に手を付いた。棚をしっかりと掴んで膝を伸ばす。血液が身体を巡るのがわかる。少しずつ足に力が入り、なんとか立っていられるようになった。身体に負荷を掛けないよう、ゆっくりと足を進めた。長い時間を掛けてやっと病室を出た。

 扉を引き、病室から顔を出すと左右に長い廊下が続いていた。廊下を白い白熱灯が怪しく照らす。病室から顔を出し見渡す。どちらも僕が掴んでいるのと同じような扉が続いている。

左側には壁が見えて行き止まりのようだった。右側はもう少し道が続き、途中に曲がり角がある。そっちに向かって進む。曲がり角に差し掛かるとそこはカウンターがあった。上を見ると白い壁にピンク色でナースセンターと書かれていた。カウンターの奥には白衣姿の看護師が何人かいた。

「あら、雫くん。どこかにお出かけかしら」

。カウンターを覗くと梨奈さんが顔を出し、その後ろに二人ほど看護師さんがいた。ボールペンを片手に梨奈さんが腰を上げた。

「ちょっと暇だったんで、梨奈さんが教えてくれた漫画でも読もうかと思って」

「あら、そうなのね。そうしたらこの道をちょっと行った所にあるわ。私の言っていた漫画は左側の棚にあるわよ。見ればすぐにわかるわ」と廊下の先を指差す。

「ありがとうございます。探してみます」

僕が一礼すると、梨奈さんはボールペンを持ったまま右手を振った。

「感想待っているわね」

「はい」

あの子が噂の雫くんね。やっぱりイケメンよね。後ろで名前を呼ばれた気がしたが僕はそれを後にした。


 梨奈さんが指差した方に向かって少し歩くと道が広がり、広場のようになっていた。木の机と椅子、ソファがいくつかあるこじんまり、としたスペースだ。そこは廊下の薄暗さとは異なっていた。薄い黄色や緑色で彩られて、明るい雰囲気だった。中央のテレビを挟むように本棚が置かれていた。本棚には沢山の本がびっしりと並べられていた。近づいてみると、映画化された海外の魔法使いが出るファンタジーやドラマ化された恋愛小説。歴史ものや音楽史などジャンルにとんでいた。


 言われた通り左側の本棚に目をやると漫画が沢山並んでいた。梨奈さんが言っていた漫画はどれだろうか。目線辺りの段を探す。野球ボールの中に数字が描かれた青い背表紙の漫画が並ぶのを見つける。

その中でも数字が一番大きく、新しめで綺麗なものを一冊とる。ユニフォームを着た少年が大きく振りかぶる絵が表紙になっていた。梨奈さんが言っていたのは多分これだろう。それを戻し、そのまま数字が若い順に二、三冊ほど手に取る。

 それを抱えて部屋に戻ろうとすると一枚の写真が目に入った。空一面に広がる星が僕を圧倒した。題名が描かれていないこの本から目が離せなかった。漫画を一旦戻し、星空を手に取った。近くのソファに腰掛けテーブルに本を置く。ページをめくると様々な夜空の写真があった。そしてその写真には数行のちょっとした詩が描かれていた。

 

 星空に引き込まれる。

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