第35話 【特別編】泣くな、新子友花よ―― 私は、ちっとも熱くはないぞ。

 ――火刑という処罰は、なんとも残酷だな。


 見てみろ……みんなが私を見ている。

 怖いという眼差しで見ている。


 それとも物珍しさからか、ああ……

 あんな人にならなくてよかった。という、ヒソヒソとした小声が聞こえる。




 ――私の罪はどこにある?


 騎士の格好をしただけで異端者と下げ済まされて。

 一体、それの何処が異端者だというのだろう。


 隠れてコソコソと神への冒涜を繰り返している異端者なんて、そこら中にいるではないか?


 わらに油を撒き、お前達は異端者だと罵って、お前達は火をつけた。

 メラメラと足元から炎が迫ってくる。


 逃げられない火刑の地獄を教えてやろう。




 経験者である――ジャンヌ・ダルクがお前達にな。




 ――それは、決して地獄ではない。


 お前達には分からないだろう。

 熱さは神が脱ぎ捨てて、苦しみは天使達が吹き飛ばしてくれた。


 信心のないお前達には、到底、理解できないであろうな。その通りだ。

 信心あるものにしか辿り着けない極地だからである。




 我が前に十字架 どうか十字架を……

 ああ 神よ どうかお救いください


 この子らを(彼ら殉教者を) 私の命に代えて


 必ず 悪魔に身を売った奴らに天罰を

 最大最悪の天罰を神の名の下に 必ず


 我ジャンヌ・ダルクの名の下に――




 ――その時。


 絶命する前の私の頭の中に、故郷――ドンレミの羊飼いとして過ごした幼い私の姿が見えたのだ。



 ああ、懐かしいな。



 羊の乳を取り、子羊の出産。


 バター作りと放牧の春。

 夏の小屋掃除。


 秋には、羊達の寝床をしっかりと準備して……。

 冬には、羊達が与えてくれた糧のバターを食べて……私達は冬を越した。


 私の魂は天国へと、そして、神に跪く――




 はっきりと言おう!!


 私は、お前達には屈服しない。


 私は、お前達を許さない。




 こんな火刑で私を見せしめにして――

 何食わぬ顔で、これからも生き続けられると思っているのか?


 ドンレミで生活してきた私の思い出は、今ここにある。

 今ここにある私の火刑のために、神が与えてくださった思い出――懐かしい思い出だ!!


 私の思い出が、この火刑から救ってくれている。

 ドンレミの思い出は、今まさに、この時のためにあったのだ。


 私はそう思おうぞ!!






 泣くな、新子友花よ――


 私は、ちっとも熱くはないぞ。






 だって、お前が毎日、私のために祈ってくれているじゃないか?

 それに、学園の噴水はずっと私を水で冷やしてくれている。


 私は知っているぞ。新子友花よ!!

 教会だけじゃなく、その噴水にも私のために、お前は十字を切ってくれていることを……。



 主よ――


 彼らをお赦しください。


 彼らは、何をしているのか、自分で分からないのです。




 ――新子友花、本当にありがとう!!


 私ジャンヌ・ダルクは、ここに今、力尽きるけれど……。

 新子友花、汝の罪を――ジャンヌ・ダルクの名において許そう!!




 だから、お前は生きなさい!!




       *




 ――私の田舎は終わりました。


 これでいいのです。この方がよかったのです。『あたらしい文芸』で、

「友花! あんた、何? 昔の過去の幼馴染との初恋の話を書いているのよ? あははっ、いくら何でも赤裸々すぎじゃん!!」

 って、生徒会長の神殿愛に笑われます。


 東雲夕美はというと、これは、はっきりと想像できて、

「友花ちゃん! 今度、通学バスの中でじっくりと聞かせてね~」

 って……。あ~あ、またあたしの悩みの種が一つ。

 でもね、夕美ってそういう馴染みの会話で、あたしに気を使ってくれているのかもしれない、そう思うのです。

 まあ、思っているだけですけれど。


 忍海勇太は、どうなのでしょう?

 この前、部室でお互いの書いた文芸の読み合わせをしていた時に、あたし、ちらっと勇太の方を見て、勇太がどういう反応するかな? って見て……。

 そしたら、あいつ。 (*^-^*)


 魔女に魔法を掛けられたように――

 死んだ魚の目、天網恢恢、読破させて黙らす!!


 夜市の幼馴染との思い出と別れた決心をしたあたしは――今こうして、勇太とラノベ部の部員としてやってきています。

 まあ、あたしの成績の不甲斐なさを悲観して……勇太がですよ。

(ちょっとこれ、失礼ですよね? でもね、勇太が言ったんだから! うんっ、これは、あたらしい文芸に書いておこう)


 この『あたらしい文芸』のメインに書いた、あたしの思い出。

 これはわがままでしょうか? それとも、これがあたらしい恋?


 えっ? 誰とかって??


 な~んてね!!

 ところでこんな青春を……、聖人ジャンヌ・ダルクさまも経験したのでしょうか?


(新子友花……。秘密だぞ! ……お願いだ)

(ですよね!!)


 私は、正直言って幼馴染の彼が好きでした。本当に好きでした。

 ――あの時の夜市のケンカで離れて、奇跡的に再会することができて。

 でも、それはあたしが勇太と出逢う? ための、神様が与えてくださった大切なステップだったのでしょう。

 っていう大美和さくら先生、そして、聖人ジャンヌ・ダルクさまの、


 素敵な、お言葉だった――


 でももう、先に進むべき時ですよってね!

 いつまでも田舎を引きずっていてはいけません。 そうだぞ! いけません!!


 ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま、最後にあたしの言葉を……。

 今まで出逢ってきたすべての友達に、感謝とこれからの祝福をどうかお与えください。

 そして、あたしの分まですべての友達が、どうか幸せになってほしいから。


 だから、あたしは、これからも『聖人ジャンヌ・ダルクさま』に祈りを捧げます。



 ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま  アーメン





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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