第34話 【特別編】もう十分だろう。だから、あの夜市の夏の思い出は、もういいじゃないか。


 青春?




「??」

 あたしは、意味が分かりませんでした――

 勇太が、あたしのことを『お前』と言うことに、先生は、それを勇太のあたしへの照れ隠しと仰って、それから、『青春』と仰って……。


 青春って、あれですよね?


 サッカー部とか陸上部で活躍している男の子に、……下駄箱に応援メッセージの手紙とか。

 …………ぶっちゃけ『ラブレター』を入れるやつですよね?

 なんて言うか、よくテレビドラマのシーンで『体育館裏で放課後に待っています……』って呼びだすやつ?

 たぶん、こんな感じですよね?



「新子友花さん!!」

 ちょっと声を大きくして、あたしの名前を呼んだ大美和さくら先生。

「忍海勇太君はねぇ~。……新子友花さんのことが好きなのですよ♡ ふふっ!」


「……にゃ?」

 これ、あたしの思わず頭の中に、予想していなかった言葉を聞いた時の癖です。


 ……なんで?

 勇太が、あたしのことを?? そんなのあり得ないって。

 お昼のおやつは、いつもの『どら焼き』だと思っていたのに、テーブルの上にあったのは『たい焼き』だった……っていうくらいに有り得ない話。

 そう思いませんか?? これを読んでくれている読者様。



(分かるか!!)



 ――聖人ジャンヌ・ダルクさまが山の教会で、懐かしい人と再会することができて。

 ――あたしも夜市の思い出は、今でもしっかりと覚えていて。


 もしかしたら、聖人ジャンヌ・ダルクさまは、自分の運命の最後の瞬間に、その教会の出来事を思い出したのかなって。

 あたしが毎朝、学園の教会で礼拝をしている時に、ふと、そう思ったことがあります。

 あたしが今、夜市の思い出を、どうして思い出しているのだろうと考えてみたら――


 あたしは……もう逢うことはない彼を、今でも好きなんだ。


 かな?




 ――ラノベ部の女子会的なノリの話の続きを書きます。


「新子友花さん。……好きになると、好かれようという感情はね、全然違いますよ」

 大美和さくら先生は顎に当てていた両手を、再び膝に乗せて、

「前者は、能動的で謙虚さがあるのです。一方、後者は、受動的で横暴ですね」

 と仰いました。

 あたしは意味は分からなかったけれど、無言で頷きました。

 大美和さくら先生は、続けて、

「新子友花さん。誰かを好きになるためにはね……。どうしても、相手の気持ちをね、尊重しなければいけないのですよ。分かりますか?」

「……はい。そうだと思います」

 すぐにそう返事をして、大美和さくら先生へ頭を下げました。

 そういうものなのだろうっていう――単純にそう思って返事をしました。


「新子友花さんも、もう、女子高生というお年頃ですよね……。ふふっ!! いろんな青春を……うん! そう……経験するのでしょうね♡」


 よく考えたら大美和さくら先生は、なんだか、ずっと微笑みっぱなしのような気がする。

「……その経験には、楽しいことも勿論ですけれど。辛いこと、そして、悔しいことも勿論あることでしょう。ですが、新子友花さんは、根がしっかりと成熟していると先生は思っています」

「根がしっかりと……成熟ですか? あたし」

 あたし、これ、褒められたのかな?

「だって! 取材旅行を自主的にできるくらいですから。ラノベ部の顧問として先生はそう思います。小説のエネルギー源は取材力ですものね!! 新子友花さんはラノベ部の貴重な部員ですよ!!」

 大美和さくら先生はそう仰ると、口角をグイっと上げて満面に微笑んでくれました。


 ――あたしは嬉しかった。

 あたし、この時の大美和さくら先生の言葉に、あたしはラノベ部に入って、本当に良かったんだと思えたのです。

 なんていうか……。これが、あたし一番書きたかったのです。


 この『あたらしい文芸』のメイン企画で!!




       *




 あたしは、こうして文芸に書いているのは、実はその……もう忘れようと思ったからです。

 忘れようとしているからだと思います。

 忘れるために、夏に田舎に帰るという行為は、客観的に見れば矛盾しているのではと思われるでしょう。

 けれど、そうじゃない。



 終わっていなかったのです。



 ――あの『夜市』神社でケンカしてしまった自分。

 幼馴染に怒ってしまった自分。帰ってしまった自分。

 そういう自分自身と、真正面から逢いに行って正直に謝りたかったのです。


 あたし、夏が来れば思い出すのです。

 あの時、彼とケンカして帰っちゃった自分ってのが夏が来る度に思い出すのです。

 思い出して、思いっきり足蹴りしちゃったあたしを。……あれはダメだって。

 せっかくの『夜市』を……、やっぱり、あたしが台無しにしたのかって。


 だから田舎に帰って、きっちりと謝って、きっぱりと『さようなら』を言おうと決心したのでした。

 幼馴染に謝れずにいた自分を、ずっと引きずってきた。


 今まで、自分自身に誤魔化してきた。



 勇太の『お前』に反応するあたしは、勇太を通して、田舎の幼馴染の彼を……見ていたんだ。

 ずっとです。無意識で見ていたのでした。

 あたしの頭の中は、ずっと、そうして『夜市』の、あの時の出来事が継続してきた。

 今までずっとです……。



 ある時、大美和さくら先生が、あたしの兄が私達ラノベ部員を逢わせてくれたのだと仰ってくれました。

 あたしが教会で、聖人ジャンヌ・ダルクさまに毎日祈りを捧げてきて、それは、大半は兄の病気回復のためなのでしょう……て。


 先にも書きました。

 あたしが祈ることでは、兄の病気は回復しないことくらい理解しています。

 だとしたら……、あたしは、どうして祈っているのでしょうか?


 そう、ラノベ部のみんなに、さりげなく、それなりに……。

 つまり、『聖人ジャンヌ・ダルクさまへの、あたしの信仰心ってなんなのだろう?』という、客観的なみんなからのアドバイスを、今まで質問してきました。


 忍海勇太は、『お前は、いつも考えすぎだ』と言いました。

 神殿愛は、『あなたは、聖人ジャンヌ・ダルクさまじゃないじゃん!!』と言いました。

 東雲夕美はというと……まあ、あいつはこんな、あたしの悩みなんてまったく気にしません。


 でも、大美和さくら先生が仰った言葉は、とても嬉しかったです。



『根がしっかりとしている』っていう言葉です。



 ……もしかしたら、それは、あたしの想像では、『新子友花さんは律儀で優しいですね~』という、先生の遠回しな言葉だったのかもしれません。

 祈りとは、優しさから出てくるものなのでしょうか? 


 ――例えば、台風や地震などの災害で、農作物があっという間にダメになるニュースを、あたしはよく見てきました。

 毎年11月には新嘗祭があります。これは稲などの五穀豊穣を神様に捧げて感謝する伝統的な儀式です。

 祈りとは、こういうものなのでしょうか?


 どういうものなのか? まったく説明になっていませんよね? これでは……。


 でも、なんか、説明できなくていいような。そういう気も、あたしはするのです。

 祈って何が変わるのかといえば、それは、自分の心が変わる。

 これだけは、あたしは、はっきりと言えます!!



 ――先生には、その時言わなかったけれど。

 あたしは、聖人ジャンヌ・ダルクさまが、みんなを、あたしに逢わせてくれたと信じています。


 あたしが跪いて、祈りを捧げている時に、あたしは聖人ジャンヌ・ダルクさまの『救国の聖女』として生きる運命を背負った苦難を思います。

 ドンレミの羊飼いの娘として、神の声を聞いてしまったジャンヌさま……。

 そんなの無視すれば……羊飼いとして穏やかに、平和に、暮らせたんじゃないのかって。


 いや、そうじゃないんだと聖人ジャンヌダルクさまは、あたしを叱るのでしょうか?




 そうそう、思い出した!!


 この聖ジャンヌ・ブレアル学園の文化祭で、ラノベ部みんなで制作した『あたらしい文芸』の時の話です。

 忍海勇太、神殿愛、東雲夕美、そして、あたしの4人が『あたらしい文芸』の内容をどうしようか? どういう切り口でやっていこうか?

 という風に、どういうメッセージを文芸誌に込めよう、読者にどうすれば効果的に伝わるだろう? ……とかを、つまり企画会議というのも遅くまで話し合っていた時です。


 大美和さくら先生が職員室から、ラノベ部の部室に進捗ぶりを見に来られて、あたしたちの机の回りをくる~っと無言で一回りして……。

 その時、大美和さくら先生は立ち止まって、こういう言葉を静かに仰いました。

 その言葉――



「 懐かしんでくださいね ♡ 」



 先生のその言葉に、あたし達4人全員が気が付いて、

「先生、懐かしんでって、どういう意味ですか?」

 と、みんなで質問したのです。


 でも、先生は――


 あたし達の質問には答えてくれず、そのまま無言で部室を後にしたのでした。

 大美和さくら先生! この『あたらしい文芸』のメイン企画である『新子友花はいつも元気です。』で、もう一度質問させてもらいます。


 あの時の、先生のお言葉。あれ、どういう意味だったのでしょうか?




       *




 新子友花よ。


 お前は、夜市の神社で、幼馴染とケンカしたことを悔いているのか? 本当にそうなのか?

 だったら、お前の今までの人生はなんだったのか?

 ……と、そう思ってほしいのだ。

 


 聖人ジャンヌ・ダルクさまは語った――


 幼馴染との思い出が、今もずっと、そうして心の中に、心の傷として締まっていたからこそ、お前は生きられてきた。

 どうか新子友花よ、そう思ってほしいのだ。


 ずっと、今まで生きてこられた。

 今のお前には、よくは分からないだろうけれど。

 お前には、彼との思い出が必要だったんだ。


 ……と、思ってほしい。


 彼がいたから、今を生きる自分もあり得たのだとな。



 ――彼とのケンカの心の傷が、お前の兄の脳梗塞という辛い現実から、自らを保護してくれていた。

 お前には、よくは理解できないだろうけれど……いいか?

 お前は確か兄の入院で、両親が頑張れとか心配だとか言って、それを……そんな言葉で、兄の脳梗塞が治るのですか!! ……と、部員達に言ったことがあっただろう。


「勇太が……、じゃあ、真面目な話をすれば治るのかって?」


 その話だ。


 私は、お前に言ったはずだ。病気は、自分にしか治せないとな……。

 では、お前の心の……その夜市のケンカの思い出はなんだったのだろう? そう考えてほしい。

 お前が、今の今まで忘れることができなかった一夜の、彼との甘酸っぱい『さくらんぼ』な思い出を。

 

 新子友花よ……。

 お前がお忍びで行った田舎の神社で、その時に、お前が後ろを振り返って、そして、パッと川から上がった打ち上げ花火。

 その神社の、神道の神様はどういう思いで、お前にそれを見せたのかを知っているか?

 まあ、知らないだろう。

 だから、ジャンヌ・ダルクが教えてやろう。

 いつもいつも、教会に礼拝してくれているお礼にである――




  振り返ったら花火が見えた。


  それは、お前の『夜市』の、あの打ち上げ花火。


  お前は、いろんなことを思い出しただろう。 『情念』を――


  そのお前にな、神道の神様はな、頭をコツんっと、したんだよ。


 お前は、自分を、もうこれ以上は蔑むんじゃない。




 ところで、聖人ジャンヌ・ダルクさま。

 あなた様まで、お前って。

 まあ、いいけれど……。自分で書いてるし。



 ――しかし、これからは違うとお前は思った。

 お前の謝りたい、謝りたいという未練は、過去にしがみ付こうとする甘えだった。

 お前は甘えていた。

 お前は、夜市の頃に逃げることで、逃げてきたことで、自己を正当化していたんだよ。


 それはな、はっきり言って、学園での成績が伸び悩んでいることの裏返しである。


 でもな、新子友花よ。学園での好成績だけが学園生活じゃないだろう?

 新子友花よ、なぜ、学園には文化祭がある?




 お前には夜市の思い出が必要だった。

 なぜなら、今を、辛いと思っているから――

 今の、学園生活を生きている中で、成績がいまいち伸び悩んでいるという現実を――お前は辛いと思っているのだ。

 けどな、そんなの学園の生徒みんな、お前と同じ思いを持っているとは思はないか?

 お前はしっかりと謝ったではないか。

 何度も、神社に手を合わせて謝った。だからもういい……。




 青春を 今生きている新子友花よ……


 戻りたくても戻れないのが 過去だ


 だから歩め!! 道を




 忍海勇太、神殿愛、東雲夕美、そして、大美和さくら先生。

 ラノベ部員達と顧問の先生に出逢って、お前は変わったんだ。


 新子友花よ、お前は文化祭のために、今、これを書いている。

 それにより、部員達、学園の生徒達、すべての人に自分の過去と現在の心を見せようとしている。

 どれもこれも、お前にとっては恥ずかしいストーリーだろう。


 けれど、新子友花よ。

 お前は、やっぱり変わったんだ。


 今まで心の中にあったモヤモヤを、ラノベ部の日々の活動によって、少しずつほぐれて、ようやく自分自身の『本音』と向き合うことができた。


 お前の一生で、本音で大好きだと言えた相手――


 幼馴染みとの思い出……本当に、甘酸っぱい『さくらんぼ』のような青春だった。

 もう十分だろう。

 だから、あの夜市の夏の思い出は、もういいじゃないか。


 リセットしよう。


 田舎とお別れ。あの人ともお別れだ。それでいいのだよ。

 運良く、幼馴染に出逢うことができたのは、間違いなく、新子友花の信仰心のすべての結果であるぞ!!

 聖人ジャンヌ・ダルクがお前に、そう保証してやろう。




 ああ、聖人ジャンヌ・ダルクさま……


 これからのあたしの、新しい出逢いに感謝して、どうか、あたしを受け入れてください。


 お願いします。




 聖人ジャンヌ・ダルクさま


 ここに新子友花の、懺悔を……


 ここに告白します。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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