第24話 【取材編】その一人旅こそが、聖人ジャンヌ・ダルクさまのお導きなのでしょうね――


 この【取材編】は、

 ラノベ部の夏の合宿の7日程前に、新子友花か瀬戸内海の某所施設に、自主的に取材旅行したという設定で書いたスピンオフです。


 ちょっと真面目な物語になってしまったので、掲載を遠慮していましたが……

 新子友花の初めてのスピンオフとして書いたので、せっかくなので発表することにしました。


 それでは、どうぞ!!





 この物語は、主人公の新子友花という――カトリック系の学校に通って信仰している女の子が、児童虐待をしてさらに謝罪文まで書かせるという『現象』に本気で怒り、その現象の解明に戦ったストーリーです。



 ――聖人ジャンヌ・ダルクさま。


 どうか、あたしを一緒に火刑台へと連れて行ってください。

 あたしは罪深い告白をしてしまいました。

 あたしは決して許されない、禁忌を犯したのかもしれません。


 それでも、どうかこんなあたしでも、聖人ジャンヌ・ダルクさまと共に……天国へと、どうかお願いします。




 ようやく、あたしの長い長い一人旅は終わりました。

 ついでに預金通帳の残高も終わりました……。


 正直言って、そのことについて、あまり気にしないようにしています。


 末期癌患者や、事故で半身不随になってしまった者達と、あたしは出会ってきました。

 たった一度きりの自分の人生で、あたしは何度も何度も人生の本質の解答を得てきました。


 それは決して、お金では買えない。あたしの自分の人生の本当の宝物です――



 ――祖父母に会いに、田舎へ行って数泊したことがありました。


 それから実家へ帰って来て、しばらくして、その祖父母から手紙をもらいました。

 そこには、あたしのことを『さん』と書いてありました。

 あたしはそれがずっと気になっていました。


 同じくらいの時、同級生からずっとニックネームで呼ばれ続けていました。

 あたしも同級生をニックネームでずっと呼んでいました。


 時間は進んで、学園の授業でとある講師からいきなり『蔑称』のようなフレーズで揶揄されたことがありました。

 その時、同級生からも、ある意味の『敬称』で呼ばれたことがありました。



 あたしのことを、いまだに幼児期の時のように『ちゃん』と呼び続けたり、両親は当然あたしのことを『ともか!!』と言います。

 あたしはそれが、ずっと気になっていました……。

 どうして、そういう名前の言い方をするのだろうって?


 そして、男子には『君』、成人した男性には『さん』、女性には『さん』というように――

 この敬称の重要性を、あたしは理解しました。これは、とても重要なのです。




 ――あたしはラノベ部の部員です。


 だから、その敬称とかニックネームの本質が知りたかったのです。

 これが、この夏にあたしが一人旅を決意した理由の一つです。

 勿論他にも理由はありますけれど――


 あたしは車窓から渓谷の夏の緑を眺めて、眼下の渓流の深さを眺めて、そうして……考えたかったんです。



 この現象は、なんなのだろうって?



 相手を本名で言わない。気に入らないから相手に蔑称を付ける。

 そこに、言葉による『支配』ができるのです。

 支配することができる、できるという思い込みによって生きているあたし達の“無意識のルール”のようなものを、あたしは確信しました。


 あたしはラノベ部員として言わせてもらいます。


 言葉の世界に生きているあたし達の境遇、その身分制度のような部落差別のような――言っても聞いてくれない苛立たしさを、あたし達はもっと理解しなければいけないんだと思うのです。

 あたし達の人生は決して言葉だけでは満たされない。

 あたし達の言葉の前には、この世界がある!! 平和であってほしいこの世界がある!!


 あたしがこのことに気付けたのは、もう他界した祖父母に愛されたから、聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信仰心が強かったからです。

 その結果、両親という存在を絶対的には思わなかったからだと思います。



 あたしは色々と考えて思いました。

 日本は大昔から家族の中に身分制度があって、主従関係があって――嫁はとつぎ、長兄は家をつぎ、娘をとつがせ、次兄以下は家を追い出される。

 家の名前のために生きて、お家断然を防ぐために家長は仏間で命を落とし――姑はそういう家を守るために嫁に家の作法を教える。


 それが、とうとう現代社会で壊れたのです。それを、あたし達は“先進国”と称しています。


 ――言いたいことは、たとえ家族制度から逃げて核家族を作ったとしても、日本人には根底に家族制度があります。

 結果、その家族制度がよく分からない世代が、名前を変えて児童虐待をしてしまい、それが嫌だから現代っ子は子供を作らない。少子化の誕生です。



 あたしも初等科くらいの時に、両親から勉強を厳しく躾けられました。今でも覚えています。

 だから、ナザリベスちゃんの人生を、あたしなりに理解することができるのです。


 あたしも、ずっとそういう両親が怖かったです。


 それが言いたかった――



 新子友花 拝





 新子友花さん!!


 あなたは今、どこに旅しているのでしょうか?

 このメールは、どこら辺で読んでいるのでしょうか?


 ふふ、私は誰かって? 勿論、分かりますよね?

 ラノベ部の顧問、大美和さくら先生ですよ~。お元気ですか?


 言っときますけれど、このメールは先生が新子友花さんにラブラブ~だから書いているのではありませんよ。

 1学期の終わりに、先生は顧問として新子友花さん、忍海勇太さん、そして神殿愛さんのラノベ部の3人に宿題を出しました。覚えていますよね?


 そのきっかけは、新子友花さんの一言ですよ。

「あたし、2学期が始まるまでの夏休みに、一人で旅に行きます」って言いましたね?


 そしたらみんな驚いて、先生も当然驚いて。

 神殿愛さんなんか、女子高生の一人旅なんて何かあったら大問題だから止めときなって、新子友花さんの両肩をゆすってあなたを説得して、泣いてはなかったですね。

 忍海勇太さんも、その時には何も言わなかったけれど、彼も彼なりにあなたのことを気に掛けているのですよ。


 知っていましたか?


 先生は新子友花さんに聞きました。

 一人旅って、どこに行こうとしているのですかって?

 そしたらあなたは、言いたくありません。……と言いました。


「あたしには、この夏が終わる前に、どうしても確かめたいことがあるのです」と言いました。

 先生もラノベ部の部員も、正直言って、あなたから詳しい話を私達に教えてほしかったのですよ。

 その時には何も言わなかったけれどですよ。


 このメールはラノベ部の宿題です。

 先生の後に2人のラノベ部員が続いて、あなたにメールをすると思います。



 ところで新子友花さん!!


 私達にとって『言葉』とは、何なのでしょうか?

 新子友花さんには、みんなに言いたくないことがあります。

 けれどそれは、ラノベ部の部員として新子友花さんのその言葉は、まだまだラノベ部に馴染めていないことを表しています。


 新子友花さん!!


 この世界にはね、言いたいことがあっても、言うことが許されない人達がいます。

 先生は国語の教師として、ラノベ部の顧問として、あなたに言います。


 もっと言葉のパワーを信じなさい! そして、もっと私達を信じましょう!



 じゃ~良い旅をね~!!


 あ、お土産忘れないでね。勿論、みんなの分も忘れずにね~。

 先生へのお土産は、カロリー控えめにお願いしますよ。別に食べ物じゃなくてもいいですからね~。





 友花へ――



 私、神殿愛です。


 友花がどこに一人旅に行っているのか、とても気になっているけれど、そんなことより、友花! ちゃんとホテルとか宿泊先を予約しているんでしょうね。

 最近では民泊とかいうのもあるけれど、女の一人旅で民泊はないよねー。

 あと格安の宿泊施設もあるけれど、あれって相部屋なんだってね。もろ合宿じゃない。


 友花はまだ入部したてだから知らないだろうけれど、ラノベ部恒例の飛騨高山の合宿の前に、相部屋で合宿気分ってのも……なんだかね。

 それじゃ一人旅にならないじゃんってね。


 言っておくけれど、私は友花の宿泊先よりも、あの時に友花が言っていた、「あたしには確かめたいことがあります。」っていう言葉の方が、実は気になっているんだな。


 なになに? 友花、何かあったんだね。分かるよ!


 同じ女子高生どうしじゃん。言わなくても分かるってば……。

 ああ……、あたしが好きになったあの男、あたしがこんなにも好き好きーって猛烈にアピールし続けたのに、それなのにあの男は、あたしのことなんか、これっぽっちも相手にせずに、この前の1学期の終わりと同時に転校して行った。そんな男子がいたんだね!


 そして、友花は決断したんだね。


 できることならば、あたしのこの気持ちをその男子に、もう一度会って確かめたーい。

 そうなんだよね? 友花すごいよ。意外と熱血乙女だったんだ。


 なんか見直した!


 ま、勇太様のことは私に任せなさい。

 はじめっから友花には、勇太様は似合わないと思っていたけれど。

 友花には、はじめっからちゃんと分かっていたんだね。分相応の判断だよ。

 なんかよかった。安心した。


 じゃ友花! じっくりと男子の後を追い駆けて行って、そんでもって、思いっきりフラれちゃいなさい。

 その方が、気が楽になると思うから。

 そんでもって思いっきり泣いてさ、その後はご当地グルメでも食べて、さっさと忘れる努力をしないとね。


 んでね、私にも、そのご当地グルメのお土産よろしくねー。じゃ!!





 忍海勇太より。


 お前、旅費はあるんだろうな!!

 また、お前のことだから、感情に流されて行き当たりばったりで傷心旅行でもしているのか?


 お前はいつも、思いつきで行動する癖がある。

 この前の国語の授業の時も、先生から当てられて、「新子友花さん。この四字熟語を答えてください」という先生からの問題を、お前はなんて言ったと思う。

 俺は、はっきりと覚えているぞ。


 一気通貫


 あの時の先生の顔、あれは、あれこそが老け顔ってやつだ(お前、先生には絶対に言うなよ)。


 先生はその後お前に、

「新子友花さん、答えはえーとね、一期一会ですね。……新子友花さん。どうして……その一気通貫という4文字熟語を思ったのですか?」

 という先生の言葉に、お前はなんて言ったと思う。

「先生! 一気通貫という役は、面前であればリーチとドラ1で満貫です。これに裏ドラがのって、よければ赤ドラがあったらハネ満まで行けるんですよ。さらにリーチ一発ツモで、運よくてアンコにしていた配が裏ドラにのって、しかも平和で面前だから倍満まで……」


 お前はいつから雀士になったんだ。


 先生は慌てて、

「新子友花さん、一期一会というのはね、とっても深い四字熟語なのですよ。……私達は出会うべくして出会いそして別れの時が来たら、別れるしかない。この一期一会という四字熟語は、私達の人生の答えの一つを私達に教えてくれているのですよ」

 でもさ、お前、先生のその時の有難いお言葉に反論したっけな。


「先生! い……、一気通貫という麻雀の役はですね、実は結構難しい役なのです。例えば平和はいいとして断么九で食いタン狙いで、そこにドラや赤ドラがあったら、簡単に満貫なのですよ。でもね、それをふいにして、断么九捨てて一気通貫がそろった時の感動、分かりますか先生!!」



 分かるか、お前!!



 お前は一人旅で、どういう一気通貫を目指しているんだ?

 って、お前が俺に教えてくれるわけないか。


 俺も一人旅をしたことがあるけれど、男の一人旅と女の一人旅は……やっぱ違うのかな。だから、その辺りのことを、帰って来たら教えてくれないか?


 あと俺へのお土産はいらないから。俺はな、借りを作らない主義だから。



 一気通貫狙いでリーチをかけて、結局ザンクでしたってのが、


 お前らしいぞ!!





 ――あたしはこの物語で、7歳の女の子のことについて言っています。


 そもそも、7歳の女の子の何がいけないのか? 7歳の女の子が未熟なのは当たり前じゃないですか。

 それを正していくのが大人じゃないのでしょうか。


 はっきりと言います。

 子供を子供として扱うことで、自分は大人であろうとする。

 7歳の女の子に謝らせるという大人のそれは、いじめです。


 この根本的な原因は『名前』にあります。

 子供に名前をつけるのは誰なのか? その名前は戸籍に記載されてずっと残ります。ここにあたしは日本の欠点を発見しました。

 そして、名前の後につける敬称が、どうして日本でこんなにも重要視されてきたのかを理解しました。昔の日本人はいくつも名前を変えたものです。



『聖さくらんぼ学園初等科』に行ってきました。


 このメールは、ラノベ部員へメーリングリストとして、同じ内容を一斉送信しています。

 みなさんはこの前、瀬戸内海の孤島のこの学校で起こった出来事を覚えていますか?

 この学校の寮内で起こった悲劇をです。


 寮内で生活しているのは両親のいない、あるいは生れながらにして軽度の障害をもってしまった、そういう初等教育の女の子達が暮らしているのです。

 その寮内で悲劇は起こりました。

 寮父と寮母が躾けと称して7歳の女の子を虐待して、その女の子が自ら命を落とした事件です。


 ――あたしは新幹線で岡山まで行って、そこから在来線に乗り換えて港町でホテルをとりました。

 一泊した後に、あたしは船に乗ってまず行ったところは、愛育学園というハンセン病患者の隔離施設の跡地です。

 今では世界遺産に登録されている施設です。

 見た目が嫌だからという理由で差別されて、法律まで作られて隔離されて、強制避妊をしていた場所です。


 その後に、更に船に乗って『聖さくらんぼ学園』へ行きました。

 とても綺麗な島の中央の丘にそれは建っていました。



 その事件――。

 寮父と寮母は、その7歳の女の子に、お前はいつまで経っても勉強ができない、出来の悪い子供だからと言い続けて謝罪文を書かせました。

 謝罪文をちゃんと書かないと、御飯も風呂もトイレも行かせないと言って、その7歳の女の子を虐待したのです。

 そのすぐ後に、女の子は自ら死を選びました。


 その女の子のお墓は『聖さくらんぼ学園』のすぐ近くで、あたしはそのお墓へ、花を手向けに行ったのでした。

 あたしは、それからこの現象はなんなのだろうと、ずっと考えていました。

 そして、その島でずっと一人で考えていて、ようやく解答が見つかりました。



 はっきりと言います。

 愚者は、弱者をバカにすることが『生きがい』なのです。



 あたしはその島の関係者達に、色々と問い詰めようとしたんだけれど……。

 すでに、関係者達は島から引っ越していました。そういうズルい人間なのです。いいえ、そいつらは人間ではありません。


 ……まじめな話はこれくらいにしておきます。


 大美和さくら先生へ、お土産は岡山名物吉備団子にしますね。

 多分、カロリーはそんなに高くないと思いますから。


 神殿愛へ、あたしには今も昔も彼氏はいないから、と言っておこう!!


 最後に勇太へ。

 あんたって男、本当~に大っ嫌いになっちゃったわ!!





 ――あたしは凄く分かった!!


 て、何がといえば……。

 そうそう、あたしが聖さくらんぼ学園初等科で唯一取材することができた、9歳の女の子の記録をまだ書いていませんでしたから、最後にもう一回メーリングリストしておきます。


 その9歳の女の子、名前は仮名で『ナザリベスちゃん』としておきます。

 彼女は両親から逃げて、小学校からも逃げた女の子でした。


 最初、ナザリベスちゃんに、

「はじめまして、あたしの名前は新子友花です。ちょっとあたしとお話しをしませんか?」

 と挨拶をしたら、ナザリベスちゃんは、

「そういう綺麗事を言って、あたしのことをバカにしてるんでしょ? 友花お姉ちゃんは?」

 そう反発されてしまいました。


 あたしは意味が分かりませんでした。あたしは、

「ナザリベスちゃん? あたしはナザリベスちゃんのことを、これっぽっちもバカにはしていないよ」

 と言ったけれど、ナザリベスちゃんは、

「友花お姉ちゃんのように、みんなそう言って、あたしのことを普通に扱ったんだよ」

 と言ったから、あたし、

「ねえ? ナザリベスちゃんを普通に扱って、何がいけないのかな?」

 と質問したのです。


 そうしたら、ナザリベスちゃんは何と言ったと思いますか?

「友花お姉ちゃん。その普通っていうのは、誰のための普通だと思う? あたしをいいように扱いたい人達の都合でしょ?」

 と言ったのでした。



 取材をすすめて――


 綺麗事という名で『親は怖い』を植え付けていく。


 何気ない日常の中に、あたし達は恐怖を植え付けられています。

 ナザリベスちゃんは両親から、幼い時から『ちゃんとしなさい』と言われ続けてきました。

 勉強ができなくて、どうしてお前はできないんだと言われ、食事の時は作法を厳しく教えられ、風呂に入る時も両親のお伺いを聞いていました。


 子供をこういう風に扱うことで、両親は『立派な親であろう』という“社会的立場の優位性”がほしかったのでした。

 幼い子供なのだから失敗することが当たり前なのに、その時に子供をバカにして、バカにすることで自分達は立派な親であろうとしたのでした。


 子供はずっと、ちゃんとしていたのにです。


 例えば、

 就職先はその両親が気にいらなければいけない。就職できなければ子供が悪いという。

 生活費が得られないから両親は食事によって支配できる。支配することで子供をバカにできる。

 結婚できないように両親が仕向ける。そうすることで子供を支配できる。

 子供が結婚して孫ができれば、両親は親として“社会的立場の優位性“を失うからである。




 取材資料 ナザリベスちゃんの生い立ち――


「友花お姉ちゃんにこれあげる。もういらないから……」

 とナザリベスちゃんに言われて貰ったもの、それはナザリベスちゃんの遺書でした。

 2年前に書いたらしいそれを、あたしに見せてくれました。



 いしょ


 あたし ずっと がまんしてきたけれど


 ようちえんの うでの こっせつのきず


 おねえさんは あたしのきずを みて


 なんともおもわなかった くやしい


 あたし もう しにたくなっちゃった


 パパ ママ おじいちゃん おばあちゃん


 バイバイ



 ナザリベスちゃんは言いました。

「友花お姉ちゃん。あたしはずっと、ちゃんとしてきたんだよ。あたしなりのちゃんとを、してきたんだよ」

「うん。分かってるよ……」

 私はナザリベスちゃんの頭を撫でながら言いました。

「パパもママも、あたしをいいように思ってくれなかった。あたしはもう死にたいよ、友花お姉ちゃん……」

 と言ったから、あたしはすかさず彼女に言いました。

「ナザリベスちゃん! あなたの普通は、あなただけの普通でいいんだよ。こうして『聖さくらんぼ学園』と出会って生きているんだから、今は、新しい生活に集中しようね? 新しい友達と一緒に、新しい人生を生きていこうね!」


「それでいいんだからね……」


 これが、あたしの取材のすべてです――



 最後に、あたしは言わせてもらいます。

 ナザリベスちゃん、あなたがこうして『聖さくらんぼ学園』に在学していることは幸せなんですよ。

 だから、もう怖さをすてて、これからはゆっくりと……幸せで穏やかな人生を望みましょうね。


 聖人ジャンヌ・ダルクさま。このあたしの告白を、どうかお許しください。

 そして、どうかこの子に祝福をお与えください。


 あたしのすべてを、この子と共に永遠に認めてください。





 大美和さくら先生です――


 新子友花さんの取材旅行の内容を、メールで拝見しました。

 このメールは新子友花さんだけに、先生は返信しています。


 先生、この前メールで、もっと言葉のパワーを信じましょう! とあなたに言ったと思います。

 どうでしたか? 取材したナザリベスちゃんの『いしょ』という言葉のパワーは?

 変な話、凄かったとは思いませんでしたか?

 たった9歳の女の子に、これだけのパワーのある言葉が書けるのですから。


 新子友花さんは今回の取材で、この現象を解答したいと言っていましたね。

 そして、あなたは、あなたなりの解答を見事に答えることができました。


 新子友花さんの解答の正否は、この夏の一人旅はラノベ部の課題ではなくて、あなたの個人旅行であり、あなたの自由研究として先生は理解しています。

 あなたの納得をもって、あなたの自由研究は合格とします。



 ですが、先生から一つだけ言わせてもらいます。


 ナザリベスちゃんには、本当に両親や境遇に対する――新子友花さんが思ったような、そういう気持ちはあったのでしょうか?

 ナザリベスちゃんの両親にも事情があったのだと、先生は確信します。


 ナザリベスちゃんは、もしかしたら、新子友花さんの取材に合うような返事をしたのではないでしょうか?

 その女の子が、ウソをついていたとは考えませんでしたか?

 ウソをつくという『現象』に、新子友花さんはどうして優しさや辛さや――難しい言葉ですけれど『処世術』を見抜けなかったのでしょう?


 先生がこの言葉を言う根拠は、新子友花さんの取材には裏付けが無いし、反証取材も無いからです。


 どこまでもどこまでも、あなたは主観で取材したのであり、これは、はっきり言って感想文ですよ。

 ちょっとキツい言い方になりましたか?


 でも、ひとつだけ言わせてもらいます。

 新子友花さんの一人旅で、はっきりと客観で得られた取材資料がありましたね。


 ナザリベスちゃんの『いしょ』です。


 この客観的資料から、あなたは生い立ちを考えようとしました。

 ここに辿り着けたあなたは、この夏に一人旅をして、あなたなりの達成感を感じませんでしたか?


 何故、ナザリベスちゃんは、あなたに遺書を――もういらないからと言って渡したのでしょうか?

 この何故に気が付くことが、本当の取材旅行です。

 今の新子友花さんには、まだ早い必須科目でしたね。


 だから、大美和さくら先生があなたに分かりやすく教えましょう。



 ナザリベスちゃんは『いしょ』を、ずっと所有することでこの世界と戦っていたのです。

 遺書を自分自身の心の軸にすることで、この女の子は自分をひたすら守ってきたのです。


 自分が命を落とすことで、自分はもう……とか。

 自分が生きているときに誰かが……とか。


 その誰かは新子友花さん、あなただったのですよ!

 ナザリベスちゃんはね、友花お姉ちゃんに出逢えることができて、幸せに思えることができたんですって!!

 本当に心を許していい友花お姉ちゃんに、ナザリベスちゃんは自分の心の軸である『いしょ』をあなたに渡したのでした。



 新子友花さん、これが先生の言っていた一期一会という言葉の意味なのですよ。分かりましたか?

 ふふっ。人生って不思議ですよね――




 新子友花さんは、多分、旅先のどこかの川辺でベンチに座って、こんなことを考えたのではないでしょうか?

 自分はどうしてこんなことをしているのだろうって。

 あたしが代わりに死ねたらって……。


 大美和さくら先生は言います。

 その一人旅こそが、聖人ジャンヌ・ダルクさまのお導きなのでしょうね――


 新子友花さんの聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信仰心が、あなたを一人旅へと導いたのですよ。

 ええ! きっとそうなのです!!


 ああ、そうだ! 先生は思い出しました。


 聖人ジャンヌ・ダルクさまは仰いましたね。

「――戦いの傷を不名誉として思い隠す者に、なぜ傷を隠すのか? と聞いてはいけない。何故なら、それは本当に不名誉なのだ。傷を癒すことができるのは、自分だけの戦いだけでしか勝ち得ない。我ジャンヌ・ダルクは、所詮はドンレミの羊飼いの娘でしかない。この負い目を隠さずして、どうして祖国フランスが勝利できようぞ……」



 女子高生の一人旅――何かあったんですね?


 新子友花さん! 自分の傷を守りなさい!!





 終わり


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る