第10話 無壁リザードマン誕生

 そこは炎の湖であった。

 火炎の如く燃え盛る炎の湖の真ん中に1人のトカゲの人間がいた。

 彼はぶるぶると震えながら、心の寒さに耐えていた。


 

「ここは?」



 彼は自分が何者で何の為に生まれ変わったかを思いだせないでいた。

 だが炎の湖にぷかぷかと浮かぶ2個の盾にデジャブを感じた。



 彼はリザードマンであった。

 転生した時にはこの炎の湖の真ん中にいた。

 不思議と炎の熱さは感じなかった。

 鱗が炎のような色をしているからなのかもしれない。

 波寄せる記憶が頭の中に押し寄せた。



 頭痛がするようで頭を押さえる。

 リザードマンは処刑された記憶を思い出す。

 心臓を抜かれた事まで思い出す。

 その時の激痛、しかしその後も激痛だった。


 

 地獄と天界に挟まれて、安寧の地は無かった。

 永遠にも及ぶ地獄の連鎖と説教の連鎖は、終る事が無かった。


 

 解放されたと思ったリザードマンは、現在炎の湖でただ炎の水を手にすくっていた。


 記憶が蘇る。

 紫妖精の王国、そこは妖精の力を借りた王国であった。

 その中に炎の湖と呼ばれる場所があった。



 そしてここが故郷である事も思い出す。

 

 怒りがふつふつと湧き上がる。

 大切な仲間達も処刑されたのだろう。

 きっと仲間達もモンスターに転生したのだろう。

 全ては憶測にしかならず、それが結論とは言えないのだ。



 リザードマンは最初の一歩を踏み出した。

 炎の湖が揺れる中、2個の盾を拾った。

 その2個の盾は特殊な鱗で作られているようであった。

 まるでドラゴンの鱗のようであった。

 赤いドラゴンの鱗と青いドラゴンの鱗。

 その二種類のドラゴンが力を貸してくれる。そう思った。



 その2個の盾は自分自身である事を思いだす。

 このリザードマンも人間に殺された。

 記憶がダブルでぶつかり合う。


 リザードマンの記憶では空高く舞い上がる。

 しかしそんな事出来るはずがない。


 リザードマンは脳内にスパークする意識を追い払いながら突き進み続けた。


 ひたすら呪詛と憎悪と憤怒に包まれながら、リザードマンはひたすら歩き続ける。

 同じモンスター達が不思議そうにこちらを覗き見たりしているが、彼等は仲間のモンスターだと勘違いしてくれてリザードマンの邪魔をしてくる事はなかった。



 紫色の鬱蒼とした木々が見えてくる。

 乱反射の光の精霊が空を飛翔している。

 遥か先に見える城壁。

 そこを抜ければ恨みの相手の王族がいる。



 リザードマンはとても奇妙な遠吠えを発したのであった。



 一方で紫妖精の王国ではお祭り騒ぎが始まっていた。

 精霊達は空を飛翔して人々に祝福を与える。

 人々は精霊達にお供え物をしたりする。

 その中でこの国の国王はにこにことしていた。



 国王は思い出す。


(新大陸の恵みが無ければ、ここまで復活出来なかった。それにあのような生贄もさらした。個人ではなく国を守る為にはあのような英雄は処刑すべきだ。その心臓が動き続けているのは怖いがな、新大陸のどこかに封印したのじゃ)



 国王はこういう考えを1日1回はするようになっていた。

 国王自身も気付いていないが罪悪感を抱きはじめていた。


 国王は周りを見て、にこにことしている。

 しかしその祝福の時は唐突に終わる。


 巨大な城門、それを守る為に今日は沢山の守備兵を配置させてある。

 その向こうから沢山の首が飛んでくる。

 国王の顔面にあたった首を見て絶句する。それは守備隊長であった。


 まるで雨のように首が降って来る。

 しばらくの静けさが始まったと思ったら。

 城そのものが吹き飛んだ。



 そこには人生で初めて見るドラゴンがいたのだから。

 全身が燃え盛る炎に包まれたドラゴン。

 所々に見える鱗が真紅であるが燃え盛っている事以外は分からない。



 一方でリザードマンはぶちぎれそうになっていた。

 守備兵に通せと言ったのに通してくれない。

 守備兵達は笑いながらリザードマンであるこちらに精霊魔法を炸裂させた。

 この紫妖精の王国では精霊魔法の使い手が多くいる。


 

 リザードマンは赤の鱗のシールドと青の鱗のシールドでガードし続けた。

 脳裏に蘇るのは子供の頃にいじめられた事であった。

 沢山の青年達が少年である彼を殴り続けたのだ。

 鼻血が出ようとも、瞼が切れようとも、歯が抜けようとも彼等は殴りかかる事を辞めなかった。



 その記憶と今の状況がマッチした瞬間。

 何かがはちきれた。

 今まで我慢してきた何かだ。


 

 リザードマンの体がぶちぶちと言い出した。

 それを精霊魔法を解き放つ兵士達はげらげらと笑っていた。


 そこにいたのは巨大な炎に燃え盛るドラゴンであった。

 精霊使いの守備隊達はそれが幻覚系の魔法だと思ったようだ。

 だがそれは幻覚ではない。

 炎のドラゴンの右腕と左腕が炸裂すると。

 兵士達が次から次へと頭を飛ばされる。



 その結果国内に頭が沢山飛んできたという訳だ。



 そして右手には巨大になった赤のシールドと青のシールドを装備する。

 2個のシールドが自分の居場所を示してくれる。


 

 城門を玩具のように破壊すると、ドラゴンは地響きを鳴らしながら。歩き出す。

 精霊使いの兵士達も国王達も民衆達も一瞬にして現状を把握する事になった。

 次のドラゴンは口の中に沢山の空気を吸いこんだ。

 巨大な2つの肺にまで到達すると。

 それを吐き出す。



 至る所、それもほぼ王国を包み込むように、炎はまき散らされた。

 最初は唖然とし、次には痛みを知る。そして今激動が始まっていた。



 人々は悲鳴を上げながら、全身が燃え盛る炎に苦しめられている。


 しかし1人の人間だけは無事であった。

 なぜならそいつは国王であり近くにいた民を盾にしたからだ。



 炎のドラゴンは咆哮を上げると走り出した。



「お前なのか、マボロン」



 国王が囁きに呟いた。


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