第4話 100円で買って!

 あれから1週間が経った。


 土曜日は僕は出勤だったけど先輩は休みだった。月曜日からは再び同じ時間帯のシフトだったけど、さすがに2週目という事もあり教育係からは外れていたけど、それでも同じ時間帯だという事で僕もウキウキしてたのは事実だ。


 そんな金曜日の仕事が終わったときの事だ・・・


「・・・お疲れさまー」

 午後8時ピッタリに真面目似さんから声を掛けられた僕は「お先に失礼しまーす」と返事をしてロッカー室へ向かった。

 僕がロッカー室から出た時、丁度先輩が向こうからエプロンを外しながらこっちへ来るところだった。

「あー、先輩、お疲れ様ですー」

「並野君こそ、お疲れ様ですー」

 僕と先輩はそう言い合って軽く頭を下げた・・・が、すれ違った時、僕は左手を先輩に捕まれた!

「・・・並野君」

「あー、はい」

「ちょっと話したい事があるんだけど・・・」

 僕は先輩に無理矢理引き留められた格好になったのだが、その時の先輩の顔は、さっきまでの、というより、いつものスマイル全開の先輩では無かった。むしろ、何か切羽詰まったかのような焦りの表情をしていた・・・

「・・・何かあったんですか?」

 僕は少し心配になって先輩に聞いてみたけど、先輩はニコリともしなかった。

「何かあったから並野君と話したいんだけど、ダメかなあ・・・」

 先輩は僕を真っ直ぐに見ている。その目は何かを訴えているようにも思えるが、何を言いたいのかは全然想像がつかない。

「・・・まあ、僕はどうせこの後は何もないですし、見たい番組は予約録画が入ってるから、明日以降に見れば問題ないですよー」

「そう・・・じゃあ、フードコートで待っていてもらってもいい?」

「いいですよー」

 僕はイマイチ先輩の考えが分からないけど、とにかく先輩に言われた通り、先にフードコートで待っていた。


 さすがの平凡坂ショッピングモールも午後8時を過ぎると人通りがグッと減る。

 このフードコートも午後9時で終わりになる店が殆どだし、10時になればショッピングモールそのものが終わりだから、今は2、3組が座っているだけだ。

 僕は適当な椅子に座って先輩を待っていたけど、その先輩はバックパックを背負ってやって来た。その時の先輩は仕事中はしてなかった、赤いフレームの眼鏡を掛けていた。

「・・・ゴメンゴメン、遅くなっちゃったー」

 先輩はそう言って軽く謝ったけど、僕としては謝ってもらうような事ではないから、逆に恐縮してしまったほどだ。

「・・・何か飲む?」

「あー、いや、僕は別に・・・」

「こんなので良ければどう?」

 そう言って先輩はバックパックから2本のQuuキュウオレンジの缶を出したけど、これはタイソーで2本100円で売ってる、ミニ缶のQuuオレンジだ。

 その缶を先輩は『プシュ』という音を立ててプルタブを開けて飲み始めた。僕も先輩と同じようにQuuを飲み始めたけど、さっきから先輩は全然笑ってない・・・

「あのー・・・」

 僕は沈黙が耐えきれなくなって先輩に話し掛けたけど、その先輩は僕の目をジッと見ていた。

「・・・並野君、君、明日は仕事?」

 先輩はいきなりシフトの話を振って来た。あれっ?何でシフトを確認するんだあ?

 僕はちょっとだけ戸惑ったけど、返事に困るような事ではないから素直に言った。

「入ってないですよー」

「そうか・・・」

 先輩はそれだけ言うと再び沈黙し、残ったQuuを一気に飲み干した。

 その空になった缶を叩き付けるようにしてテーブルに置いた先輩は、僕の目を真っ直ぐに見た。

「・・・何か予定は?」

「僕の明日の予定の事ですかあ?」

「そう、並野君の明日の予定」

「特にないですよー。明日は妹が学校の部活でいないからー、その間はBUTTONボタンを使っていいって事になってるからアツマチをやるつもりでしたー」

「そうか、じゃあ、丁度いいや」

「丁度いい?」

「私を明日、100円で買って!あ、消費税は10%で」

「はあ!?」

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