RE:PROLOGUE - II

第26話  RE:トアル”者達”の奮闘


 〜 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜


 ……寒々とした風が吹き抜ける真夜中……一つの足音が響き渡っていた。


「ハッハッハッハッハッ……! 急げ……急がないと……!」



 ――しかしながらここは一体、何処だろうか?


 十二世紀から十五世紀に掛けて発達としたと言われる、「ゴシック様式」の民家がズラリと並んでいるのは薄暗くも判るが……他に特徴的と言えるのは”直線状”ではなく、”緩いカーブ状”に民家が軒並のきなみに建っていると言った感じであろうか……。



 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜


 ――おっと? さらに言おうと思っていた、”土”ではなく”石畳いしだだみ”に舗装ほそうされている道で他に歩く人らしき足音が……!


「ッ!? 嘘だろ!? 一回、いたハズなのにッ!?」



 ――おや? どうやら、穏やかじゃあない状況・・・・・・・・・・のようだ。こんな真夜中に大の大人らしき人物が、冷や汗ダラダラに”鬼ごっこ”をきょうじているなんて……そんな酔狂すいきょうかつ奇妙な現象は、よほどの変人でもない限りあり得ない事であろう……。


 さらに言って仕舞えば……”走る男”の頬は、酒を飲んだ後のように赤らんでいた……なんて事は、一切なかった。完全な素面シラフである。



 〜 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜


「ハッハッハッハッハッ……! 急げ……急いで……知らせないと……ッ!」



 ――おっ? 走っていた男が少し開けた道に出た事で、少しだけ彼の人相にんそうが……ッ!? イヤイヤイヤイヤ……これはこれは穏やかじゃあないですね……ッ!? えっ? 何がだって? 彼が酷い悪人面あくにんヅラをしていたのかって? ……そんなんじゃあない。


 だが確かに、ヒゲモジャでむさ苦しい感じの顔付きであるが……彼は”加害者”ではない、”被害者”なのである。



 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜


 ――そう言える根拠として、開けた道に出た際に見えた彼の状態……月明かりに照らされた顔を含め、所々が”血塗ちまみれ”になっていたのだ……!


 〜 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……ドンッ! ドテッ! 〜


「イッテテ……あぁ、クソッ! もう街のハジなのかよッ!?」



 ――背後から付かず離れずの足音に気を取られ、何かに激突しては尻餅シリもちをついてしまう男性。その男性が痛みに顔をシカめつつも見上げる先には……”巨大な石壁”ソビえ立っていた。


 その高さは優に”十メートル路線バスの全長ぐらい”は超えており、彼の視界にはなかったが……少なくとも、左右を見渡してもその壁の”終わり”は、一向に見えそうもない長さがあったのである……! ……えっ? 独裁者の街ディストピアかって? いや、そう結論付けるのは早いであろう……?


 中世ヨーロッパな街並みに、十メートル以上の石壁……その要素を含んだ可能性として挙げられるのは、「城郭都市じょうかくとし」という存在である……!



 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜


「ヒィ!? まっ、まだ追って来んのかよッ!?」



 ――その詳細は、今現在も進行中な”ホラーorサスペンスな展開”に水を差しかねないので、今は割愛させてもらおう。だが、簡潔に言うのであれば……都市や街の一角に建てられたイカにもな”とりで”ではなく……一つの都市や街をグルッと”巨大な石壁などの城壁じょうへき”で、囲って出来た都市や街・・・・・・・・・・の事・・を言うのである。


 意外かもしれないが……日本にも、”織田信長”と事を構えた”石山本願寺いしやまほんがんじ”などが建築していたという、「寺内町じないまち」と言う物がこの「城郭都市」の一つとして、数えられていたそうだ。



 〜 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜


「早く……! 早く……ッ!」


 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜



 ――しかしながら、この執拗しつように追い続ける足音……一体誰なのであろうか? 走る男が異様に怯えている事からまず、真面マトモな人物じゃあ無い事は確かであろう。だが、そうなると益々ますます奇妙であるのだ……。


 その根拠の一つとして先程、一瞬だが月明かりに照らされた”髭モジャの男”……血塗れではあった。だが一切、擦り傷などの外傷を負・・・・・・・・・・っているようではなか・・・・・・・・・・った・・のである……!


 もしも”髭モジャの男”が”債務者さいむしゃ”であり、”足音の人物”が”債権者さいけんしゃ”……もとい”悪質な借金取り”なら、この状況は一定の説明は付くのであろう……。だが、『必死こいて走らんかい!?』……と、誰かにツッコまれそう程……この余裕たっぷりの歩き方・・・・・・・・・・で追い続ける理由・・・・・・・・とは、一体何なのだろうか……?



 〜 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜


「ハァハァハァハァハァ……やっ、やったッ! あそこだッ! あそこに行けば……ッ!」



 ――街の城壁らしい壁伝いにある道を走り続け……ずっと付いてくる足音を撒くためか、幾重にも路地裏らしき狭い道や、小道を通り続けた末……男はそう呟いていた。薄暗くも真っ直ぐ続くその道の先……うっすらとだが、地面に面した”斜めに取り付けられた両開きの扉”らしき物が見えていた。


 イメージが付かない”◯者の諸君”向けに言えばアレである……! ホラ……洋画など、海外の住宅では「地下室の入り口」や「地下シェルター」に大抵なっている、”両開きのアレ”に似た感じである……!



「……足音もない、撒けている……! ……よしッ!」


 〜 ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ……! 〜



 ――【急げ! 急ぐんだッ! アイツが来ない内に……ッ!】――息も絶え絶えだった”髭モジャ”の男は、最後の力を振り絞るかのように……先程よりも強く、強く、地面を蹴っては、必死にその扉へと走り続ける……ッ!



「急げ! 急げッ! アイツの正体を、カルカ様に……!」


 〜 ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ……バタンッ! ゴロゴロゴロゴロ……ッ! 〜



 ――【あっ、アレ……おかしいな……? まだ……走れるのに……!?】――おおっと!? 意外と疲労が溜まってしまっていたのだろうかッ!? 随分派手にブッ倒れてしまった物だ……!



「……クフフフフフ……」


 ……ッ!? なっ、何だ!? この……周辺が”吹き抜けのある建物”や”洞窟”でもないに関わらず、反響するような低く・・・・・・・・・……不気味な声・・・・・は……ッ!?


 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜



 ――【ッ!? あっ、アイツだッ! 嘘だろッ!? いっ、嫌だッ! オレも……オレも”リュック”の野郎みたいに殺されるッ!】――イヤイヤイヤイヤイヤ……借金したのに返さないんじゃあ、そんな目にっても……って、同情しきれませんよ〜?


 ……アレ? でも待てよ……? この髭モジャ……さっきから一歩も動いてないぞ・・・・・・・・・……?



 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜



 ――【……うっ、動け! 動けよッ! オレの体ァッ! アイツが来てんだろッ!? 逃げ道は目の前にアンだろッ!? なのに……何で、何でッ!? 脚も手も動かないんだよォォォォッ!?】――圧倒的恐怖を前にした、極限状態……と言う奴であろうか? 因みに、私は全くの未経験だが……成る程、余程恐ろしいのだろう……。


 ……アラッ? だが待てよ……? この髭モジャ……そうだとしても……さっきからまだ動いてないぞ・・・・・・・・……?



 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……ガシッ! 〜



 ――【……うっ、ウワァァァァァァァァァァァッ!? やめろォォッ!? やめてくれェェェェッ! 髪を掴むんじゃあねェッ!? オレを殺すんじゃあねェッ!?】――やれやれ、随分大袈裟だなぁ? もう往生際おうじょうぎわの悪い”逃げ”なんてのは出来ないぞ、髭モジャ君?


 これにりたら、大人しく……今後の人生では借金などせず……!



「……クフフフフフ……また一人……迷える者を救えましたね……」


 ――【……え……?】――エッ?


 〜 ポタッ……ポタッポタッ……。 〜



 ――【……あぁ……そうか……さっき…から……何で、腕や脚…どころ……か……頭…でさえも……ボ〜ッと……して…たのか……分かって…き…た……】――イヤ……実況怠慢とは思わないで欲しい……ッ! 私だって……途中から……信じたくはなかったんだッ!


 時間が経って……この袋小路ふくろこじのような場所に……月光が差し掛かった時に……! あらわになってしまった光景を……! 見てしまったこの惨状を……ッ!



 〜 ポタッ……ポタッポタッ……ポタタタッポタッ……。 〜


「……迷える者に、救済を……!」



 ――【オレは……もう……死んでたんだ・・・・・・……】――そう”髭モジャの男”が、遅れて認める程に鮮やかで……実に奇妙な”殺人現場”がそこには広がっていた……。


 男は確かに、逃げ道の元へと辿り着・・・・・・・・・・く事は出来ていた・・・・・・・・のだ。


 だが……男は、全力ダッシュの時に派手に転んでもいた……。


 ……じゃあ、凶器を一切持っていな・・・・・・・・・・”謎の足音の人物”が、ムンズと掴み上げている、男の髪の毛の下……”頭の下”は……?



 〜 ボタタタッ……ボタッ……。 〜



 ――直前の音と、ここまで描写を読めば……嫌でも”髭モジャの男”の男の末路は分かるであろう……。何故言わないかって? ……私だって、慈悲はある。それが例え……ボス達にほぼ関係ないような”モブ”であろうとだ……!



「……クフフフフフ……今夜はまた一段と冷えますねェ……。ですが、迷える人達のために……もう一頑張り、いたしましょうか……」


 ――だが……これだけはハッキリ言える。コイツは……この”髭モジャの男の頭”を未だに持ったまま、涼しい顔で犯行現場から去ろうとしているコイツは……ッ!


 〜 カツン、カツン、カツン、カツン、カツン……。 〜


 ――ただの”殺人犯”じゃあ生温なまぬるいような……ドス黒い何か・・・・・・だ……ッ!






「ペネトラシオン・アローッ!」


 〜 ヒュゥゥゥゥゥゥン……グシャンッ! 〜


 ――少し時間はさかのぼり……場所は変わって、殺人事件が起きたほぼ同日……。ある一人の狩人かりうどらしき人物が、トアル魔物を仕留めていた。


 〜 グン……マァァァ……ッ! ……グラッ、ドタァァァァァァァン! 〜



 ――それはいつしか、ボス達が倒すのに命を賭ける程に苦戦していた……”マグズリー”であった……! その当時、彼らが倒した際には”毛皮が売れない程”にボロボロだったのだが……この仰向けに倒れ伏した個体はそうじゃあなかった……!


 ”熊の急所”……熊が直立した際の”両前足のド真ん中”に、黄色く発光した矢・・・・・・・・が正確に……かつ矢羽近くまで深々と突き刺さっていたのだ……ッ!



 〜 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……グサッ! 〜


「……フゥ、死んでるか……でもこれでやっと、一週間分の食糧になるかならないか……ってトコロかぁ……」



 ――腰に携帯していた”大振りのナイフ”を首に突き刺し、そう呟く狩人。……ふむ、冬に向けての食糧調達という感じなのだろうか? 


 深く被った深緑色のフードの所為か、その表情は全くと言って良い程見えなかったが……その声色は、何処か疲れた・・・・・・かのような……いつまでこんな事を続ければ……と言った、不安が見え隠れしているようであった……。



「……あぁ、ヤメヤメ。ジッと見てても食料は増えないって……! 早く、解体しなくちゃ……!」


 〜 ……グサッ! ザクッ、ザクザク……ザクッ、ザクザク…… 〜



 ――幾度いくども狩った経験があるのか、手慣れた手つきでテキパキと”三メートル”を軽く越すマグズリーを解体していく狩人。彼……彼女かは分からないが正直、フードと一体化した服装の所為で、この狩人の特徴がほぼと言って良い程に分からないのである。


 現状、伝えられるのは……方からどうに掛けてある、タスキ掛けされた”ロングボウ”らしき物と、背負っている”矢筒”ぐらいであろうか……。



「おぉ、カンタン様! 素晴らしい成果ですな!」



 ――解体に没頭していた狩人の後方から、やけに親しげな声が控えめに響く。周囲の獲物に対する配慮なのかはさだかではないが……ジョジョに狩人に近づくにつれ、月明かりでその声のヌシあらわになっていく……!


 現れたその姿は、元は老兵なのだろうか……確実に初老は越えているにも関わらず、その肉体は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうと立派であったのだ。その筋肉が必要になる理由は恐らく……弓以外に左腰に装備していた、彼の”刀剣”が理由であろう……。


 ファルシオン……とある炎の紋章ファ◯アーエム◯レムが重要な世界では、”伝説の神剣”として語り継がれているのだが……彼のはそうではないだろう。彼の物は正確なめいがあるかは不明だが……元となった剣は、十世紀から十七世紀にかけて使用されていたと言われ、”幅広の刀身”と”そこそこの重量”を活かして”叩き斬る”事を得意とした、安価な武器だったと言われている。


 ただ、その当時に流通していたのはどれも”百センチ”は越えない物ばかりの、片刃かたはの”短刀”にカテゴライズされる物だったらしい。だが、彼が腰に刺す物は明らかに”百センチ”を越えた全長を持つため、どちらかと言えば”ロングソード”に迫る代物の刀剣なのであろう。


 また、蛇足だそく的になるだろうが……口髭及びモミアゲと連なった顎髭アゴヒゲも特徴的であり、この世界ファンタジーには似つかわしくないであろうが……”カウボーイハット”でも被せれば、何処ぞの映画俳優ハリウッドスターと間違われてもおかしくない”シブさ”があった……!



「……ジョゼフか。そういうお前はどうなんだ? 今はお喋りよりも、みんなに食わせるための食糧が必要だって事は、嫌でも分かっているだろう……?」


 ――カンタン……と言うらしい狩人は、そんなジョゼフと言うらしい彼を一瞥いちべつすると……再び黙々と解体作業に没頭するのであった……。


「勿論……このジョゼフッ! 抜かりなくパルト・ディアーなどを、シッカリ狩っておりますぞ? ……鹿ディアーだけにッ! ハッハッハッハッハッハッ!」


「……ハァ、全く……お前という奴は……」



 ――呆れたように軽く首を左右に振るカンタン。だが、完全に呆れ切ったような物言いではなく、何処となく”クサえん”を匂わせるような……嫌いになり切れない・・・・・・・・・といった感じの物言いであった。


 そんな呆れた物言いをさせたジョゼフは、好々爺こうこうや彷彿ほうふつとさせる優しい表情と、チョッピリ豪快ごうかいな笑い声を上げながら……ゆっくりとカンタンの元へと向かって行く……!



「いやぁ、しかし……いささか数が多すぎましてなぁ? ちょうどカル……オホン、カンタン様から離れて、拠点の方に狩った獲物を置いて来た所ですぞ?」


「……そうか」


 ――少し離れた位置で、立ちながら話しかけるジョゼフに対し……黙々と狩った獲物を解体する手を止める事なく、素気ない返事をするカンタン。


「ただ、誠に勝手ながら……僅かながらでも、カンタン様の元から離れてしまった事を、お許し下さい……!」


「……ハァ、全く……お前は律儀過ぎ……!? 馬鹿ッ! こんな真夜中とは言えど、誰が見ているか分からないだろッ!?」



 ――タメ息を吐きつつ、何気なく後ろを見るカンタン。だが……背後でジョゼフが行っていた行為を見た瞬間ッ! カンタンは鬼でもなったかのように、血相を変えた……!


 その行動とは、カンタンがどう見ても”一介の狩人”にしか見えないにも関わらず、まるで王族を前にしたかのよ・・・・・・・・・・に……片膝でヒザマヅいてはこうべれていたのだ……ッ!?



「ハッ! もっ、申し訳ありませぬッ! か、カンタン様の前では、失礼な態度はど〜しても取ってはならないと思い……つい……!」


「ついも何もあるかッ!? オレ達は見つかっちゃあいけないんだよッ!? 分かってんのかッ!?」


「ほっ、本当に申し訳ありませぬッ! どの様な罰をも受けてみせますので……! 何卒なにとぞ! 何卒ッ! ご容赦ようしゃをッ!」


「もうッ! いい加減にしてくれよッ! ”傭兵崩れ”が罰を受けるとかッ! 生意気言ってるんじゃあないよッ!?」



 ――”見つかっちゃあいけない”……どのような理由があるか今はまだ分からないが、二人は周囲を警戒するかの如く、矛盾むじゅんするかのようで恐縮だが……声を殺すようにカンタンは怒鳴り、ジョゼフも声を殺すように張り上げて謝罪していた……。


 その際にポカポカとカンタンは、未だ首を垂れ続ける彼の頭を殴っていた姿が……地味にシュールだったが……。



「全くもうッ! アンタ、戦う以外に何が出来るっていうのッ!?」


「ハッハッハッ、このジョゼフッ! 自慢ではないが……出来る事は傭兵の時につちかった”剣術”と、騎士としてのほまれ高き”真っ向勝負”のみよッ!」


「ハァ、全く……! アンタって人は……ッ!」



 ――”不器用”なのか”馬鹿”なのかは知らないが……どうやら、このジョゼフと言う男の「ヤらかし」は日常茶飯事にちじょうさはんじであるらしい。


 だが、カンタンが即座にナイフを取り出すなど、弓を引くような行為を見せないところ……これでもジョゼフは、カンタンにとって有能かつ信頼できると・・・・・・・・・・思える部分・・・・・があるのであろう……。



「おぉそうだ……! 我輩ワガハイとした事が、我輩の自慢を語るだけで済ませてしまうところであった……!」


「ハァ……何があったの?」


 ――呆れた末に、解体作業に戻っていたカンタンが……ウンザリしたような口調で、背後に居るジョゼフに尋ねる。


「カンタン様……本当、大変申し上げにくいのですが……情報収集に領主の館へと向かわせた”リュック”と”エリック”の二人が……死んでいたそうです。二人とも……首がない状態で……」


 〜 ザクッ、ザクザク……ザクッ、ザクザク……ピタッ! 〜


「言っておきますが……これは我輩のいつもの冗談ではありませぬぞ? 先程、パルト・ディアーを拠点に収めてきた際に、拠点に居た者から……シカと聞いた事でありますゆえに……!」


「……またなの……?」


「……ウェ?」


 〜 ザクッ、ザクッザクッザクッグサッ! グサッ! グサッ! グサッ! グサッ! グサッ! 〜


「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソォォォッ! あのビチクソ供がァァァァァッ! あの人を人と思わないビチクソ領主共めッ! あのクソ殺人鬼めッ! 一体何処まで、あの街をッ! 領民のみんなをッ! 苦しめれば気が済むのよッ!?」


「カッ、カンタン様ッ! 落ち着きなされッ! どうかご乱心せず、落ち着きなさって下さいッ!」



 ――うぉぉぉ……ある程度分かってきたが、この光景は凄まじい……!

 ジョゼフから、カンタンの仲間らしき訃報ふほうを聞いた瞬間……それまでのカンタンの人柄が豹変ひょうへんしてしまったかのように、解体中であった”マグズリー”をヤタラメッタラに、ブッ刺しまくり始めたのだッ!?


 それを羽交はがい締めにせん勢いで、止めようとするジョゼフ。だが、解体中であったが故か……二人の顔や狩人めいた服装に、次々と返り血や肉片が飛び散ってゆく……!



「……悔しくないの、ジョゼフ? アンタは悔しいと思わないのッ!?」


 ――ジョゼフに力強く手首を握られ、無理矢理動きを止められたカンタンは、悲痛な口調で彼に尋ねる。


「勿論、このジョゼフ……悔しくない訳ではありませぬぞ? ただ……今は辛くとも、当たり散らさず……耐え抜かねばなりませぬ……!」


「どうして……どうして……アンタって奴は……!?」


「カル……オホン、カンタン様。傭兵と言う者は、気を良くした戦友ともから……早く亡くなっていくモノなのです……。我輩もこの老体となるまで間、もう数え切れない程……戦友の死を知り、見送ってきました……」


「……」


「そして、その感情の起伏きふく……戦友ともの死にいつまでも、”絶えず変わる水の流れのよう一喜一憂な気持ち”を持ち続けてはなりませぬ。そんな”浮かれた奴”も……よく、早死にしていきました……」


「……」


「ですから、カル……オホン、カンタン様。完全に慣れろとは言いませぬ。ですが……カンタン様の民を想うその気持ち、決して忘れないで下さい……! そして……今は、耐え抜いて下さい……ッ!」



 ――ずっとカンタンのナイフを持つ手の手首を握り締めつつも、語り続けていたジョゼフ。だが……唐突にその手を離してしまう。握られてたナイフがカンタンの手から滑り落ち……そう思ったかと思えば、カンタンは素早くジョゼフの胸に顔をうずめ、ジョゼフを強く抱き締め始めたのである……ッ!?


 唐突の出来事に、目を見開いてしまうジョゼフ。だが……血塗れになった手で自身を服を汚されていたにも関わらず、ジョゼフは全く怒らなかった……。



「全く……ホント、お前って奴は……お前って奴は……ッ!」


 ……カンタンは泣いていた。ジョゼフに対して悪態をくも……むせび泣いていたのだ……。


「ハッハッハッ。つらいなら泣きなされ……。このジョゼフ、主君であるカンタン様のおそばに……常におりますぞ……」



 ――話の内容から察するに、何処かの街に革命を起こそうと奮闘するレジスタンス抵抗者の二人。彼らの苦労は想像を絶する物なのだろうが……何故だろうか?


 まだまだ二人を詳しく知る筈もないのに、この時だけは……月明かりの真下、今にもクジけてしまいそうな”カンタン”を優しくなぐさめる、”祖父ジョゼフ”のようにしか見えないのは……。






 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――またまた少し時間はさかのぼり……場所も変わって、殺人事件が起きたほぼ同日……。一人の”女性らしき人影”が、息を切らしながら……ほぼ暗闇と言っていい森の中を歩いていた……。



 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――えぇ? 何で暗闇なのに、人影だけで”女性”と分かったかって? フフフ……それはだなぁ、◯者の諸君よ? 例え変装の達人がこの世に居たとしても……その変装がどんなに完璧だろうと、決定的に変えられない物があるのだッ!



 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――まぁ、勿体振らせてもしょうがないので答えるとしよう……。それはズバリ、「骨格」であるッ!


 これは医療従事者や、絵描きイラストレーターや漫画家などの美術関係者の◯者の諸君なら、直ぐにピンと来るであろうが……人類が繁殖はんしょくする”生物”である以上、絶対に”男性”と”女性”で、そう簡単に”変えられない物”があるからなのだッ!



 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――最も判り易いのは、「骨盤こつばん」と「体の付き方」であろう。この二つは密接に繋がっていると言ってもいい。だがまぁ簡潔に言って仕舞えば……男性は骨盤が”狭く”、筋肉が付きやすい。そのため……肩から股下辺りに掛けて起伏の少ない”長方形や逆三角形”な体型になりやすいと言える。


 逆に女性は、骨盤が”広く”、皮下脂肪ひかしぼうが付きやすい。これは女性が、男性には絶対にない「妊娠にんしん・出産」を行うために必要な、”子宮が膨張ぼうちょうしても大丈夫なスペース”を確保するためにあるのだ。


 判別した彼女は随分とスレンダーほっそりな体型だが……肩から股下辺りに掛けて起伏の少ない”砂時計や瓢箪ひょうたん、三角形”な体型に、女性はなりやすいので……彼女にもその形状は、緩やかながらもあったためだ。



 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――と言う訳で、今回はその「体の付き方」で”彼女”と断定した訳だ。だが……トレンチコートなど、一眼では男女の判別が付きにくい場合には、”喉仏のどぼとけ”の有無を調べたり……信憑性は薄いが、”歩き方が内股かどうか”を見分けると言う手もある。


 ”胸部装甲胸の豊◯さ”だの……”妖怪ケツ◯カオ◯バヒ◯プサ◯ズ”だのと……この二つばかりが男女を判別出来る方法じゃあない。その他にも、”スマートな判別方法”は調べれば色々とある物なのだ……!



 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――とまぁ、ここまで「実況orナレーター無双」と揶揄やゆされそうな程、語ってきた訳だが……恐縮ながら、とことん無口・・・・・・だなぁッ!? ……と、唐突ながらツッコませて貰っても宜しいだろうか……?


 いや何せ……ずっと何かを背負って引きずっている上に、その進行スピードが異様に遅く、変わり無い・・・・・からである。


 更に言って仕舞えば、周囲が漆黒しっこくと言って良い程の暗闇なために、ズゥ〜っと「その暗闇の中、女性と思われる影は」……的な実況を、ヘビロテヘビーローテーションし続けても良いのかと……苦辛くしんして、苦辛して……ッ!



「おいッ! こっちだッ! 早く、来てくれッ!」


 ――よっ、ようやくだ! ようやく別の声が来たァァァ……ッ! これで実況できる……ッ!


「はっ!? 何なんだよッ!?」


「足跡を見つけた! あのクソ供……シゲみや低木とかの植物のある、足跡が見えないような場所ばかり進んでやがったんだ……!」


「ッ!?」



 ――何かを引きずっていた女性は急に足を止め、声のした方向へ向けて素早く振り向く。その先……彼女のいる場所からかなり遠く離れた先・・・・・・・・・では、複数の明かりが浮かび上がっていた……!



「よく見つけたなぁ? どうやったんだ?」


「バカッ! テメェらの目がゴブリン目が節穴な内に、オレ様が血眼ちまなこになって探したんだよッ! あのクソ供の片割れ……黒い肌をしたクソガキが、引きずられていた跡・・・・・・・・・をなッ!?」


「ッ!?」



 ――足を止め、耳をませていた女性は再び息を呑む……ッ! 確かに、息を呑んでしまうだろう……。前述の”レジスタンスの二人”と違い、二人は今正に追跡者に追われる真っ最中であるが故に……捕まった先の末路は絶対に”Happy Endハッピーエンド”ではないと、追跡者達の会話から容易に推測出来るであろう……!



「ほぉ〜そりゃあ、スゲェや! アニキは斥候せっこうの才能もあるんスねッ!」


 〜 スコンッ! 〜


「このアホベールッ! 何、呑気な事をくっちゃべってんだ? このスットコドッコイッ!?」


「イッテェェ〜ッ!? アニキィ〜? オレは、”アベール”ッスよぉ〜? ”アベール”じゃあ無いッスよ〜!?」


「バカ野郎がッ! グズグズしてたら領主様に怒られるだろうがッ!? 期限の一週間以内に、あの亜人のガキ供を始末・・・・・・・・・して領主様の元に届けるのが、オレらの仕事だろうがッ!」


「そ〜ッスけど〜、もう見つけたんなら〜そ〜セカセカしなくても〜」


「その期限の一週間が、明日・・なんだよッ!? だからこんなクソ寒い真夜中でも、血眼ちまなこになって探してんだろうがッ!? このッ、アホベールッ!」


 〜 スコンッ! 〜


「イッテェェ〜ッ!? だから、アニキィ〜? オレは、”アベール”ッスよぉ〜? ”アベール”じゃあ無いッスよ〜ッ!」


「全く……! 何でこんなマヌケが、オレの部下にいるんだよッ!?」


 〜 ズルッ……ズルズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――会話が一段落し、このまま立ち止まっていては不味いとでも思ったのか……女性……イヤ少女は、一刻も早く遠くにともあかりから離れるように脚を動かすのであった……ッ!



「兄貴ッ! 早くあのガキ供を追い詰めましょうッ! もう目と鼻の先ですよ!」


「んな事、分かってるんだよッ!?」


「どっ、どうしたんですか……兄貴?」


「テメェら、忘れたと言わせねェぞ……!? 何でこうも一週間近くも、森の中で彷徨さまよっていると思ってんだ!? あのガキ供が、普通のガキ供だとまだ思ってんのかッ!?」


「そっ、そんな事は……」


「じゃあテメェ、最初に居た……一週間前に居た、オレ達の人数は何人だったんだ?」


「えぇ〜っとぉぉ……そのぉぉ……」


「五十人だよッ! マヌケッ! 五十人ッ! それが今何人居るんだッ!?」


「えぇぇっと〜イチィ……ニィィ……あぁ、暗くて良く見えねェ……」


「八人だよッ! 八人・・ッ! アイツらの痕跡を見つけたと思って行ったら、魔物に襲われた・・・・・・・りッ! 追い詰めても、あの黒い肌をしたクソガキに仲間を何人も殺された・・・・・・・りッ!

 そんな散々な目にったってのに、残った部下はこんなマヌケ供しか残らなかったって言うのかッ!? フザケんなよッ!? テメェらッ!」



 ――遠目から聞こえてくる声のため、どのような態度や行動をしているかは分からないが……恐らく、今のリーダーらしき男の怒声で、残りの”七人”の部下らしき人物達は、自分達の”無能さ”を指摘されて、ションボリと沈黙しているのだろう……。


 だが、一方でそんな事はお構いなし……いや、むしろチャンスと、未だ足を止めている追跡者一味から離れるように少女は脚を動かしていた……!



「ハァ……いいかテメェらッ! 分前が欲しかったら……何が何でもあの亜人のクソガキ供を探し出して、八つ裂きにしろッ! どんなにボロボロになろうと、け負った仕事は確実にこなすッ! それがオレら”鉄決傭兵団”のおきてだろうッ!?」


「「「「「「「ウォォォォォォォォォ〜ッ!」」」」」」」



 ――成程? 恐らく「鉄の決意」と書いて、「鉄決」なのだろう……。しかしながら、厄介な物だ。この追跡している傭兵団もそうだが、彼らが一週間近くも追跡している”亜人”だという二人……未だなお、月明かりなどの”僅かな光”でさえも、避けるように進んでいるため……その姿形は全くと良い程見えない・・・・・・・・・・のだ。


 その容姿だけで、善悪を判別するのは? ……という声も上がりそうではあるが、”逃げる二人42人殺し”と”追う鉄決傭一週間近くも追跡兵団の八人するロリ◯ン集団”……! 果たして……この二組の内、どちらに”本当の正義”と言う物はあるのだろうか……!?



「よ〜し、テメェら! こっちも散々殺られたが、アッチの黒い肌をしたクソガキをボロボロにもしてやっ・・・・・・・・・・! それに一週間近くも休ませないように追い続けてやったんだ! もう逃げる体力も魔力でさえも残ってないだろうッ! 野郎供? 報酬はこの”引きずった跡”の先だッ! 張り切って、追い詰めろッ!」


「「「「「「「ヒャッハァァァァァァァァ〜ッ!」」」」」」」


 ――うわぁぁ……士気の上げ方が上手いのだろうが……応答が完全に、雑魚集団世紀末なの声ですねェ〜?


 〜 ドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ! 〜


 ――傭兵団ヒャッハー供の雄叫びの後、一斉に走り出したと思われるであろう足音が……亜人の二人目掛けてドンドンと迫るッ!


「……ウゥゥ……ウゥ……!」


「ッ!?」


 ――傭兵団ヒャッハー供の一味が迫る中、何かを引きずっていた少女の背中で、意識を取り戻したかのような小さな呻き声が上がる……!


「に……げろ……ね…ぇ……ちゃ……ん……! オレ…を……おい…ても……!」


「……」


 〜 ブンブンブンブンッ! ズルズルッ……ズルズルッ……ズルズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――未だ暗闇の中、二人の姿はハッキリと見えないが……それでも”姉”だという少女は、背中に背負う満身創痍まんしんそういらしき”弟”の優しさを突っぱねた。言葉には全くなってないが……全力で”左右に振らせた首”と、先程以上に早く動かそうと”踏ん張る足取り”がそれを確と、証明していた……!



「ば…か……! ね…ぇ……ちゃ……ん……! オレ…を……おい…て……か…ないと……!」


 〜 ズルズルッ……ズルズルッ……ズルズルッ……! 〜


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……!」



 ――【置いてけない……絶対、置いて行かない……ッ!】――おっと!? やっと読み取れたッ! ……いや、また実況怠慢をしていた訳じゃあない……。自慢ではないが、私は大抵の人物の心は読み取る事が出来る。


 だがこう……不思議な物なんだが……。この”姉”と言う少女は、何故なのだろうか……実に奇妙な物だが……見えない何か・・・・・・守られていた・・・・・・と言うべきか……。その”二つの何か”にずっと、読み取る力をレジスト抵抗されていたと言うか……。


 まぁ、傭兵団ヒャッハー供が言う……普通のガキ供じゃあな・・・・・・・・・・い事・・は確かだろう……。



「アニキィ〜! 見つけやしたぜ〜ッ!」


「ッ!?」


 ――不意の傭兵ヒャッハーの一言に……姉という少女は足を止め、思わず振り向いてしまう……!


「……ナニィ? 何処だッ!? 何処にいるッ!?」


「ホラァ〜アソコ〜! あの木の傍で、人影っぽいの見えないッスか〜? ちょ〜ど、二人ィ〜? しかも〜引きずっている跡も〜アソコに続いてるみたいですし〜?」


「ッ!?」



 ――その傭兵ヒャッハーの一言に、思わず周囲を見回しては戦慄せんりつしてしまう……姉という少女。無論、その理由は……傭兵ヒャッハーが指摘した通りの場所だったからだ。彼女の耳には、ハッキリと複数の松明が燃え盛っ・・・・・・・・・・ている音・・・・が聞こえていた……!



「……おい、アホベールッ!」


「ヒィッ!? なっ、何ッスか……?」


 〜 バンッ! 〜


「ウッ!?」


「やれば出来るじゃあねェか!? エェェ!? ハッハッハッハッ!」



 ――姉という少女が戦慄のあまり足がすくみ、震える中……アホ呼ばわりしていた”アルベール”と言う傭兵の背中を思いっきり叩き、ゲッス下衆イ笑い声を上げるリーダーらしき男……。


 まぁ、何と言うか……こんなリーダーだからこそ、”マヌケ”しか集まらなかったんじゃあ……と、無性むしょうに言いたくなるモノだ……!



 〜 ズルズルッ……ズルズルッ……ズルズルッ……! 〜


「あっ! 逃げてますよ、アキニィ!? 今、木の影の方に動いてヤスッ!?」


 ――”傭兵ヒャッハーその三”と、表記出来そうな一人が声を上げる。


「出来したぞテメェらッ! あと一息だ! 追い詰めろッ!」


「「「「「「「ヒャッハァァァァァァァァ〜ッ!」」」」」」」



 ――その一斉に上げられた雄叫びに、もう逃げられないと悟ったのか……姉という少女はその場で縮こまりながら涙を流していた……!


 【……お願い…します……! どうか……見つからないで……!】――彼女も相当の疲労が溜まっているのだろう。心中で呟く”一抹いちまつの願い”でさえも……途切れ途切れであった……!



 〜 ドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ! 〜


「ヒャッハァァァ〜ッ! 見ィ〜付ッけたッ! ……アレェェェェェェェェッ!?」



 ――”アルベール”と言う傭兵ヒャッハーが我先にと一番乗りを果たし、奇声を上げる! 松明によって照らし出された、彼が覗く先……二人が移動した木の影から……満身創痍かつ、絶望に身を震わす哀れな子羊のような二人が……!


 ……居なかった・・・・・のである。ただあったのは、二人が身を隠せそうもない大きさの……低木の茂み・・・・・だけであった……!



「アレェェッ!? アレェェェェッ!? アレェェェェェェッ!? おっかっしいィィなァァァァッ!?」



 ……◯者の諸君、大抵こういう時にこのような事を言っている人物は……相手の潜伏場所を分かっているのにも関わらず、分かっていないフリ・・・・・・・・・をしながら”ナブり殺し”をするようなものなのだが……安心して下さい、分かっていませんよッ!


 その証拠に、先程から周囲を再び見回したり、低木の根っこ部分を覗いたり、更にはその低木を腰に刺していた剣で切り刻もうともしていたのだが……見つからなかったのだ!



「アレェレェレェレェェェェッ!? おっかっしいィィぞォォォォッ!?」


 〜 スコンッ! 〜


「イッテェェェェ〜ッ!? 何ッスか〜!? アニ……ッ!?」



 ――イラついて盛大に頭をボリボリ掻いていたが、急に頭を殴られ後ろを振り返るアルベール。だが、そんな苛つきが即座に吹っ飛ぶような”鬼の形相ぎょうそう”が目の前にあった……!



「……おい、アホベール? お前、此処に例のクソガキ供が居るって言ったよな?」


「へっ、ヘェ。だから今、必死に探して……!」


 〜 ゴンッ! 〜


「ムダな時間取らせてんじゃあねェよ!? このクソッタレがッ!」


「イッタァァァ〜ッ!?」



 ――強烈な”拳骨ゲンコツ”を脳天に喰らったのか……地面に地面にへばり付くように倒れしてしてしまう、アルベール。


 【クソッ! けど、魔物が襲い掛かって来ないって事は……此処には居ないって事か……?】――成程? 今のような状況と似た手口で、あの姉弟きょうだいの罠にハマった事があるのだな?



「うわぁぁ……アホベ〜ルのヤツ、イッタそ〜」


「「「「「イェ〜ヘヘヘヘヘヘヘヘ〜」」」」」


 ――リーダーがリーダーなら、その下の傭兵ヒャッハー供も、気持ちの悪い笑い声を上げるんだなぁ……。


「呑気に笑ってんじゃあねェぞクソ供がッ!? 期限は明日だって、このアホベールにしか言わなかったと思ってんのかッ!?」


「「「「「「……」」」」」」


「……よし、お前ら? その沈黙は分かってたって事だな? なら……とっと他の場所を探すんだよッ! クソ供がッ!?」


「「「「「「あっ、アイアイサ〜ッ!?」」」」」」


 〜 ザッザッザッザッザッザッザッ……。 〜


「オラ! アホベールッ! いつまで寝てんだッ!? とっとと行くぞッ!」


 〜 ザッザッザッザッザッザッザッ……。 〜


「……あっ、アイアイサ〜ッ!? ……って!? 待ってくれ、アニキィィィ〜ッ!?」


 〜 ザッザッザッザッザッザッザッ……。 〜



 ……まぁ、何処となく酷い”ド◯フ的なコント”を見てしまった気がするが……姉弟きょうだいの二人がまるで”神隠し”に遭ってしまったかのような場所から、傭兵団ヒャッハー供は去って行くのであった……!



 〜 ……パラ、パラパラ……プワサァァァァァァ! 〜



 ……What the f○ナンじゃこりゃ○k!? これは魔法かッ!? ……いや、魔法としか思えない……うん、それよりもそういうファンタジーな世界だった……。あぁ……これは失礼。あまりに衝撃的な光景につい、「Fワード」が出てしまった……申し訳ない……。


 本当に失礼、実況に戻ろう。エェ〜私が何を目撃したかと言えば……生えていた・・・・・のである。……コラ!? ここで”エッチな事”を想像した◯者の諸君は、悪い事は言いません! 直ぐに他の不快に思ったであろう◯者の諸君に向けて、”土下座”しておきなさいッ!



「……ねぇ…ちゃ…ん……! むり……す…ん……なよ……!? マナ……も…う……ない……ん…だろ……?」



 ……とまぁ、焦らしはここまでに真面目に言うのであれば……姉という少女の背中・・・・・・・・・から、ハリネズミの如く……先程の”低木の茂み”が生えていたのだ……! それも、満身創痍となっているであろう弟に、覆い被さる・・・・・ように……ッ!


 恐らくだが……アホベールが捜索時、低木の根っこ部分を覗いたりしても見つけられなかったのは……この状況のように彼女を中心に、ドーム状に覆い被さるように葉っぱが茂っていた事と、調べた際の光源の不十分さであろう……。


 カンデラ光度という単位をご存じだろうか? これは”蝋燭ロウソク一本分の明るさ”が由来とされる単位で、これを元に考えて欲しい……松明は蝋燭より大きな光源であれど、それは懐中電灯フラッシュライトに勝る程であろうか? 


 ……残酷ながら、松明は負けだろう。それにアホベールの注意深さの欠如けつじょもあって……えっ? 納得いかない? じゃあ、もう一つ逃れられた根拠を言おうか? いつから私は、”低木の茂みの数”は、彼女達が偽装ぎそうした一つだけ・・・・と……言っていたのだろうか?



「……それ…に……マナ……も…う……ない……ん…だろ……?」



 ――『木を隠すなら森の中』……なんて事を彼女が知っていたかは定かじゃあないが……あの絶体絶命に近い土壇場ドタンバで思い付くなんて、大したもの良いセ◯スである。だが、未だ暗闇の中……疲労が濃そうな息をする彼女達の容姿は見えない。


 だが先程から”不自然に葉っぱが一斉に落ちた音”と……?



「ハァ……ハァ……ハァ……ウゥゥゥゥ……!」


 〜 ……パキ、パキペキ……パキペキポキバキッ、ブワサァァァァァァ! 〜



 ――これまた、”不自然に枝が一斉に折れては落ちた音”がしたかと思えば……再び二人の人影が”低木の茂み”があった場所の一つからあらわになるのであった……!


 そして、弟らしき少年の発言を推測すると……恐らく、姉という少女の残存魔力は、ほぼゼロ……次にこの手はもう使えない・・・・・・・・・・と言う感じなのであろう……!



 〜 ザッ、フラッ……ザッ! ……ズルッ……ズルッ……ズルッ……! 〜


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


「……ねぇ…ちゃ…ん……! むり……す…ん……なよ……!?」



 ――もう、なんと健気けなげだろうか……!? シボりカスしかないような体力と魔力なのに、彼女はフラつく足取りながらも立ち上がり、再び弟らしき少年を背負ったまま歩き始めたのだ……!


 蚊の鳴くような声で心配する彼の制止を振り切り……スピードダウンしながらも、その歩みは止まらない……ッ!



「……すま…ねぇ…! ほ…んと……すま…ねぇ…! ねぇ…ちゃ…ん……!」



 ――その健気さに罪悪感がのし掛かったのか……弟らしき少年は、姉という少女の背中に突っ伏しては、なけなしの涙を流してはむせび泣いていた……。


 ……傭兵団ヒャッハー供の話が本当であれば、恐らく彼は……彼女を守るために一週間近く、ほぼ不眠不休で戦い続けたのであろう……。


 だが、倒れてしまった……。そして助けられてしまった……守るべき筈の存在・・・・・・・・に……! その悔しさが……恐らく、流す涙の正体なのだろう……。



 〜 パァァァァンッン! パァァァァンッン! パァァァァンッン! 〜


 ――だが、どうやら”残酷ざんこくな運命さん”は……まだ二人を完全にはのがしたくないようであった……ッ!


「アァァ!? 何の音だッ!?」


「「ッ!?」」



 ――少年と少女は気づいてしまう……! 自分達が逃げていた方向・・・・・・・……そのはるか先で、今の”人生で一度も聞いた事のな破裂音い音”がひびき渡った事……!


 そして、そう遠くない場所……自分達が逃げていた反対方向・・・・から、あの傭兵団ヒャッハー供の声が再び聞こえてしまった事を……ッ!



 〜 ザッザッザッザッザッザッザッ……。 〜


「兄貴! こっちだッ! 足跡と引きずった跡が、またありやしたぜッ!」


「何ィッ!? あのクソガキ供! さっきはどうやって隠れてやがったんだッ!?」



 ――まだまだ遠くだが、傭兵達ヒャッハー供の罵声や怒声が響き渡る……! それに怖気付おじけづいたのか……健気に動いていた筈の少女の脚が、再び絶望を悟ったかのように……すくんでは震え出す……!



 〜 パァァァァンッン! パァァァァンッン! パァァァァンッン! 〜



「聞いた事のねェ音だなぁ……? あのクソガキ供……魔物に襲われて応戦でもしてるのか?」


「でも〜こんな魔法の発射音とか〜? あんな音を出す魔法って、ありましたっけ〜? アニキィ〜?」


「……まぁ、どうでもいい。おい野朗供ッ! どちらにせよ、アイツらはただの”追い詰められたゴブリ袋の鼠ン”じゃあ無くなったワケだッ! 隠し球として、何かしらの魔法で襲い掛かってくるかもしれねェッ! 気ィ引き締めて追い詰めるぞッ!」


「「「「「「「アイアイサ〜ッ!」」」」」」」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ!」



 ――とんでもない”れ衣”を着せられてしまったが……この時、姉という少女は人生で初めて、『胸が張り裂ける』という言葉が本当にあると実感していた……! 一週間近くも逃げ回ったうの昔……枯れ果てた筈の汗を、額に感じながら……!



 〜 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。 〜


「に…げろ……ねぇ…ちゃ…ん……! はや…く……! お…れを……おい…て……! に…げて……くれ……!」


「ハァハァハァハァハァハァハァ……ッ!」



 ――先程の音で警戒したのか、迫る足音はゆるやかとなっていた……。だが、逃げきれない。逃げ切れる訳がないッ! だけど、弟は絶対に見捨てたくないッ! じゃあ、どうすればッ!?


 ……彼女の思いは読み取れなかったが……今正に、そんな思いが堂々巡どうどうめぐりしているかのように、彼女の呼吸は更に乱れていたのだ……ッ!



 〜 パァァァァンッン! パァァァァンッン! パァァァァンッン! 〜


「ッ!?」


 ――再び、”聴きなれない音破裂音”が響き渡り、姉という少女の首の向きを……再びその方向へと向かせるのであった……!


「おい! 気を付けろッ! また音がしたぞッ!?」


「ヒェ〜!? ここらへん、まっ、魔物が多くなってるんッスかねェ〜?」


「……そうだろうな。だったら……くっちゃべってねェで、襲われたくなかったらより警戒しろッ! このッ! ボンクラ供がッ!」


「「「「「「「あっ、アイアイサ〜ッ!」」」」」」」



 ――考えが堂々巡りしていたのは、数分にも満たなかった。だが……それでも確実に、傭兵団ヒャッハー供の声は近く、大きくなってきていた……!



「……ちき…しょう……! ……ちき…しょう……ッ! おれ…が……まだ……たた…かえ…たら……ッ!」


 〜 パァァァァンッン! パァァァァンッン! パァァァァンッン! 〜



 ――またまた響き渡る”聴きなれない音破裂音”。だが……通算四度目にもなる、この耳をつんザくような音を聞いた際……不思議と、姉という少女の足の震えは消えていた……!



「……スゥゥゥゥゥハァァァァァァ……ッ!」


「……ねぇ……ちゃん……?」


 〜 ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……! 〜


「……ッ!? ねぇ…ちゃん……! や…めろ……! やめろ……ッ!」



 ――覚悟を決めたかのような深呼吸をした後、姉という少女は今までにない速度で歩み出すッ! その行き先は、”聴きなれない音破裂音”の方向ッ! 無論、自分達でさえも……音の正体は判明してい・・・・・・・・・・ない・・にも関わらずだッ!



 〜 ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……! 〜


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ!」


「ねぇ…ちゃん……! や…めろ……! やめて…くれ……ッ!」



 ……恐らく、これは賭けだ。途方もない大馬鹿者がするような賭けだ。だが、この絶体絶命かつ絶望的なこの状況……! 彼女が考えられる最善の策は、もうこの賭け……いや、もう大博打おおばくちと言って良い”初めて聞く音破裂音”の方向に、突っ切って進むしか方法はなかったのである……!



 〜 ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……! 〜


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ!」


「やめて…くれ……ッ! ねぇ…ちゃん……! ま…もの……か……クソ……ニン…ゲン……かも……わか…ら…ない……のに……ッ! やめてくれ……ッ!」



 ――【魔物だろうと……! ニンゲンだろうと……ッ! 生き延びる……ッ! 私達は…一週間……! 生き延びてみせる……ッ!】――再びようやっと読み取れた……この彼女の思いこそが、この行動を突き動かしていたのだ……ッ!



 〜 ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……! 〜


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ!」


「ねぇ…ちゃん……! やめ…ろ……ッ! やめて…くれ……ッ! ねぇ…ちゃん……! ねぇ…ちゃん……ッ!」


「……おいッ! また跡を見つけたぞッ! こっちだ、こっちに居るッ! 確実に……この先にあのクソガキ供は居るぞッ! テメェらッ! もう一踏ん張りだッ! 警戒を怠るなよッ!?」


「「「「「「「アイアイサ〜ッ!」」」」」」」



 ――果たして、この緩やかなる”デッドヒート”は……? 姉という少女の”大博打”は……? この二組の内、勝利の女神はドチラに微笑むというのか……ッ!?


 ……無論、それは”神のみぞ知る”という奴だ……!



 〜 ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……ズルズルズルッ……! 〜


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ!」


「ねぇ…ちゃん……! ねぇ…ちゃん……! ねぇ…ちゃん……ッ!」



 ……だが私は……ここまで必死に頑張る二人が、”生き残る事”に……ボス達の……ハッ!? ちっ、違った! ……ウゥン! わっ、私の魂を賭けよう・・・・・・・・……ッ!






 <異傭なるTips> その頃のボス Part1


「ブゥェクッシュッ!?」


「ウワッ!? ど〜したのボスゥッ!? そんなデッカいクシャミして〜?」


「……いや、スマンなオルセット……なんか……勝手に魂を賭けられた・・・・・・・・・・ような気・・・・がしてな……?」


「タマシイをカケラレタ……? ……それって、ボスゥ? ”アラテのマモノ”なのォ?」


「おい、やめろ。ネタ新手のス◯ンド◯いで教えたと言えど……ドヤ顔かつ、変な風に使うんじゃあねェよ!?」


「そぉ〜お? ……あっ、ボスゥ! オ〜ユ〜、ワいてるよ♪」


「……おぉ、そうか。サンキュ、オルセット。……あぁ、サブッ! 早く、食後のお茶が恋しいぜ……ッ!」


「あっ、ボクもココアでチョウダイね〜?」


「……おい、オルセット……? 寝る前は、甘い物はダメだって言わなかったか……?」


「……」


「言っとくが、訓練やったからそのご褒美に……! とかで、ゴネてもダメだぞ?」


「……」


「返事は!?」


「……ハ〜イ」


「……そう、スネんなよ。お茶なら入れてやる」


「ッ! じゃあ……!」


「ただし、砂糖は抜きだ。いいな?」


「……ハ〜イ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る