第18話 RE:doss Battle-1 下剋上盗賊騎士 赤壁ノ”グラヴォキエ” - 1


「……オルセット? ……おいっ、オルセットッ!?」



 ――私が意識を失ったと知っていても、ボスは知るよしもない……。

 当然、知らない彼は”嘘だと言ってくれ!?”と言わんばかりに血の気が引き、オルセットを揺り起こそうと必死になる。しかし、当然ながら彼女が起きる事は無かった……。


 だが、彼はまだ諦める気はないようであった……!

 少しの間、彼女が起きない事に彼は悲嘆ひたんに暮れていたのだが……何を思ったのか、彼女の口元に耳を近づけた後、首の頸動脈けいどうみゃくに中指と人差し指を押し当てたのだ……!



「……よし! まだ息はあるッ!」



 ――脈拍と呼吸音の確認。まぁ、何とも現代的だが……ボスはオルセットがまだ生きている事・・・・・・・・を確認したのであった……! 更にここで”AED自動体外式除細動器”と”救急車の要請”があれば、現代的には完ペキな対応であろうが……無論、彼が居る異世界でファンタジーな場所では、そんなモンなどありはしない。


 況してや、彼女は度重なる暴行に加えて”消し炭寸前”と言って良い程の「重度の火傷」を、身体中に負っているのだ。もし今後眠りに着くか何かで助かったとしても……その肌は女性としてはコンプレックスも同然、それにまともに体を動かせるかどうかという後遺症こういしょうを、今後の人生において複数背負い続けるかもしれないのであった……。


 だがそれでも、彼の眼……いや、ボスの眼は絶望に染ま・・・・・・・・・・っていなかった・・・・・・・。まるで、”彼女が生きていた事が勝利”とでも言うように……!



 〜 ゴソゴソ……スッ、ガッ、キュポンッ! 〜


「……オルセット、まだ気があるなら……早くコレを飲んでくれ!」



 ――オルセットを片手で抱き抱えたまま、ボスがそう言ってスポーツジャケットのポケットから取り出したのは、一本の小さな木瓶もくびんであった。◯者の皆さんは、どっかで見かけたかもしれないが……今は蛇足であろう。

 それよりも、口にコルク栓をくわえてはワイルドに引き抜いた彼は……焦る気持ちを何とか抑えては、そっと彼女の口に瓶の中身を注ぎ込む……。



 〜 コポコポコポ……ダラダラダラダラ…… 〜



 ――しかし、現実は甘くなかった。

 意識の無い者に飲食を施そうとするのは、実は”老人介護”よりも難易度が高かったりする物だ。ド◯クエなどで、”飲むタイプ”の治療薬を「蘇生させる相手」に飲まそうモノなら、現実的に見れば誤飲の可能性・・・・・・が拭えない物なのだ。それは”気管”を通して肺に入り、”肺炎”を起こすキッカケになりかねないモノなのである……!


 ……よって、オルセットの口の中へと注がれようとした液体は、無念にも彼女の頬へとこぼれ落ちていってしまう……。



「ッ!? あぁ……クソ! 頼むオルセット、飲んでくれよ……!」



 ――早急に口元から零れ落ちるのを見れたのが幸いか、ボスは瓶の中身を無駄に仕切らず済んだようだ。だが、再び飲ませようとしても……運命がこばむのか、オルセットの口の中へと流れ込まなかった……。



「……あぁ……クソッ! まさか、オレがこんな”映画的な事”をする日が来るなんてな……!」



 ――何を考えたのか……そう言うやいなや、何とボスは木瓶の中身を飲み干してしまう!? ……いや、よく見れば喉頭こうとう喉仏のどぼとけ)は動いておらず、飲み干した訳では……ッ!?



 〜 ズキュゥゥゥンッ! 〜


 ……べっ、別に……私が発砲した訳じゃあない……。

 そっ、その……なんと説明すればいいか……そのぉ……この光景は……。


 〜 ……ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……! 〜



 ……そっ、そうッ! 口移くちうつし! 口移しであるッ!

 いやぁ、あまりにもジョジョで急な展開だったもので、だったもので……表現する言葉がすっぽ抜けたというかその……とっ、とにかく! ボスは! オルセットにィ! 口移しでェ! 木瓶内の液体を! 飲ませたのであるッ!


 ただ……◯者の皆さんは、絶対に真似しないで欲しい。

 何故ならこの口移し、”もの◯け姫”で助かっている人物がいるが……現実で行おうモノなら、前述の”肺炎”になりかねない危険な行為だからである……!


 今回はご都合……ゲホッ、ゲホッ! ……失礼。さっきまでは外方そっぽを向いていた”運命さん”が、この時だけはボス達に”味方した”とだけは言っておこう。(全く、ツンデレな運命さんである)



「……プハァッ、ハァ、ハァ……ファーストキス……だったらゴメンな? ……後、肺に入ってないといいけど……」



 ――あら、紳士。

 てっきり「このデ○オだッ!」と、好きな漫画の台詞セリフを言うモノかと……。


 ……おい? 久しぶりに声が聞こえたかと思えば……オレをあのゲスな”D◯O”と一緒にすんな……ッ! それに、オルセットが目覚めた後……正直に話したら……ど、泥水で口をすすがせないよう、責任は取るつもりだってのッ!



 〜 パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ……! 〜


「お〜お〜随分と、気色悪りぃ事してんなぁ〜おいッ!?」



 ――テキトーな拍手と共に、心ない言葉がボスの背後から飛んでくる。

 彼は、上半身だけを後ろに向かせる……すると、彼にとっては・・・・・・全く見覚えのない男達が”四人”、彼がこの広場の入り口奥から、いつの間にか姿を現していた……!



「その獣人をオトリにする事自体、酔狂すいきょうと思っていたが……まさかそれ以上に酔狂な奴が居たとは……」


 ――男達の中で最も大柄で、リーダーらしき白髪混じりの男が呟く。


「ホンット、オレなら獣とキスするぐらいなら……王都やそこらの村の掃き溜めにでも居そうな、”ブス女”とキスする方がマシだね〜」



 ――続けて、白髪混じりの大男の前で拍手と共にボスを罵倒していた、軽薄そうな男がこれまた失礼な相槌あいづちを打つ。そして、私にとっては何処が”ツボ”だったかは理解もしたくないが……この二人を守るように動いていた他二人の男が、ゲラゲラと下品な笑い声を高らかに上げるのであった……。



「……聞いてもいねェテメェらの好みを聞かされて、オレが喜ぶと思ってんのか……アァァッ!? クソ供がッ!?」



 ――男達からはほとんど見えなかったが……当然ボスはその声は勿論、怒り心頭に発していた。だが【獣なんかにお熱になっている、テメェもクソだろうがぁッ!?】――と、元はイケメンそうな無精髭ぶしょうひげを生やした男がヤジを飛ばし、再び男達を爆笑させる。


 その対応にボスは、スポーツジャケットの胸ポケットに忍ばせていた”フリピス”を引き抜こうとしたが……はたと止まる。聞く価値もなさ過ぎる罵倒の数々の末に、頭がすっかり冷え切っていたボスは、このまま戦いをおっ始めるのは不味い……ッ! と、気づいてしまったのである。


 何故かって? ……それは、オルセットが”裸”も同然な格好になっていたからである……ッ! 彼は木瓶の中身を飲ませる際は、必死過ぎて気づいてなかったようだが……消し炭寸前の重傷とは言え、彼女は出会った当初よりも”美人アスリート”のような、健康的で魅力的な体付・・・・・・・・・・となっていた。当然、彼にとっては目の毒なため……気づいた瞬間には思わず、左掌ひだりてのひらを口に当てサッと目をらしては……。



「……臭いもヒデェし、このままだとな……」



 ――【おいッ!? なんか言ってみろよ! クズッ!】――三下のチンピラが言いそうな野次を歯牙しがにも掛けず、ボスは周囲を見渡す。すると、いくつかの包丁やハエらしき虫が大きな肉塊にくかいたかり始めている”調理場”らしき場所を彼は見つけ、急いで駆けて行くのであった……。


 【……おいッ!? 何やってんだよッ!? おいッ!?】――再び飛ぶ慌てた盗賊の声に耳も貸さず、調理場をまるで警察のガサ入れ家宅捜索のように、次々と調べ始める彼。数分後、次々に木瓶の栓を引き抜いては、中の匂いを嗅いでいた彼は【……あったッ!】――と少し嬉しそうな声を出した後、その木瓶を抱えオルセットの元へと急ぐ。


 彼女の元に着くと、再び栓を抜いては木瓶の中身を彼女の全体へと掛けてゆく彼……。

 【……ゴメンなオルセット……。消毒がわりの蒸留酒でもあれば良かったんだが……とりあえず、この水で臭いとか汚れだけでも……】――あらまぁ、紳士。余程彼女に掛けられた「残飯スープ」の臭いが酷かったのだろう……。その臭いから”感染症”などを連想した事が、彼をガサ入れへと突き動かしたのかもしれない……。



「クソッ! オレらのアジトで好き勝手しやがってッ!?」


 ――ワナワナと震えていた元イケメンな盗賊が、得物らしき槍を構えてはボスへと突撃して行きそうになるが、彼の肩を誰かがムンズと捉える。


「待て、ラッセル。落ち着け……」


「離して下さいよ! 団長ッ! 良いんですか!? あのクソ野郎ッ! オレが隠していた上物の酒瓶を簡単に放り投げやがったんですよッ!? それに、栓も閉めずに投げやがったから折角の酒が台無しに……!」


 ――掴まれた肩を振り払おうとモガく元イケメン……もといラッセルだが、一向に団長の手から逃れられる気配はしなかった……。


「落ち着け。今すぐ叩きのめしたい気持ちは良く分かるが……今は落ち着いて待て、ラッセル」


「でも団長ッ! 団長らの酒も台無しにされてるんですよッ!?」


「……酒狂いのお前に言われたかない……」


 ――ラッセルは思わず押し黙るが、何となく周囲の目線が冷たいような気がしてならなかった……。


「とにかく、叩きのめすとしてもまだだ。それに、アイツは引っ捕まえないといけない……! 見てわかる通り、数ではこちらが有利・・・・・・・・・だが……万全を期したいと思っている。

 だからこそ、奇襲されたとは言え……森で哨戒しょうかいに当たらせていた奴らに向けて、”召集の伝令”は既に向かわせている。後……酒に関しては、アイツを引っ捕まえれば、後で何本でもお前らにくれてやる。だから……落ち着け」


「ほっ、ホントですかいッ!?」


「あぁ。今言ったようにこちらが有利なのは揺るぎない。それに、この広場の出口はオレ・・・・・・・・・・達の後ろだけ・・・・・・だ……。逃げ場もない、戦力もない……! アイツは”追い詰められたゴブリ袋の鼠ン”も同然だ。だからこそ、アイツが何をしたとしても……寛大でいようじゃあないか? なぁ、お前達?」


「……カンダイ? 団長、オレ何も噛んじゃあいないッスけど?」


 〜 スコ〜ンッ! 〜


「イッタァッ!?」


「ラッセル? 何度も言うが……お前はその顔だけじゃあなく、頭も良くしておけ」


「イッ……テェ〜ッ! だからって、グーはないですよぉッ! 団長ッ!」


「……アホ……」


「あぁッ!? 何だとッ!? アッシュッ!? このトロール木偶の坊がッ! 今なんて言いやがったッ!?」



 ――今までラッセルの隣に立っていた、巨大な斧を担ぐ無口な巨漢きょかん……アッシュは、もう一度言葉をつむぐ事なくむっつりと、呆れた目でこちらを見ていたボス達を眺めるのであった……。

 因みに余談だが、巨漢と書いたが団長と比べると”髪の豊かさ”の違いからか……若干彼が少し低いように見えるのは内緒だ。



「とにかくラッセル、アッシュにジャレつくのはそこまでにしとけ」


「けど、団長ォ〜このハゲ・・いっつも喋らないクセして、嫌味だけはいっつもハッキリ言いやがるんですよッ!?」


「……うるさい……」


「ホラァ〜ッ! 団長ッ! オレの気持ち、理解してくださいよ〜!?」


「……ハイハイそうだな。それよりも、あのクズがこれ以上何かしでかさないか見張っておけ……」


「えぇ〜!? そんなん、オレ以外のみんなが今やって……!? 団長、勝手に団長の家に入ら・・・・・・・・・・れています・・・・・けど……良いんですかッ!?」


「……腹立たしいがな。だが、先程言っただろう……? 今は、寛大でいろって……?」


「へっ、ヘェ〜」


 ――先程殴られたからか、分かったように生返事なまへんじするラッセル。


「……けど、何でそんな落ち着いてられるんスか?」


「……教訓、とだけ言っておこうか。騎士から堕ちる前のな……」


「へェ〜想像付かないッスねェ〜。なんかあったんッスか?」


 ――ボスが団長のログハウスに入られた後、少ししても動きを見せないからか……両手を後頭部に組みながら暇そうに団長に尋ねるラッセル。すると……?


「おい、ラッセル! いくらお前が”偵察部隊の隊長”だからって、古参ではないお前が気安く団長の過去を聞こうとするなッ!」



 ――軽薄な態度なのにも関わらず、意外にも今までずっとボスの監視を行なっていた副隊長マッセがラセルを叱咤する。……ただ、ラッセルの背中を睨むその視線は、何故か怒り以外にも”嫉妬”な感情が込められていたようであるが……。



「エェッ!? オレ三年目ッスよッ!?

 そこのトロールよりも、長く団長ダンチョと仲良くしているのに〜!」


「……たった、一ヶ月違い……」


「うるッせェェッ! 一ヶ月だろうが、オレが先ィッ! 先だから偉いんだよォッ!」


「……この前、三人逃した……」


「ハッ? 何をだ?」


「……王都からの討伐部隊……」


「……おっ、お前が仕留めきれなかったのがいけないんだろッ!? このノロマッ!」


「……けど殺した数、俺の方が上……」


「だから、お前の方が偉いってかッ!? ハァ〜何ィ? 連れ込んだ女をロクに口説けず、最終的には”アソコのバリスタ”でブッ壊しちまう、むっつりスケベ野郎が調子に乗ってんじゃあねェよッ!?」


「……黙れチビ……」


「おまッ!? ふッざけんなよッ!? トロールがッ!?」


 ――売り言葉に買い言葉による応酬おうしゅうで、マッセとアッシュは互いの獲物を構え、一触即発……!


 〜 ドゴォォンッ! 〜


「ゴォラァァッ! テメェらッ! いつまでも遊んでんじゃあねェぞッ!?」



 ――にはならず、背後から飛んで来る一喝いっかつ。一瞬、震え上がった二人が恐る恐る振り返ると……そこには、近場の壁を戦棍メイスによって大きくヘコませた副隊長が、顔を真っ赤にさせていたのだ……!



「「……すっ、すみません……副隊長……」」


「……テメェら、本当に申し訳ないと思っているのなら、後で俺の部屋に来い。その逃げた3人がどうなったか……じっくり、聞いてやるからな……?」


「「はっ、はい……」」



 ――叱られて身を縮こませる二匹の犬を前に……全く、と言った風に鼻を鳴らす副隊長。その様子を団長は、腕を組みつつ見ていたのだが……この光景を前にタメ息を漏らさずにはいられなかったようである……。



 〜 ギィィィ〜バタンッ! 〜


「……で? 茶番は終わったか?」



 ――そんなやるせない空気な中、団長のログハウスの扉から現れたのはボスであった。……おや? 何故かお気に入りであろう”スポーツジャケット”身にマトわず、半袖のスポーツシャツ姿になっているとは……。


 ……こんな事を言うのも恐縮きょうしゅくだが……もしかすると、前話での拷問の末にオルセットの着ていた服が、まるで原始人……失礼。上半身のほとんどを隠せていない”ワンショルダーワンピース”と成り果てていたのを見兼ねて……と、推測するのが正しいだろうか……?


 それが正しければ、まぁ紳士ッ! ……とまたもや褒め称えたいが、彼の目から察するにそんな場合じゃあない事は明確だった……。なんせ、ログハウスから出た途端、余裕たっぷりそうに冗談を盗賊達に咬ましちゃあいるが……その目にはユーモアの欠片もなく、怒り一色に染まり切っていたからだ……。



「……チャ、チャバン? なんだそれは……」


「質問を質問で返すな、クソ野郎。

 お前、元騎士の癖して、王様とか指揮官の疑問に疑問で答えるように毎回していたのか? エェッ!?」



 ――これは意外だ。さっきまでの盗賊達の茶番は、意外にも声が大きかったのか……ログハウスでオルセットの看病をしていたであろう、ボスの耳に届いていたようだ。この思わぬ返答に、団長は面食らったのか……少々間抜けな声を上げてしまっていた……。



「貴様ッ! 平民の分際で、団長に何を失礼な事を言っているッ!?」


 ――古参としての仲なのか、団長を侮辱された事対し怒鳴る副団長。


「平民? フンッ! じゃあ、オレからも言わせてもらうが……平民以下の盗賊の分際・・・・・・・・・・で、何でオレに偉そうな口を叩いてんだ? しかも、この国の平民ですらない”旅人”に?」


 ――またまたボスに一点! 団長とは少し違うが、覆せない事実を突きつけられ、悔しそうにワナワナと唸り声を上げる副団長。


「後、そこのお笑いコンビは……まぁ、コントでお疲れだろうし、何も言わなくていいぞ?」


「オワ……? ハァッ!? テメェッ! 何偉そうに……!」


「黙れ、トサカ頭。おメェらのコントはオルセットの看病をしている間でもう、お腹一杯なんだよ」


「とっ、トサッ!?」


「……プッ……」


「ッ!? テメェッ、このっトロールゥッ!」


「後、そこのハゲ」


「……!?……」


「自分は関係ありません……って感じしてるが、フツーにクズだぞテメェ?

 拐って来た女性を、何人も廃人にしてしてるんだろッ!? ……まぁナニをして・・・・・、廃人にしたかは言わないでおいてやるけど……?」


「……ラッセル……」


「アァッ!? 何だ?」


「……オレ、コイツ嫌い……」


「……ワァオ、こりゃあ驚き。三年間で初めて、テメェと意見が合ったよ……」


「……こっちの台詞……」


「黙っとけ、トロール」



 ――何故か、歴戦の戦友……な感じが出ているやり取りを、ボスに馬鹿にされた末にやりだすアッシュとラッセル。ボスは目頭を抑えて呆れていたが……馬鹿にされた二人はと言えば、武器を構え、る気満々そうである……。



「おい、お前ら……!」


「団長ォ、ヤらせて下さいよ〜。

 オレらはともかく、団長までもバカにされてちゃあ……我慢なりませんって……!」


「……ンッ、ブッ殺す……ッ!」


「おいおい、お前ら……!

 あくまで捕縛が目的だからな? 痛め付けるにしても半殺しまでにしておけ……」



 ――血気盛んに意気込むアッシュとラッセル。

 そんな二人を団長は、まるでヤンチャな子供を見守る父親の如く心配するのであった……。



「よう、クソ野郎! 待たせたなッ! たった一人でこのアジトに乗り込んで来て……俺らを潰して名乗りでも上げようと思っているなら、大間違いだぜッ!?」


「……テメェらをブッ倒せるなら、ど〜でも良いんだが?」


「なっ!? その口振りだと、オレ様達を知らないなッ!? ……良いだろう、知らなねェんだったら、特別に教えといてやる……ッ! 聞いておののけッ! オレ様は、このバレッド王国じゃあ知らなねェ奴はいねェ、悪名高き赤鋼あかがね盗賊団、偵察部隊の隊長様ァッ! 穿孔せんこうのラッセルだッ!」」


 ――言い終わる直前、得物の槍を扇風機の如く左右に高速回転させた後、右片手で勢い良く突き出しながら名乗り上げるラッセル。


「……赤鋼盗賊団、抹殺まっさつ部隊隊長、破断はだんのアッシュ……ッ!」



 ――言い終わる直前、右片手のみで肩に担いでいた得物の斧の石突いしづきを、地面に叩きつけながら名乗り上げるアッシュ。

 ……ただ、ちょっと疑問に思うのは……入団三年目でまだ新米らしい二人が、騎士武将のような名乗りを挙げているのは……その後ろで何故か嬉しそうに頷いている、元騎士らしい”団長”と”副団長”の仕込みによる物なのだろうか……?



「さぁッ! クソ野郎ッ! テメェも名乗りなッ!」


 ――槍の矛先を再びボスに突き出し、威勢良く挑発するラッセル。だが一方のボスは、面倒くさそうな表情で髪をボリボリと掻いた後に、名乗りあげた二人を睨み付ける……!


「……なぁ? カッコ良いとは思うよ? けどさぁ……テメェらの”くだらねェコント”は見飽きたって言ってんだろうが?」


「……ハッ?」


「国民を守るどころか、殺したり拐うしか能のないクソ盗賊が、立派な騎士様のように名乗りを上げるだぁ? エェッ? しかも、ただの旅人にも名乗りを上げろだって? ハッ! 馬鹿馬鹿しいなッ! おこがましいにも程があるぜ?」


「「「「ア゛アァァァッ!?」」」」



 ――ボスの挑発がよほど効いたのか、今までに聞いた事のないような怒声を一斉に上げる盗賊達。その声に一瞬怯んでしまうボスだが……すぐに小馬鹿にした表情と態度と共に、こう言うのであった……。



「おぉぉ……怖い怖い……! そんなに怒るって事は、皆さんはよほど騎士にとして仕える事に願望……いや、未練が強いようですねェ〜?」


 ――何故か言い返さない盗賊達。しかし、その激情は各々のワナワナとした行動に現れていた……。


「……図星か。まぁ、ただの旅人にここまで言い負かされてちゃあ、案外底は知れてるようなモンだぞ? この盗賊団? いや……盗賊団どころか、言い負かされて当然で・・・・・・・・・・す団・・かぁ? ハァ〜ハッハッハッハッ!」


「うるせェェェェェェェェッ! いいからッ! サッサとッ! 黙ってッ! 名乗り上げろォォォォォッ!」


 ――彼なりの義憤ぎふんでも湧いたのか、顔を真っ赤にして怒鳴るラッセル。一方のボスは腹を抱えて笑っていたのだが……?


「ハァァァ〜分かった分かった、散々お猪口ちょくってチョッピリ気も晴れてきたし……良いぜェ? 名乗ってやるよ!」



 ――そう言うとボスは、何故か”仁王立ち”の姿勢を取るのであった。一方の盗賊達はようやくクソ生意気で取るにも足らない筈の旅人が、要求を飲んだ事を僅かに喜んでいたが……その名乗りには程遠そうな態勢に、疑問符?マークを浮かべずにはいられなかった……。



「いいか? オレの名は……」


 〜 ババッ! キンッ! シュボッ! ズババンッ! 〜


「「ッ!?」」


 〜 ……ドサッ! ……ドカッ! バタンッ! ドタンッ! 〜



 ……ワァ〜卑怯ふいうち……じゃあなくてッ! まるで”インディな考古学者”ように、大真面目に名乗りを求めていた隊長二人を、フリピスによる”ヘッドショット”で仕留めてしまうボス……!?



「……と思ったけど、オレには名乗る程の名前もない・・・・・・・・・・からな。恐縮だが、コイツを挨拶あいさつとさせてくれ……」


 ――そぉぉだったッ! 卑怯と言いかけたけど、ボスは本名が名乗れな・・・・・・・・・・んだった! 諸事情知らない盗賊さん達にはとことん御愁傷様ごしゅうしょうさまだが、ド正論ですわッ!


 ……いやそれにしても、彼の「ガンスリンガー」のスキルによる命中補正もあるだろうが……それでも”二丁拳銃”の状態で正確な射撃というのは・・・・・・・・・・難しい物・・・・なのである。潜在的……かもしれないが、彼の射撃センスは地球にいた頃からスキル抜きでも高かったのかもしれないのだろう……!



「……」


「……そんな、アッシュ……ラッセル……!」



 ――突然過ぎる出来事を前に、声にならない息ばかりをしていた団長と副団長。この出来事を信じられないのか、副団長は上記のように呟いた後に慌てて、膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ伏したアッシュとラッセルを仰向けに転がすのであった……。


 【う……嘘だ……! 嘘だろう……ッ!?】――まるで、”今まで負けナシだったお前達が……!”とでも言いたいような口ぶりで言う副団長。

 だが……非情ながらもそれが現実なのだ。大きく口と目が見開き……”何をされたんだ……!?”と、物語るような……眉間付近に穴が空いた・・・・・・・・・・二人こそが……変えられない現実であり、真実なのだ……。



「……悲しんでいる暇があったら、来世は真っ当な人生を送っていますように……って感じに、祈ったらどうだ?」



 ――涙で前が見えなくなる寸前、ボスから声を掛けられた副団長は顔を上げる。そこには、気怠けだるそうな表情でアッシュとラッセルをほおむった武器に、何か・・をしているボスが居た。


 涙で良く見えなかったが……”白いかたまり”を口で食い千切っては、武器に”何かしら”を注ぎ……その後に残った”白い塊”を武器の中に突っ込んでは、”武器から取り出した棒”で”白い塊”を入れた穴を何度か突っ突いていた……。


 ……だが、そんな事は副団長にとってはどうでも良かった。物珍しい行為だったが、どうでも良かったのだ……! 今はそれ以上に、この悲しみを塗り替える程の怒り……! アイツの……! 二人の部下の死を……! どうでもいいと言うような顔に……ッ!



「……このッ! テメェェッ! くも……善くも……二人を……ッ!」


「……何だ? ヘ〜キで盗みや殺しをする”社会のゴミクソ盗賊さん”を、射殺しちゃってゴメンちゃ〜い! ……って、謝って欲しいのか?」



 ――喋り続ける間も、ボスは”白い塊”を込めたフリピスをズボンの後ろポケットに戻しては、左脇に挟んでいたもう一丁のフリピスと、”白い塊”を取り出しては、再び同じように弾込めリロードを行っていた。ただ、言い終わった際にはしっかりと鼻で笑っていたが……。



 〜 ダッダッ! バシィッ! 〜


「待て! マッセッ!」


「……団長、オレェ……スッゴク冷静ですよ……?」


 ――背中に下げていた戦棍のつかを握り締め、自身の腕を掴む団長の手を振り解こうと力を込めるマッセ。


「……なら、何でオレを置いて前に行く?」


「ひっ、必要ありませんって。あんな奴、団長が前に出て頂く程じゃあ……」


「……今の見なかったのか? なぁッ!? あの二人が一瞬でやられる程の武器なら、尚更オレが……!」


「うるせぇッ! もう”寛容”だとか、舐め腐っている場合じゃあねェんだよッ!」


 ――その一喝いっかつと共に、団長の手を振り払っては前へと進む副団長。


「おいッ! 名無し野郎ッ!」



 ――引き抜いた戦棍を、手首のスナップを利かせて何度か振り回した後、ボスに向けてビシィッ! ……と向ける副団長。 一方のボスは、未だ呑気にリロードをしている銃口に棒を突っ込む最中であった……。



「名無し野郎? おいおい、名乗らなかったからって……随分センスないアダ名だなぁ? ヒドイなぁ、傷付くよ……」


「うるせェッ! 黙れッ!」


「そうだなぁ……せめて”ジョン・ドゥ”とか言って欲しかったかなぁ? ……まぁ、本当の意味知ったら、縁起えんぎでもねェけど……? ハッハッ!」


「……フンッ! たった一回だけだったが、テメェの武器の弱点は分かったぜ……!」



 ――相当眉間にシワが寄って入ったが……副団長も鼻で笑いつつ冷静にそう言うのであった。しかし、ボスがフリピスを仕舞い終わるまでの間、微塵にも動揺した素振りは全くなかった……。



「ほぉ……? それで?」


「クッ、原理は良く知らねェが……その攻撃は魔法じゃあねェ。”弓矢”みたいなモンなんだろうッ!?」


「……良く分かったなぁ? 原始人……いや、ゴブリン並みの知能しかない盗賊様にしちゃあ、上出来じゃあないか?」


 ――口調、表情、拍手……この”小馬鹿三点セット”で、ボスは副団長を褒め称えていた……。


「……なら覚悟しとけよ? 赤鋼盗賊団、副団長、謀撲ぼうぼくのマルセルが……ジワジワとテメェをなぶり殺してやる……ッ!」


「……盗賊様の名乗りは聞き飽きたんだけどなぁ……って、アレッ?」


 ――再びボスが髪を掻きムシりながら呆れていたのだが……ふと、顔を上げるといつの間にか副団長マッセこと”マルセル”の姿が消えていた・・・・・のだ……。


「……逃げた? いや、あんだけ挑発したんだから、そんなのはありえな……」


 〜 ボゴォォォッ! 〜



 ――ボスは訳が分からなかった……! 目の前に誰もいない筈なのに……! 誰にも殴られていない筈なのに……! 急に腹が勢い良くヘコんだとかと思えば、更に自分が四、五メートルも吹っ飛ばされていた・・・・・・・・・のだから……!


「……ウッ、ゴハァッ! ゴホッ! ゴホァッ! ゴホッ! ゴハァァッ! アッ……!」



 ――プロボクサーに殴られた……という表現では生温い程の激痛がボスを襲い、彼を激しく嘔吐えずかせる……! 【クソッ! スタンド幽◯紋攻撃……じゃあなくて、何魔法かは分かんねェけど……多分、「透明化」の能力か……!?】――地球でつちかってきたオタク知識のおかげか、無事では済まないダメージを負いつつも、彼は副団長の能力を推測するのであった……!



「ウゥ……クソッ! 何処だッ!? 何処にいるッ!?」



 ――何とか上半身を起こし、右片手でフリピスを構えながら副団長を探すボス。しかしながら、奴の”透明化(?)”は驚く程の偽装効果が高いのだろう……。彼がいくら見渡しても、捉えられるのは僅かに陽が差す洞窟の風景に、見窄みずぼらしい小屋達、そして……無様に地面に平伏ひれふす彼をニヤニヤとした笑みで見つめる団長だけであった……!



「……コッチヲ見ロ」


「ッ!?」


 〜 ゲショォォッ! 〜


 ――くぐもった声がした方向へとボスが振り向いた瞬間、彼の顔が強烈に”何か”で殴られるッ!


「……オイ、コッチヲ見ロッテ言ッテルンダゼ……?」


「か、顔が……!」


 〜 ゲシャァァァッ! 〜


 ――鼻の辺りを抑えるボスの手の平から鼻血らしき血がしたたる中……今度は”棒状の何か”が再び彼の腹を強打し、洞窟の床を丸太のように転がって行くッ!


「ウゥップ……ゲホッ! ゴハァァッ! オェェェェッ!」



 ――相当効いたのか……上半身を起こした後にウズクまり、両腕で腹を抑えては盛大に嘔吐いてしまうボスッ! あまりの苦しさに吐き出してしまった胃液の酸っぱい臭いと、そこに混ざる”赤い液体”を、した気はなくも土下座したような状態で目にしていた彼は……ジョジョに悔しさと怒りが込み上がる……ッ!



「ハァ、ハァ、ハァ……クソッタレェェェェッ!」


 〜 バッ! キンッ! シュボッ! ズバンッ! 〜



 ――怒り任せにズボンの後ろポケットからフリピスを引き抜き、発砲するボス。しかしながら……その着弾点では、”血飛沫ちしぶき”はおろか”痛みにもだえる声”すらも上がる事はなく、遠くにあった洞窟の岩壁をほんのチョッピリ削っただけに終わるのであった……!



「……今ノハ少シ、ヒヤットシタナ……ダガ、ヤハリ見エナキャ当テラレナイヨウダナ……?」



 ――【クソッ! 足音した方にブチ込んでやったのに……ッ!】――どうやら副団長の”透明化”は、音までは透明化出来な・・・・・・・・・・らしい。ボスは嘔吐いている最中、その事に気付いたらしく、音を頼りに発砲したのだが……結果はこの心境しんきょうである。


 ただ、奴の発言からカスる直前だった事がボスの闘志を燃え上がらせる……! そのため、間髪入れずもう一丁のフリピスを……!



 〜 ザッ、ザッ、ザッ! ゲシャァァァッ! 〜


「オベェェェッ!」


 ……引き抜くには、あと一歩遅かったようだ……。走り寄るような音の後、再びボスの腹に”棒状の何か”が叩き込まれ、ボスを横向きにウズクませる……!


「……一瞬、タッタ一瞬ダガ、アイツラノ痛ミハ、コンナモンジャアナイダロウカラナ……!」



 ――腹に残る激痛に顔をシカめる中、左脇腹に何かがギュウゥ〜っと押さえ付けられるのを感じたボス。すると、ジョジョにスゥ〜ッと下から上に副団長の体が目の前に出現し、彼を踏み付け見下す奴の憎悪に満ちたいかり顔があらわになる……!



「ハァ、ハァ、ハァ……くっ、苦しめる気は……全く、なかったんだが……? ハッ」


 〜 ゲシャァァァッ! 〜


 ――踏み付けていた右脚で、不敵に笑うボスの腹を躊躇なく蹴り飛ばす副団長。


「……驚いたな? こんな状況になっても巫山戯ふざけてられるなんてな……?」


「ゲホッ! ゲホッ! 巫山戯てなきゃ……ゴホォッ! テメェらを相手にするのも……オホッ! 反吐が出るんでな……ゴホッ!」


 〜 ゲシャァァァッ! 〜


「ングォォォォォッ!?」


「オレらは……オレらはなぁ? 一度、戦争に負けたんだよ。騎士や兵士としての”誇り”と共に、多くの”部下”を……”仲間”を……! オレと団長は失った……ッ!」


 ――つつかれた芋虫のように、呻き声を上げながらウズクまるボスの横で、蹲踞そんきょの形でしゃがみ込みながら語り出す副団長……。


「谷底よりも深い深い……闇のそこへと突き落とされたような絶望感だったよ……。だが、だからと言って、団長は突き落とされたままではいなかった。突き落とされる前の富を、名声を、そして以前以上の騎士としての誇りを取り戻すとッ! オレの前で誓ってくれたんだよ……ッ!」



 ――まるで何処かの独裁者の演説に聞き惚れた狂信者かのように、ジョジョに声に熱を、目にギラギラとした輝きを宿して行く副団長。フリピスを引き抜く絶好のチャンスは目の前にあったが、肝心のボスはまだ燃えるような激痛を発する腹を抱え、苛立たしくも聞くしかなかった……。



「それらを取り戻すために、オレらは何でもやってきたッ! 殺人や強盗は朝飯前、誘拐や奴隷売買に、あのいけ好かない出世貴族にこき使われ、頭を踏み付けられては泥をすすり続けるが如き思いを、幾日にも渡って越えてきた……ッ! 全ては昔以上の富を! 名声をッ! 誇りをォッ! 取り戻すためにッ! 昔は掃き溜めと嫌ってたが、今は要塞ようさいと言えるこの穴蔵あなぐらからッ! ずぅぅぅぅぅぅっとだッ!」


「……ハァ、ハァ、で? お前ら負け犬の名声や誇りを守るために……あの立派なクズ二人は、犬死したって……言いたいのか……?」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


 ――先程はしなかった”爪先を向けた鋭い蹴りサッカーボールキック”を、般若はんにゃの如き表情でボスの腹に叩き込む副団長。その威力は両腕で腹を抱えるボスに、より多くの吐血をうながす程であった……ッ!



「アイツらは……アイツらはなぁッ!? この王国のクズだッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「グホォッ!?」


「だが、オレと団長が選び抜いたクズの中のクズだッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「グオォッ!?」


「この王国の何処にでもいるような木端こっぱ盗賊をしていて、オレらに負けてもッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「グホォッ!?」


「何度だって歯向かって来た……度胸のあるクズ共だッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「グへェェッ!?」


「この盗賊団が、帝国に仕える”赤鋼騎士団”へと昇華した時にッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「……グッ」


「隊長を任せられる程のッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「……ウッ」


「有能でッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「……グォッ」


「根性のあるッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「……オォッ」


「オレが教官として手塩に育てて来たッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「……ッ」


「愛すべきクズ供だったんだッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「……」


「ハァ、ハァ、ハァ……! そんな……そんな、未来あるアイツらを……! 貴様はッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「クズがァッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「クソがァァッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜


「カスがァァァッ!」


 〜 ドゲシャァァァッ! 〜



 ――これは……オルセットの拷問と比較するのがおこがましいだろうが……それでも、酷い物だ……。もうここまで読んだ”◯者の諸君”には周知の事実だろうが……副団長が一つ怒声を上げる度に、ボスの腹に”爪先を向けた鋭い蹴りサッカーボールキック”が叩き込まれて行くのだ……!


 その怒り様は、まるで何処かのフランス人が……”こいつの精神こそが暗黒空間だッ!”と言ってしまいかねない程に過激な物であった……! (ただ、副団長の方が悪人としての格ははるかに三下ではあるが……”本当に言われた本人”よりも……)


 そして、最初の内は悶えごえを出していたボスも、後半近くは彼の”命の灯火”がフワッと消えかねない程に衰弱すいじゃくしきっていた……! それも、腹をガードしていた両腕の骨にヒビが入りかねない程に……!


 だが彼女……オルセットが、自分がこの程度・・・・再起不能リタイアなんてしてしまったら……と、必死に残る僅かな意識にしがみ付いているのであった……ッ!



「……ハッ! この程度の痛みで気絶してる暇なんてないぞッ!? たっぷりと思い知らせてやるからな……? このっ、ド畜生チクショウがッ!」


 〜 ブゥンッ! ドゲシャァァァァァァッ! 〜


「グゥォベラァァッ!?」


 〜 ズザザザザザザァァッ! ボファァンッ! 〜



 ――漆黒しっこくの如き思いまみれの大きく振りかぶった”右脚の一撃サッカーボールキック”に、ボスは為すすべなく先程ガサ入れした調理場の一角へと転がり、叩き付けられてしまうのであった……!


 【……ゲホッ、ゴホッ!? アッ!? ……ツゥゥ、何でこんな…粉塗れに……!】――叩きつけられた際に”飛び散った粉末”を吸い込んだのか、鼻での呼吸を阻害されたボスは意外にも早く意識を取り戻す……!



「ハァ、オレとした事が……後々、料理好きなクズ供を黙らせるに苦労しちまうな……」



 ――右手で両眼を覆いながら、呆れ果ててしまう副団長。一方で棺桶かんおけに片足を突っ込み掛けていたボスは、その勝ち誇った態度をチャンスとでも思ったのか……震える手でズボンのポケットから”一本の木瓶”を取り出す。そして、再び口にコルク栓を咥えてはワイルドに引き抜くと、必死にその中身を飲み干すのであった……!



「……クッ! ウゥ……!」


 ――飲み干した瓶を投げ捨てながら、呻き声を上げるボス。


「……んっ? おいっ? 今、何を飲んだ……?」


「ハァ、ハァ……ただの……ハァ、ハァ、ハァ、ただの”水”……だ。テメェの話が……ハァ、ハァ、ハァ……つまんな過ぎて、喉が乾いちまってな……?」



 ――そう言いながら不敵に笑うボスだが、副団長はそんな彼の状態を見て、苦虫を噛み潰したかのような忌々いまいましげな表情を浮かべる……! 何故なら、横たわるボスの顔や腕に付いていた無数の切創や打撲痕などの”傷”がジワジワと、消えていっている・・・・・・・・のである……ッ!


 恐らく、ゲームやファンタジー作品ではお馴染みな”回復薬”……所謂いわゆる「ポーション」と言う奴を使ったのであろう。【効くかどうか眉唾物まゆつばものだったが……ガードしてた腕どころか、腹の痛みも消えてきてる……! これなら、オルセットも……ッ!】――おっと、と言う事は……!?



「……クソが。もういい、次の一撃でテメェの口諸共もろとも……! 頭を叩き潰してやる……ッ!」


 〜 スゥゥ 〜


「ッ!? クソッ!」



 ――ポーションによる回復効果は即効性がないのか、目の前で透明になって行く副団長に、ワンテンポ遅れてフリピスを構えてしまうボス。緊張か、あるいは単純に邪魔だったのか……顔に塗れた粉を素早く空いた左手でゴシゴシと拭い落とすが、油断している気は微塵にもない。


 耳をませつつ、銃口と共に目線を動かし、いつ奴が来ても対応出来るよう彼は、神経を研ぎ澄ませるのであった……ッ!



「ハァ、ハァ、ハァ……! クソッ、何処なんだよ……!」



 ――ポーションの予備が少ないのか、見えない副団長相手に苛立ちを隠せないボス。まだ数分も経っていないのだが、彼にとってこの”何もない”は、お化け屋敷……いや、むしろそれ以上の”心臓をジョジョに握り潰される”かのような……とてつもなく嫌な気分を味わっているようであったのだ……ッ!



 〜 ……カンッ! コロコロコロ…… 〜


「ッ!? 喰らえッ!」


 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッ! 〜



 ――【今度こそブチ込んでやるッ!】――このチャンスを逃してなるものか! ……そんな激情を胸に、恐らく副団長が移動中に”蹴ったであろう小石”が動いた辺り目掛け、躊躇なくフリピスを発砲するボスッ!



 〜 ……チュイィィンッ! 〜


「ッ!?」


「……クッ、ククククククク……! クハァァァァァ、ハッハッハッハッハッ!」



 ……再び削れる洞窟の岩壁。ハジかれる弾丸の音を耳にし、少々青ザめるボス。そしてくぐもり、勝ち誇ったような……不気味な笑い声が洞窟内に木霊こだまする……!



「撃ッタナ? 撃ッチマッタナ? クッハッハッハッハッハッ! 何ノ恨ミガアルンダァ? エェ? オレガ投ゲタ”小石”ハ、テメェ何カニ当タッテモネェノニッ!? クッハッハッハッハッハッ!」


「ッ!? クソッタレェッ! ”おとり”かよッ!?」


 ――悔しさのあまり、銃を持った右手を地面に叩き付けるボス。


「ハァ〜ハッハッハッハッ! サテサテサテサテェェ〜? オレガ見タ限リ〜? テメェノソノ武器ハァ〜? ”二ツ”シカネェヨナ〜?」


「ッ!?」


「ヘッ、ソシテソシテェェ〜? モウ一度使ウニモ〜弓矢ヨリモ〜時間ガ掛カルゥゥ……違ウカ?」


「ッ!?」


「オッ、二度モ青ザメタナ……図星ダロウ? ズバリ当タッテシマッタカ……ナァァァァァ〜ッ!?」



 ――ボスは、今も馬鹿にしているであろう副団長のニヤけ面に、今すぐにでも鉛玉をブチ込みたい気分であった……! しかしながら、現状は奴が言った通りなのだ。予備弾はまだあれど、フリピスのリロードはゆったりやって三十秒程、急いでやっても二十秒近くは確実に掛かってしまう。


 カップラーメンも満足に出来ない程の短い間であるが、それでも怨敵おんてきを殺すには十分な間を、副団長は見逃す筈はない。ボスには見えなくとも、奴にはボスが見えている以上、確実にボスの顔面を粉砕しようと駆け込んで来るだろう……。冷や汗が止まらないボスに残された道は、迫る運命GAME OVERに抗うには……必死に策を考えるしかなかったのである……!



「クッハハハハハ……! ホラ、ドウシタ? サッサトツガエロヨ……? オレノ戦棍メイスヲ、避ケラレルモノナラナァ……?」



 ――その一声と共に、周囲に”走るような足音”が響き始める……! 恐らく、ボスが自身を見つけ出した要因足音を奴もまた独自に気付いたのであろう……! そして、”狙えるモンなら狙ってみろ”と言わんばかりに彼の挑発に対する意趣返しも、この行為には含まれているのかもしれない……。



「……クソ、クソクソクソクソクソクソクソクッソォォォォォォッ!」



 ――実は、”装填済みフリピス”は出そうと思えば、魔力を消費して出す事は出来た。しかしながら……それでも出せるのはたったの”三丁”だけ。流石にスキルでの命中補正はあれど、透明化した敵を相手に、ドタマにブチ込める自信は……ボスにはまだ・・なかった……!


 ……八方塞がりBAD END……そんな言葉が一瞬頭をよぎるが、彼はそれを否定したいかのように……再び、銃を持った右手をより強く地面に叩き付ける……!



 〜 ボッファァンッ! 〜


「ゲホッ! ゴホッ!? あぁぁッ、何だよ!?」



 ――再び舞い上がった白い粉を前に、煙たそうに咳き込むボス。苛付いた状態でその原因に目を向けると、そこには崩れた麻袋らしき袋の・・・・・・・・・・があった。どうやら、ボスが蹴り飛ばされた際にその山に突っ込み、その内の一つが破けて中身が漏れ出していたようだ。


 【調理場にある”白い粉”……小麦粉……だよな? 麻薬とかだったら最悪だけど!?】――盗賊という”犯罪組織”な以上、後者の可能性も考えられなくないが……二度も吸引するような目に遭いながらも、特に狂ったとか恍惚こうこつとしたような感覚は感じていない以上、「小麦粉」と仮定して判断する彼。

 ……と言うか、必死だったとは言え、気付くのが遅過ぎと思うのは私だけだろうか……?


 だが、どちらにせよ……”白い粉”と言う新たなアイテムを前に、彼のオタク知識は”新たな道”を見出すのであったッ!



「……くっ、来るなァァ! おっ、オレに近づくんじゃあねェ! 来るなァァ! 近づかないでくれェェェ! お願いだァァ! 助けてくれェェェッ!」



 ……が、何を思ったのか……ボスはもう負けを認めたかのように怯え、泣き喚き始めたのだ……!? 傍にあった小麦粉を掴んでは投げ、掴んでは投げ……とにかくもう、ヤケクソな感じであったのだ……。



「クッハッハッハッハッ〜ハハッ! ヤット分カリヤガッタカ! ……ダガ、モウオセェ……ッ! ビルナラ……ソノママ大人シク、頭カチ割レロォォォォォッ!」


 ――ボスの必死の命乞いのちごいもむなしく、彼に近づく足音が急速に接近し始めるッ! ……だがしかしッ!


「……かかったな、アホが……!」



 ――不敵な笑みを口元に浮かべ、ボスは呟くッ! そして彼が密かに注視する先には……黒や灰色などの色一色いろいっしょくであった筈の”洞窟の地面”が、彼がヤケクソに投げていた”小麦粉”によって、ほぼ真っ白に染められてい・・・・・・・・・・……ッ!



 〜 ボサッボサッボサッボサッボサッ! 〜


 ――そして、近づく足音がボスが撒いた小麦粉地帯に入ると……なんと!? 不自然にも足跡がクッキリと浮か・・・・・・・・・・び上がる・・・・のであったッ!


「……死ネェェェェッ! 名無シ野郎ォォォォォォォォッ!」


「そぉらよォォォッ!」


 〜 ブワサァァッ! 〜


「ブッ!? ナッ、何ダ? 目ガ……ッ!?」



 ――更にボスは見逃さなかった! 自身に近づく足跡にッ! 【小麦粉を撒いた苦労を返せよッ!?】――と思いつつも、自身に迫り吐かれた暴言もッ! 十分な”手掛かり”を前に、再び右手に掴んだ小麦粉をブチ撒けてやったのだッ!


 そして浮かびがったッ! 彼の約一メートル程手前、空中に浮かぶ副隊長の・・・・・・・・・・顔面・・が! 小麦粉塗れの顔面が! 浮かび上がったのであるッ!



「……顔面、丸見えだぞッ! クソ野郎ッ!」


 〜 ダッ! ブゥゥンッ! ボゴォォォッ!〜


「プッギャベェシィィッ!?」



 ――ついに作り出せた隙を逃さず、ボスは駆け出し、助走を付けた”右ストレート”をッ! 見事、副団長のその顔面にブチ込んでやるのであったッ! 地味ではあるが、彼の咄嗟とっさ機転きてんが掴み取った見事な大逆転ッ! そしてそして……殴られた勢いで、地面に後頭部を叩きつけられた副団長の末路と言えば……?


 ……ハァ、ハァ、ハァ……地味は余計だ、クソッタレ……ッ!



 〜 ズリ……ズリズリズリ……ズリズリズリズリ…… 〜


「……うっ、ウゥ〜ン……」


 ――一瞬気絶した影響か、透明化していた筈の全身が見えていた副団長は”奇妙な音”と、”急な息苦しさ”を感じては目を覚ます……。


「ウゥ、イテテ……クソッ、油断し……ッ!?」



 ――しかし、上半身を起こして傷んだ後頭部をさすろうとする以前に、副団長は青ザめてしまう……! その原因は、不純物も混ざる小麦粉で痛む自身の目線の先……自身の戦棍メイスを両手で掴んでは肩に担ぎ、冷酷な目つきで自信を見下すボスの姿があったからだ……!


 そして”息苦しさの理由”にも気づくが、それはもう手遅れであった……。ボスの左足が、ガッチリと奴の胸を踏み付けているからである……!



「……次にテメェは、『ま、待て……! 早まるなッ!?』……と言う……」


「ま、待て……! 早……」


 〜 ブゥオォォンッ! ボゴシャアァァァッ! 〜



 ――無慈悲。だが、その頭に振り下ろされた一撃は……覚悟ある一撃だ。己の手が、どれだけ汚れようとも……必ずオルセットを救い出したいと言う、ボスの覚悟の込めた一撃なのであった……! その深さは……副団長の頭を中心に、赤い花が地面に咲き誇った事が雄弁ゆうべんに物語る……。



「……言わせるかよ、バ〜カ」



 ――再び無慈悲にも、死体を蹴り飛ばしてはその方向に持っていた戦棍メイスも投げ飛ばし、唖然とした表情でこちらを見つめていた団長と視線を対峙させる……!


「……そんなマヌケ面して、不思議に思ってるのか? こんな一介の旅人が……今話題沸騰ふっとうの盗賊団様の”大幹部らしき三人”を、瞬く間にブッ倒した事について……?」



 ――そう言いながらボスは、まるで大きな舞台の上でやる海外のプレゼンプレゼンテーション発表者のように、左右を往復するようにゆっくりと歩き出しつつ……そのついでに”フリピスの再装填リロード”もし始めるのであった……!



「超人……いや、英雄でも現れたかとでも思ってるか? ……OK。そのダンマリ決め込んだムッツリ顔が、”YES”とでも言っているんだとしたら……とんだ大間違いだな?」


 ――フリピスの”火皿”という部分に火薬を込め終り、顔を上げたボスは……一向に喋らず、彼に怒りの眼差しを向け続ける団長にコメントをしながら話を続けた……。


「英雄が現れたと思ってるんだろうが……オレはそんなんじゃあない。初めに言ったようにオレはただの”旅人”だ。それ以下でも……それ以上でもない……本当、ただの旅人だ……」


 ――残った白い塊……”早合”を銃口に突っ込み、銃口下部にあった”槊杖さくじょう”と言う棒で早合を押し込みながら、未だ口を結ぶ団長に向けて語り続けるボス……。


「おいおい……”誰だ?”って聞きたそうな表情かおしてるから、できる範囲で自己紹介してやってんのに……いつまでダンマリ決め込んでいるつもりなんだよ……?」



 ――慣れてきたのか、二丁目のフリピスの再装填リロードが終わりに差し掛かった頃に再び顔を上げて挑発するボス。しかしながら、それでも団長は喋らない……が、少し変化はあった。何を思っているのか、ボスを見つめていた怒りの視線は、何故かしきりに逸れていた……!



「……何だ? そんなに目をキョロキョロ逸らしまくって? オレの相手なんかよりも……後から来る”彼女”、とかの方が気なってんのか?」


「ッ!?」


「……それとも? こんだけオチョくられてんのに、動物園のゴリラみたいな無反応を貫いていんのは……仲間がヤラレて悲しいよ〜って以前に、何かを待っている・・・・・・・・……とか? 気持ち良くペラペラ喋らせて、”時間稼ぎ”……って感じか?」


「……くっ」


「あぁ? 何だって……」


「クソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」



 ――片耳に手を添えて”聞こえねェ〜なぁ〜?”と言う感じの挑発していたボスは、思わず両耳を素早く抑えてしまう。少しの耳鳴りが残りつつも、ボスが恐る恐る団長を見てみる……。


 すると、そこには今まで沈黙を貫き、辛酸しんさんめ続けていたようなシブい表情の団長はなく……まるで、”ク◯リンの事かぁぁぁ!?”と某”野菜の戦闘民族が覚醒スーパーサ○ヤ人”したようなポーズを取りながら、息を切らしつつ怒気を撒き散らす奴の姿があった……!



「えぇぇいッ! オレに指示されなきゃマトモに動く事も出来ないチンピラ共がァァァッ! いつになったら、オレの元に集結するんだァァァァァッ!?」


 ――怒気や憎悪が溢れんばかりの声で、地面に向けて吠える団長。それを見たボスはクツクツと笑いつつも、腕を組んでは語り出す。


「……奇妙か? 奇妙に思っているのか……? 何で一向にオレを袋叩きにするために集めていた、テメェのクソ野郎供が集まんないのか……って事に?」


「ッ!? アァッ!?」


 ――血走った目で、まるで殺人光線を発射するかのように、怒りの眼差しをボスに送る団長。


「じゃあ、そんな”なんちゃって策士”なクソ野郎君に……その事に関係ある話でもしようか……」


 ――そう言うとボスは再び、海外のプレゼン発表者のように左右を往復するように歩き出し……語り始めるのであった……。


「……オレはな? ここに来るまでにほとんど”人殺し”した事もなかった。しかも、剣だの槍だの斧だの戦棍メイスだの……そんな近接武器なんて、一度も握った事でさえなかったような男だ……」


 ――”一度も”という部分の後を聞いた団長は、僅かにだか目を見開く……!


「しかもオレは記憶喪失をしてる。家族とか大切な人は勿論、自分が何をしていたか、それに何者だったのか……更に自分がどうしてこんな世界に来ていた・・・・・・・・・・のか……そんなあやふやな記憶しか持っていないオレなんだけどな……?」


「……え? こんな世界?」


「……不思議だけどよ……覚えている事があったんだ……。あぁ、言葉が話せるとか、さっきから浴びさせている巧みな”口の悪さ”とかじゃあないぞ?」


 ――またも一瞬だが、怒りが四散しては呆れたような視線を送ってしまう団長。


「ずぅぅっと昔から……体がな? ……覚えているような気が・・・・・・・・・・する・・んだよ。

 腹に剣を突き立てて、さばいた時に感じる、ぬめすべる感触……殴り飛ばしたり、踏み抜く時に響く、骨を砕く際の煩音はんおん……上手くトドメをさせなかった時に上がる、悲痛な断末魔だんまつまの叫び……。

 それにだ。極め付けは、何人殺そうとも……何遍なんべんスプーンでブッ刺しても崩れないアイスのように……痛まないし、感じない……いや、それ以前に慣れきっている・・・・・・・と言うべきか……」



 ――元騎士らしい団長は、一瞬だが何故か寒気を感じてしまう……! 取るに足らない相手なハズなのに……そんな事、飽きる程に戦争で見てきた筈なのに……!? そんな感じに思いながら……。



「……そんな事をな? 旅人になる以前から・・・・・・・・・覚えているような気がするんだよ……。まるで、紛争ふんそう地帯で育てられてしまった”少年兵”のように……」


「ショウ……ネン、ヘイ?」


「そんな事を言うオレ自身も信じたくないんだが……ハッキリ思い出しちまったんだよ……。戦って、戦って……三十人近くのクズをブチのめして来て……武器の扱いとか、嫌でも大体慣れてきた頃にな……?」


「……三十人?」


「……そんな鈍さがあるから、騎士をクビになったんじゃあないのか? ……それにそんなんだと、”言い負かされて当然です団”とか、”なんちゃって策士なクソ野郎君”って言われても、文句言えねェぞぉ?」


「ク・ソ・がァァァァ……ッ!」


「そ・れ・と、まだ気づかないのか? テメェが集めようとしていた人数は何人だ?」


「集めようとしていた人数……ッ!?」


「やっと気づいたか? おめでとう、たった一人のクソ盗賊・・・・・・・・・・団さん・・・よっ?」



 ――唐突で恐縮だが、思い出して欲しい。この赤壁盗賊団の規模は、おおよそ”百人”である。そして、トルガ村を襲撃して来ていた人数は約”三十人”。ボスが言っていたブッ倒した人数も”三十人”。そして、残る”四十人”の行方はどうなったかは不明だが……恐らくボスの言い草から、残る”四十人”も何らかで始末されている模様……。


 そして、その”百人規模”と言うのが、幹部や団長を含めない・・・・・・・・・・だと仮定すれば……本格的に青ザめる団長相手に、不敵に笑みを浮かべつつ、拍手を送るボスの台詞セリフが見事に成立する訳である……ッ!



「……何故だ」


「あっ?」


「何故だ何故だ何故だァァァァァァァァァァァッ!?」


 ――さっきの覚醒具合は何処へやら……頭を掻きムシりながら、まるでその事実を認めたくないかのように叫ぶ団長。


「……言っとくが、そんな叫んでもテメェのクソ共が帰ってくる訳じゃあないし……認めたくなくても、くつがえる事のねェ事実だからな?」


 ――腕を組みつつ、近場のテーブルに腰掛けながら冷ややかに言い放つボス。


「何故だ!? 何故なんだッ!? 何で貴様は、取るに足らないクソ畜生以下のッ! あのクソ獣女ためにッ! 何で……何でオレの騎士団をッ!?」


 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッ! 〜



 ――一発の銃声の後……団長の頬に銃弾がかすめ、奴の頬に血がつたう。発砲したのは、勿論ボス。だが、そのフリピスを支える腕は大きく震え、狙うハズの視線も……時計で言えば十二時の方向に奴が、九時の方向に彼の視線は向いていた……。


 恐らく、【取るに足らない〜】以降の発言にブチギレた彼が、反射的に発砲してして奴を黙らせたかったのだろう……。……ただ、無意識に近くとも”頬を掠める”のは、ボスにはかなりの”ヘッドシOne shotョットone kill”に対する拘りが、あるのかもしれない……。



「本当なら、一対百なんて……”ビビリで凝り性”なオレは、挑みたかなかったよ……。最低でも、こんな”オンボロフリントロック骨董銃・ピストル数丁”じゃあなくて……”自動小銃アサルトライフル”に”自動拳銃セミオートピストル”、”手榴弾グレネード”数個を入れられて防刃防弾にも優れた”防弾チョッキボディアーマー”をセットにした、高性能な戦闘服バトルドレスを着込むのが最低条件だ……。

 因みに最高なら、”戦車”にでも乗り込んで……”M2重機関銃ヘビーマシンガン”でテメェのクソ供を薙ぎ払った後に、”主砲”でテメェを木っ端微塵ぱみじんに消し飛ばしたい気分だけどな……?」


 ――掠めた銃弾もそうだが、団長にとっては先程から”意味の分からない言葉のミリタリー用語羅列”を前に……嫌でも押し黙るしかなかった……。


「でも、何故かってまだ聞きたいのか? ……じゃあ、答えてやる。

 テメェら以下のクズな・・・・・・・・・・んかに・・・なりたかない・・・・・・からだよッ!」


 ――テーブルから降り立ち、新たなフリピスを片手で抜き構えつつ叫ぶボス。


「……ここに来る前、オレは弱かった。弱かったからこそ……誰かを助けたくても助けられず、見て見ぬフリで逃げるばかり……。オレが目指す、英雄HEROになんて程遠い人生をオレは送っていた……」


「……」


「そして、誰がくれたかは知らねェが……オレはこの手の中にある”力”を手に入れた。ビビリで凝り性で、逃げっぱなしのクズな人生を送っていたオレでも……誰かを助ける事の出来る”無限の可能性”を秘めた力だ。テメェらみたいな聞き分けのない”理不尽なクズ供”を打ち払える、圧倒的な力だッ!」


「……」


「……それに、オレの好きなとある蜘蛛男の物語スパイ◯ーマンに、こんな言葉が出てくる……『大いなる力には、大いなる責任がともなう 』。……望んできた世界じゃあなく、望んで得られた力でもない……。だけど、駄々をねても帰れなさそうな以上……オレはこの得られた力に伴う”責任”に対して、正しく使う事……オレなりのやり方、英雄HEROを目指して行く事で、その責任に応えたいと思っているからだ……!」


 ――ボスの演説をおとなしく聞いていた団長だが、我慢ガマンの限界だったのか……唐突にワナワナと震え出しては、ボスに向けて怒鳴り散らす……!


「ふっ、巫山戯るなッ!? そんな訳分かんねェ理由で、オレの部下達は……仲間はッ! テメェに殺されたってのかッ!? この世界の戦争をッ! 微塵にも知らなさそうな、英雄気取りのクソ野郎にッ!?」


「……別に全部理解しろなんて言わねェよ。

 ただ、今の話を聞いていて……微塵にも共感しなかったって事は、そんだけテメェらが見ている世界ってのはちっぽけで、くだらねェものなんだよ……ッ! 特に、騎士団の再建とほざいては……殺したり拐ったりするしか能のない、クソ盗賊にはな……?」


「大義のためだッ! 我が赤鋼騎士団の誇りを取り戻す、大義ための戦いだッ! それに、戦争では弱い奴から死んで行くッ! 我らが大義にあらがう事が出来なかったのであれば、それは自然の摂理せつりも同然だッ!」


「……オレも大概たいがいだが、”自然の摂理”なんて高慢こうまんな事を言う盗賊なんて、初めて聞いた気がするぜ……」



 ――ボスが居た時代2016年から数年後……これに似たような事をほざく、”頭無惨あたまむざん”とも呼ばれるラスボスが出る、”鬼退治な漫画”が出るのだが……まぁ、ボスには知らなくてもいい話だろう……。


 ……えっ? ……読んでみたい気がするけど……まぁ、いいか……。



「高慢? 何がだッ!? この世界の当然の事を言ったまでだッ! 弱い奴から死んで行く……ッ! お前は分かるのかッ!? 王家に裏切られッ! 騎士から盗賊に身をとした、オレの苦悩がッ!?」


「……知りたくもねェよ。オルセットをボロボロにした、クソ盗賊の過去なんてよ……」


「貴様ァ……ッ!」


「それに今のテメェの発言、”ごうに入れば郷にしたがえ”……って、解釈させて貰うなら……オレも言わせて貰うぜ?

 退け。たった三人の平民に、百人規模の盗賊団をほぼ壊滅させられたザコ団長さん? 最後のチャンスだ。最後までクソな誇りを失いたくないなら、オレが引き金を引く前に……とっとと、ナイフか何かで”自害”したらどうだ?」


 ――最後の情けか、ボスは自害を促す。だが、ボスは忘れているようだ……時として、「価値観の違い」と言うのは、恐ろしい結果を生み出しかねない事に……!


「……自害? 自害だとッ!? 高が平民風情が、勝ったつもりで騎士であるオレに自害しろだとッ!? 末代にも伝わりそうな恥となる”自害”を!? 調子に乗るのも大概にしろッ! このッ、名無しの英雄気取りがァァァッ!?」



 ――日本だと”名誉ある死”と認知度が高いであろう”切腹”や”自害”だが……実は海外では、重罪だったりする。異世界でもそれが是であるとは言い切れないが……どうやら、ボスが来てしまった”ウォーダリア”では、彼の価値観は是であるモノではなかったようだ……。


 それを踏まえられなかったからこそ、団長の唐突な気勢の立ち直りに動揺してしまうが……それでも、”ボスの覚悟”は揺るがないようだ……ッ!



「……英雄気取りで大いに結構。オレだって、ボロボロなオルセットを見た瞬間に……まだまだ、俺は英雄じゃあない・・・・・・・・・って事を思い知らされたよ……。メッッッチャ悔しいよ……! 大手を振って、自分で語るには微塵にもねェ程だ……」


「フンッ! だったら……!」


「……だったら、何だ? くたばれってか? 嫌だねッ!

 オレは英雄じゃあない……! だが……テメェをブッ倒して、オルセットと一緒に帰る……! そして遥か遠くとも、オレは英雄としての一歩を踏み出してェんだよッ!」


 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッ! 〜


 ――ボスの覚悟ある一撃が、団長の顔面目掛けて放たれ……するすると眉間付近目掛けて飛んで行く……ッ!


 〜 ……チュインッ! 〜


「ッ!?」



 ――だが奇妙な事に、団長の巨体は糸を切られた人形のように崩れ落ちる事はなかった……。弾け飛ぶ眉間の代わりに、”金属に弾かれたような音”と、”僅かに煙を上げる”奴の左腕・・・・が……奴の顔面を守っていたのだ……!?



「たったの三回程だが……貴様がやたらと”頭を狙う”事は分かっていた……」



 ――静かな怒気を孕んだ声の後、団長の前腕が霧のように揺らいで行く……! すると、揺らぎが収まったそこには……上腕を覆う小型の丸盾ラウンドシールドが姿を現す……!


「アッシュとラッセルを、一瞬で殺した武器の一撃……オレの盾・・・・で防ぎ切れるか不安だったが……どうやら、オレが臆病過ぎただけのようだ……」


 ――左腕をゆっくり降ろした団長は、隠れていた怒りの眼差しを遠慮なくボスにめ付ける……! 思わぬ想定外だったが、ボスは負けじとスゴむ。


「は、ハッ! そんなちっこい盾で、オレの銃を防ぎ切れると思ってんのかッ!? それにその盾以外、マトモな武器でさえも装備していないお前なんかに……!?」


 〜 スゥゥ…… 〜



 ――唐突に言いよどんでしまうボス。まぁ……この反則的な光景を前に無理はないだろう……。何かと言えば先程の丸盾のように、団長の全身が霧が掛かったように揺らいだ後……ツギハギでボロボロだが、元は立派と思える”金属鎧プレートメイル”が姿を現したのだ……!


 更にボスの気力にトドメを刺すように現れたのが……?



 〜 ブォォン……ガィィィンッ! 〜



 ――ボスを軽々越す、二メートル近い団長の巨体を、頭以外すっぽりと覆うような……超巨大な長方形型の”大盾タワーシールド”を、担いでいた背中から軽々と自身の前方へと、地面に叩き付けたのであった……ッ! これには後述のように、彼も思わず軽く放心気味に呟いてしまうのであった……。



「……嘘だろ……!?」


「……この鉄壁の守りを前にしても、そのチンケな弓矢モドキ・・・・・・・・・で、オレを殺せると言うのか……?」


「そっ、それは……ご大層な装備で……」


 ――団長の鎧と盾と共に伝わる、本気とも言える威圧を前に……思わず尻込んでしまうボス。


「其れと言っておくが……見えなくしてたのは、オレ自身が”切り札”と悟らせないためだ……!」


「切り札……?」


「オレがずっと部下達の後ろに居たのは……オレが前に居ると、部下達の戦いの経験値にならないからだ……。一部例外を除いて、ずっとオレは勝ち続けていた・・・・・・・・・・からな……?」


 ――【……一部例外、それが騎士から盗賊に堕ちた理由なのかねェ……?】――尻込んでしまったボスだが、心境としては負けたくないのか案外余裕なようだ。


「だが、切り札なのも今日までだ……。お前がマッセ、イヤ……マルセルを殺しやがったからな……ッ!」


「……ごもっともで……だが、譲れねェな。オレが要求する事はただ一つ……! そこを退けェッ! オレは、オルセットと……仲間と生きて帰る・・・・・・・・事だッ!」



 ――予想外のイレギュラーに動揺の続いていたボスだが、一向に団長が会話を続けていた事に対する”隙”については抜かりなかった……! 上記の会話が終わる頃には、ボスは一丁のフリピスの再装填リロードを終え……再び奴の顔面に銃口を定めていたのである……ッ!



「……いい加減、ほざくのも大概にしろよ小僧が……ッ! 俺の部下達を飄々ひょうひょうとアッサリ殺しやがった奴が、そう易々と大口をほざくなァァァッ!」



 ――『戦争とは、正義と正義のぶつかり合い』……そんな事を誰かが言ったが、その縮図が正に”○者の皆さん”の目の前で起ころうとしていた……。


 団長こと、”赤壁のグラヴォキエ”は、自身と失った騎士団の誇りを取り戻すため……。そしてボスは、オルセットと共に生きて帰るため……。二人の意地のぶつかり合いとも言えるような……圧倒的にボスだけでは不利な戦・・・・・・・・・・が……! 


 その戦いのゴングが……今まさに響き渡ろうとしていた……ッ!






<異傭なるTips> 赤壁の”グラヴォキエ”

 トルガ村近辺、スップリ森東の何処かにある洞窟を根城とする盗賊団、赤壁盗賊団のお頭。百八十センチ近くあるボスを越す巨体を持つ偉丈夫いじょうぶで、初老らしい白髪の混じったダークブラウンの髪を軽くオールバックに撫で付けている。ただ、左目に付けられた”縦一文字”の傷跡と比べると、髪型は特徴的なインパクトに欠ける。


 元は、帝国との戦争で落ち延びた騎士の一人らしく、その戦争によって多くの部下を失ってしまったらしい。しかし、部下は失っても王国への忠誠心は残っていたらしく、何とか王城へと馳せ参じたのだが……戦争に負けたとがからか「無能」の烙印を当時の王に押され、捕縛される所を命辛々逃げ出してきたらしい。


 その後は自身の忠誠心はおろか、決死の覚悟で王国を守るために忠を尽くした戦争で命を落とした部下達を、軽蔑けいべつした王家に激しい復讐心を抱いてしまったらしい。

 そのため、初めは個人的、あるいは領主間の小競り合いや国などの紛争に参加する”傭兵”として……金や資源、そして新たな騎士団を立ち上げるための”人材”を、死に物狂いで調達していたらしい……。


 だが、来る日も来る日も、傭兵として活動していく内に……スカウトして来た仲間達に飯を食わすのが、もう限界と感じた彼は、一つの過ちに手を付けてしまう……。 そして、その過ち以降……彼の運命は驚く程に明るくなり、十年も満たない内に、”百人近い規模”の戦闘集団をまとめ上げる程に、勢力を拡大させていた……!

 ……”傭兵団”から、”盗賊団”へと……そのにごり切ったまなこに映る、たくさんの部下達の前で組織の名を変える事を泣く泣く宣言して……。


 戦争で副団長以外の部下を全て失って以降……盗賊に成り果てた彼は、剣を捨てた。赤鋼と呼ばれていた頃の彼は、隊長ながらも部下達を守る”盾”であり、”憧れ”でもあったのだ。

 だが……その”一騎当千”に等しい活躍が、彼が部下を全て失う原因であり……彼が学んだ教訓でもあるのだ。


 今度の彼は同じてつを踏ままいと心に誓う。

 自分は”本当の意味”で部下達を守る事に徹しよう。二度と部下達も含めて”無能”だと言わせないようにさせよう。剣を捨てても、全ての敵を排除する”赤鋼”に……今度こそ私が成ってやろう……!

 ……油断はした。だが、その誓いのために……目の前の不届き者ボスには、ここまでの代償は確実に払ってもらおう……ッ!



 だが果たして……”過去の栄光”にすがり付き、”復讐心”を免罪符めんざいふに暴れ回ってきた彼は……もし、帝国に仕えられたとしても、それは”本当の騎士”と言えるのだろうか……?



 ……余談だが、元の地球のイギリスでは、ナイト騎士号叙任じょにんされた男性は”Sir サー”と言う敬称が付けられるらしい。だが、バレッド王国ではそう言った”制度”や”慣習”がなかったのか……あるいは剥奪された際に”契約魔法”か何かで言えなくなってしまったのか……。

 ”Sir サー”に値する敬称を言わなかった経緯は、本人のみぞ知ると言うところだろう……。



 ……だそうだぜ? ボッヨヨ〜〜〜ン! (by,噂話が大好きな奇妙な石)

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