第17話 RE:Contact-12 交差スル”辛抱”ト”覚悟”


 〜 カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン…… 〜



 ――人工皮革ひかく、ナイロン、布、プラスチック、ゴム……。

 化学が発達した現代では、実に便利で足に馴染なじみやすい素材によって”靴”は作られており、日夜生活を営む私達の足を守ってくれている。だが昔の人にはそんな便利な物はなく、貧しい者はもっぱら”裸足はだし”だったそうだ。一般や富裕層であったとしても、”草の繊維せんい”や”木”、”様々な動物の皮”がせきの山である。



 〜 カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン…… 〜



 ――まぁ、そろそろ何を言いたいのか白状すれば……夜の闇をありったけ取り込んだかのような”洞窟の中”では、この”靴音”は”洞窟探検ケイビング”するには随分と似つかわしくない物・・・・・・・・・だと言いたいのだ。

 相応しいであろう”ゴム靴”を履いていれば、まずこの”ハイヒール”を履いた時のような響く音・・・はしないからである……。



 〜 カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン、カツ〜ン…… 〜



 ――そして、外の夜の闇よりも深い洞窟の闇を晴らすには頼りない”ランプの灯り”がその闇の中を進んで行く……。だがまるで、その道順を知ってるかのように迷いのない、優雅な足取りで洞窟の奥へと進み続ける男は……”ソリの足先”ように上向きに靴先が曲がっ・・・・・・・・・・た皮靴・・・を履いていた。

 それは、現代の歴史から見れば……”貴族のステータス社会的地位の誇示の一つ”なのであった……。


 まぁ長々と言ってしまったが、例えるなら……そう! 立派な背広一式を着込んだ大企業の社長らしき人物が、何故か誰も寄り付かない筈の洞窟へと悠々ゆうゆうと入って行く……そんな感じだろうか……。

 そしてその背広に相応しい”白シャツ”らしき服と、金糸きんし豪奢ごうしゃ刺繍ししゅうの入った”赤いロングコート”のような服を着た男は、ようやく洞窟奥に見えてきた”灯が見える場所”に向け、声を掛けるのであった……。



「フゥ……おいッ! 来てやったぞ!」


 ――タメ息一つの後、威厳たっぷりに怒りの込もった声を上げる貴族らしき男。すると、灯りのあった場所から一人の男が駆け寄って来る……。


「あっ? 何だテメェは?」


「フンッ。数ヶ月も顔を合わせてなければ……こうも容易く声さえも忘れる程に、下賤げせんなのだな? 貴様ら盗賊は……」



 ――そう言っては、腰辺りで照らしていたランプを持ち上げ……自身の顔を照らし出す貴族らしき男。その様子を見ていた口の悪い男は、ジョジョに照らし出されてゆく全容を見ていく内に……みるみる顔を青くしてゆくのであった……!



「げっ!? おっ、お貴族様ァッ!?」


「……フンッ。新入りか?

 ならとっととせたまえ。そして……サッサと”団長”を呼んで来いッ!」



 ――落ち着いた口調で話していたかと思えば……急に、ランプを持たない左手のてのひらにバスケットボール大の”火球”を出現させては、怒鳴る貴族らしき男。

 【ヒッ、ヒィィィィッ!? わっ、分っかりましたァァァァッ!】――振りかぶられたようとした”火球”を見て、飛び上がらんばかりに男は洞窟の奥へと走り去って行くのであった……。



「……ハァ。この付き合い、この場所、この状況……ッ! 全ては王が憎たらしいッ!」



 ――魔法らしき”火球”を握り潰すように消した後、片手で顔を覆うようにして俯いては”呪詛じゅそめいた言葉”を呟く貴族らしき男……。まぁ、事情はよく知らないが……その王に何かしらの”不服”を持っているからこそ、こんな”盗賊のアジト”に足を運んでいるのであろう……。



「……全く」



 ――意外と奥深い洞窟なのか、数分経っても一向に姿を現す気配を見せない団長と呼ばれる盗賊。シビれを切らしたか、貴族らしき男は腰のベルトに付いたフックらしきところにランプを掛け、コートの内ポケットに入っていたと思わしき所から、これまた赤と金の豪華なフチ取りと装飾がされた”パイプ煙草タバコ”を取り出し、口にくわえる。


 そして、再びコートの内側から”小さな金属の筒”を取り出し、その中から”刻み煙草”と思わしき物を取り出してはパイプ内に詰めた後、マッチ箱でも取り出すかと思えば……?



 〜 パチン! ボッ! ……ジジジジジ…… 〜



 ――おっと、マジック!? ……もとい、恐らくオルセットが見せたであろう「クリッカー指パッチンで点火する」と言う魔法で右手人差し指から火を出し、詰めたタバコに火を付けるのであった……!

 【……プハァァァァ……遅い、何をしてるのだ……!?】――旨そうに煙を堪能たんのうした後、現代で主流な”紙巻き煙草”よりも濃厚な紫煙しえんを大量に吐き出しながら、愚痴る貴族らしき男。……ちょっとした余談だが、パイプ煙草は紙巻きよりも火が消えやすく、火を付けた後吸い続けないと……!



「お待たぁぁぁぁ〜センセーショナルッ!」



 ――チッ、ウッウウンッ! 私が隙間スキマ時間を埋める間もなく、どこぞでみたようなやからかしこまった雰囲気で貴族らしき男の前に来たのだが……突然、全身で”Yの字”を描くような奇妙なポーズを彼の目の前で……って退けるたのである……!?

 ……なんだこの……妙にハッチャけた、出来損ないな”自由のガ”……



「……」


 〜 スッ、ボオゥゥゥッ! 〜



 ――無論、その芸の評価については……パイプを支えていた右手を離したかと思えば、即座にバスケットボール大の”火球”をシカめっ面で再び作り出す事から、お察しであろう……。



「おおっとッ!? 待って下さいよォォ! モバリの旦那ァッ!」


 ――屁っ放り腰になりつつも、両手を全力で前に突き出しては止まるように促す男。


「……知った間柄あいだがらだろうと、身分と礼儀はわきまえないと長生きは出来ないぞ……副隊長?」


「連れないなぁ〜? 随分、久ッさしぶりのご来場で待たせちゃって悪いと思ってたから、こんな王様にだって爆笑な一発芸を……」


 〜 ゴオォゥゥゥッ! 〜


 ――一瞬、魔力を多く注いだりでもしたのか……”モバリ”と呼ばれた男の”火球”が激しく燃え上がる。


「まさかと思うが……その”吐き気をもよおしそうな程に下らない芸”を考えるために、数分も私を待たせたと言うのかッ!?」


 ――冷ややかだったが、終盤しゅうばんは吠えるように怒鳴るモバリ(?)と言う男。


「まっ、まさかまさか……! ちょ、ちょっと……片付けてただけッスよぉ〜?

 ホラァ、盗賊なオレ達じゃあ……酒瓶とか散らかしたりするのは、当たり前ですしぃ……?」



 ――流石にマズイとでも思ったのか、萎縮いしゅくしたように言う副隊長。

 だが一言、言わせてほしい。……オルセットを襲った際の真面目さが素ではないらしいとは言え……これが副隊長の”素”なのかと言うと、どうも残念さが際立って仕方ないと思うのは私だけだろうか……?



「……フン、まぁ盗賊にしては……殊勝しゅしょうな事か……」


 ――腹の虫がおさまったのか、再び”火球”を握りつぶしては、パイプ煙草を吸い出すモバリ(?)と言う男。安堵あんどしたのか、副隊長が力ない愛想笑いをしていると……。


「……プハァァァァ……何をしてる? さっさと団長の元へと案内しろ……!」


「はっ、ハイッ!」



 ――一瞬、ビシィッ! ……っと、直立不動の姿勢を取った後に、即座に回れ右をしては洞窟の奥へと持っていた松明を掲げながら進むのであった……。

 途中、「タンバー」らしき棒でパイプ内の煙草をたいらにしたり、再び「クリッカー」で火を付けてはパイプ煙草を堪能たんのうしながら進む事数分後……。ようやく洞窟内で最も開けた場所に辿り着いたのであった……。



「つっ、着きましたぜぇ……旦那ァ?」


「……さっさと団長を呼んで来い」


「……ハイィ〜」



 ――少々情けない声で言った後、副団長は奥の方へと消えて行くのであった……。

 一方で待たされる身となったモバリ(?)と言う男は、パイプから立ち上る紫煙を燻らせながら、暇でも潰すかのように洞窟の全容を眺めていた。


 簡潔に言えば、「洞窟内に建てられたスラム街」……と言った所だろうか。

 良くある”鍾乳洞しょうにゅうどう”のトゲのような”鍾乳石”を無理矢理砕いては平らにし、そこに思い思いの掘立ほったて小屋や個室を建てたと言った感じである。ただ、彼らの職業はあくまで”盗賊”なため……そのクオリティは”スラム街”と書いたのを見ればお察しであろう……。


 一応”鍾乳洞”である証拠に、とある小屋の側ではあたかも”洋服掛け”のようにベルトや帽子を掛けたり、更には武器を納めた鞘などもが雑多に”鍾乳石”らしき岩の突起とっきに掛けられていた。

 【野蛮だな……】――一通り見て飽きたのか、紫煙を吐き出しながらモバリ(?)と言う男は心の中で呟く。多分……”何故にこんな野蛮な奴らに頼らなくてはならないのか……!?”……的に、苛立ちつつも物思いにふけているのだろう……。



「おっ、お待たせしやした〜?」


「……団長は?」


 ――いぶかしげかつ、蓄積していた苛立ちが収まらないような口調で話すモバリ(?)と言う男。


「あっ、あの〜ご足労そくろうをお掛けしますが……奥の部屋で話したいと……」


「……ハァ、案内しろ……」


「へっ、ヘェ……」



 ――【クソッ、メンドくせェ相手だぜ……!】――こちらも流石に横暴おうぼうな態度に辟易へきえきしたのか、舌打ちの後に呟く副隊長。まぁ……案内されるかたわら、再び周囲を見回していたモバリ(?)と言う男が、”片眉を歪ませた”程度で済んだのが不幸中の幸いであろう……。


 そして……奥に進むに連れ、遠目には判らなかったアジトの全容がモバリ(?)と言う男の目に入ってくるのであった。木箱が雑多に積み上げられ、中には果実などが顔を覗かせている”食糧庫”らしき場所……。剣、槍、戦斧せんぷ、弓矢、拘束用らしき鎖などなどが、これまた雑多に置かれた”武器庫”らしき場所……。焚き火の上に煮立つ鍋の側に、切り出した丸太をまんま利用した調理台兼まな板らしき物や、吊り下げられた解体前の巨大な肉塊にくかいまでもある”調理場”らしき場所……。


 どれもみずぼらしいの一言に尽きるが、まるで小さな"要塞ようさい"かと錯覚するかのような物資が充実していたのだ……! そして普通の盗賊には到底真似できないような……何処か”組織”と言える物が、このアジトの中にはあったのである。まぁ、それでも道中で彼が最も目がかれたのが……!



「つっ、着きやしたぜェ、旦那ァ?」



 ……何か、今回は”尻切れ蜻蛉トンボ”が多い気がする……。

 んんッ! 失礼。モバリ(?)と言う男が目を惹かれたモノ……”その中のモノ”に目を凝らす暇もなく、彼は密談会場へと到着したのであった。

 そこには、周囲の掘立て小屋よりも明らかに立派な”ログハウス”が存在していた。中途半端に加工した板ではなく、一本一本の幹がしっかりとした樹木で積み重ねて作られた物だ。それに、チャンと扉までも付いている……!


 ……まぁ、海外の方が日本のトイレに”ウォシュレット”が完備されていた時のような驚愕きょうがくを、私が”扉がある事”で感じているのはさておき……。副隊長によって中にエスコートされたモバリ(?)と言う男は、シンプルな丸太椅子へと案内された。

 小屋内は意外にも今まで雑多に様々な物が置かれていた道中とは違い、こざっぱりとしていた。丸太の壁を平らに削らずにそのままにしていたり、”片付けていた”事が本当だったように散らかっていなかったからだろうか?


 後は……所々に松明たいまつやランプで灯りを確保していても薄暗かった洞窟内よりも、多くの蝋燭ろうそくでより灯りを保とうとしていた事もか。まぁ、それでも”獣脂じゅうし製”なのか……蝋燭から立ち登るニオいの所為で、待つ彼の鼻は終始不機嫌になっていた……。

 だが、ここに来るまでの道中に嫌と言う程に浴びた”形容し難い悪臭の数々”や、”ポツポツとれ違う盗賊供の下卑ゲビた奇異の目にさらされる”よりかは、まだマシだとは思っていたようだ……。



「……待たせたな」



 ――その一言と共に、初老のように”深い顔のシワ”と”白髪しらが混じりのボサボサ髪”をたくわえた……何処となく猛者もさを感じさせる大柄な男が入り、モバリ(?)と言う男の対面に着席した。

 待たされたイラ付きからか、モバリ(?)と言う男は大口を開けて怒鳴ろうとしたのだが……?



 〜 バンッ! 〜


「ッ!?」


「まぁ……待たせてしまった詫びだ。短気なアンタにも満足できるよう、できる限り手短に話そう……」



 ――そう自信満々げにテーブルに右手を叩き付けた男……。

 一方、モバリ(?)と言う男は何が何だか分からない様子で苛立ちをより募らせていたが……そんなのはお構いなしにと、男は右手を滑るようにテーブルから離すのであった。

 するとそこには、我々には非常ヒジョ〜に良く見覚えのある物が……ッ!?



「……どうです? こんな”武器”、見た事もないでしょう?」


「……堂々と見せるのは良いが……その前に、貴様はいつから私の名前も真面マトモに呼べん程に愚鈍ぐどんになったのだ……?」


「ハイハイ、分かりましたよ……。城塞都市じょうさいとしマケットの領主・・・・・・・、モバリティア様ァ……」



 ――何とッ!? ”大企業の社長”と形容していたが……まさかまさか、この国の一角いっかくを治めていると思われる「領主様」が、夜な夜なこのような場所に訪れているとは……ッ!?

 もうこの時点で、ただの「会社に不満を持つ役員」から、「横領か会社の乗っ取りなど企む悪徳役員」に確定してしまったようだ……!



「……フンッ、それで良い。あくまで計画の中心は私なのだ。

 私への敬意もなしに……貴様らだけで再び”軍の兵士”や”騎士”に返り咲けると、自惚うぬぼれるんじゃあないぞ……?」


 ――一瞬、モバリティアと対面している男の口元が歪みそうになるが……何とか堪えたようである。


「……それで? それの何処が武器なのだ?」


「まぁ、焦らないで下さい……。おい、マッセ。用意しといたアレを持って来い」


「ヘイヘイ、団長様ァ〜。おおせのままにィ……っと」



 ――ようやく名前の判明した副団長……もとい、マッセは【たっく、何で副団長のオレがこんな小間使いみたいな事を……!】――的な事を呟きつつも、団長の背後にあった部屋の奥へと消えて行く……。

 少しの後、ズリズリズリ……と副団長は何かが詰まった麻袋を引きずって来るのであった……。



「……何だそれは?」


「まぁまぁ、見て下さいよ。マッセ、中身を」


「ヘイヘイサ〜」


 ――やる気のない返事の後に、マッセが麻袋を縛っていたヒモほどいては中身を取り出すと……?


「ウッ!?」


 ――袋の中身が出された途端、モバリティアは慌てて鼻をつまむのであった。


「なっ、何だそれはッ!?」


「何って、モバリティア様……”ウルエナ”ぐらい、定期的に魔物狩りをしている貴方の城塞じょうさい都市周辺で、見た事ぐらいあるでしょう?」


「そ〜ッスよ。従軍経験もある閣下様なら〜森の中で、一匹や二匹くらい見た事あるんしょ〜?」


「おいッ、マッセ!」


「ヘ〜イヘイ、スミマセ〜ン」


「貴様らの茶番なぞどうでもよいわッ! ウルエナだと言う事も、その卑しいツラで嫌と言う程判るわッ! 私が聞きたいのは、何故ッ! その腐り切った・・・・・ウルエナの死体を私に見せつけていると言うのだッ!?」



 ――その臭いのヒドさを物語るかのように、凄まじい剣幕けんまくで怒鳴るモバリティア。

 この時に袋から頭だけを出されたウルエナの状態は流石に”良い子は見ちゃダメ!”……という感じにモザイクが掛かる程の酷さなので割愛させてもらうが……基本的に死体と言う物は、おおよそ死後十日以降に体内に溜まっていた”ガス”が噴出し始めると言われている。


 これが臭いの元になるのだが……それ以前の話、このガスには”硫化水素りゅうかすいそ”と言う、火山ガスの成分にもある”毒ガス”も含まれているので、日常や異世界で死体を見かけたとしても無闇に近づかない方が望ましいぞ?



「すみません、モバリティア様。何せ、一週間近く前の獲物ですからねェ……」



 ――先程からブレない態度と鼻を摘んだまま話す団長。一応、マッセも袋を両手で支える性か……袋から顔を背け”一刻も早く鼻を摘みたそうな感じ”の辛そうな表情をしていた。



「……それは分かった。だから何なのだッ!? これを見せつけているのはッ!?」


「まぁまぁ落ち着いて……。ここ、見て下さいよ?」



 ――そう団長が指を刺すのは、ウルエナの眉間。黄土おうど色の毛並みに包まれた顔を、すっかり”赤黒く”染め上げた犯人であるポッカリと開いた”小さな穴”であった。

 【……何だ? この傷は……?】――イヤイヤながらも近づいて見た際に、見慣れた”矢傷”出ない事に気づいたのか、そう疑問を口にしてしまうモバリティア。



「これが、その傷の中から出てきた物です……」



 ――そう言う団長がズボンのポケットから取り出したのは、”小さ直径約15.24mmの鉛玉リードボール”であった。そのゴツゴツとした太い指に挟まれた”小さな鉛玉”を前にモバリティアは、驚いたように見つめていた……!



「……帝国製の武器か?」


 ――近くで見たかったのか、団長から引ったくるように摘み取ると、天井から吊り下げられたランプのあかりの元で、舐め回すように見つめるモバリティア。


「……私に聞かないで下さいよ、モバリティア様ァ?

 計画の中心である貴方の方が、よっぽど詳しいハズでしょう? これが……ドワーフの間で作られているかどうかも……?」


 ――苦笑いするも、先程のお返しと言わんばかりの”したり顔”で、モバリティアに質問する団長。


「……いや、見当もつかない」


「……でしょう? しかも、これ以外に一切の外傷はなかったんですよ?」


「……何ッ?」


「切り傷も、刺し傷も、打撲のあとでさえも……まったく。

 数人掛りでようやっと仕留められるウルエナを……その一発だけで、殺せているんですよ……ッ!」


 ――一瞬信じられないとでも思ったのか、周囲をキョロキョロと見渡しつつも冷や汗を流すモバリティア。


「……他に誰が知っている?」


「えっ?」


「この武器を……他に誰が知っているッ!?」


「そ、そんな近くで怒鳴らないで下さいよ……」


「では、サッサと言えッ!」


「分かりました、分かりましたよ……。閣下かっかと、私と、そこのマッセと……その弾を取り出した者程度です」


「そっ。その武器はオレが見つけてきた……!」


「「お前は黙っておけッ!」」


「……ヘイヘ〜イ、仰せのままにっと……」



 ――【全く、オレが功労者こうろうしゃだってのに……!】――そう思いつつも、再び真面目な警備員のように二人が座り直すテーブル近くで立ち尽くすマッセ。一瞬、コントのような一幕になってしまったが……どうやら”王国への裏切り”を考えているらしい二人には、視線の先にある”フリフリントロックピス・ピストル”が黄金に等しい価値・・・・・・・・を持っていると、共有したようである……!



「それで、団長? いや……赤壁あかかべ盗賊団団長、赤壁のグラヴォキエよ? 私に何を望む?」


赤鋼あかがねです、モバリティア様。失礼ですが……間違えないで欲しい……」


「……報告に良く上がるのは”壁”なのだ。

 それに……盗賊に成り下がった”騎士の誇り”なぞ、誰が聞きたいものか……」


 ――ドンッ! と、唐突に拳を机に叩き付ける団長改め、グラヴォキエ。

 その表情は、先程のモバリティアとお揃いの”悪い笑み”が嘘のように怒りに染まっていた……。


「……従軍経験よりも椅子に座る時間が長い野郎ヤロウが、オレ達の苦悩も知らずに……ッ!」


「我が領軍に加え、他の領軍にも狩られる事なく……のうのうと生き延びてられるのは誰のおかげ・・・・・だと思っているのだ……?」



 ――歯にヒビが入らんばかりに噛み締めるグラヴォキエ。それと同時に睨み殺す勢いでモバリティアの事を見つめていたが【……モバリティア様のおかげです】――と叱られた犬のように、ションボリと力なく答えるのであった……。



「それで良い。それでこそ、騎士として、兵士としての賢い考え方だ……」


「……」


「では改めて聞くが……団長? その武器を私に献上けんじょうして、何を望む……?」


 ――項垂うなだれたまま黙りこくるグラヴォキエだったが、席を立った後にモバリティアの傍へとかしずいては、こうべれた後にこう言うのだった……。


「……いずれ、帝国での地位を磐石ばんじゃくにされたのち……私と、私の部下達を……将軍とその直属部隊へとする推薦すいせんを……!」


「フム、まぁ考慮しておこう……数が揃えばな・・・・・・?」


「……えっ?」



 ――思わず間抜けな声を出しつつ、こうべを上げてしまうグラヴォキエ。

 その視線の先にはいつの間にか彼へと興味を失い、机に置いてあった”フリピス”を撫でつつ、ランプの灯の元で隅々まで眺め回していたモバリティアの姿があった……。



「この一つを献上しても……だ。

 あのズングリムックリの髭モジャ供が、すぐにでもこれを真似て生産できるとでも……? 数日も待たずに、この素晴らしいとお前が言う武器を、軍隊全てが運用出来るまでに、揃えられるとでも言うのか……?」


「えっ、いやぁ……それは……」


「直ぐだ! 直ぐッ! 直ぐにでも戦争に貢献できる数が揃わなければ、皇帝陛下こうていへいかに献上しても、功績なんて高が知れてるッ! それよりも、使い方・・・はッ!? お前は使い方を分かっている・・・・・・・・・・のか・・ッ!?」



 ――どうやら思った以上に、この”モバリティア”という男は抜けてはいないらしい。

 経緯が不明とは言え、”国を裏切る”と言う一見無謀に思える事だけ・・を考えていると思いきや……真っ先に触れた”フリピス”という未知・・を知るや否や、その”問題点”やグラヴォキエが説明していなかった”不明瞭ふめいりょうな点”にさえも気づいたのであった……!



「ちょ、チョッピリ……錬金術れんきんじゅつをカジっていた奴が、何かの”魔法薬”を使って飛ばしていた聞いたのですが……」


「私達だけじゃあないのか……?」


「えっ?」


知っている・・・・・のは……私達だけじゃあなかったのかッ!?」


「……あっ」


「貴様は真面マトモに報告もできんのかッ!?」


「もっ、申し訳ありませんッ!」



 ――服のえりを両手で掴み上げられ、激しく揺さぶられながらも必死に謝るグラヴォキエ。

 その片隅で、巨漢グラヴォキエ優男モバリティアに揺さぶられ、アワアワしている様子に対して必死に笑いをこらえていたマッセだったが……【粛清しゅくせいの順番は、お前が一番乗りでも良いのだぞ……ッ!?】――と、モバリティアがまたまた右手に火球を浮かべた際には流石に、直様すぐさま姿勢を正さざるをえなかったようだ……。



「ハァ……もういい。なら、製作者は? この武器の制作者はッ!?」


「いっ、今……その製作者と一緒に居た獣女・・からその居場所を吐かせようとしてます……」


「……何故、言いよどむ……ッ!?」


「そっ、その……三日も口を割らないんですよ……!? 飯を抜いたり、拷問でボコボコにされても、逆に部下が仕返されたりする始末で、進行……しないと……いうか……」


「……あの檻・・・に居た奴か……!」



 ――モバリティアは道中のオリの中に居た存在を思い出していた……! 恐らく、奴隷として売り飛ばすために用意されていたであろう複数の木製の檻の中で一際太く、頑丈そうな檻に一瞬目が止まっていたのであろう。ただ、囚人の事を気に掛ける余裕がないのか、灯りが少なかったため”ボンヤリとしたシルエット”でしか判別出来なかったのだ……。


 意外な発見を前に、右手を顎に当てて思案顔になっていた彼だったが……そんな彼にも脇目を振らず、未だ机に平伏していたグラヴォキエは、脂汗を流しながら決死の思いで顔を上げては、口を開こうとしていた……!



「でっ、ですがッ! モバリティア様ッ!

 必ずッ! 貴方様の決起の日までには、あのいやしい獣女からこの武器の製作者の場所を吐かせ、貴方様の元へと引っ張って来ますので……何卒ッ! 先程のお話を無かった事にする事は……」


「……今すぐ連れて来い」


「えっ?」


「……度重なる戦いの末に、耳が腐ったか? ……今すぐ連れて来いと言ったのだッ!」


「でっ、ですが……」


「戦うだけしか能のない者供が、使い方も分からないこの武器を見つけてきたからと、偉そうな口をくんじゃあないッ!」



 ――己が抱える部下達の頼りなさを前に、ついに堪忍袋かんにんぶくろの尾でも切れたのか……モバリティアは今までよりも最も大きな怒声を、グラヴォキエに浴びせるのであった……ッ!



「三日だ! たった三日であろうと、三日も掛かっているのだぞッ!?

 その制作者が、いつまでも呑気にこの周辺に居続けるとでも思ってるのかッ!?」


「しっ、しかし……ここで吐かせようとしても……!?」


「何を言ってる? 私がするのだ」


「えッ!?」


 ――本当に予想外だったのか、少しオーバーなリアクションと供にグラヴォキエの体が仰反のけぞる。


「しっ、しかし……モバリティア様のお手をわづわらせずとも……!」


「……いいぞ? サッサと連れて来い……」



 ――何を思ったのか、両手にめていた”フォーマルな手袋”を急に弄り出しつつ、気分屋のような言動をするモバリティア。その反応に若干戸惑いつつも、グラヴォキエは便利な小間使い待ちぼうけのマッセを忘れたのか、慌ててログハウスから駆け出そうと……!



「ただし……連れて来た後に貴様らがやった場合は、今までの話は無かった事になるがな……?」



 ――ログハウスから飛び出そうとする寸前、不意を突くように言われた一言に……グラヴォキエは一瞬足を止めて脂汗が増すのを感じていた。しかしながら、【後、いつまでこの部屋にこの腐った臭いを充満させる気だ……ッ!?】――と、続けてモバリティアからの静かな怒りを背中に受けた奴は、慌てて”ウルエナの死体袋”を引っ掴んだ後、足早にログハウスから出て行くのであった……。





 〜 バタンッ! 〜


「イヤッ! ハナしてッ! ハナしてよッ!」


「オラァッ! 暴れんなッ! このッ、獣野郎がッ!」


 〜 ブゥゥンッ! ドサァッ! 〜



 ――数分後、グラヴォキエが連れて来たのは、私達にとっては”案の定”と言えるであろう……”オルセット”であった。現状、どのような経緯でこのように捕まったのかは知るよしもないが……現在、奴に乱暴に地面へと投げつけられた彼女が抱くボスへの思い・・・・・・と言う物は、相当なモノなのだろう……。


 着用していた深緑色のチェニックワンピースは、村の中央広場での戦いによって”薄汚れ”程度だったのが、現状”泥塗ドロまみれ”に昇格している程なんてのは序の口である。何せ、何かしらの刃物を使われたのか……所々ところどころに”服の欠損”が見られる上に、痛々しい切創せっそうと共に彼女の素肌が見える場所がいくつもあったのだ。更にはある意味鉄板かもしれないが……”派手に負けたボクサー”のように、顔中に拳などで殴打された打撲痕だぼくこんや、左目を覆いそうな程の”青痣あおアザ”も出来ていたのだ……ッ!


 そんな痛々しい状態の彼女であったが、テーブル越しに足を組んでは優雅にパイプの煙を燻らせていたモバリティアは、とにかく冷ややかで……見下した視線で地面に転がる彼女を見つめていた。そして尋問を始めるためか、席を立つと彼女の元へと近づくのであった……。

 【気を付けて下さい。近づき過ぎると、脚の骨とかを蹴り砕かれますよ……?】――今度は冷や汗を流しつつ、彼女の背後に立つグラヴォキエが彼女に近づく彼にそう忠告するのであった。


 それに対し、より近づこうとしていた彼は歩みを止めつつ【成る程。通りで……】――と思うのであった。近づいてからハッキリと分かったのだが、彼女の腕は両手首を荒縄あらなわで締められている簡素な物に対して、脚の方は太ももから足首まで・・・・・・・・・荒縄でグルグル巻きにされていたのだ……。

 だが何故か見つめる縄に対し、胡乱うろんげな表情をしながら奴の注意に納得していた彼。しかしながらその胡乱さは、彼女の首元を見た瞬間……その脚の荒縄の事は至極どうでも良くなると同時に、氷解ひょうかいするのであった……ッ!



「……何故首輪・・を嵌めていない?」


「いやっ、それが……」


「先月も十分に支給しただろう? 数が足りていないとは言わせないぞ……!?」


「その……奇妙な事に、ハマらないんですよ……”奴隷の首輪”が……!」


「……何ッ!?」



 ――何とッ!? ”異世界物のライトノベル”をよく読む”◯者の諸君”とって、馴染み深くも聞き飽きたであろう単語ワードと共に、オルセットに関する驚愕の事実が唐突に飛び出して来るのであった……ッ!?

 一応、馴染みない”◯者の諸君”に説明しておくと……「奴隷の首輪」と言う物は読んで字の如く、奴隷に嵌める首輪の事である。


 現実では「古代ローマ」や「南北American戦争 Civil War時代」辺りが、奴隷の話として有名であろうが……”異世界の奴隷”はそれらに忠実ではなく、とにかく不憫ふびんと言える扱いばかりが多かったりする。まぁ、国が違えば”人種”や”法律”は勿論、”言葉”や”文化”、”思想”などなどと多岐に渡って違う事を考えれば、自然な事の一つなのであろうが……その”詳しい違い”については、ここでは割愛させて貰おう。


 とにかく、首輪の話に戻るが……大体色んな異世界で共通している事は、”何かしらの魔法など”で「奴隷の首輪」を嵌めた相手を、強制的に服従させられ・・・・・・・・・・る効果・・・である。

 主に、主人への”反抗的な態度”や”殺害行為”……奴隷達による”反乱の抑止”などなど、それらを未然に防ぐための”足枷”となっているのが主な役目である。そして……大抵は無理矢理外す事は出来ず、外そうとすれば”魔法による苦痛”は勿論、最悪には”首輪が爆発”するなんて物もあったりする……!


 そんな”人の自由を奪われる”物騒ぶっそうな代物を、オルセットは嵌められようとしていたのだ。

 だが……このウォーダリアは勿論、何処の異世界でも大抵の種族は嵌められ・・・・・・・・・・物が、嵌められない光景・・・・・・・・を前に、モバリティアは強烈な違和感を感じ……思わず口から漏れてしまったのだろう……。



「ウゥ、イタタ……! もうッ! コンドはナニする気ッ!?」


「……おい、獣女」


「……ダレェ?」



 ――汚物を見るような目で地面に転がっていたオルセットに呼びかけるモバリティアに対し……地面に這いつくばったまま、いぶかしげな目で顔を上げて声を発する彼女。

 だが、その態度が気に喰わなかったのか……背後に居たグラヴォキエが彼女の髪をむんずと掴み、眼前近くまで上げると彼女の耳目掛けて怒鳴るのであった。



「イタタタッ!? やめてッ! カミ、ツカまないでよッ!」


「オイッ! 獣女ァッ! 獣なテメェは知りもしなくていいが、敬う事だけはしとけッ! 未来の帝国貴族の重鎮じゅうちんに成られるであろう、モバリティア様をなァッ!」


 ……先程までの失態を僅かにでも名誉挽回めいよばんかいしたいのかは知らないが、その巨体に似合わない”ゴマスリ”を躊躇なく行うグラヴォキエ。


「……モ”ブ”リティア?」


 ――首をチョコンと傾げながら、サラリと言い間違うオルセット。


 〜 カツン、カツン、カツン、スパァァンッ! 〜


「ブッ!?」


「失礼。話をする前に貴女きじょの頬に付いていた”虫”が気になりましてなぁ……?」



 ――そうは言うが、彼女の元へ近寄っても相変わらず汚物を見るような目のままであるモバリティア。一方でその慇懃無礼いんぎんぶれいさに対しては理解が出来なかった物の、”頬に付いていた虫の嘘”と”殴られビンタをされた事”については十分過ぎる程に理解していたようで、【フゥゥゥゥ!】――とさながら猫科の猛獣を彷彿ほうふつとさせる威嚇いかく音を出しながら、見下す彼に怒りのまなこを向けていた。



「フン。おい、団長」


「ハイッ?」


「万が一だ。しっかりと抑えておけ……」


「はっ、ハイッ!」


 ――そう言っては、右片手で掴んでいた髪の他に、拘束した両手首部分もしっかりと掴み取り押さえようとするグラヴォキエ。


「さて女、話をしようか……?」


「……オルセット」


「……む?」


「ボクのナマエは……オルセットだ! 女なんて、ナマエじゃあ……ないッ!」


 〜 スパァァンッ! 〜


「またも失礼。どうもこの洞窟には、虫が多いようでしてなぁ……?」


「フゥゥゥゥゥゥッ!」


「それで? 話をするにあったって、二つ程質問があるのだが……」


「……イヤだねッ! 居もしないムシをリユウに、ボクをイジメるヤツなんかと……ッ!」


 〜 スパァァンッ! 〜


「まず、一つ目。何で、お前は、首輪を、付けられない?」



 ――ジョジョに増していく威嚇音におくする事なく、一言一言を言う度にオルセットに人差し指を突きつけながら、問いかけるモバリティア。一方のオルセットは、少しの威嚇音の後にプイッとそっぽを向いては【……シらない】――と、感情なく言うのであった。



 〜 スパァァンッ! 〜


「……トボけるな。例の首輪は、付けた物の”魂を縛る事”で服従させる、古代魔法の産物さんぶつだ……! そんな現代の魔法では防ぎ用・・・・・・・・・・もない代物・・・・・を、何故にお前は防いでいるのだッ!?」


「……タマシイ? コダイマホウ? ナニそれ?」


 〜 スパァァンッ! 〜


「……虫に刺され過ぎて集中できないのか? それとも、毒性のある虫にでも刺されて頭がおかしくなっているのか……? まぁ、どっちであろうと私にはどうでもいい事だが……質問にだけは、ハッキリ、答えろッ!」


「フゥゥゥゥゥゥッ!」


「では再び問おう……何で、お前は、首輪を、付けられないッ!?」



 ――オルセットのあまりの無礼さを前に、手を出さずにはいられない尋問を続けるモバリティア。その様子を団長のグラヴォキエや副団長のマッセは、【おいおい……いつか噛み付かれるぞ】――などと冷や汗を流しながら眺めていた。そんな空気も知らぬオルセットは、このまましらばっくれてもラチが明かないとでも思ったのか……威嚇音を止めては、ジョジョに語気を強めつつこう言うのだった……。



「……シらない。シ・ら・な・い・か・らッ! 分かったッ!?」


 〜 スパァァンッ! 〜


巫山戯フザケるなッ! 魔法にうとい、下賤げせんな獣の亜人風情ふぜいがッ! 何処で見つけたッ!? それとも何処ダンジョンで見つけたッ!? そんな古代魔法をッ!?」


「シらないからッ! これ以上、ボクをナグってもコタえはカわらないよッ!?」


「……クッ!」


「へッ! オレにアッサリと騙されたクセに、良く大層な嘘を吐けるモンだなァ?」


「うるさいッ! ウソつきッ! この”アジト”ってバショに、”ボスのジュウがたっぷりある”って言ったオマエの方がウソつきでしょッ!」


「せっかくオレをヨユ〜で捕まえられたクセして、アッサリと騙される方が悪りぃんだよッ! 言っとくけど、恨むんならオ・レェ! ……じゃあなくて、テメェの頭のバカさ加減を恨みなァッ! へッへッへッへッ!」


「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 〜 スパァァンッ! 〜


余所見よそみをするなァァッ!」



 ――現状、オルセットが話す事は限りない”真実”ではあるが……それと同時に判明した彼女の捕まった理由としては、「ボスへの思い」が裏目に出てしまった事・・・・・・・・・・のようだ。

 【私の尋問の邪魔をするのなら、そこの隊長以上の”粛清”を貴様にやってもいいのだぞ……ッ!?】――募る苛立ちが臨界点に達しようとでもしているのか、壁に暇そうにもたれかかるマッセに怒気の孕んだ声で忠告するモバリティア。


 【……すみませんね。隊長もダンナも、本筋から外れた事を急に聞き出すモンで……暇で暇で仕方ありませんでしてねェ】――ここまで、とことんないがしろにされた事を根に持ってるのか、皮肉たっぷりに言うマッセ。その一言に一理でもあったのか、彼女を尋問する二人は眉間のシワを緩めなかったものの、マッセへと向けていた視線を彼女の元へと戻すのであった……。



「……チッ、仕方ない……! 管理が面倒だが、次だ……ッ!」


「……覚えとけよ、マッセ?」


「そら、ド〜モ」


 ――軽い仕返しが出来て満足しているのかは知らないが、横目に放たれたグラヴォキエの鋭い睨みに怖気おじけ付く事もなく、不貞腐ふてくされるような返事を返すマッセ。


「さて、話はれてしまったが……最後の質問だ」



 ――優雅な足取りで背後の机に置いていた”フリピス”をモバリティアは掴むと、髪を掴まれている痛みからか、時折顔をシカめつつも怒りの表情を崩さないでいたオルセットの眼前へと突きつけた。



「こ……」


「アァァァァァァァァァァッ!」



 ――”尻切れ蜻蛉”ならぬ”首ハね蜻蛉”という言葉が出来そうな勢いで、オルセットは声を上げていた。思わぬ大声に、モバリティアは咄嗟にたじろいでは耳を塞いでしまう。



「それッ! ボスのジュウッ! 返してッ! 返してよッ!」


「おいッ!? ……暴れるなッ!」



 ――髪が引っこ抜けても構うモンか! ……そんな心の声が聞こえてきそうな程に、オルセットは少し後退したモバリティアに突撃でもしたいかのように、必死にもがいていた……!



 〜 スパァァァァンッ! 〜


「ブヘェッ!?」


「この獣がッ! 貴様の飼い主は、貴族の会話に大声で割って入るようにしつけでもしていたのかッ!?」


 ――この予想外の行動に、モバリティアは相当頭に来ていたのだろう……。放たれた”ビンタ”も”怒声”も今まで以上であった……!


「シラないよッ! それよりも返してッ! ボスのジュウを返してよッ!」


 〜 スパァァァァンッ! 〜


「獣の分際で、貴族である私を差し置いて大口を叩くなッ!

 いいかッ!? 話して良いのは私だ。質問して良いのも私だ。だが貴族や平民以下である”獣”な貴様は、黙って、私の、質問にだけ、答えろォォォォッ!」


「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 〜 スパァァァァンッ! 〜


「それ以外は喋るなァァァァッ!

 そして、唸り声も上げるなァァァァァァァァッ!」



 ――流石にこの時点で、モバリティアはオルセットに対する堪忍袋かんにんぶくろの尾が切れてしまったのだろう……。更に彼の怒りの炎が燃え上がっている中……獣人由来の体の頑丈さからか、ようやっと叩かれ続けていた頬が赤くれてきていた彼女は、唸り疲れてしまったのか……不満げな口の形のまま黙り込んでいた。

 ……ただ、その目は度重なる暴行によってにごよどむ事はなかった。むしろ……目の前の獲物をどうや・・・・・・・・・・って狩り殺そう・・・・・・・かと思案する、猛獣の目を彷彿ほうふつさせる程に鋭くかがやいていたのだから……ッ!



「……」


「……フン、ようやく黙ったか……」



 ――束の間の一服の後、たっぷり口に含んだ紫煙をオルセットに躊躇ちゅうちょなく吐きかけるモバリティア。当然、彼女は”ニャホ、ニャホッ!”と言った感じにせしまい、眉間のシワと目の鋭さが増していったのだが……依然、唸る事はしなかった。



「ほぉ? 随分とお利口さんになったものだな……? では、機嫌が変わらぬ内に聞こうか……?」


 ――相変わらず見下した口調を崩さないモバリティア。パイプを吸う際に身体ごとそむけていた視線をオルセットに戻し、再び”フリピス”を彼女の眼前に突き出しつつ質問する。


「……この、武器の、製作者は、今、何処にいる……ッ!?」


 ――上流階級特有の威圧感を惜しげもなくジョジョに強めながら尋問するモバリティア。だが……オルセットは、”アーチ橋”の如き不満げな口をつぐんだままであった……。


 〜 スパァァァァンッ! 〜


「失礼、また虫の所為で話に集中できていないと思いまして……つい……」


「……」


「ウゥンッ、ではもう一度聞こうか……? この、武器の、製作者は、今、何処にいる……ッ!?」


 ……だが喋らない。その逆に、オルセットの目の輝きと鋭さが増してゆく……!


 〜 スパァァァァンッ! 〜


「……この、武器の、製作者は、今、何処にいる……ッ!?」


 ……だが喋らない! その逆に、オルセットの目の輝きと鋭さが増してゆく……!


「……クッ、何なんだ……ッ! その忌々いまいましい目付きは……ッ!?」


 ……だが喋らないッ! その逆に……。


 〜 グッ、バキャァァッ! 〜


「ニャホッ!?」


 ――ッ!? ぐっ、グーパン……だと……ッ!?


「ハァ……ハァ……いっ、いい加減にしろッ! 何故だッ!? 何故、貴族である私の前であろうと、喋ろうとしないのだッ!? 何故にそんな”偽善者ぶった輝きの目”なぞが出来るのだッ!?」



 ……どうやらモバリティアの”怒りメーター”は、臨界点を天元突破てんげんとっぱしてブッ壊れたらしい。今までの貴族らしさは何処へやら……現在、オルセットの両肩をむんずと掴んでは、前後左右に絶賛シェイキング中という荒れ具合である……!

 【こんな荒れ模様……初めてだな……】――と、赤壁盗賊団の”団長”と”副団長”が冷ややかな目つきで見守る中……数分間のシェイクの果てに疲れ果てたのか、息切れを起こしていた彼に対して呆れた口調で、こう言うのであった……!



「……シャベるな・・・・・って、言ったでしょ? だからシャべらない」


「ッ!?」


「……ちゃんと守ってたのに、何でそんなオコってるの?」



 ――おっと、いつの間にどこの誰かさんの”あおり方”を覚えたのか……明らかに”故意”であると宣言するかのように、いい終わった後の口元に不適な笑み・・・・・を浮かべるオルセット……ッ!



「……貴族である私を、よくもさっきから抜け抜けと……ッ!

 私を……本気で、怒らせたいのか……ッ!?」



 ――先程とは”全く違う怒り”が沸々と湧き上がり、モバリティアの体をわなわなと震わせる……! だが、彼女は再び口を噤むのであった……。


 しかしながら、明確な変化はあった。青なじみの片目をつむり、明らかに”常人よりも猫科動物のような長い舌”をペロリと垂しては、”アッカンベ〜”で彼の質問に答えていたのだ……!

 一瞬、ポカンとしてしまうモバリティア。貴族の社交会では一切お目に見えない動作なのであろう。だが……数秒経っても一向にその態度を崩さない彼女に、聡明そうめいであろう彼はその態度が強い”侮辱ぶじょく”だと言う事を、理解したようだ……。


 ボスとの出会いが、芽生えさせるキッカケだったのかは定かではないが、この行動を起こした精神の変化ユウキ……。人間に芽生える筈の、<「正義」の輝きの中にあるという”黄金の精神”>……という物の片鱗が、亜人である彼女・・・・・・・の中に芽生え始めているのは、人間であるモバリティアに対する最大限の皮肉だろうか……?


 まぁ、それさえも彼女は”理解し自覚しているか”は知る由もないが……それを抱き続けられるかどうかの試練が、今まさに始まろうとしていた……ッ!



 〜 ……ポンポンッ……スッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ…… 〜


「……?」


 ――モバリティアは何を思ったのか……パイプ煙草に溜まった吸いガラを急に捨て、懐に仕舞ったかと思えば、彼女に向けて”スローな拍手”を始めたではないか……!?


「……ブラボー……! おお……ブラボー……ッ! 貴女の気概きがいは、下賤な獣の亜人風情にしては実に、実にブラボー……賞賛に値する物だ……」


「……」


「だからこそ、私は貴族として……褒美を与える事・・・・・・・で、貴女をむくいなければな……?」


 〜 ……パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ……ボオォォォッ! 〜


「ッ!?」



 ――輝きに満ちていたオルセットの瞳が、急激に光を失う……! それもその筈、モバリティアは今まで拍手していた両手を急に合わせたまま止めたかと思えば……数秒の後、右手から再び”バスケットボール大の火球”を出現させたのだ!

 火球によってより鮮明に浮かび上がるその顔は、火球のゆらめきからか……いつの間にかニコかに変わっていたその表情を、不気味に際立たせていた……ッ!



「団長、もう少し彼女の体を上に上げろ……」


「はっ、はッ!」



 ――少し慌てるも、グラヴォキエはオルセットの両手首を両手でガッチリ掴んでは持ち上げる……。【……止まれ。……フム、丁度良い高さだ……】――ある程度の高さで、モバリティアはストップを掛ける。それは……丁度、彼の”腰の高さ”と彼女の”腹の高さ”が同じぐらいになるモノであった……。



「ところで、もう一度聞くが……この武器の製作者は今何処にいる?」


 ――沈黙するオルセット。だが……彼女はコメカミに汗がつたうのを感じていた……。


「……そうか、なら……貴女への褒美は……れだ」



 〜 ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! 〜


「フギャァァァァァァアァァァァァァァァァアアァァァァァァァァァァァッ!?」



 ……これは……酷い……!

 モバリティアの表情が”ニコかな表情”から”真顔”に豹変ひょうへんしたかと思えば、手に浮かべていた火球をゆっくり……内蔵へと捩じ込ませるかのように……オルセットの腹部に押し当てたのである……ッ! これには、人間よりも優れた肉体を持つオルセットでも、先程の連続ビンタと比べようのない激痛を前に……悲鳴を上げられずにはいられなかった……ッ! 


 押し当てられた部分はゆっくり……しかしジョジョに激しく、彼女の着ていた緑のチェニックワンピースを燃やし尽くしていき……数秒後に彼が火球を離した時には、複数の”大きな水膨みずぶくれ”が出来上がっていた……! これは、現代の火傷の酷さで言えば「II度熱傷」。皮膚が壊死えししてしまう「Ⅲ度熱傷」の一歩手前と言う火力の高さを、彼が出した火球は物語っていた……ッ!



「ニャァァァ……ニャハァァァァ……! ニャハァァァァ……ッ!」


 ――途方もない激痛であったのであろう……オルセットの息は絶え絶えとなっていた……!


「……本当は心苦しいのだよ? 私は私の愚弟ぐてい程に、人を嬲り殺して喜ぶよ・・・・・・・・・・うな趣味・・・・は持っていないのでねぇ……? ただ、強情な選択をしたのは貴女だぞ? このような強情な選択をせずに、”この武器の製作者の場所”を話していれば……私もこのような褒美を与えずに済んだのだが……?」



 ――目の前のオルセットの容態ようだいなんてお構いなしにモバリティアは、右手を軽く仰ぐようにして火球を消した後……再び”フリピス”を彼女の眼前に突き出しながら、優雅な口調で語るのであった……!



「……お、オマエ……なん……か……に……!」


 〜 ドジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! 〜


「フギャァァァアァァアァァァァァァァァァァァアァアァァァァァァッ!」


「もう、お利口さんではなくなってしまったか……誰が勝手に喋って良いと言った……!?」



 ――躊躇なく、再び右手に出現させた”火球”でオルセットの腹を焼いた後……後半は、ドスの効いた静かな口調で威圧するモバリティア……ッ! 再び襲い掛かる激痛を前に彼女は気を失いそうになるが、驚くべき気力で何とか顔を上げ……猛獣の如き睨みを彼に浴びせる……!



「フゥゥゥゥ……ッ! フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」


「……」


 〜 ドジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! 〜


「フギャァァァアァァァァァアァァァァァァァアァアアァァァァァッ!」


 ――無言で火球をオルセットの腹に押し付け、彼女を黙らせるモバリティア。


「……仕方ない、ここでハッキリ言っておこう……。何故、勝手に喋ってはいけないのか? それはだなぁ……? ”質問”は既に”拷問”に変わっているからだ……! 分かったか……? この獣がぁぁぁぁぁぁッ!」


 〜 ドジュゥゥゥアァァァァァァァァッ! 〜


「フギャァァァアアァアァァァァァァァァァァアアアァァァァァァッ!」


 ……既にオルセットの腹にあった水膨れは焼き潰れ……中心から波紋状に、黒く変色し始めていた・・・・・・・・・・……! ……「Ⅲ度熱傷」、その症状であった……。


「言えッ! 言うんだッ! この武器の制作者の居場所をぉぉぉ!」


 〜 ドジュゥゥゥアァァァァァァァァッ! 〜


「フギャァァァアアァアァァァァァァァァァァアアアァァァァァァッ!」


 ――オルセットに一息かせる間も無く、モバリティアは彼女の”黒と黄色に染まり始めた腹”を焼き続ける……!


「喋らないなら、喋らないで一向に構わないぞ……!? そうすれば……今すぐにでも、お前の忌々しい顔付きを”焼き過ぎて食えない肉”のように、真っ黒に焼き尽くしてやれるからなぁッ!?」


 〜 ドジュゥゥゥアァァァァァァァァッ! 〜


「フギャァァァアアァアァァァァァァァァァァアアアァァァァァァッ!」


「言えッ! 言えッ! 言えェェェェェッ! 何処に居るんだァァァァッ!」



 ――そこからは、何度も何度もモバリティアは彼女の腹を焼き続けては、罵倒を飛ばすのを繰り返し続けた……。しかしながら、壊死というのは”細胞が死滅する事”……。故に、痛覚を伝える神経細胞も死滅していく訳で、焼かれる彼女の反応もジョジョに鈍くなっていく訳である……!

 しかしながら、そうなったとしても彼は諦めなかった……! 腹が駄目なら、”脇腹”を……! ”脇腹”が駄目になったら”胸”を……! ”胸”が駄目になったら”両腕”を……! 己の魔力が続く限りに、彼は拷問を続けるのであった……ッ! 



「ハァ……ハァ……ハァ……こっ、ここまで……強情とはなぁ……!?」



 ――罵倒を浴びせ続けてきたモバリティアの声がカスれ始めてきた頃……オルセットは、見るに耐えない程に凄惨せいさんな姿となっていた……! 体の5割近くが”重度の火傷”で黒く染まり上がり、気力に満ちていた顔は既に枯れる程に出たであろう”汗”や”涙”に”鼻水”と、まみれに塗れ切っていた……。

 ここまで来ると、生きているのか疑問に思えてくるだろうが……項垂うなだれて表情の見えない彼女の口からは、【ボスゥ……ボスゥゥ……ボスゥゥゥ……!】――と、まるで搾りカスとなってしまったかのような……か細い声が念仏のように繰り返されていた。この声が、かろうじて彼女の意識を繋ぎ止めているのだろう……。



「かっ、閣下……?」


「何だッ!?」


 ――オルセットを拘束し続けるグラヴォキエを、血走る目で睨み付けるモバリティア。


「さっ、流石に……今日はもう、も深すぎますし……そろそろお帰りになられた方が……!」


「……帰る? 帰るだとッ!? 三日も掛かって聞き出せなかった貴様らが、”私が出来ますから”と……! 貴族である私に、帰れと言うのかッ!?」


「いっ、いや……そんな差し出がましい事は一切……!」


「じゃあッ! 何だッ!?」



 ――今まで余裕に余裕を重ねた優雅な振る舞いは何処へやら……。意外と「帝国への亡命計画」は”綱渡つなわたり”に近い状況なのか……まるで”悪事がバレる寸前の悪党”かのように、焦燥感に満ちた表情で睨み殺さんばかりの視線を送るモバリティアに対し、グラヴォキエは何とかなだめようと必死であった……!



「さっ、流石に……これ以上はこの捕虜が持ちませんよ……! 何とか……回復するのを待ってから……」


「……ハッハッハッハッハッハッ……」


 ――右手を額に当て、項垂れるように不気味に笑うモバリティア。


「面白い冗談だ。傑作けっさくだよ……全く……傑作だ……」


「……」


「では聞くが……団長? 貴様は何日も食わずにえていたとしよう……? 飢えに飢え続け……歩きに歩き続け……そうし続けた末に、ようやく……! 誰かが焼き、置き忘れた”肉”があったとしよう……? 団長? 貴様はそのような状況でも、その”肉”を喰らわないというのか……?」


「どっ、どう言う事で……」


「口答えせずに答えろ」


「はっ、はい! えぇと……」



 ――考えあぐねるグラヴォキエ。

 【それ以前にそんな肉、とっくの昔にコゲてんじゃあ】――と、二人のやり取りを見ていたマッセが不満げにボヤいていたが……寄りかかる壁の傍で、火球が飛び込んできてはぜる……ッ!


 【貴様には聞いていない】――火球を投げた張本人であるモバリティアが、一瞥するように言っては、再びグラヴォキエに視線を戻す。そして、爆ぜた火球の近くに居たマッセは、下半身に生暖かい感触が流れ落・・・・・・・・・・ちて行く・・・・のを感じながら……只々、黙るしかなかった……。



「さて……答えを聞こうか、団長?」


「たっ、食べるしか……ないと思います。

 そっ、その! 作戦行動から外れたとしても、隊と合流するためには……」


「あぁ、違う違う……。その後の能書き的な事なぞ、どうでも良いのだよ……!」


「どっ、どうでも……?」


「では改めて聞こう……?

 団長、貴殿は飢え続けた末に、肉を食べると言ったな……?」


「はっ、はい……?」


「では何故だ? 何故に貴様は、そこに居る……”ただ食べるだけの肉下賤な獣の亜人”なんぞに、同情などしている……?」


「「ッ!?」」



 ――嫌悪はしていた、人間ではないが故に……。

 それが盗賊団の団長グラヴォキエ副団長マッセの共通の認識であった。だがしかし、自分らの”雇い主”であるモバリティアは……どうやら自分達の”認識”よりも、更にその先に行っていたようであった……!



「生きていくために殺す必要のある”獣”に……! 食らう必然のある”肉”に……! 誰が慈悲を掛ける必要・・・・・・・・なぞあるのだ……? してや、焦げて腐り掛けている”肉”の何処に、”回復”する見込みなぞあるのだ……?」


「……」


「……焦げて腐り掛けるまでやってしまったのだ……なら、腐り切るまでに聞かなくてはならないだけの話だ……」


「……」


「言っておくが……これ以上、選び間違えるな? 団長……? 選択を間違えたからこそ……今、此処に居るのであ・・・・・・・・・・ろう・・……?」


「……はい」


「これ以上間違えたくなければ……黙って、その獣を、抑え、続けてろッ!」



 ――グラヴォキエは、黙って頷くしかなかった……。心の中で……何かが”プッツリ”と、途切れるのを感じながら……。一方のモバリティアは、心を落ち着けるためか……再び懐からパイプ煙草を取り出しては、一服をしていた。そして、紫煙を吐き出しつつ優雅な足取りでオルセットへと歩み寄って行く……!



「……ボスゥ……ボスゥゥ……ボスゥゥゥ……!」


「さて? もう聞こえてないかもしれないが……その”ボス”とか言う、名前も明かさぬ主人のために犬死いぬじにするつもりなのか?」


「……ボスゥ……ボスゥゥ……ボスゥゥゥ……!」


「……クッ!」


 〜 グッ、ボコォォッ! 〜


「フギュッ!?」


「何とかハッキリ言ったらどうなんだッ!?」


「……ボスゥ……ボスゥゥ……ボスゥゥゥ……!」


 〜 ボコォォッ! 〜


「ムギュッ!?」


「無意味な事を言い続けるなッ! 三日だッ! 三日以上も経っているのだぞッ!? 何処の馬の骨かも分からん”ボス”などと言う奴がッ! 三日以上もお前を助けに来ないなどがッ! お前なぞを、助けに来るなど……思うなァァッ!」


 〜 ボコォォッ! 〜



 ――再三に渡る、モバリティアの左フックと左裏拳による暴行。

 だが、オルセットは屈しなかった。いや……むしろ、殴られた影響か……聞き捨てならない事・・・・・・・・・をしっかりと彼女は聞き取っていた……!



「……ニャホッ! ニャホッ! ……ク…ズ……?」


「……ん?」


「……ボ…ス……が……ク…ズ……?」


「ほぉ? 下賤な獣の亜人風情は、”クズ”の意味も知らないのか……? まぁ、獣か。知らなくて当然だ……」


「……ヨく……分かん…ない……ケド……ボスを……バカに……して…るの……?」


「フン、今直ぐ黙れと言いたいが……特別に答えてやるとしよう……。そうだ。屑で、馬鹿で、価値のないッ! 道端にへばり付く家畜の糞のような物だろうなッ! ……お前以下のような……ッ!」


 ――自慢げにも見えるが、最高に忌々しい表情で言い切るモバリティア。

 その発言を前に、オルセットはワナワナと震え始める……!


「……ボスを……!」


「……ん?」


「……ニンゲン……じゃあ…ない……ボクを……! 助けて…くれた……ボス…を……!」


「……助けた? ハッ! 馬鹿馬鹿しいッ! 何の価値にもなりもしない獣を助けるなんて、酔狂すいきょうどころか愚鈍ぐどんの極み……」


「……ボスを……ッ! バカに……するなァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 ――猛獣の如き叫びッ! 直後にオルセットの体は動くのであったッ!


 〜 グンッ! 〜


 ――残る力を振り絞り、オルセットは拘束された下半身をグラヴォキエ目掛け、大きく揺り動かすッ!


「ウグッ!?」


 ――一瞬だが、その肉体を足場として足蹴あしげにされるッ! そして、勢い付いた彼女の縛られた両脚はと言えば……ッ!?


「ニャァァラアァァァァァァッ!」


「そっ、そんな!? 何故、まだ動け……」


 〜 ゲッシャアァァッ! 〜


「ルンダァァァァァァァァァッ!?」 


 〜 ヒュゥゥゥ〜ンッ、バキャシャァァァァンッ! 〜


「ッ!? かっ、閣下ァァァァァァァッ!?」



 ――ミノムシのように吊り上げられていた事を活かし、振り子の動きからの”ドロップキック”ッ! 両脚を縛られていようと、オルセットの蹴りの威力はまだまだ健在だった! 散々、彼女を罵倒し続けていたモバリティアを、いとも容易く宙へと蹴り上げ……見事なU字を描きつつ、背後にあった机を破壊する程であったのだ……ッ!



「放せッ! 放せェェェェェェェッ! ボスをバカにしたオマエなんかァァァァァァァッ!」



 ――が、相当頭に来たのだろう……。先程までの衰弱すいじゃく具合が嘘のように、両手両足が縛られていても何のその! 絶対にボッコボコにしてやると言わんばかりの暴れようで、机を破壊したまま伸びているモバリティアの元へ行こうとオルセットは、モガきにモガくッ!



「クソッ!? オイッ、コラッ! 暴れんなッ!」



 ――先程までは余裕で拘束していたグラヴォキエだったがこの時ばかりは、オルセットのブチギレざまがあまりにも激しく……腹を蹴られたり、予想以上の力で取り押さえようとするも振り解かれたりと、一筋縄にはいかなかった……!



「あぁぁ、クソッ! おいッ! マッセッ! 何ボケっとしてやがるッ!? サッサと閣下の容体ようだいを確認するんだッ!」


「へっ? へっ、へいッ!」


「放せッ! 放せェェェェェェェッ! 放……ッ!」


 〜 グオォォンッ、ゴッ! 〜


「フギャッ!?」



 ――【閣下に手を出したんだ。もう生きてここから出られると思うなよ……ッ!?】――そうグラヴォキエが呟くと共に、オルセットの後頭部から奴の右手が離れて行く……。恐らく、彼女の暴れっぷりを前に”無傷のまま”取り押さえるのは不可能と判断した奴は……彼女の後頭部を掴み、硬い石の地面へと顔面・・・・・・・・・・を叩きを付けた・・・・・・・のであった……ッ!


 この一撃には、ブチギレた末に”アドレナリン”がドッバドバに満ち溢れていた彼女でも、たまらない一撃となったのだろう……。【ヒィ!? ダンチョ!? ダンナ息してませんぜッ!?】【バカ野郎ッ!? ならとっとと保管庫から、ありったけのポーションを持って来い!】――朦朧もうろうとして行く意識の中で、そのような事が聞こえたような気がしたが……彼女にとっては至極どうでも良い事であった……。


 【……ボスゥ……タスけ…て……】――意識が途切れる寸前、彼女が最後まで思っていた事であった……。






 〜 ……ズバァァァァァァァァァンッッ! 〜


「……ッ!? ボ…スゥ……?」



 ――どれだけの時が経ったのであろうか……”とある音”を感じ、意識を取り戻したオルセットは両目を勢い良く開く……! ……しかし、一向に体は言う事を聞かず、必死に目を凝らしては周囲を確認するが……彼女が望む”ボスの姿”は全くと言って良い程に見えなかった。


 見えたのは、広い空間である事……そして、目の前には盗賊達のネグラらしき、いくつかの掘立て小屋が立ち並んでいた事……。そして彼女が次に出来た事はと言えば……頬に涙が伝うのを感じつつ……ただ静かに、両目を閉じる事だけであった……。



 〜 バシャァァァァッ! 〜


「……ニャホッ! ニャッ! ニャホッニャホッ!」



 ――どれだけの時が経ったのであろうか……次に意識を取り戻したオルセットがまず初めに感じた事は、”大量の液体”と”せる程の腐臭と刺激臭”であった……。これが鼻が良い彼女の頭にブッ掛けられたのだから、嫌でも飛び起きなければならなかったのである……!



「へっへっへっへ、お目覚めかい? 獣野郎? 昨日の残飯から出来た”残飯ざんぱんスープ”、コイツの味はお気に召したかい? へっへっへっへ……!」



 ……”残飯スープ”……立ち上る臭いから、何が入っていたかは想像したくはない物だ……。


 それはさておき、いまだ続く朦朧とした意識の中……オルセットは自身にとって”とってもイヤなモノ”をブッ掛けてきたクソ野郎のご尊顔そんがんを、何とか首を動かす事で拝見はいけんしていた……。……が、とは言っても彼女の感想として言えば……”ダレェ?”程度であった。

 まぁ、恐らく……”赤壁盗賊団”の一員である事には、間違いないのではあるだろうが……。



「……」


「ッ? おいっ、お〜い? 何とか言ってみろよ〜?」


「……」


「も〜しもぉ〜し? 聞こえてる〜?」



 ――度重なる火傷の末、限界に近かった体に無理を働かせ過ぎたのであろう……。彼女は指一本どころか、指先ですらも動かせない状態であったのだ……! 一応、喋ろうと思えば喋れたのだが、常に頭がきりが掛かったようにボヤけており、上手く言葉をつむぎ出せずにいたのである……。

 今も眼前にいる盗賊に足蹴にされ、耐え難い程の嫌悪感を感じるのだが……それでも、全く動けないのであった……!



「……あ〜あ、こりゃあマジでダメだな……。

 昨日の団長とお貴族様……どんな拷問をしてたんだよ……?」


 ――土俵に入った後の力士が取る”蹲踞そんきょ”っぽい姿勢でしゃがみ、ボロ雑巾と化したオルセットを眺める男。


「しっかし、何でこの広場なんだろ? 別に”ゴミ捨て場”に移送してから、始末しても・・・・・良いハズなんだけどな〜?」



 ――そう言いつつ男は周囲を見渡す。そこは男の言う通り、洞窟の中で宴などでハシャぎ回っても十分、大丈夫そうな円状に近い広場となっていた。他に特徴的な事としては洞窟の壁に沿って無数の”掘立ほったて小屋”が乱雑に立ち並ぶ事と……男の正面方向には、オルセットが拷問を受けていた”団長のログハウス”が見えていた……! だが、眺めるのに飽きたのか……男はスクっと立ち上がる。



「まっ、どうでも良い事かぁ〜。これやれば、珍しく団長から”りゅう金貨10枚”のご褒美が貰えちゃうからねぇ〜」


 ……んっ? 今、誰かの悲鳴が聞こえた・・・・・・・・・・気がするが……気のせいか?


「……じゃあね、獣野郎? オレは別に恨みを持ってないけど……俺の生活のためだ……悪いが、死んでくれや……ッ!」


 ……ッ!? あっ、ちょッ、待って!? そんなッ!? 懐からナイフを出して、オルセットの頭目掛けてブッ刺そうとしたら……ッ!?





 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッッ! 〜



 ……ここまで、強行突破してきたボス・・・・・・・・・・が……ブチギレちゃう・・・・・・・でしょ……?


 〜 カランッ! ドッ、バタンッ! 〜


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。そんな、金額貰うなら……ハァ、ハァ、られる覚悟くらい……ハァ、ハァ、ハァ、持ってたんだろうなァッ!? クソ野郎ッ!」



 ――このアジトに辿り着くまでずっと走り通しだったのか、ボスはかなり息が上がっていた。しかも……衣服のあちこちや、両手にベッタリと”返り血”が付着した状態で……! だが、それにも関わらず……二、三十メートル先から命中率の悪いフリピスを用いての、片手のみの狙撃で”ヘッドショット”を決めたのは、凄いとしか言いようがないだろう……!


 強行突破してきた疲れからか、彼は時折チョッピリ蹌踉ヨロめきつつも、地面に横たわるオルセットの元へと歩みを進めて行く。因みに道中、発砲したフリピスの銃口に”何か”を詰めつつ進んでいたのだが……彼女に近づいた際に彼は、詰め終わった”フリピス”を、危うく取り落としそうになった……。

 当然だが、そうなるのも無理はない……。親しき友人や家族が、見るに耐えない”凄惨な姿”になっていたとしたら……◯者の諸君は、冷静でいられるであろうか?


 無論、ボスは”NO”であろう……。急いで近寄っては蹴り飛ばす勢いで、彼女にのし掛かった死体を退かすと……彼女の上体を彼はそっと抱き上げる。



「……待たせたな、オルセット……」



 ――次々と込み上げて来る、悔しさや悲しさ……そして途方もない怒り……! 今すぐにでも叫び、断罪したかったのであろう……。だが、それよりも先にオルセットを安心させ・・・・・・・・・・よう・・と、涙ぐみつつも……ボスが絞り出した言葉がコレなのであった……!



「……ボスゥ……キてくれたんだ……ね……!」



 ――絞り出されたようなそのか細い一言を最後に、オルセットは今まで張り詰めていた気が”プッツン”したのか……そのまま意識を失うのであった……。





 <異傭なるTips> 赤壁盗賊団


 バレット王国内で主に”マケット領”を根城とする、総勢約100人規模の盗賊団。

 口減らしなどを理由に集落から追放され、盗賊や山賊に身を落としたゴロツキとは一線をかくする程の実力と組織力の高さを持つ。

 あくまで噂に過ぎないが……このような組織力の高さを持つのは、この盗賊団をマトめ上げる団長が元は帝国との戦争で落ち延び、部隊長も勤めていたという”元王国の騎士”だかららしい……。


 盗賊団の発足から数十年と満たない内にこの規模まで上り詰めており、その勢力はマケット領だけでなく近隣の”レボルバル領”や”アーキバス領”などの他領にも及んでいる。

 毎月に近い被害の多さから、各領地からの嘆願たんがんにより王都からの”討伐隊”が長期に渡って各領地の捜査に繰り出されていたのだが……何故か、被害の多さに反して一向にその”本拠地”が見つからなかったという……。更に討伐隊は、必ずと言って良い程に一人も残らず”行方不明”になっていたらしい……。


 余談だが、現実の中世には騎士の身分を持ちながらも、盗賊家業や傭兵をしていた”強盗騎士”という「それでいいのか!?」と言うような奴らも居たらしい……。

 また、盗賊団の名前の由来は”団長の得物”が、敵の返り血によって赤・・・・・・・・・・く染まり上がる事・・・・・・・・が由来しているらしい……。ただ本人は、”壁”と言われるのを心底嫌っているらしい……。


 ……だそうだぜ? ボッヨヨ〜〜〜ン! (by,噂話が大好きな奇妙な石)

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