第48話 やめて下さいフィーエルさん

身体中を苛んでいた熱が冷め、本来流れていた筈の風が吹き付けてくる。


 緊張状態が解け、裸になった地面を下に横になり、青く透き通った空を見上げてみると、おっさんの様な雰囲気を醸し出している茶色い生物が、赤い飛竜に追いかけられ『ヒィヒィ』としているのが見えたが、恐らく熱気で幻覚を見ているだけだろう。


 いや何でそんな特殊な幻覚みるんだよ!?どうせなら美少女とかの方が良かったのだが、でも何故か視線はそれを執念に追いかけていた。


 も、もしかして俺、あれに恋を!?って、そんな事は絶対に無い。珍しい物見たさの類だこれは。


 尖った砂の粒が食い込み、ビリッとした痛みが走るが、それより今は冷たい風を肺に入れる事と、飛んでいる物を追いかける事に集中していたのだが、意識を阻害する様に声がかかる。


「やったんですか?」


 遠くにいるゼスティ達に向かい手を振るフィーエルが、俺に背中を向けながら質問をしてきたので、目の前で起こった事を縮めて言う。


「おう、ゼスティがたおし―――」


 最後まで言い終える前に口が止まってしまった。何故なら。


 観察していた目線の先に、先程倒した筈の物が映り込んでいたからである。


 それは憎悪の表情を浮かべ、髪を切り落とした張本人である俺を見下していたが、その気概と反比例するように、姿は透明になっていっていた。


 相手が何かしらのアクションを起こせば、確実に射程範囲に入っているので被害を受けるのは避けられないであろう。


 何か大体の予想は出来ていた。てかさっきフィーエルがフラグ紛いな事を言っていたしな。


 透明になったホーンは俺に向かい手を振り下げており、奇跡がない限り回避は不可能の距離に達していたのだが、そんな俺の耳朶に頼りになる声が届いた。


「ブラックストライク!!」


 手刀が俺に届くよりも早く突如漆黒の光の刃が伸びると、ホーンの体を瞬時に真っ二つに切った。


「グリァァアアァァアアァァアアァァアアァァ!!」


 今度は更なる断末魔と共に本当に粒となって消え、やっと観察に戻る事が出来る。じゃなくて、あれだ。これで一安心!街の平和は守られました!やったね!


「大丈夫か蒼河!!」


 正面にいるジルが声を上げたので、手を横に振って大丈夫だと伝えると、俺は立ち上がり踵を返し、フィーエルと共に2人の元へ向かう。


「見たか!私の魔法の威力を!」


「間一髪で避けたけど、当たってたら消炭になってた」


 俺はゼスティの機嫌が良くなる様な答えを返すと、笑顔を浮かべてくれた。


「これで本当に終わりなんだよな?」


 自分から地雷を設置するが、2回目は回収されないというのが鉄則であり、逆に勝利フラグでもある。


「そう……だね……」


 分身丸は俺に向かいゆっくりと近づいて来ると、力無き返答をした後、砂埃と共にその場に倒れ込み、動かなくなってしまった。


「ど、ど、ど、どうしましょう!?凄くまずくないですか!?」


 フィーエルがバグったゲームキャラの様にして、頭を抱えながらその場でクルクルと回る。


「何か既視感があるな」


 と、ゼスティを横目で見ると、プイッと俺から視線を逸らして口を開いた。


「魔力切れだろう。ひとまず連れて帰るぞ」


「だな、フィーエル頼む」


「あ、はい、了解です……って!何で私が運ぶ定で話が進んでいるんですか!?普通こういう事は蒼河さんの役割ですよ!」


 犬歯を剥き出しにして吠えるが、それに対し俺は余裕の表情を浮かべ、とある提案をする。


「なら平等と行こうじゃないか。だったら先にコイツを担いで便利屋に着いた方が運ぶって事で」


「受けて立ちます!」


 フィーエルが意識の無い分身丸を背中に担ぐと、ジルがいる街の入り口へ目を向ける。


「よし、それならよーい、スタート!」


 途端、ひたすら正面を見据え、俺の横から飛び出すと、止めに入ったジルを突き飛ばし、街の中へと消えていったので、それに続き俺達も歩きで後に続く。


「でだ蒼河。あの子はウチの便利屋で預かる事になるんだよな?」


 ゼスティは俺の瞳をジッと覗き込みながら、俺の言葉を待っていた。


「ああ、もしかして迷惑だったか?俺が咄嗟に言っちまった事だからな」


 そう言うと、ゼスティはハァ〜と溜息をついた。


「逆だぞ。また店が一層賑やかになるなと思っていただけだ。少し前までお爺ちゃんと2人だけだったからな」


 生まれつき両親が居ないのか?と、そんな無粋な事を聞ける訳も無く。


「レイグさんっていつ帰って来るんだろうな」


「ま、その内としか良い様がないな」


 苦笑いを浮かべながら空を仰いでいた。


 でも、その横顔は何処か寂しそうで、今にも泣き出しそうで……って!何で俺はこんな事を考えているんだ!?あれだな、患ってんじゃん、めっちゃ重症じゃん俺。


 目を覚ませる為に自分の頬を思いっきり叩くと、パチンと甲高い音と共に、痺れと痛みが走り、その様子をゼスティが引き気味で見る。


 まあ、突然自分の顔をぶっ叩くなんて行為をしていたら、ドン引かれるだろう。


 入り口付近まで行くと、地面に腰を下ろして体を休めているジルがおり、虚な瞳を覗かせながらも声をかけてきた。


「お前らアイツの事を追いかけなくてもいいのか?」


「え?別に大丈夫だろ」


 女の子に担がせた事について言及しているのだろうが、俺は別に強制してないので、パワハラではない。


「おい、蒼河。あれ見てみろ」


「何かしたのかよ……」


 ゼスティの声に従って首を動かすと、入り口付近にあった屋台がひっくり返っており、悲惨な事になっていた。


 そうして被害を受けた屋台を見ていた間にも、便利屋に進む道中から体に悪そうな色をした煙が上がり、何処からか悲鳴が聞こえる。


 正確な方向が分からなかったので、環境音の様な錯覚を受けてしまうが、間違いなくこの場で発生している。


 まさか!フィーエルさん何をやってるんです!?


「ひ、ひとまず店に向かうぞ」


 ゼスティがこのおかしな状況に困惑しつつも、しっかりと提案をしてくる。


「了解。あと、ジルはここでしっかりと休んでおけよ」


 そう念を押すと、コクリと頷き眠ってしまった。

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