第47話 隠密カンスト!?

話し合いの結果、俺がフィーエルをおんぶして特攻することになったので、俺の上にはロボットが合体するかの如く、ピチッとフィーエルが留まっている。


「少しでも変な事したら、首の骨折りますからね」


「あ、はい」


 冗談じゃないなと、抑揚の無い声色から感じ取れたので、俺はふざけて返答したい気持ちを抑え、畏怖の感情を込めて返答する。


 ホーンはというと、絶賛紅い玉にエネルギーを貯め中であり、先の戦闘で消耗しているジルの様子を見てみても、これが最後のチャンスだと言うことが嫌にでも伝わって来る。


 紅い玉の騒音で聞き取れないが、先程から長ったらしい会話をしており、直ぐには戦闘を再開しなかった。それが僥倖であり、唯一の救いであった。


 しかし、前に進まないといけないという思考はあるのだが、思う様に足が弾まない。何故なら。


『めっちゃ暑いんだけど、この中に行くのかよ?』


 何というか空気が熱い。高温の風呂に肩まで浸かり、呼吸を試みるが上手くいかない感覚。それが歩みを進める度に苛烈な物となっていく。


 俺は出来るだけ、声をフィーエルだけに届く様に絞って口を開くが、返ってきた言葉は共感では無く、俺の考えていた物とは正反対の物だった。


『え?普段通りじゃないですか?』


 は?マジで!?神経系おかしいんじゃねーの?と、声に出しそうになってしまったが、ひとまずそれを一蹴して考え直すと、思い当たる節があった。


 そう、分身丸が付与した魔法だ。


 あれは全部の能力を2倍にするという代物であり、防御力も例外では無いだろう。


 通常で俺より倍の防御力を持ったフィーエルだが、それが更に倍なってしまえば、俺の5倍近くであり、あれに熱さを感じなかった事も頷ける。


 だが、運び人の俺に魔法を付与しないのはおかしい!

 よって俺は背後を振り返り、遠くで俺の合図を待つ分身丸に『俺に魔法をかけろ!』とフィーエルが振り落とされそうになる程に動き、体全体で伝える。


 流石に意図を汲み取れたらしく、俺に向かって口を開くと、途端に俺の身体中から青白い閃光が放たれ、隠密の意味が無くなってしまいそうになるが、見つかりはしなかった。何故なら、俺の隠密はカンストの1000に到達していたからだ。


 元が932なので、表記上の大きな変化は見られないが、それは視力検査の様な物であり、あくまで数字の話だ。確実にそれ以上には達している。それが自分でも分かってしまう。


『あの、自惚れるのは後にして、早く進んで下さい』


 せっかく自分の圧倒的過ぎる力の前に恍惚していたというのに、現実へと引き戻される。


『了解』


 言われるがままに体を動かして見ると、完全にではないが、今まで感じていた苦痛が和らいでいた。


 これならアイツの所まで行ける。エンジンを全開にし、上にいるフィーエルのしっかりと固定して飛び出す。


『このまま、アイツの所まで突っ切るぞ』


『ちょ、ちょ、ちょ、首がグワングワンするんですけど!?』


 フィーエルの大きく静かな泣き言を無視し、ひたすらに突っ走る。毎秒毎に確実に距離が近づいているのが分かり、徐々に緊張感も増して足が重くなる。


『そろそろハサミ出しとけよ』


 俺がフィーエルに向かい、万が一の事態が起きないように、釘を刺す。


『言われなくとも』


 フィーエルは不貞腐れた様に言葉を吐き捨てると、俺の頭の上で眩い光が放たれるのだが、例によりバレてない!幹部に気付かれていない俺って最強なのでは!?


 そして標的が目の前に迫ってきた。


 ここは妥協して速度を下げるか、それとも速度を更に上げるか、もちろん答えは後者だ。こんな所に長居したら肺が焼けるわ!


 あとちょっと、手が届く距離だ。フィーエルが体を乗り上げてハサミを持った手を伸ばすのが見えたのだが、それを最後に俺の視界には手入れのされていない地面が映った。


 あれ?一瞬何が起きたのかが分からなかったのだが、即座に体全体を襲った鈍痛で状況が飲み込めた。


 コケちゃった!もぉ〜、俺ったらうっかりさんだぞ!

 頭を拳でポンと叩き、あざとく舌を出す動作をしたかったのだが、生憎そんな余裕は無い。だって、バレたからな。


 俺はホーンの横で、フィーエルは勢い良く前方へ射出された為、視界の正面に収まっていた。


「まだ逃げていなかったのか。しかし女を1人置いて退くとは、情け無い男だ」


 ど、どうしよう。この状況をどう挽回しようか……って、あれ?俺じゃなくてフィーエルの方を見て話してる?てか俺ディスられてる?


 手にはハサミが握られており、機会を窺っている様子だったので、それを俺に投げる様に仕向ける為にジェスチャーをすると、すぐさまにそれを行動に移してハサミを投げたのだが、それは俺に届く事は無かった。


「何なんだこれは?」


 って!何で直で投げてんだよ!?バカなの?


 切り札となるハサミがホーンの足元に転がってしまったが為、これで俺しか打破出来る人物がいなくなった。


「貴様、名は何という?」


 紅い玉の下、赤く染まる2人が対峙しており、何かのワンシーンみたいである。


「匿名です」


 意外だな。元気よく挨拶するものだと思っていたが、知らない奴に言う義理は無いと言う事だな。


「トクメイと言うのか?覚えておこう」


「あの、人違いです。てか秘密です」


 2人がそんな会話をしている間に、アイツの足元にあるハサミを回収してチョキっと切ってしまおうと、そろりと横から背後へ移動すると、手を伸ばしたのだが。


「何だ貴様は」


 視線を上げて見ると、今度はしっかり俺を見据えていた。


 やっと俺の事を見つけてくれたのね!で、でも全然嬉しくなんかないんだからね!?いやマジで嬉しく無いですからね?


 見つかった理由は大きく2つあり、俺が普通に近づき過ぎた事と、フィーエルが俺の方をジロジロ見過ぎていた事であろう。


 こういう状況での最善策は何だと思う?それは。


「スモーク!」


 有無を言わさずに先制攻撃だ。


 辺りが一瞬で真っ白になり、全てが煙に還る。


 そうだった。俺の魔法の威力も2倍になっているんだったな。


 俺はすぐ様ハサミを拾い上げる。ここからは時間勝負だ。具体的な時間は分かってはいないのだが、先程はかなり早期で無くなったので、タイムリミットと限りなく少ないのだろう。


「サンドウォール!」


 俺とホーンの間に壁を作り上げるが、それには頼らずに直ぐに横へと移動すると、一瞬で壁が破壊された。


 ふふっ!それは時間稼ぎのフェイクだ!


 煙が晴れると視界が確保される。壁が破壊され発生した音により、俺が横から近づいている事に気が付いていない。


 ハサミの刃がホーンの髪に重なると、思いっきり握り込み、自慢の角の片方が地面に落ちる事無く、儚く風に流されていった。


「私の髪がぁぁぁぁぉぁぁぁぉぁぁぁぉぁぁぉ!!」


 何の猶予も無く叫び出したので、2人に向かい合図をすると、フィーエルと共にその場から離脱する。


 ゼスティのいる方向を見ると、掌を向けるいつもポーズをしていたが、何か言葉では形容し難い得体の知れない物がそこに収束していた。


 やばい!明らかにやばい!


 相変わらず発狂しているホーンを横目に、俺達はその場に伏せると、ゼスティの動向に意識を集中させる。


 口元が僅かに動いたと思った時には、その魔法が放たれていた。


 通常の火球より巨大化しており、地面を削りながら進んでいき、獲物を捕らえる狩人の様にも見えた。


 一向にその場から動かなかった魔法が直撃し、背後にいたホーンは黄金の炎に身を包まれ、光の粒子となり空へと上っていった。

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