第46話 フィジカルアップ!

手には魔法で作り上げたハサミを握り、一歩一歩確実に地面を踏みしめてホーンの背後に向かう。


 俺の高い隠密のお陰もあり、俺が迫っている事には気が付いていない様なので楽勝だと思っていたのだが。


 何か距離が縮まる度に体にビリビリするんだけど!?


 言葉では形容し難いが、分かり易く説明するなら、静電気の超絶強いバージョンであり、何故それが発生しているのかの検討はつく。


 ジルを消し飛ばす為に生成された、紫色の魔力の塊。それは時間の経過と共に大きさを増し、目の前にすると、本能的に足が竦んでしまう。


 一方ジルは街と己の身を保護する為、巨大な盾の様な魔法を展開させていた。


 ヤバイ!早くしないとエグい魔法が放たれてしまう。流石のジルでもあれに直撃してしまったら只では済まないだろう。


 そう思うと、自然に足の速度が早くになっていき、残り数メートルになった。


 あとはこれで髪を切断するだけだ。緊張からか手を強く握り締めるが、そこで重大な違和感に気が付いた。


 あれ?ハサミが無い?落とした!?こんな重要な局面でか!?


 一旦足を止めて背後を確認するが、目に入るのは砂の地面と、拳を突き上げて『やれ!やれ!』と言うフィーエルの姿だけだった。


 ど、どうしよう!……いや、取り敢えず落ち着くこう。何処に落としてしまったか考えろ……って検討がつかない!!


 立ち尽くしていても駄目なので、顔を上げてジルの方へ目線を向けて見ると、何かを俺に向けて言っているのが分かったのだが、紫の塊のせいで音が伝播しないので口パクで意味を汲み取るしか無く、まず聞き取れたのは。


「ヒキガエル?って俺は両生類じゃ……」


 いやいや、何を言っているんだ俺は!?もっと良く聞き取れ。


「轢き殺す?って物騒だな」


 絶対に違う。良く耳を澄ませろ。そう意識を集中すると。


「引き返せ!!」


 今度はジルの声が鮮明に耳を突いた。それは集中していた事もあるだろうが、それよりも大きな理由がある。それは先程までの騒音が止んだからだ。それが何を意味しているか、それは……。


「待たせたな。これを貴様の魔法で防ぎ切る事が出来るか見物だな」


 俺は一瞬で状況を察すると、踵を返して3人の元へ全速力で走り出した。


「この街ごと消しとベェェェェェェ!!」


「受け止めてやるゥヨォォォォォォ!!」


 有機物と有機物が衝突して削り合う不快な音と、風力最大の業務用扇風機の風を浴びる様に鋭利な風が襲いかかってくる。


 紫色の玉が破裂する前に距離を取らないと、爆風で吹き飛ばされかねない。


 正面には呆れの表情を浮かべたフィーエルと、早く来いと招く様なジェスチャーをしているゼスティが見え、走る速度を早めた時だった。


 背中に焼けつく様な熱が伝わり、このままでは危険だと思い、俺はアクション映画の様にジャンプして3人の所へ飛び込むが、案外爆風の方は弱く、全然ギリギリの状態じゃないのにホームに飛び込むバッターの様になってしまい、白けた空気になってしまった。


 両手で地面を掴んで息を整え、改めてジルの方向へ目を向けると、あの攻撃を塞ぎ切った様子であり、抉れた地面の上で2人が睨み合っていた。


 あの様子だと暫くは戦闘を再開しないだろう。


「大丈夫か?」


「ああ、ありがとう」


 ゼスティが手を伸ばしてくれたので、それに掴まって体を起こすと、体に付着した泥や砂をついでに払ってくれた。


「それで蒼河さんは何故戻って来たんです?」


 と、俺の横っ腹にツンツンと指が差さる。


「凄く話し辛いんですけど、ハサミを落としてしまいました……」


 申し訳なく話せばきっと許してくれるだろうと、ゲスい考え9割と、ミスをしてしまい本当に申し訳ございませんでしたと言う考えが1割で話を切り出した。


「ど、ど、どうするんです!?私は魔法を1回しか使えないんですよ?」


「た、確かにな……消費魔力は絶妙に抑えてあるのに、魔力が低すぎて1回しか発動出来なかったか……」


「そもそも、無限創造インフィニットを1回発動する魔力さえ持ち合わせていない蒼河さんが言わないで下さい!」


 と、ド正論を言われ反論出来ずにいると、分身丸がフォローする様に口を開いた。


「無限創造インフィニットで創り出された物って確か発動者じゃない人が持つと、数秒で消えてしまうと言う話を聞いた事があるんだ」


「だから俺の手から消えてしまったと?」


 今聞いた話なら、こう考えるのが妥当だろう。


「うん、そうだね。次なら行けるかもしれない」


「だから、二回は発動出来ないんですよ!」


 フィーエルが苛立ちを露わにして釘を刺す。


「そこで僕の魔法を使うんだよ」


「このタイミングでか?あの姿を変える奴か?」


 そんな魔法を使って何になるんだ?姿を変えて近づくとか、そんな感じの安直な物だろうか。


「あれはホーンの魔法であって僕の魔法じゃないんだ。僕の魔法は"フィジカルアップ"と言って、一定時間対象の全ての能力を2倍に出来るんだ。それを2人に付与すると」


 分身丸がゼスティとフィーエルを交互に目配りをしながら言う。


「それでフィーエルの魔力が倍になって、また魔法を発動出来るという算段だな?でも、私に魔法を付与する理由ってあるのか?」


 ゼスティが首を傾げながら、分身丸に質問を返す。


「魔法の威力を倍にして殺傷力を高める為だよ」


 分身丸はチッチッチと指を振って、物騒な事を口走る。


「え、でもさ、魔力が上がっても威力には関係しないんじゃなかったのか?」


「へへへ、僕の魔法はね、魔法の威力も含めて上昇させる事が出来るんだよ。この世界に数少ない魔法の1つだから、呉々も僕の事を大事に扱ってくれたまえよ?」


「そりゃ〜、幹部クラスだから当然だな!」


「な、何で上から……そ、それじゃあ、いつでも突撃出来る様に魔法をかけちゃおうか」


「フィジカルアップ」


 2人の体が水色に光り、見た目が若干白っぽくなった。何か強そうだ。そんな稚拙な感想しか生まれない。


「凄い強くなった様な気がします!これでアイツも一撃です!」


 と、意気込むのはいいもの、フィーエルが単独で突っ込むと隠密の低さで必ずバレるので、俺の付き添いが不可欠であるのだが……。


「やっぱり、抱っこか?」


 俺が何気無い感じで口を開くと、フィーエルの顔にあからさまに影が落ちる。


「あっ、首にリールを繋ぐので、蒼河さんは四つん這いで後ろからついてきて下さい」


「貴方一応天使だよね!?」


「う〜、それじゃ、私が背中の上に乗りましょうか!」


 フィーエルは何かを閃いた様に、手をパチンと叩いて言葉を紡ぐ。


「いやいや、余計に酷くなってるよ!家畜か俺は!」


「家畜は食べれますけど、蒼河さんは……まあ、食べれる部位もありますけど、殆どは廃棄ですかね」


「怖い怖い!!何で俺の事を食用の肉として見てんの!?」


 と、震えていると、分身丸に肩をポンと叩かれた。


「ホーンがまた大技を繰り出そうとしているから、僕が合図したら飛び出してね」


 黙って頷いて2人の方を見ると、今度は紅い光を帯びた巨大な玉が膨れ上がり再び街を飲み込もうとしていた。


 その光景に気を取られていると、ゼスティが俺の横に来て口を開いた。


「魔法を撃っていい時は、私に合図してくれ」


「了解。俺らに当てんなよ?」


 威力が倍増しているという事もあり、只でさえ危険だったゼスティの魔法がもっと凶悪になり、俺達を飲み込む可能性もある。


 ホーンの動向を静観していると、紅い光の玉が1段階大きくなった所で、分身丸が声を上げた。


「よしッ、行ってくれ!2人共!!」


 そして俺とフィーエルは、なるべく距離を取らない様にして繰り出した。









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