第37話 ナンパをしてみました!

これから街が賑わう夜に切り替わる時間帯。


 俺はずっと同じ体制で数時間椅子に座っているのだが、客も来なければ、誰も話しかけてこない。


 外で気分転換でもするか。俺はそんな事を思うと、既に体が動いていた。


「街でもぶらぶらしてくる」


「ん」


 ゼスティは新聞の様な物を読みながら擬音だけで返事をするだけであり、特に止めもされなかった。


 フィーエルは2階でグッスリと睡眠を取っている模様。


 俺は1晩遊び回れるであろう金貨1枚を持って外へ出る。


 特に行く当ても無いので、ブラブラと夜の街を彷徨っていると、俺の唯一の男友達であるジルを見つけたのだが、壁に背をつけて顔だけを出しながら何かの様子を伺っていた。


 覗いている壁の向こう側は、街の大通りであり、何か物騒な事でもあったのだろうか。


「ジルどうした?」


 声に驚いて身を震わせるが、俺と分かった瞬間、安堵の表情を浮かべる。


 ワッ!!とかをやろうと思ったのだが、ジルにそんな事をすると、斬り殺されかねないので普通にする。


「蒼河、見てみろあの子美人じゃねぇーか?」


 壁の向こうにいる、ジル好みの女性に向かって言っているのだろう。


「まさかお前ナンパとかする人種だったのか!?」


 てっきり俺はジルの事を妹の為に凶悪な敵を相手に戦う漢!ってイメージを思い浮かべていたのだが、いい意味でイメージが壊れた。


「声がデカい、見つかっちまうぞ」


「すまんすまん」


 心のこもっていない謝り方をすると、俺もジルが気になる女性を拝見する為に壁から顔だけ出して覗くと。


 腰まで伸びた緑の長髪に、大きく胸元を開けたセクシーな服を着た可憐な美女がいた。


 横をすれ違う男が釘付けになっており、いかにもナンパ待ち。普段妹と生活を共にしているジルが気になると理由も分かるが、問題はそこでは無い。


 アイツ真横軍の幹部の奴だお。


 以前逃げられた、いや、見逃して貰ったという表現の方が正しいのかもしれない。


 恐らく他人に変化する能力のある奴で、ナーシャに化けていたアイツそうだ、通称分身丸だ。


 もしもだ、もしもここでジルがアイツに話しかけたらどうなる?仮にジルが正体を知らなくたって、アイツが知っていれば一触即発。


 途端に街の中でハイレベルな戦いが始まってしまうだろう。


 乱闘とかそんな生易しい物では無く、ナンバーワン冒険者と真横軍幹部の生死をかけた戦いが街の中で繰り広げられてしまう。


 結果街は崩壊し、死者と負傷者合わせて数千人という未曾有の大惨事として後世に語り継がれてしまうかもしれない。


 それで今、それが起こる事を予想出来るのは、この中で俺だけだろう。


 だったらどうするのか、尻尾を巻いて街から逃げ出すか?それともそれを未然に防ぐのか。


 だったら、俺の好きだった、憧憬を抱いた漫画の主人公達は俺と同じ状況下に置かれたらどっちを選ぶ?


 そんなの分かり切った事、考えるまでもない。  


「俺があの子に声を掛けるから、ジルはそこから絶対に動くなよ」


「蒼河のお手並拝見だな」


 後はそのまま分身丸と一緒にジルから距離を取ればいいだけだが、アイツがそれを聞き入れてくれるかが分からない。まさに乾坤一擲の大勝負。


 そして大通りに出て、分身丸に向かって声を掛ける。


「へーい彼女!俺と楽しい事しない?」


 いまいちカッコいい誘い文句が見つからなかったので、使い古され手垢のついた言葉で声をかける。


「き、君は、あの時の」


 俺の事を覚えている事に若干の嬉しさがあったが今はそんな所じゃない。


『えっと、済まないが俺についてきてくれ』


 口を耳元に近づけ、辺りの様子を気にしながら言う。


「えっと、何?僕を誘っているの?」


「そうそう、暗い所で……じゃなくて、事情は後で話から」


 一応俺も正体が割れていないだけで、分身丸から命を狙われているらしいので、余計な事を口走らない様にしよう。


 分身丸の手を持ち、小走りでジルから距離を取る。


「それでなんて呼べばいいのかな?」


「蒼河でいいよ」


 って、あっ、まずったな、いつもの癖で本名言っちゃったぜ!てへぺろって、それで済めばいい話だが。


「どこかで聞いたことがあるな、何処だっけな?」


 分身丸が記憶を辿っているので、必死に誤魔化す。


「気のせいだよ、気のせい、俺の出身の所ではよくいる名前だしさ、誰かと間違えているんだろ」


「だよね、てか気になっていたんだけど、何処に向かっているのさ?もしかして宿屋とかだったりするのかな?」


「なんだ?もしかしてよかったりする?」


「いやだね」


 すっぱりと断られたが、斯く言う俺も何処に向かっているのかが自分でも分からない。


 ただ道成に進んでいるだけであり、そろそろ歩き疲れたので、適当な飲食店にでも入ろう。


「そこの店に行こうぜ」


「いいね、丁度お腹が減っていたんだよ」


 分身丸の了承も得た所で、俺が先導し適当な店に入る。


 丁度カウンター席が空いており、そこに隣合わせで腰を落とす。 


「ほら、酒でも飲めよ?」


「僕を酔わせて君は何をするつもりかなぁ?」


 何気なく放った俺の言葉に反応し、分身丸は俺の頬に向かって人差し指をグリグリとさせながら言う。


「いやそんな意図は無いんですけど」


 第1俺にそんな度胸は無い。


「へぇ〜」


 マナー悪く食事のテーブルに頬杖をつき、俺の事を目を細めて見るので、思わずに視線が泳いでしまう。


「そ、それで何してたんだよ、あんな目立つ所で」


「待ち合わせだよ」


『誰と待ち合わせしてたんだよ?』とかを聞くのは普通に失礼なので、これ以上は深入りしない。


「あれれ?誰と待ち合わせしてたとかは聞かないんだね。そこわね普通聞くのがマナーって物だよ!蒼河君」


「えっと、誰と待ち合わせしてたんだ?」


 俺は仕方無く、言われるがまま要望に答えるが。


「恋仲でも無い男の子が、乙女の事情に深入りしちゃダメだぞ」


 片目を閉じ、ナイショのポーズをする。


 お前、実際はそれがやりたかっただけだろ!?


「うーんと、よく分からないな、乙女の心って」


 この人と一緒にいると、面倒な事が多そうだな。


「蒼河君、今私の事を面倒臭い女って思ったでしょ?」


「おう、俺は感情が顔に出やすいタイプだからな」


「だったら僕は、ずっと君の顔を見つめているよ」


 この人と話していると、定期的にハート射止めてくる様な事を言ってくるのでやめてほしい。


「それでさ、僕に何か用があったんじゃないの?」


 そうだった、適当でいいから何かしらの理由を作って煙を撒こう。


「いや、街で美女をナンパしようとしたらさ、偶然お前だったんだよ」


「それは嬉しいね、でもさバレバレだよ、その嘘」


 俺は嘘が顔に出てしまい、簡単にバレてしまうので、これ以上嘘を重ねると……。


「なんちゃってね、なんで間に受けたような顔しているんだよ?」


 硬直する俺に向かい、ビチン!と、強烈なデコピンが食らわせられる。


「そ、そうだったか?」


「それでさ、僕からも1つ言っておく事があるんだった」


「ん?なんだ?言ってみろよ」


「娯楽施設を回りたい」


「え?」


「こ、この街の娯楽の水準がどんな物か見ておきたい物だからね!」


 素直に遊びたい!とそれを言葉に出来ないのだろう。


「はぁ、分かったよ」


 俺も暇なもので、仕方なくそれを了承し、結局食事を取らないで再び夜の街へ飛び出した。

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