第36話 高級焼肉!

人がごった返す大通りを探す。


「居ない」


 フィーエルと最初に出会った裏路上を探す。


「居ない!」


 もしかして、もう思い路地裏のゴミ箱を探す。


「居ない!!」


 これ以上探しても目星が無いので、黙って帰るしかなさそうだ。


 思いの外探していた時間が長かったらしく、漆黒の夜が明けていた。


 帰るか、フィーエルも戻ってるだろうと、短絡的な事を思い浮かべて新たなる1日が始まりを噛み締めて店へと戻る。


 店に着いて、見つからなかった事を伝えようとすると、フィーエルが椅子に座って菓子を摘んでいた。


「あれ?誘拐されたんじゃないのか?」


「誘拐って、そう見えたかもしれないですね」


「って、違うのか?」


「あの人達はですね、有名画家の弟子さんでしてね、私をモデルにスカウトしてきたんです。絵本に出てくる天使の様に美しいって」


「それゼスティも言ってたな」


「本当ですか、照れますねぇ」


 どこかのテルテル坊主の様な事を言うが、確かにフィーエルの見てくれだけはいいと思うので、あり得なくはない話だが。


「それで、さっき突然居なくなったと」


「はい、でも見て下さいよ、この大金!」


 机の上に金貨数10枚がばら撒かれると、悪い顔をして腰に手を当てる。


 俺達の声に反応してゼスティが2階から降りてくる。


「って、フィーエル!戻ってたのか」


 ピンピンとしていたフィーエルを見てゼスティの顔に安堵が浮かぶ。


「ゼスティさんただいまです!」


 フィーエルは敬礼のポーズをすると、ゼスティの後ろから2人がついてきていた。


「蒼河さん、帰ってきたんですね」


 ロックリーが俺を見ながら言うと、ナーシャの肩をポンと叩く。


「ナーシャもこの通り、すっかりと傷も癒えました。これも全部、あなた方がご協力して下さったからです。今回の件はありがとうございました」


 俺達3人に礼をする2人。本来は逆だと思うのだが、他人に感謝されるのは悪くはない。


 根本的な解決はしていなく、また危険が及ぶ可能性も無くは無いが、それはその時に考えた方が良さそうだ。


「これ報酬です」


 約束通り、金貨10枚が俺達の懐に入り、顔が綻ぶ。これで今後の生活が一気に楽になるだろう。


「では、僕達はこれで、暇だったら屋敷に遊びにきて下さいね!皆さんなら歓迎しますよ!」


 そして手を振ると、2人は店を後にした。


「しかし、良かったんですかね。あの緑の人、またどこに出てくるか分かりませんよ」


 やはりフィーエルも思っていたようで安心したが、それよりもっと重要な事がある。


「モデルって本当に大丈夫なのか?」


 話の筋を2人が降りてくる前までに戻す。


「全然大丈夫ですよ。ポーズをとっているだけでこんな大金が手に入る仕事があるなんて、怪しいとか思ってます?」


 あのあからさまなら怪しい風貌の男を見て疑うなと言う方が無理だ。


「明らかに裏があるだろうな、何かしらの形で悪用されそう」


 例えば、求人サイトのトップページの売り子とかそこら辺だろう。


「考え過ぎですよ、それは多分私の美しさに発生したチップであって、怪しい所なんて1つも無いです」


 これ以上いっても同じ回答が出るだけだと思い、素直に諦めていつも通りの席に腰を落とす。




 時刻は昼下がり。 


 丁度お昼ご飯の時間帯であり、朝から何も食べていないが為、元から無い気力がマイナスに行き着こうとしており、エネルギーの消費を抑える為、休み時間の如くテーブルに突っ伏していた。


「初依頼達成記念として外でパーっと食べに行くぞ!2人とも!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の体が起き上がり、今出せる最大級の声で言った。


「マジか!いいの!?やっぱり焼肉か!?寿司か!ラーメンか!?」


 変なマナーを要求される高級料亭じゃなくて、単純に美味しい物が食べられる所だったらどこでもいい。


「肉肉肉ゥゥゥ!!肉肉肉―――」


 突如椅子に座って項垂れたいたフィーエルが口を開くが、肉しか言っていない。まあ、それは焼肉でいいよという意味だろう。


 今回の依頼で手に入れた金貨数枚を握りしめると、俺達の方へ振り返って言った。


「それじゃあ、いまから高級焼肉屋さんにでも行くか!」


「「おー!!」」


 2人で天井に向けて腕を上げると、3人揃って外へ繰り出す。


 どこにそんな大層な店があるのかは知らないが、ゼスティは迷いも無く早足で進んで行くので、当てがあるのだろう。


 遂にダンジョンがある建物の奥へと進み、街の入り口の反対側につくと、赤い建物の前まで到着した。


「ここだぞ」


 荘厳な雰囲気の店であり、簡単に入ってはいけない様な感じがしたが、ゼスティはスタスタとその中へ入っていくので、俺達も後に続いて進む。


「アァ、アァァ」


 フィーエルは歩き疲れによって、一切言葉という言葉を発しなくなってしまった。


 店に入ると、黒服の定員が席に案内してくれて、席に座るが、どこか見覚えがある感じがする。


「あっ、さっきの弟子さんじゃないですか」


 そう言うと、途端に無表情だった男の顔が強張る。


「フィーエル!?何故ここに」


 やはり、予想は的中であり、俺が昨晩見た内の1人だろう。


「そうそう、美味しかったですよ、あのお酒」


「ん?酒?なんの話をしているんだ?」


 俺の疑問にフィーエルが丁寧に答えてくれる。


「あの後、帰る時に紫色のお酒を飲まされたんですよ」


「へぇ、とりま腹が減ったから食べながらでいいか?」


 そう言って手元のメニューを開くと、写真付の焼肉定食が載っており、俺はそれに一瞬で心を奪われた。


「焼肉定食3つで」


 2人も異論が無いようで、黒服は辿々しい感じで厨房にオーダーを届ける。


 しばらくして、いい匂いと共に料理がテーブルに届けられる。


 俺は真っ先にフォークを握って肉に突き刺すと、穴から肉汁が溢れ出してきた。


 それを頬張ると、口の中で肉汁の水溜りが出来て、そこで肉が踊っているのが分かる。


 他の2人も食事を始めると、ゼスティは満足そうな表情で、フィーエルは相変わらず『肉肉!』と言っている様子だった。


 この世界に来て1番美味しい物を食べて、愉悦に浸っている。


 食べ終えると、ゼスティにこんな質問を投げかける。


「ゼスティ普段からこんな店知ってたのかよ、美味しい店知ってんなら早めに教えてくれよ」


「あれ、この店どこで知ったんだっけな……」


 ゼスティは俺の何気ない質問に、顔に不安を浮かべて頭を抱える。


「ただ単純に忘れてるだけなんじゃねーのか?」


「そ、そうかもな!」


 笑顔で暗い顔を取り繕って言われたので、心にしこりが残る。


 そうして会話を終えると、俺は店員の1人に金貨を1枚手渡して、3人で店を後にしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る