第35話 不可視の落書き

「完全に顔見られましたよぉ!」


 緑髪の少女が居なくなってしばらくすると、フィーエルが俺の肩を持ちぐらんぐらんとして揺らす。


「戦いにならなかった分、ラッキーだと思っておくべきだぞ?」


 少女の正体が朧げに分かってしまった俺だけが言える言葉だろうが、フィーエルの心には届かなかったらしく、揺らすのを続けてくる。ヨレヨレになるからやめて。


「不安の芽は摘んでおくべきです!また来るかもしれないんですよ!?」


 正体も明るみになってしまったので、もう来ないだろうという、俺の非常に安易な考えに至極真っ当な意見を挙げると、ロックリーが声を上げる。


「皆さん今回の件はありがとうございました」


 頭を下げ、俺達の仕事に満足した様な感じだったが、それは上部だけのものだろう。もし百歩譲ったとしても、そもそも根本的な解決はしていないので、彼が頭を下げる理由は微塵もない。


「いいんですか?あの人の正体も目的も分からないんですよ!?」


 確かに目的は俺も分からないが、当の本人も余り理解していない様子だったので、真横様?の命令か何かに従っているだけなのだろう。


 そういう事だと、ここの屋敷には大物が狙うだけの物が眠っているのだろうか。そう思うと、必要以上に辺りを見渡し、神経を尖らせてしまう。


「あの少女、悲しげな青い瞳で私と蒼河さんを交互に見たんです……」


 突如おかしな事を口走るロックリーに困惑して、疑問を呈する。


「えっと、それでどうした、何が言いたいんだ?」


 俺にはその真意が汲み取れず、不躾にもそれを質問で返す。


「いえ、どうでもいい事です」


 そんな情報こそ今後の役立つ事があるが……。


「ナーシャが心配なので早くお店に戻りましょう」


 そういうと、真っ先に自分の家から飛び出し、店へと真っ先に向かっていってしまったので、俺達も暗い屋敷から出て店へ向かう。




 夜の派手な雰囲気に身を震わせて、やっとの思いで到着する。


 店へと戻りそのまま、外を見渡す窓が設置されておらず、光が差さずに真っ暗な階段を上がって2階へと上がる。


「おう、おかえり蒼河達」


 ゼスティは右手を上げて歓迎してくれたが、動作とは反比例する様にその声は控えめだった。


 理由は言わずもがな、その横のベッドにはナーシャがうつ伏せになり休息を取っていたからだ。


「あの後の容態は?」


「顔に落書きして起きない位にはグッスリしていたぞ」


 ベッドの縁に筆ペン置かれている事が、それの信憑性を増させ、俺の鼓動が徐々に早くなる。


 もしかしてゼスティって、やってはダメな事とイイ事の境界線が引かれていない子だったりしたりして!?


 ナーシャは丁度顔が見えない角度で寝ているので、俺が目線で『マジ!?』と送ると『冗談!』とウインクをしたので、今のを見て安堵を覚える。


 しばらくしてナーシャが寝返りをすると、その一瞬で見えたその顔に、子供がする様な落書きが施されていた。


 謝らなきゃッ!と、頭を下げようとした瞬間、ゼスティにその行動を制された。


『いや、怒りの余り微動だにしてないぞ?』


『この筆の落書きはな、そこにあると意識しないと見る事が出来ないという、かなり変わった代物なんだ』


 1人では何も無いまっさらな空間だが、誰かがそこに扉があると認知させると、その場所に扉を思い浮かべてしまい意識を集中させた結果、隠れた扉が見えるようになる。そんな仕組みだろう。


『だったらさっきのやつ絶対聞かれてたでしょ〜』


「大丈夫だ。だって」


 ゼスティは声の大きさを普段通りに戻して、ロックリーを覗き込むと。


「寝てるしな」


 度重なる事が身に降りかかった為か、その場に仁王立ちをしながら寝ていたのだ。


 このままにしておくのも難なので、俺がロックリーの肩に手を回し、ナーシャの横へ寝かすと、灯を落とした部屋から出て、1階へと降りる。


「起きたらどんな反応するんだろうな!」


 眼をキラキラさせて言ってきたが、さっきは焦らされたので、イジワルな口調でゼスティの肩を叩き言う、


「これもお前が顔に落書きしなかったら無かった事だったよな〜!後でちゃんと言ってあげないと」


 そう言うと、ゼスティがギクッと身を震わせ、何かを思い出した様に切り出す。


「てか、フィーエルは?」


「あぁ〜、黒服の男達に連れ去られた」 


 フィーエルはここに向かって来る途中、何処からとも無く出現した男達に誘拐されてしまった。


「あっ、俺も一応は抵抗しようとしたんだぞ?だけどキレイに霧散してな、一瞬で見失っちまった」


「えェェェェェェェッ!!困る!それは困る!!」


 フィーエルが俺にしたように、ゼスティも俺の肩に手を置いてぐらんぐらんと揺らす。


「後日フィーエルの右手首がポストに入っていても困るしな〜」


「そう言う事じゃなくてだな、店が回らなくなるだろ!」


「フィーエルの心配じゃなくて、経営状況の心配なんだな、生きていく為に必要な事だけど、凄く怖い!」


 しかしアイツは俺の生活を支えている大事なピースなので放っておく訳にもいかない。


「それじゃあ俺、適当に回って探して来るよ」


 これが1番手取り早い方法だろう。


「おう、遠くには行くなよ」

 

「2人の事頼むぞ」


 そう言い捨て、更に闇を深めた世界へ呑み込まれるのであった。


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