第34話 分身丸見参!

 俺達が屋敷の間近に迫る時には、頭上に自分が1番だと張り合うようにし、数多の星が輝きを放っていた。


「相変わらずに綺麗ですね〜」


 フィーエルが目の上に手をかざし、満天の空を仰ぎながらそんな事を言うが、これはあの手垢のつきまくった常套句を言えというフリだと受け取り、俺は躊躇いもせずに口を開く。


「ばぁ〜か、お前の方が綺麗だぞ☆」


 俺が指鉄砲を作ってフィーエルをバキャーンとすると、夜空を見る恍惚の表情は一瞬で崩れ、真顔になって俺を見据えていた。


「あっ、そういうのホントやめて下さい」   


 ツッコミも無しに、いきなりガチトーンで言ってくるもので、思わず怯んでしまう。


「な、なんで、今のってフリじゃないの!?」


「私純粋に感動していただけだったんですけど」


「だが、月の光に照らされた彼女の横顔が何処か寂しそうだった……的なノリだっただろ!」


「全然違います!ッてまさか私が夜空を見て言ったと思っています?」


「え?そうじゃないの?」


 この時間帯に空を仰いで見えるのは、都会で生きてきた人間は感動を覚えるだろう程に、美しい星だけだ。


「ふふん、並大抵の人間には見えないかも知れませんが、私のレベルになると、この街を覆うあれが見えるんですよ」


「俺には分からないから、勿体ぶらないで街を覆ってるあれって奴を具体的に言え」


 俺にはフィーエルが見入っているそれが見えていないので、食い入る様にしてその正体について尋ねる。


「簡潔に言うと、空で結界網がまとまっていて、凄いキレイだねって、そんは話です」


「結界網って、そんな物が設置されてんのかよ」


 百歩譲り、結界網という物が敷かれているのは分かるが、街を守る網をそんな風に捉えることが出来るのか?もしかして凄く幻想的だったりするのか?


「結界網?って、言われてみれば、この街って魔物が入ってこないな」


 俺はその類の物をかじっているので、結界?なにそれ?とはならなく、すんなりと情報を飲み込み、話を展開させる。


 あれだ、特定の物が怪奇な力で弾かれる奴だろ?


「そうなんですよ、ダンジョンからも街の外からも魔物が入ってこないんです!それは何故か?そうです!遥か昔この街に巨大な結界を築いて民を魔物手から救った魔法使いがいたそうです。その方が作った結界が今もなお継続し、皆を守り続けているらしく、私達が今安全なのもそのお方のお陰なのです」


「説明キャラ乙。てか、お前何でそんな事知ってんの?ここに来たばっかりだろ?」


 フィーエルは俺より後にこの世界に来たはずだったが、何故そんな事が頭に入っているのか、その些細な疑問が口に出てしまった。


「それはですね、うーんとえーと、何故でしたっけ?」


 自分で熱く語っていた事なのに、急に途切れた様に熱が冷める。


「誰かに吹聴されたのか?」


「うーんと、多分自然にですよ」


 俺は曖昧な返答をされた事が気にかかったが、深く言及することでもないのでスルーをする。


「まあいいや、いい事を1つ知れたからな、今回の事は許してやる」


「逆ですよ!逆!私が被害者なんですからね!謝罪を求めます!」


 フィーエルがビシッと指を俺に向けると、声を荒げて言う。


「この度は本当に申し訳ございませんでした」


 俺は体を90%に折り曲げ、美しいジャパニーズ土下座をする従順な俺の姿を見ると、流石に本気で謝られるとは思わなかったのか、驚いている。


「え、えっと、意外と素直に謝ってくれるんですね」


 俺のこの行動にフィーエルは少々の戸惑い見せる。


「なんだ?もっとごねた方が良かったか?」


 俺は首を上げて言うと。


「面倒なのでいいですって、屋敷が見えてきましたよ!」


 本懐とは全く中身の違う話を展開させながら目的地に歩いていたので、必然的にそれが見えてきた。




 門の前まで来ると、昼間には感じなかった得体の知れない気配を感じる。


 前に進む事は可能なのだが、それを本能が必死に押さえつけ、進む足がぎこちなくなる。


「ではいきましょうか」


 さっきの会話に一切関与してこなかったロックリーが、この時ばかりは一字一句ハッキリと言った。


 その言葉を聞き、改めて深呼吸をすると、不思議と鏡を持つ手にも力が入る。


 先頭のロックリーが扉を開け、明かりが灯されていない室内が広がる。


「人居ないのか?」


「はい、今日は家族が旅行に行っておりまして、この家には僕1人だけです」


「あいつを除けばな」


 俺は階段の踊り場で月の光に照らされ、輝く瞳でこちらを見ている存在に意識を尖らせて言った。


「呆気なくバレたなー」


 それが軽い感じで言うと、階段にあった燭台に火を灯し、俺が鏡を向ける前に、その姿が露わになる。


 俺達はどんな脅威が現れるのか身構えるが、そこにいたのは、悍しい化物でも、ましてや逆恨みをした毒婦でもなく、腰まで伸びたエメラルドの髪にサファイアの瞳が特徴的な可憐な少女だった。


「あっ、あれ?」


 まさに拍子抜け。この場面にはこの言葉以外当てはまらないだろう。


「えっと、貴方が偽物のナーシャか?」


「そうだけどって、君昨日来た人だよね、何の用?」


「なんの用って、そりゃー退治しに来たと言いたい所だが」


「退治って、物騒だねぇ〜」


 俺あんな子に技をッ!そう思えばあれも悪くない様な気がするが、これを言葉にすると人として終わりだと思うので我慢する。


「何故ナーシャに化けた!」


「ヒ・ミ・ツ、そう易々と答える訳ないじゃん、こっちだってお仕事なんだしさ、ごめんね!」


 ごもっともな答えを返され、ロックリーは黙り込んでしまう。


 と、最後に口を滑らせているが、その仕事とは誰からのものなのか、今後の為に聞いておかねばならない気がする。


「で、もしかして戦う気満々?ちょっと僕今日は本調子だせないな〜なんせ貴重な分身が1人消されちゃったんだ、しかも花嫁奪い合う決闘でだよ?相手はちょこまかと逃げ回るし、今度あの逃げ回る野郎を見つけたらお仕置きだよ」


 多分その逃げ回る奴と会話しているのだが、それに気づいていない模様であり、同時にそれがバレない様に上手く立ち回らなければならない緊張が走る。


「なんだ、分身って凄いな〜憧れるわぁ〜」


 とにかく沈黙は毒だ。俺は親しい調子で話しかける。


「分身って言ってもその個体自体に意識があるから、僕がどうしようと最後はそいつの判断なんだよ、だから最終的に怒られるのは全部僕……」   


 暗い方向に話が傾くので、昨日の話を持ち出す。


「しかし昨日のあれは効いたな」


「そうか?またやるか?ってね!」


 言葉は明るいが、少女は何か思い詰めた表情をしているので、言質を取る為に熱血教師じみて、曖昧な推測でしか無い事を、一か八かで切り出す。


「悩みがあるなら言ってみろ」


 ここで『無いよ』とか言われたら、恥ずかしさの余り1週間は布団から出ない生活を送る事になるだろうが、普段と変わらない。


「なんで仲よ―――」


 そして危険因子が横槍をさしてきたので、目にも留まらぬ速度で口を塞ぐ。


「最近は特に大変でね、国を陥落させたり、分身を復活させる為に魔物を狩ったり、あとそうだ、貨幣工場に派遣させていた同僚を殺した2人組の抹殺を命じられちゃってさ、本当パッと目の前に出てくれれば嬉しいんだけどな」


 先程聞いた花嫁の話で『ンッ!』と思い、俺の中で何かが弾けた。


 コイツ真横軍幹部で、しかも現在進行形で俺の命を狙っている!!いま俺の素性がバレる事になれば、俺は間違いなく殺される!


 本調子ではないと言っていたが、腐っても幹部なので、フィーエルは分からないが、俺が太刀打ち出来る相手では無いだろうというのは、考えなくとも分かる。


 ってか、本物のナーシャも帰還しているし依頼解決してないか?だったら俺は報酬だけ貰って帰りたい!


 そんな事を考えていると、幹部がゆっくりと口を開いた。


「そろそろ時間だね、あまりいい情報は手に入らなかったけど、君に愚痴れて良かったよ。そのさ、君とはまた会う気がするよ」


「おう、また会おうな、えっと」


「分身丸とかでいいよ」


 明らかに即興の名前を提案するが、ツッコミ度胸もないのでそれを受け入れる。


「それじゃあな分身丸!もう来るなよ」


 俺が最後まで言い終えるのを聞くと、背後の窓を開けて、全身に風を浴びて外へ飛び出していってしまった。


「分身丸か……」


「って、何逃してるんです!」


 俺がしみじみとしていた所、フィーエルの蹴りが俺の尻にクリーンヒットした。

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