第33話 投石魔vs不敬罪

店に入って真正面に見える席に座り、頬杖をつきながら目の前に見える扉から広がる紅の空を眺める。


「ナーシャは大丈夫なのでしょうか」


 ロックリーは妻の出産を廊下で待っている夫の如く、不自然にそわそわとしている。


「疲労が爆発して倒れちまったらしいし、その内起きるだろ」


 正直言って俺にも分からないので、肯定でも否定でも無い返答をする。


「ナーシャが起きたぞ!」  


 2階から降りてきたゼスティの言葉によって、どんよりとした空気が払拭される。


「む、向かいます!」


 ロックリーが地面を蹴る騒音と共に、2階へと駆け上がっていったので、俺もその後をついていく。


 階段を上がって部屋に入ると、ベッドに上半身だけを起こしてロックリーと何かを話しているナーシャがおり、そのベッドのスペースを半分以上使って爆睡しているフィーエルが添えられていた。


「蒼河も心配になってきたのか、普段はあんなんだが以外と優しいんだな」


「ああ、ギャップ萌え枠を狙っているからな」


 普段意地悪な奴が、ふとした瞬間に見せる優しさに女はキュンとするものだろうが、もう俺レベルなってしまうとそれを演出した所で気持ち悪さにしか繋がらない様な気がして、俗に言うギャップ萎えになってしまう可能性もあり、危機感を覚える。


「どうした?汗が凄いぞ」


「代謝が良いって証だろ?健康体なんだ俺は」


 と、そんな事を自信満々に言い放つが、結果は意味を汲み取れずにスルー。


「ん〜言っている事がよく分からないな……」


 この世界には代謝という言葉の概念が無かったらしく、ゼスティは疑問を浮かべていたので、即座に話題を変える。


「それで、あの後ナーシャが暴力を振るってきたりとかは無かったか?」


 俺にはゼスティを守るという約束をレイグさんと交わしたので、一応確認しておく。


「ああ、今の今までフィーエルとぐっすりだったぞ」


「そうか、それだったらいいんだ」


「なんだか今日の蒼河は優しいな」


 ゼスティに笑顔を浮かべながら近づいて来るので、俺は思わず1歩後ろに退いてしまう。背後は壁の状態でどんどんと迫ってくるので、俺は今の状況下を脱する為に口を開く。


「ナーシャから暴力を振るった理由を話してもらおう」


 そう言うとあっさりとした感じに『そうだな』と言ってゼスティは3人の元へ向かっていったので、俺も話を聞く為に向かい、ベッドの横に立つそして。


「それで単刀直入に問おう。君は俺に暴力を振るったのを覚えているか?」


「いえ、ごめん……なさい」


 ナーシャは服の袖を強く握りしめ、酷く俯いている。


「彼女記憶が無いみたいで、さっき目を覚ました時も、僕の頭の包帯を見て涙を流したんです」


「記憶が無いってここ最近のも?」


「僕が暴力を受け始めた辺りからの記憶が無いらしくて」


「なあロックリー、今日の朝はナーシャに会ったか?」


「はい、因みに今日は手足を拘束されて、僕の顔面を境にし、反復横跳びをしていましたね。苦手な種目らしく、僕の顔面を30回以上踏みつけましたけど、最後の方には連続で10回程出来る様になっておりまして、流石に成長を感じましたね」


「お前もしかして楽しんでたりする?」


 度重なる暴行のせいで、ついにMに目覚めようとしているので、引き戻す為にいち早くこの依頼を解決しなければならない。


 そんな話を聞かされたが、1つだけ頭に過った事がある。


「ナーシャは2人いるかもしれない」


 なんとなくで支離滅裂な推測だが、傷を負った人を見ると涙を流す様な人と、他人になりふり構わずに暴力を振るう人が同じな訳がない。しかもここは異世界だ、その常識離れした考えが的中する可能性も十分にある。


「実は僕もそう思っているんです」


「それじゃあ、俺とロックリーとフィーエルで屋敷に向かうぞ、ゼスティはナーシャを介抱してやってくれ」


 何故フィーエルを連れていくのかと言うと、万が一の時の戦闘要員だ。俺はまともに戦えないしな、1番強い奴を同行させた方がこちらも心強い。


「暗くなる前に戻ってこいよ?」


 方針を決めると、気持ち良さそうに寝ているフィーエルのおでこに渾身のデコピンを決める。


 バチンッ、ドカッ!


 俺のデコピンが当たった瞬間、フィーエルはベッドから弾かれる様にして飛び出し、床に倒れ込んだ。


「ガニュッ!ゴヘッ!今なにが!?もしかして敵襲ですか?」


 寝起きのフィーエルは片手でおでこを押さえ、周りを警戒するが、俺達がいた事に安心したのか唸りながらその場に蹲った。


「ほら、起きろ仕事だぞ」


「ふへぇ〜、いま頭にとてつもない衝撃が走ったんですけど、気のせいですかね?」


「寝ぼけてんのか?今から屋敷に向かうぞ、お前もついてこい」


「今からですか!?てかもう夜じゃないですよ?」


 フィーエルが紅の光景を窓から覗き、寝癖のついた髪を揺らして言う。


「だったらしょうがないな、大事な作戦会議中に居眠りをした罪と、リーダーの命令に背いた罰として、お前は死刑だ!」


「明らかに罪と罰の天秤がおかしいです!ってか、いつから蒼河さんがリーダーになったんですか!そこは偉大な天使である私でしょうが!」


「俺程寛大な器を持った青少年なんてこの世にいると思うか?」


「あれれ?寛大なのに、ロックリーさんの御屋敷に向かって石を投げてませんでしたっけ?」


「うっ、あれは俺の頭にぶつかったからセーフだ」


「どんな理論ですかそれ!思いっきり窓に目掛けて投げていましたよね?」


「お前だって屋敷に向かいベーってやっただろ、あれは貴族に向かった明確なる不敬罪だ!俺は偶然跳ね返ってきて失敗したが、お前はやり遂げただろ」


「そ、それはしょうがないじゃないですか!苛々したんですもん!感情を素直を表現出来る器用な人こそリーダー向きだと思います!」


「コイツ開き直りやがった!」


 俺達の醜い感情をぶつけ合う論争に、冷静な声が入る。


「そうそう、お爺ちゃんが言っていたんだが、自分がいなくなったら店主は蒼河に引き継いで欲しいって、だからリーダーはお爺ちゃんの思いを汲んで蒼河でいいんじゃないか?」


 結果、不敬天使が敗北し、投石魔の勝利に終わったのであった。




「それで最後にいいか」

 

 そう言い、例の鏡にナーシャの姿を写したが、そこには禍々しいものなどは写っていなかった。


 店を出ると、隣接した酒場が賑わい始める時間帯だった。


「美味い空気だな、そう思わないかフィーエル」


 俺は夕方のオレンジの光に照らされた風を体全体に受けて言う。


「空気に味って概念あるんですか?」


 フィーエルは相変わらず俺にリーダーの座を奪われた事についてムッとしている様で、プクッと頬を膨らませている。


「それでは向かいますか」


 俺は鏡を片手に抱え、推論通りならもう人のナーシャが待つ屋敷へと向かうのであった。

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