第29話 無限創造(インフィニット)

ダンジョンへと伸びる階段を下り、嫌になる程に暑い空間に出る。


「相変わらここはあっちぃな〜」


 俺が地下特有の湿り気と、壁から発せられて伝わってくる熱を地肌で感じながら言う。


「フィーエルはその白いやつを着ていて暑くはないのか?」


 俺の前を歩くゼスティが、ふと横に密着して歩いているフィーエルに向かって質問を投げかける。


「これは最新型の羽衣なので最低限の防熱対策がしっかりと施されているんです!」


「防熱か、今の技術でそんな高度な事出来るんだな」  


 ゼスティがこの世界の進歩について関心を示しているが、その事実に知っている俺は、居た堪れない気持ちになってしまう。


「ああ、これは天界で神様から天使用に支給された物であって、市販はされていないので悪しからず」


「天界ってフィーエルは何を言っているんだ?……でも今思ったが、絵本で見た天使様に似ているな、白銀の髪の毛に水色の瞳」


 何を思ったのか、ゼスティはフィーエルの服を腰の部分から捲り上げようとするが、ギリギリの所でフィーエルがそれを押さえつけたので、サービスシーンが訪れる事は無かった。


「ッあにゃッ!何するんですゥッ!!」


 フィーエルはゼスティに切羽詰まった声で言うと、何故か鋭い目つきで後方にいる俺の方を見る。


「見ましたか……?」


 勿論バッチリ見た、覗き見のプロを舐めるな!と、言おうと思ったが、第1ここはダンジョンであって、今僅かにある連携が崩れてしまっては最悪生死に関わるので。


「いえ全然」


 俺は無機質な声で言い、フィーエルはそれの返答を聞くと、そっと胸を撫で下ろして『よかった』と呟く。


「それで何であんな事をしたんですか!?危うく私の淫靡で可憐な肉体がそこの変態に見られる所でしたよ!」


 俺への当たりが強い様な気がするが、今更それについて言及するのは野暮ってものだろう。


「ごめん母が昔読み聞かせてくれた絵本に出てくる天使に似ていたのでついつい」


 ゼスティがモジモジとして理由になっていない事を言うが、それとは対照的にフィーエルは叱責する先生の様な形相をしている。


「普通それで脱がそうとしますかッ!これは絶対裏がありますね、それでは包み隠さずに話してもらおうか!」


「烙印がお腹の所にあるかなぁ〜って思って……」


「そんな物私の清い体にある訳ないじゃないですか〜、でも私を絵本に出てくる美しい天使さんと重ねてくれた事については嬉しかったかもです!」


 先程の出てきていた、例のマニュアルモードに切り替わる。


「ごめんなさい!」


 激しい熱気を放つ地面に土下座しようとするゼスティをフィーエルが『焼けますよ!』と言って必死に食い止める。


「蒼河さんだったら半殺しにして、また半殺しにしていましたけど、ゼスティさんなら許しますよ、この世界唯一のお友達ですからね!」


 半殺し×2だから、結局死ぬんかい!


「ほらお前ら、俺のトラウマスイッチが入る前に奥へ進むぞ!」


 ここで屯っていても、何かの拍子で俺のスイッチが入り、頭を抱えて発狂する前に進んだ方がいいだろう。


「あ、蒼河さんまだいたんですね、影が薄かったのでもう奥へ行っていたのかと思っていました」


 フィーエルがそんな事言うが、悪気がなさそうに言うので余計に傷つく。


「ゼスティも惚けてないで行くぞ、ダンジョンに来たのも元々お前の提案だろ?」


「ああ、すまない」


「んてことで、仕切り直して行きますか!」


 俺は2人の横に並んで威勢よく言うと、俺の声に反応したのか、奥にいた狼の魔物が数匹こちらへと向かってくる。


「ふふふ、私に任せて下さい!!」


 フィーエルは羽衣を翻し、ジット正面を見据える。


「フィーエル頼む!」


 俺は即座にフィーエルの背後に回ると『やってしまえ!』と小悪党の様に言う。


「無限創造インフィニット!」


 手のひらを魔物に向けると、青白く神々しい光が発生して、フィーエルの影が俺の足元に伸びる。


 これはヤバイと察したのか、ゼスティも俺の横に移動し、何が起こるのか息を飲む。


「切り裂いちゃえ!」


 その声と共に強靭な斬撃が狼達を切り裂いたのであった……ってあれ?ハサミ?


 フィーエルの手から飛び出したのは、よく工作で使われるハサミであり、それは手前にいる狼にも届かずに、虚しく空を舞った後にカランと軽い音を出して動かなくなった。


 シーーン


 狼達も身構えていたので、幸い攻撃は仕掛けてこなかったが、大したことのない魔法だと知ると『グルルゥ!』と唸って特攻してきたが、その時にはゼスティが魔法を唱えていたので危険は及ばなかった。


「グレイスオブファイア!」


 その黄金の炎は相変わらずの威力であり、真っ平だった地面は派手に削れ、そして狼達の姿はそこにはなかった。


「あれれ?おかしいですね?」


 フィーエルも流石に今の出来事に驚いたのか、ハサミが飛び出た手を見つめている。


「正直もうちょっと凄いのを期待してたんだけど……」


 俺が技名で思い浮かべたイメージとは違う物を目の当たりにし、思わず落胆の声が出てしまった。


「ああ、これは私が咄嗟にハサミを思い浮かべたからです」


「じゃあ次からは剣とか槍とかにしろよ」


 工作用のハサミで魔物と戦うなんて今まで聞いた事が無いが、フィーエルはそれの第1人者になる為にやっているのか?


「そういう感じのやつは、複雑なイメージが出来ないから無理です、出したい物の具体的な構造を瞬時に思い浮かべないといけないんですから」


 創造と名が付く通り、頭で思い浮かべた物を思い浮かべ、具現化するチート能力だったが、それの唯一にして最大の欠点、それは知能が低い術者が使うと、本来の脅威を示されない事である。


「どうしました?そんな男梅みたいな顔して」


「俺は今凄く酸っぱい気分なんだ、だからそんな顔になるのも仕方ないだろ」


 そう言うと、フィーエルはゼスティの横に移動し、俺を置いてそのまま奥へと進んでいってしまったが、少しした後に前方から『そんな所にいると魔物に食べられちゃいますよ』と言ってきたので、俺は忸怩たる思いを背負い歩き出した。

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