第5話 依頼 一

「よう『黒狼党』のヴェルシュじゃねえか」


 ナオ達のテーブルに近付いて来た男、ヴェルシュの姿を確認した斥候のモルダンが立ち上がる。


「知り合いですか?」

「まあね」


 ネリーナが肯定、チェルシーがナオに内実を教えてくれる。


私部隊パーティー『黒狼党』にいるロバートの幼馴染です。けれど、もの凄くロバートを敵視していて、私達との仲は悪いです」

「嫉妬よ嫉妬。ほんと、みっともない程のね」


 そんなナオ達を隠すように、モルダンは笑みを浮かべて、新しい杯に酒を注いでヴェルシュへと渡す。


「うちの女どもがすまねえな。にしても随分と機嫌が良いじゃねえか。何か美味い儲け話でもあったか?」

「ああ、」


 ヴェルシュが受け取った杯の中身をモルダンにぶちまけた。


「俺様のご機嫌を心配するなら、その胡散臭い面を仕舞ってからにしろや」

「っ!!」

「おっと」


 チェルシーの投げたフォークを指で挟んで、ヴェルシュが嗤う。


「危ねえな。もし当たったらどうするつもりだったよ?」 

「当てるつもりでしたが何か?」


「おお怖。調教してやろうか、クソチビ」

「俺の仲間がすまねぇ。どうだ、詫びに何かおご」


 ドンッ!


「ぐあ!?」


 ヴェルシュの拳を腹に打ち込まれて、モルダンが崩れ落ちた。


「なあネリーナ、お前の連れがひでえんだよ。慰めてくれるよなぁ?」

「そうね」


 小太刀を握り、その切先をヴェルシュに突き付けるネリーナ。


「おいおい、斬新な慰め方だな」


 静まり返る店内。

 固唾を呑み、成り行きを見守る人々。


―― 熟練の冒険者の喧嘩に一般人が割り込めば、ただでは済まない。


 だから。


「おい何をしている!」

「あぁん?」


 駆けこんで来た衛兵達も、ヴェルシュの一睨みで、その足を止めた。


「ヴ、ヴェルシュ……。黒狼党の、ナンバー2……」

「そうだが何だ? 俺を知ってて来たってのは、死にに来たんか?」


 ヴェルシュが衛兵達に左手を向ける。

 その指先に魔力が集中し、紫電が走るよりも前に、ナオは木の横笛の口へ唇を付けた。


 ♪~♪~♪~。


「何だ?」


 ナオは立ち上がり、ゆっくりと歩きながら笛を奏で続ける。

 聴者となった者達は、ある者は穏やかな、ある者は恍惚とした表情を浮かべる。

 椅子に、あるいは床に座り込んで目を瞑り、調べの世界に心を浸す。


 しかしただ一人、苦悶の表情を浮かべて両手で耳を塞ぎ、怯え震える者がいた。

 ヴェルシュである。


「や、やめろ! その笛を!」


 ナオが奏でる笛の音は魔性ましょうの力を帯び、人の最も強い感情を増幅させる。

 正の感情を抱く者は幸福へといざない、負の感情を抱く者は地獄の業火へ叩き落す。

 そして人の魂へ直接響き作用するこの笛の音は、耳を塞いだからといって防げるものではない。

 

「やめろ! やめやがれ!」


 墓地を彷徨さまよう亡者の如き足取りで、ナオの後を追って来る。

 人の心の表層に浮かぶ感情を増幅させるこの曲を聴き、地獄に囚われた青年の姿に、ナオは少しだけの哀れみを覚えた。


「やめてくれ――――――――――!!」


 遂にヴェルシュは白目を剥き、意識を失って崩れ落ちた。


「本当に、人生というものはままならないものだね」


 最後に知らず出たつぶやきは青年の事だったのか、それとも自分の事だったのか。

 明確にする事を拒むように、ナオは首を横に振った。


* * *


 エバンの町の端に建てられた館、冒険者ギルドの支部の最奥には、余人の入る事のできない部屋があった。


「第一王子殿下が、ですか?」

「はい」


 ロバートの前に座る老女、この町の冒険者ギルドの長は眉間に皺を寄せて、頷いた。


「先週の魔族との戦いの折、両目を負傷されました」


 ホリフューン王国で最強と謳われる人物。


 故に、魔王軍に怯えるこの時代の、このホリフューン王国の希望であった。


「城での治療が行われていますが、傷には呪詛があり、治せる見込みがないと」


「それで禁忌の封を開け、手に入れろ、という訳ですか」

「はい。『黒狼党』と『光剣同盟』には了承を取り付けました。ですが」


((あの迷宮を攻略するには足りない))


「『嵐の誓い』にもお願いします。『封獄の大迷宮』に眠る、二百年前に封じられた大魔法使い、【白炎獣のバーナット】の遺物を取って来て下さい」

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