第4話 かんぱい

 勘が鈍るには十分な時間を無為むいに過ごしてしまいました。


 ラルフのバカを殴るには力が必要です。


 そして力こそ権力、権力こそ正義、正義無くして道理無し。道理無くして慰謝料無しです。


 地の果てまで追っかけてむしり取ってやります。

 辺境で生きて来た村の女をめるなって事です。


 しかし、その為のリハビリは必須。


 幸いな事に『騎士殺し』なる盗賊を狩った賞金が入って来ました。


 そして信頼できるA級冒険者と知り合う事ができたので、彼の私部隊パーティーの依頼をする事にしました。


 速攻でラルフのアホを張り倒したいのですが。

 ここは急がば回れ、でしょう。


 さて。


* * *


「三か月ぶりの実戦か」


 武器屋で買った新品の魔法杖を背負い、胸当てと手甲を装備して、腰には色々入れたポーチをセット。

 ナオの目の前に広がる鬱蒼うっそうとした森の奥からは、虫や鳥や獣とは違う、異質な気配が漂ってくる。


「他は今、魔王軍とドンパチやってるエリアと被るからな。『首狩り人形』のならしに使えるとしたら、ここしかねえ」


 私部隊パーティー『嵐の誓い』の斥候、モルダンが両手に広げた地図を畳む。


「『知らずの森』はテツゲグマやイエノミヘビ等、C級以上の危険種が多く生息しています。魔獣化してると厄介極まりないですし、あのミドリマダラオオカミの繁殖期も今なんですよ」


 草原小人族プレリーマンの魔法使い、チェルシーがレンズを拭いた眼鏡を掛ける。


「本来ならこんな依頼受けないんだけどねぇ。どこかの女たらしのお節介さんのせいで断れなくなっちゃった。ねえ、リーダー?」


 森エルフの埜衛士レンジャー、ネリーナが鞘に収まったナイフの先で、ロバートの頬を突く。


「う……。す、すまん」


 『嵐の誓い』メンバーのやれやれといった仕草は、実に年季の入ったものだった。


「すみません私の我侭わがままで。ですが」


 ナオは背中の魔法杖を両手に持ち、魔力を込めた。

 杖の宝玉の先に氷の結晶が生まれ、すぐに鎌の刃を形作った。


 ひゅ~、と感嘆の口笛をモルダンが吹いた。


「お手をわずらわせるのは少しの間だけです」


 無明の穴底の上に通された一筋の糸を渡るような、生と死が曖昧となる戦いを繰り広げて来たナオにとって。

 呆然と過ごした三か月の時間は少し、長過ぎた。


 今の腑抜けたナオのままでは、ラルフ達に追い付くなど、とても叶うものではなかった。


「行きます」


「おうよ」

「はい」

「ええ」

「わかった」


 ただ一歩の踏込みで、疾風の速度となったナオが駆ける。


 氷鎌ひょうれんの一振りが、黒鉄色の毛の大熊を両断した。


 岩を蹴り跳躍、襲い来る人食い蝙蝠の群れを細切れにする。


「っ」


 飛来したつぶて、何かの木の実だったそれを石突で弾いた瞬間、爆発。

 ナオの魔法防御を破る程の威力はなかったが、飛び散った異臭を放つ白い粉末が、ナオの視界と嗅覚を妨げる。


 木々の枝葉がザワリと揺れた。

 それは毛皮に緑と黒と灰の色を持つ狼の群れ。

 爆風で態勢が崩れたナオに飛び掛かるが、神速の斬閃を描く氷鎌ひょうれんが、狼の全てを斬り捨てる。


 しかし上空、亜音速で急降下してくる『何か』までは対応し切れない。


―― 鋭く風を切る音が鳴り響いた。


『グギェッ!?』


 大猪程もある鷲が、その頭と心臓に矢を受けて、地面に落ちて転がっていった。


「ネリーナさん!」


 ウインクを返したネリーナに頷き、狼の群れを斬り殺したナオは、木の幹を蹴り枝を蹴って更に駆けていった。


(近い)


 魔力の気配が澱んでいる。

 動物の気配は少なくなっていき、異形と言える程に肥大した木々の枝葉が、空の光を閉ざす。


―― 最奥。


 金の目が開き、鎌首をもたげる。

 砦のように巨大な、鱗の代わりに無数の人の顔を付けた、魔獣と化した大蛇。


「ハアッ!」

『『うぎゃあああああ!?』』


 ナオの氷鎌ひょうれんの一撃に蛇の顔鱗がんりんが絶叫、迸った衝撃波と氷の刃が相殺される。


「っ、」


 ナオの視界が揺らぐ。

 追撃として大蛇の口腔から放たれた毒液の噴射は、魔法使いチェルシーが生み出した魔法障壁によって防がれた。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう」


 大蛇が動き出す。

 ナオ達を獲物と見定めて。


「眠りの力よ その手で握り潰せ」


 ナオの影から伸びた大きな黒い手が大蛇の頭を掴み、こぶしを握り込んだ。


『!?』


 途端にふら付き、倒れそうになる大蛇はしかし、再度の毒液を口から吹き放つ。


「させない!!」


 ロバートの魔剣、【ムスペル】の一閃から生じた業火が毒液を焼き尽くした。


「これで」


 ナオが魔法杖に全力で魔力を込める。

 再度形成された氷の刃が、滅紫けしむらさきの色を帯びる。


「とどめ!!」

『『グギャアアッ!!』』


 大蛇の頭が縦に切り裂かれ、顔鱗がんりんが末期の叫びを上げた。

 巨体が倒れ、森の地面が揺れた。


 その様子を見届けて、ナオは残心を解いた。


* * *


「「かんぱーい!!」」


 エバンの町の酒場『虹の鱗亭』で、ナオと『嵐の誓い』のメンバーは祝杯を挙げていた。


「皆、私の依頼を受けてくれて、本当にありがとう!!」


 ナオは改めて自分が鈍っている事を確認する事ができた。

 また勘を取り戻すには、あと少し掛かるだろうとも考える。

 

「そんな畏まるなよナオ。俺達はもう仲間だろう!」

「そうよそうよ!」


 赤ら顔のモルダンとネリーナ、ナオと同じ葡萄ジュースを飲みながら頷くチェルシー。


「うん!」


 頷いて、ナオはジュースを一気に飲み干した。


「そういえばロバートさんは?」

「ギルドの受付で呼ばれてたので、きっといつもの事ですよ」

「そうそう。新しい女の影があると、あいつにお熱のお姫様がギルドに何か言って来るんだよ。ギルドで上手くあしらってくれてるが、ま、その共有連絡だな」

「ホント、女たらしよね~。ナオも気を付けなさいよ~」


「ははは、はい」 


 むしゃむしゃと料理を食べる。

 新鮮な川魚の煮物、香辛料をふんだんに使って焼き上げられた豚肉、丁寧に焼かれた白いパン、砂糖の使われた菓子。


「ここは田舎だけどよ、やっぱエバンの飯が一番うめえわ」

「ま、都会もそれなりだけどさ。運ぶ距離が長くなると、やっぱ素材がね」


「都市のは高いですから」

「ですよね。妥協して財布の紐を緩めると、すぐに空になりますし」


 王都の色々がナオの脳裡を過る。

 都市というものは、魔獣や魔族とはまた違った怪物なのだ。


(そういえばあの魔獣)


 ナオの記憶の中に引っ掛かるものがある。

 姿形は違う。

 が、似たような性質、呪詛を纏うと、ある国の王都で戦った事があった。

 

(教会がいる?)


 フォークで肉を刺す。

 口に運ぶ前に、ナオの手が止まる。


「どうしたナ」

「おいおい、『嵐の誓い』じゃねえか! こんな大変な時に呑気にお食事とは、A級冒険者様はやっぱ違うねえ!」


 嫌らしい笑みを浮かべて、その男はナオ達のテーブルの前にやって来た。



* * *

* * *


~嵐の誓い~


*ロバート・トンプソン:魔力量2650

・剣士

・A級冒険者

・魔剣【ムスペル】


*モルダン・ポース:魔力量:950

・斥候

・A級冒険者


*チェルシー・シーバス(草原小人):魔力量2700

・魔法使い

・B級冒険者


*ネリーナ(森エルフ):2950

埜衛士レンジャー

・A級冒険者

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